救出に必要なものは
ヴィクトリア嬢の言葉に、私はポカンとしてしまった。
失礼な事だが、私はヴィクトリア嬢が、恐怖のあまりおかしくなってしまったのかと思った。
「っ!ちょっ、ヴィクトリア嬢、何をっ!」
ヴィクトリア嬢がいきなり、ドレスに手を掛け脱ぎ出した。
やはり恐怖でおかしくなっている。
年頃の女性が人前でドレスを脱ぐなど。
私は慌てて彼女に背を向けた。紳士として当然の行動だ。
シュラットン卿に目を向けると、彼は青い顔のまま、じっとヴィクトリア嬢を見守っている。兄として心配なのだろう。
そしてピートに目を向けると…。
おい、なんでお前まで瞬きもせずにジッと見てるんだ。
紳士の振る舞いにあるまじき行動だぞ。
そもそもピートは女嫌いの気がある。
合理的で何事も理詰めで考える彼は、感情的な女性を苦手としているのだ。
彼は私と違って男振りも悪くなく、モテる部類だ。一夜の遊びなら数知れないが、継続的な関係を女性と持ったことは、私の知る限りではない。そういう関係を持とうと思ったこともないだろう。
だから32歳の今も結婚もせずにいる。兄のカラム卿もその事だけは心配しているようだ。何かと弟に縁談を勧めているが、嫌な顔で断られている。
そんな彼が、奇行に走っているとはいえ、女性を凝視するなんて。珍しいこともあるもんである。
ピートの様子に驚いている間に、後ろから聞こえていた衣擦れの音が消えた。
恐る恐る後ろを振り向くと…。
そこには、簡素な男物のシャツとズボン姿のヴィクトリア嬢が立っていた。足元には脱いだドレスが置いてある。下に男物の服を着ていたのか?
意味が分からなくて、私は他の2人に倣ってヴィクトリア嬢を凝視してしまった。
ヴィクトリア嬢は髪からピンを引き抜くと、自分が入れられている牢の鍵穴に突っ込んで、えっ?ガチャガチャしたと思ったら開いてる!
ドレスを片手に涼しい顔でこちらの牢に近づくヴィクトリア嬢。そしてこちら側の牢の鍵穴にピンを突っ込み、ものの数秒で開けてしまった。
呆然と見つめることしか出来ない我々に、ヴィクトリア嬢は近づく。そしてピートの傍にしゃがみ込み、彼の傷の様子を窺う。
「ターナー先生、カラム氏は動くことは可能ですか?」
「っ、きっちり固定していれば、少しは動けます」
ピートの傷に怯みもせずに、ヴィクトリア嬢は私に質問をする。私は慌てて医師として回答した。
「そうですか。カラムさん、少し、頑張っていただけますか?」
穏やかに聞くヴィクトリア嬢に、ピートはコクリと素直に肯く。女性に話しかけられると、紳士的だが冷たい対応が普通の友人とは思えない態度だ。
ヴィクトリア嬢は持っていたドレスを切り裂くと、固定用の布を作る。私は有り難く受け取って、ピートの傷をぎゅうぎゅうと覆っていく。ピートは痛いだろうに、全く顔に出さなかった。
ヴィクトリア嬢は更にドレスを切り裂き、中から金属片を幾つか取り出した。
その様子を見つめていたシュラットン卿が、恐る恐るヴィクトリア嬢に声を掛ける。
「ヴィクトリア、どうして牢の鍵を開けられたんだ!あんな、ピン一本で」
手を止めぬまま、ヴィクトリア嬢は茶目っ気たっぷりに答えた。
「今時の花嫁修行には、鍵開けは必須なんですよ?」
「嘘つけっ!」
すかさず突っ込むシュラットン卿に、ヴィクトリア嬢はニヤリと笑った。
「あら、本当ですよ?生まれてくる兄さんの子が女の子だったら、私がしっかり教えてあげますね?」
「余計な事をするなよ?娘がお前みたいになったらどうするんだ!」
うーん?と考えて何か思いついたのか、ヴィクトリア嬢は得意満面に言った。
「人生ハラハラドキドキして、楽しくなりますよ?」
「嫌だ、普通の可愛い娘がいいんだ!私の妻のように優しくて可愛い娘が!お前みたいに嫁き遅れたらどうしてくれる!そもそも父上がこんなに早く隠居したのも、お前の御転婆ではおさまらない所行に疲れ果てて―」
「はい、出来ました」
ヴィクトリア嬢はシュラットン卿の言葉を無視している。彼女の手元で組み上げられたものを見て、私は目を剥いた。彼女の手には一丁の銃と、弾丸が載っていた。
「今日は調子が良かったです。歴代3位に入る組み立て速度でした」
嬉しそうな彼女の手に載る銃。
それはなかなかのゴツさで、女性の手にあると違和感しかない。
「お前、そんなものどこからっ?ど、どうして組み立てられるんだ!」
「さすがに相手が女とはいえ、ボディーチェックもなしにここに通してもらえるとは思いませんでしたから、バラバラにしてドレスの中に隠しました。バラバラにするなら、組み立てられないと意味がないじゃないですか。あ、これもありますよ」
ヴィクトリア嬢は、短身のナイフを取り出す。本当に、どこから出てきた。
「女性のドレスは秘密が一杯あるんですよ」
ウィンクするヴィクトリア嬢は、とても魅力的だった。