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いざ脱出です

「では、脱出計画を説明しますね。今から10分後に、騒ぎが起こりますので、それに乗じてここから出ます。すぐ外の見張りは1人、屋敷内に7人、外には4人。計12人です。部屋を出てすぐの見張りは私が倒しますので、兄さんたちは部屋を出て左に曲がり、真っ直ぐ走って階段を上ったら右、廊下を抜けて裏口に出ます。そこに馬車がありますので、それに乗って逃げてください」


 そう言うと、ヴィクトリア嬢は私に銃を渡す。


「すみませんが、上の階に行ったら、私は陽動のため別行動です。銃はターナー先生にお渡ししておきます。弾は30発です。大事に使ってくださいね?」


 可愛らしく小首を傾げて言われたが、発言内容が微塵も可愛らしくない。なぜご婦人が30発も弾を持っている?


 私の無言の疑問を感じ取ったのか、ヴィクトリア嬢はにっこり微笑む。


「女性の嗜みですよ?」


 絶対に違うと断言できる!


「ヴィクトリア嬢、なぜ別行動をするのです?それでは貴女が危険すぎる」


 ピートの言葉に、私も頷いた。女性を囮にして逃げるなど、紳士として出来るはずもない。


「合理的に考えて、これが一番成功率が高いからです。申し訳ありませんが、囚われているのが兄一人だと思って、馬車は2人用なんです。力の強い馬なので、ギリギリ3人ならいけますが、4人はキツい。私は馬を現地調達して追いかけますから、3人は当初のルートでお逃げください」


「それなら私が囮になろう!」


 わたしが立候補するが、ヴィクトリア嬢は首を横に振る。


「残念ながら、私と兄ではカラムさんを支えて走るのは、体格を考えると無理です。支えはターナー先生と兄がベストです」


「では私を置いて逃げるといい。そうすれば確率も上がる」


「そうするとターナー先生がカラムさんから離れません」


「私たちのことは気にせず逃げたまえ!」


 私がピートから離れない事を見透かされている。しかし、やはり女性を囮にするなど、紳士としての矜持が許さない。

 我々2人が残り、シュラットン兄妹が助かる方がいいだろう。


 私たちの言い分を聞いていたヴィクトリア嬢は、目を眇めると、ピートに向かって吐き捨てるように言った。


「噂とは違い、随分と感情的な方ですね?」


「何?」


 ピートは驚いたように声を上げる。

 彼を感情的だと評するなんて!彼ほど合理的で理知的な男はいないというのに。


「何もしなければ私たち4人は嬲り殺しになるでしょう。私の作戦では危険に晒され死ぬかもしれないのが4人。貴方の作戦では危険に晒されるのは2人、そして確実に2人死ぬ。紳士だ女だ拘っているようですが、合理的に考えれば、生還率が一番高いのは私の案ではありませんか?」


 ピートが目を見開く。私はぐうの音も出なかった。


「あの、私が囮になるのは…」


 恐る恐る、シュラットン卿が声を上げる。ピートを支えて走るのは、非力そうなシュラットン卿とヴィクトリア嬢ではそれほど変わらないかもしれないが…。


「兄さん1人で陽動なんて出来るはずないでしょ。確実に1人死ぬ。私の方が助かる確率は高い」


 あえなく撃沈。うん、そこは納得だ。


「たのむ、ギレット。私を置いて行ってくれ!」


 ピートが必死に声を上げるが、私は首を振る。

 馬鹿みたいだが、私はヴィクトリア嬢の案に賭けてみたいのだ。

 ヴィクトリア嬢の言葉には、なんだか上手く4人が助かるような、不思議な説得力がある。


「それでは議論は尽くしたようですので、そろそろ脱出いたしましょう」


 ヴィクトリア嬢の有無を言わさぬ声に、ピートがガックリと肩を落とす。

 誇り高い彼は、女性に助けられることにプライドを傷つけられたのかもしれない。


「ヴィクトリア、さっき言ってた騒ぎが起こるって言うのは何のことだ?」


 ピートを私との2人がかりで両側から支えながら、シュラットン卿がふと思い出したように言った。


 そういえば確かに、ヴィクトリア嬢は騒ぎが起こると言ってたな。


 ピートを見ると、苦しそうな顔でヴィクトリア嬢を見つめている。私も心配なので同じ気持ちだが、ヴィクトリア嬢はどこ吹く風だ。


「あぁ、それはですね―」


 ヴィクトリア嬢が何か言いかけたとき、外から物凄い轟音が聞こえた。地下牢が、少し揺れたぞ?


「……ちょっと火薬が多かったかな?」


 恐ろしい言葉を呟いたヴィクトリア嬢は、私たちに「行きますよっ!」と言って扉を勢いよく開けた。


 屋敷内に煙が立ち込めている。おい、本当に何をしたんだ?


 勢いよく飛び出したヴィクトリア嬢が、オロオロしている見張りに飛びつく。奇襲に気付いた見張りが迎え撃とうとするが、奴が銃を向けるより早く、ヴィクトリア嬢の手が魔法のように見張りの手を捻り、見張りは大きく一回転をして背中を床に打ち付けた。そこに容赦なく拳を突き込み、意識を刈り取った。


 おい、強すぎるだろう。私より大きな男だったぞ?


「東方の武術だ…」


 ピートが感嘆の声を上げた。話だけは彼から聞いたことがある。確か相手の力を利用して倒す武術だと。なる程、非力な女性が使うには合理的な体術だな。


 見張りを手早く拘束し(見張りのズボンのベルトで後ろ手に縛り上げていた)、見張りの銃を手にしたヴィクトリア嬢は、それは美しい笑みを浮かべた。


「ではまた。後から合流しましょうね」


 そしてこちらを振り返ることなく、美しい動きのまま、煙の立ち込める屋敷の奥へと消えて行ったのだった。



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