64話 ドロテアの後悔
「あたしが坊やを危険だと断じた理由。まずはそこから話そうかね」
空を見上げたまま、ぽつりぽつりと語りだしたドロテア。
「あたしの古い友人に、誰にでも分け隔てなく優しくて、たとえどれだけ脛に傷を持つようなやつでも、『今』を見て対等に相手してやれる。そんな気の良いやつがいたんだよ。でも、いつからか怒り狂って手がつけられなくなる時が出てきてね……」
懐かしい思い出を優しい声音で語りながらも、その顔はひどくつらそうに見えた。
「普段は滅多に怒ることなんてないやつだったから、余計にびっくりしちゃってね。最初のうちは、怒ることもあるんだな、くらいの軽い認識だったんだよ。決まってそうなる時は、極悪人を相手にしているときや周囲に大きな被害が出ているときで、あたしもその怒りが理解できるときがほとんどだったっていうのも大きかったんだろうね」
一転してひどく後悔しているかのような、見ている方もつらくなるほど今にも泣きそうな表情を浮かべたドロテア。
心配そうな一同の視線に気づき、大丈夫だよと作り笑いを浮かべると、再び口を開いた。
「ある雨が降る日……それは前触れなく起こった。それまで笑顔で会話をしていたのに、突然苦しみだしたアイツがあたしに襲い掛かって来たんだ。まるで怨敵に向けるかのような殺気を放ちながら、ね。あたしは必至に攻撃を受け止めながら、何度も何度も……何度も声をかけた。その時一緒にいた仲間二人と共にね。でも、最後まであたしたちの言葉が届くことはなくて、最終的にどうしようもなくなったあたしたちは三人がかりでようやく押さえつけることに成功したんだ。それから数時間後、ようやく我に返ったあいつは言ったよ。『きっとまた僕は君たちを襲ってしまう。だから、今この場で殺してくれないか』ってね」
ドロテアの言葉に、緊張からごくりと息を飲むレーティアたち。
まるでこの話は、もう一人のイゼルが言っていた、今後訪れるであろう未来そのものではないか――。
そこで、最初からまるでドロテアが全てを知っているかのような、そんな重みのある話をしていたことに合点がいった。
「……師は、どうしたんだ?」
「あたしかい? 剣の柄までは握れたよ。でも、そこからはどう頑張っても動くことができなかった」
「なら、友人のその後は……?」
「……知らないのさ。あたしは一晩考えに考え抜いたたけど、最後まであいつと戦う覚悟をもてなかった。かといって、フッと解決策が見つかる訳もなくてね。結局、あいつがあいつじゃなくなる所も見たくなかったあたしは、全てを仲間に放り投げて逃げ出しちまった」
ドロテアは今でもその時のことを後悔しているのだろう。
いつもの勝気な声音とは程遠い、震える声でそう懺悔した。
「おばあ様が冒険者を辞めた理由は、そのときのことがあったからなんですね……」
「ああ、そうだよ。仲間一人救えずに逃げ出した腰抜けが、魔物の脅威から民衆を守って大手を振ってるなんて、笑い話にもならないだろう?」
「そんなことはない、と思いますが……」
「……結局のところ、あたしがあたしを許せなかったのさ。冒険者の育成をしようと思ったのも、少しでも後継を育てることで、あの時逃げ出した自分を正当化したかっただけだからね」
「ですが、お陰で私はおばあ様に拾って頂けて、今こうして生きていられます」
力強いネムの言葉に、優しく微笑むドロテア。
「フフ、そうだねぇ。薄々気づいちゃいると思うが、今の話は坊やにも起こりうる話だ。いや、まず間違いなく起こるだろう。その時あんたはどうするのか、きちんと考えておきな」
「……はい。ありがとうございます、おばあ様」
頭を下げるネムに続いて、レーティアたちも頭を下げた。
「いいんだよ。あたしなんかの話が、少しでも役に立つなら……。それに、ずっと抱え込んでいた後悔を口に出せたことで、肩が軽くなったのも確かだよ」
ニッと気丈に笑って見せたドロテアに、苦悶の表情を浮かべたイゼル。
「僕は……僕は、このまま生きていても良いんでしょうか。僕自身の手で誰かを……仲間を傷つけてしまうくらいなら、いっそのこと……」
「あたしは止めはしないよ。あんたの好きにしな。万が一の時、最もつらいのはあんただろうからね。でも、何か忘れてないかい?」
「え……?」
「あんたの周りには、あんたがそうならないように、なってしまっても止められるようにと、がむしゃらに修行をしているバカどもがいるだろう。その気持ちを踏みにじることになるんだよ?」
「……」
返す言葉が見つからず、イゼルが無言のままレーティアたちへと視線を向ければ、全員が心配するなと微笑みかけた。
ネムもすでに覚悟はできているらしく、動揺した様子は見られない。
「安心しろ、イゼル。たとえどのような結果になろうとも……私は、私たちは、後悔だけはしない道を選んだんだ。仮に逆の立場なら、イゼルはどうしていた?」
「それは……」
彼女たちと同じ選択を取る。
すぐにそう思い浮かんだが、かといって仲間に迷惑が……ましてや危険が及ぶことは容認できない。
どうしようもない葛藤に、表情を陰らせるイゼル。
イゼルの前に屈みこみ、瞳を見つめたレーティアは笑顔で問いかけた。
「同じだろう? なんだかずるい言い方だが、つまりそういうことだ。それに、私たちはなんとかなると本気で信じている。だから、諦めるな。訪れるであろう未来に抗え。何があろうと、最後まで生きぬくんだ」
「……解決策は、きっとある。だから大丈夫」
「そうだぜ。そもそも、本当にそうなるって確証もねぇんだ。今から諦めてどうすんだよ!」
「お前がなんと言おうと、俺たちは離れる気なんかない。俺は昔っから諦めが悪いからな、覚悟しろよ?」
「私も、微力ながら自分にできることをしますから。一緒に戦いましょう?」
レーティアに続き、リリス、ジレグート、レムロー、ネムとイゼルの手に自分の手を重ね合わせながら、真っすぐに目を見つめて語りかける。
ポロポロと零れ落ちる自分の涙に驚きながらも、何度も何度も必死に頷いたイゼル。
見守っていたドロテアも思わず涙ぐみそうになりながら、イゼル達の様子を見ていると、もしかしたらなんとかできるかもしれない。不思議と明るい未来を思い描いてしまうほど、強くそう思えて来た。同時に、もしかしたらあの時も……。そんな後悔が蘇り、ずきんと胸に鋭い痛みが走る。
それからレーティアたちももう一人のイゼルから聞いた話をドロテアやネムに伝え、どうすれば解決できるのか意見を出し合いながら悩んでいる時。
そこへ、不意にかけられた言葉。
「おや、やはりドロテアでしたか。懐かしい殺気を感じたので足を運んだんですが、大正解でした」
「なっ?!」
話に夢中になっていたとはいえ、ある程度周囲も警戒していたドロテア。
にも関わらず、突然背後から響く声に驚き振り返ると、ピシリと石になったかのように硬直した。
ネムやレーティアたちもいつの間にか現れた人物にまったく気づけなかったことに焦りを感じつつ、即座に武器を構え戦闘態勢を取る。
肝心の人物は、目深まで被ったローブを指で少しだけたくしあげて、不思議そうに首を傾げながらドロテアを見つめた。
「どうしたんですか? もう僕のことは忘れてしまいましたか?」
「リュース……?! いや、まさかそんなはず……! だってあんたは……!!」
ひどく狼狽えた様子のドロテアは、一歩後ずさる。
話しぶりから察するに知り合いにも思えるが、ドロテアの様子がおかしいことに警戒感を強める一同は、攻撃をしかけるべきか否かの判断に悩まされた。
「ああ……。あれから色々とありましてね。ほら、僕って優秀じゃないですか? なので、見事抑え込むことに成功したんですよ!」
「はぁ?! ならなんで連絡の1つもよこさないんだい!!」
「僕もこっちに戻って来たのはずいぶんと久しぶりなんですよ。あの二人が死んで……僕は追われる身になりましたからね」
「……すまなかったね。もとはと言えば、逃げ出したあたしのせいだってのに……」
「気にしないでください。原因は僕にありましたし、あの戦いは……あなたがいても、結果は変えられなかったでしょう」
「そう……かもしれないね……。っと、つもり話は後にするとしようかね。みんな、紹介するよ。あんな話をしておいてなんだが、この男が件の友人であるリュースさ」
「初めまして、リュースと申します。よろしく――」
お辞儀をしようとしたリュースは、イゼルを見るや否や心底驚いた様子で口をパクパクさせると、突然膝から崩れ落ちるのだった―――。
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