65話 イゼルの過去
ドロテアの友人であり、リュースと名乗った男性。
全身をすっぽりとベージュのローブで覆い、一見すると一般的な旅人風の装いではあるが、フードを目深まで被っているため、見ようによってはまるで周囲からその身を隠しているようにも見える。
フードから覗く肌は青白く、その双眸は綺麗な翡翠色をしていた。ドロテアと同じ世代を生きていたとは思えないほど若々しく、30代と言われても通用しそうだ。
そんなリュースは、イゼルを見て突然膝から崩れ落ちたまま立ち上がれず、恐る恐るといった感じで右手をイゼルのほうへと伸ばす。
「き、君の名前は……?」
「え? えっと、僕はイゼルと申します。リュースさん、で良いんですよね。初めまして」
「イゼル……。その、君のお父さんとお母さんの名前を教えてもらえないかな?」
両親のことを問われ、話して良いものか逡巡するイゼル。
「大丈夫だよ、リュースは信用できるやつさ。あたしが保証するよ」
決めかねている様子を見て、ドロテアがそう口にしたことで、こくりと頷くイゼル。
「もう僕はあの家とは関係がないので、他言無用でお願いします。父はシャンバール家当主であるザギム、母はエリーゼです」
イゼルの言葉に、何かを考え込むように俯き唸り始めたリュース。
ドロテアがんんっとわざとらしく咳払いして注意すると、ハッとした様子で慌てて顔を上げた。
「いや、突然ごめんね。君があまりにも知り合いの子供に似ていたものだから、もしかして……と思ってしまってさ。そうか……」
懐かしいものを見るように、優しい瞳をイゼルへと向けたリュース。
その姿に強い違和感を覚えたドロテアだったが、この場で口にしないことを聞き出すわけにもいかず、ひとまず村へと戻ることを決めた。
村の入り口でイゼルたちと別れたドロテアは、リュースを連れて私室へと入るや否や、ギロリと睨みつける。
「リュ~~~ス~~~~! ひとまず知っていること、洗いざらい話してもらおうかぁ? んんん??」
「ド、ドロテア……? 久しぶりの再会なんだし、まずは僕の心配とかじゃないのかい……?」
一歩、また一歩と後ずさりながら、額に汗を浮かべて抵抗を試みるリュース。
「そうだねぇ。あたしはあんたを見捨てて逃げちまったことを、今までひどく後悔していたよ……。もし、もしも再会することができたなら、なんでも言うことを聞いてやろう。それがあたしにできるせめてもの償いだ、とまで思ってたさ」
「な、なら……?」
「でもねぇ。いざあんたの顔を見て、相変わらずの『僕すごい!』って発言を聞いてたら、そんな気も失せちまった。そんなにすごい僕なら、あぁなっちまう前に気づいてたんじゃないのか? なーんて疑問が沸いて来たんだよ」
「は、ハハハ……。そ、そんなことはなかったような気がするようなしないような……?」
とぼけて見せるリュースに、鬼も真っ青な形相で迫るドロテア。
「戯言は良いから、さっさと知ってることを喋りな。あたしたちの旧交を温めるのは、それからで良いだろう? ん?」
「は、はい……」
昔から彼女には勝てなくて、頭が上がらなかったなぁ。
そんなことを思いながらも、どこか嬉しそうに顔を綻ばせたリュースはポツポツとイゼルについて語り始めた。
「あの子はたぶん……メリィーザとエリシルの子だよ。僕らの町に人間が攻め入って来たとき、商人に頼んで外に逃がしてもらったんだけど……。その後の足取りがつかめなくなってしまってね。僕がこうして危険を犯してまで各地を旅しているのも、彼を見つけるためだったんだ」
「じょ、冗談だろう……?! だってメリィーザとエリシルの二人は……!!」
とても信じられないといった様子で、愕然とした表情を浮かべたドロテア。
メリィーザとエリシルは、ドロテアとリュースが組んでいたPT――思紡心結のリーダーとサブリーダーだった二人。
そして、PTの理念であった種族の違いを問わず手を取り合おうという思いに共感し、そうありたいと願った者たちのために、1つの町を作りあげたうちの二人でもあった。
だが、それを良く思わなかった一部の貴族たちが協力して大軍を率いて町へと攻め入り、住人を逃がすための時間稼ぎをした二人は、その戦いの中で命を落としている。
リュースが我を失い仲間へと遅いかかってから約二年後の話であり、すでに町を出たあとだったドロテアも話を知って急いで駆け付けたが、到着した時には全て終わったあとであり、間に合わなかったことを酷く悔いていた。
「彼の本当の名はシュヴァイゼルト――。おそらく、冒険者になるにあたって略称にしたんだろうね。君は赤子の頃の彼しか知らないから、気づかなくても無理はないよ」
「そんな……! 坊やが二人の忘れ形見だなんて……。でも、あの子の髪は黒だよ?! シュヴァイゼルトはエリシルと同じ白髪だったじゃないか!」
「……ごめんね。それはおそらく僕のせいなんだ」
表情を曇らせ、ぐっと拳を握りしめるリュース。
「……どういうことだい?」
「メリィーザとエリシルの二人は、とても強かっただろう? その二人の血を継いだあの子は、彼ら――貴族どもにとって、将来的に二人以上の脅威になり得る存在として認識されてしまっていたんだ。乱戦に乗じて暗殺者が送り込まれ、瀕死の重傷を負ってしまったシュヴァイゼルトを助けるために、僕は……回復薬に自らの魔力と魔核の欠片を混ぜ合わせたものを飲ませた」
「なっ?! 何を言ってるんだい、あんたは……!!」
ワナワナと震えるドロテア。
彼女はリュース本人から秘密を聞いていたので、リュースの本当の姿を知っていた。彼が、魔物の血を引く半魔半人の存在であることを。
そして、通常人間にとって魔核というのは毒であり、身体に取り込んだが最後、その身を見えない何かが蝕み異常を引き起こすのだ。
身体が溶け出し原形を留めなくなる者もいれば、突然身体が風船のように膨張してはじけ飛ぶ者、火だねもないのに突然燃え始めて炭となる者。どのような異常をきたすかに法則性は見つからず、ただ一貫して確実に死に至るということだけが確認された。
国が秘密裏に死刑囚などを使いありとあらゆる方法で非人道的な研究を重ねたが、結局この結果が覆ることはなく、最終的に重罪を犯した犯罪者の死刑方法として見せしめに用いることに決まったほどで、誰一人として生き残った者はいない。否、いないはずだった。
「僕が駆け付けた時には、すでに毒魔蛇竜の毒を塗った短剣で心臓を貫かれた後でね。かろうじて生きてはいたけど、もって数十秒という命だった。手持ちのポーションではとても一命を取り留められるような状態じゃなくて、全うな方法じゃ助けることができなかったんだよ……。だから、僕は……奇跡を信じて、密かに作り出していた一本の薬を飲ませた……」
「それが、よりにもよって魔核を使った薬だったってのかい?! バカじゃないのかいアンタは!! ……って言いたいところだけどね……。あの坊やが生きてるということは、あんたの作った薬が効き、奇跡が起こったということだろう……?」
ドロテアは呆れた様子ではあるものの、リュースが苦渋の決断を下したであろうことは想像に難くなく、その場に居合わせることができなかった自分に責める資格などないということも理解していた。
だが、リュースは暗い顔で首を横に振った。
「……今も生きているということが奇跡というなら、奇跡は起こったんだろうね。でも……全てがうまくいってるわけじゃないみたいだ。シュヴァイゼルトは……昔の僕のように我を失いかけたり、不安定な状態になったりしているんじゃないかい?」
「まさか……あんたが飲ませた薬のせいで、あの子に異能が宿ったってのかい?! そんなこと、あり得るはずがないだろうっ!!」
リュースの胸倉をつかみ、詰め寄るドロテア。
そっと手を重ねたリュースは、真っすぐにドロテアの瞳を見つめながら言葉を返す。
「おそらく……だけどね。あの薬は……僕が我を失うキッカケになっていたギフト、『狂戦士』を抑える過程で生み出した物だから……。もしかしたら、その影響がシュヴァイゼルトにも出てしまうかもしれない……とは予想していたんだ。でも、今日彼を見て確信に変わったよ。彼の中に沈む不安定な闇……あれは間違いなく、いつの日か彼自身の全てを飲み込むだろう……」
「それがわかっていながら、なぜそんなものを飲ませたんだい?!」
「僕は……僕はメリィーザとエリシルの二人を守り切ることすらできず、目の前で殺されたんだ!! せめて、せめてシュヴァイゼルトだけは! そう思ってたのに、いざたどり着いてみれば虫の息だったんだよ!! たとえどんな危険があろうとも、諦めることなんてできないだろう?! 君なら、素直に彼の死を受け入れられたかい?!」
涙を流しながら、今までの落ち着いた様子からは想像もできないほど大きな声をあげたリュース。
ドロテアとて、責めたい訳ではない。でも、知らなかった事実をつきつけられ冷静さを欠いた今の彼女には、感情の行き場がないのだ。それがたとえ八つ当たりであり、そんな資格はないとわかっていても、どうしてっ! そう声を上げずにはいられない。
「一体メリィーザとエリシルが……。リュースが、坊やが……何をしたっていうんだい! ばかやろーーーッ!!」
一筋の涙を零しながら、壁を殴りつけたドロテア。
その悲痛な叫びには、無力な自分への悔しさが滲んでいた―――。
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