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63話 自分を知る覚悟


 地竜人(アースドラゴニュート)が攻めて来た翌日。

 村のことをドロテアやネムたちに任せたレーティア達は、中腹を抜けて山頂付近へと訪れていた。


「やはり中腹より一段上の魔物ばかりだな……」


 そう零すレーティアの視線の先には、トロール――体長3m近いたっぷりとついた脂肪と醜い容姿が特徴的な、巨大な体躯を持つ人型の魔物――がこん棒を片手に退屈そうにあくびをしている。

 動きは愚鈍な一方、鎧を着て居ようがお構いなしに握りつぶせるほどの怪力の持ち主で、力任せに振るうだけのこん棒は一撃必殺の威力を誇る。さらに厄介なのがその習性で、獲物を見つけると仲間を呼び寄せるのだ。

 討伐方法としてはシンプルで、仲間を呼ばれる前に速攻で片づけるか、呼ばれた仲間もろとも全てを討伐するほかない。


「……ん。近くにはトロールが三匹いる。どうする?」


「オレっちが囮として飛び出して、仲間を呼ぼうとしたところをリリスが襲撃、止めをレーティアでなんとかならねぇか?」


「……試してみる価値はある」


「そうだな。どちらにせよ、いつまでもうだうだとしている訳にも行くまい。せっかくステップアップしたんだ、まずは試してみよう。無理そうなら即時撤退、良いな?」


 こくりと頷いた一同。

 タイミングを見計らい、ジレグートが一気に飛び出そうとしたところ、リリスが肩に手を置いてそれを止めた。


「ん? どうした?」


「……来るよ」


 異変を感じ取ったのも柄の間、レーティアたちが狙いを定めていたトロールの眼球に次々と矢が何本も突き刺さり、痛みから苦悶の叫び声をあげたトロールは片手で両目を覆うとこん棒を振り回して暴れまわる。

 そんな中、森からさっと駆けだした人影は器用にトロールの身体を駆けあがっていき、首筋を一閃。そのまま飛び上がるとくるくる回転しながら地面へと着地し、同時にトロールが大きな音を立てて崩れ落ちた。

 剣を振り血を払った人影――レッタは、ちらりとレーティアたちが身を潜めている方向へ視線を向けると、にやりと笑う。


「ああ、なんだよいたのかよ。あまりに存在感がねぇから気づかなかったわ」


 すでにレーティアたちを認識していたのだから、気づいていて獲物を横取りしたことは間違いない。

 だが、冒険者の常識と照らし合わせてもマナー違反ではあるが禁止されているわけではなく、かと言ってドロテアの提示したルールに明確に抵触しているとも言えないだけに、面白く無さそうな表情を浮かべたジレグート。


「どうしたレッタ……って、ああ。ようやく中腹を抜け出せたんだ。おめでと。戦闘している気配もなかったし、いつも通り自分たちだけだと思ってたよ。次からは気を付けるね」


 合流したニクスは悪びれた様子もなくそう告げると、レッタの肩をとんとんと叩いて移動することを促し先へ進んで行く。

 悔しそうに顔を歪めたジレグートを見て満足そうに笑ったレッタも、そのあとに続いた。

 二人がいなくなったあと、散々バカにされたジレグートは「ふざけやがって!」と怒る。

 すると、なんの問題もないとリリスが首を横に振った。


「……別に怒る必要はない」


「あぁ?! おめーは悔しくないのかよっ?!」


「悔しがるどころか、喜ぶところだぞ?」


 ニッと笑うレーティアを、訝し気に見つめるジレグート。

 悔しさで頭がおかしくなったのか? と思いつつも、口に出すことはしない。


「……彼らの言葉は半分本当。でも、半分はうそ。こっちに気づいたのは、レッタが現れてジレグートが気配を漏らしたから。それまでは本当に気づいてなかった」


「私も同感だな。やつがトロールの身体を駆けあがっている最中、一瞬だけこちらに意識が向く瞬間があったから間違いないだろう。それに、どうだった? 久しぶりに顔を合わせた訳だが、以前ほど差があると感じたか?」


「……いや、感じねぇな。むしろ、正直拍子抜けしたっつーか……」


 二人の言葉に落ち着きを取り戻したジレグートがそう零すと、フッと笑うレーティア。


「先日師の戦いぶりを見れたことも大きいのかもしれないが、私たちは着実に成長している。気にせずいつも通りいこう」


 ちらり、と彼らが進んでいった先を一瞥したあと、反対方向へと進路を取り森の中へと消えていったレーティア達。

 視線を向けられた先で隠れて様子を伺っていた二人は、ギリッと歯噛みすると無言のまま踵を返して狩りへと戻っていった。




 レーティアたちがレッタらと遭遇した頃。

 今日も今日とてネムを相手にひたすら模擬戦を繰り返していたイゼル。

 いつもと違うのは、なぜか近くの大岩に座り込み二人の様子をじっと見つめるドロテアがいることだ。


「気になりますか?」


「ええ、まぁ……」


 果敢に攻めたイゼルをいなし、首元へと木剣を突き付けたネムがそう尋ねると、ちらりとドロテアを見てから気まずそうに委縮した。

 ネムはぜひにと言ってくれて付き合ってくれているが、彼女の時間を奪っていることに未だに罪悪感もあり、見かねたドロテアがそろそろ諦めろと暗に伝えに来たのだろうか。

 イゼル自身、ドロテアに良く思われていないことは重々承知しているので、良い方向に捉えることができず嫌な予想ばかりが浮かんでしまい、集中できず動きにもいまいちキレがない。

 ネムはしょうがない人ですねとぼやくと、一度休憩しましょうとイゼルに伝えドロテアの方へと歩き出す。


「おばあ様、イゼル様が気になって集中できていません。口を出すなら早めにお願いしますね」


「……ふん、あの坊やもいまさらあたしに何か言われたくないだろうよ」


 素直になれない子供のような、そんな不貞腐れた様子でそっぽを向くドロテア。


「イゼル様はとても素直で、優しいお方です。今もきっと、私のためにおばあ様が動いているのだと勘違いしてると思いますよ。きちんと気持ちを伝えれば、すぐに誤解に気づいてくれます」


「……はぁ、やれやれ。まるであたしの方が子供みたいじゃないか」


 ぽりぽりと頭をかいたドロテアは立ち上がると、少し坊やを借りるよと言い残しイゼルの方へ歩いていく。

 くすっと笑うネムとは対照的に、ついにドロテアが直接苦言を呈しに来たのだと焦ったイゼルは勢いよく頭を下げた。


「す、すみませんっ! ネムさんの時間を奪っていることは、十分に理解していますっ! で、できるだけ迷惑をかけないようにしますので、どうか――」


「あー、違うよ。別に文句を言いに来た訳じゃない」


「え……?」


 きょとんとするイゼルに、申し訳なさそうにしゅんとするドロテア。


「その、なんだい。あんたのことを良く知りもせず、ただただ危険だと断じたあたしが愚かだったよ。今でも危険だと思っていることに変わりはないが、だからと言ってあたしには関係ないと放置しておくってのも大人気ないと反省してね。少し話がしたいと思ったんだよ」


「話……ですか?」


 不安そうに首を傾げるイゼルに、一度ネムの元へ移動しようと促し、歩き出すドロテア。

 イゼルも恐る恐ると言った様子で後に続き、ネムと合流すると三人は岩の上へと腰掛けた。


「まず、いくつか質問したい。それによって、今後どうするかってのも少し変わってくるからね。強制はしないが、できる限りきちんと答えてほしい」


「はい、わかりました」


 ドロテアの目を真っすぐに見つめ、真面目な顔で頷いたイゼル。


「あんたは時々、まるで自分ではない別の誰かに身体を乗っ取られているような……そんな感覚を覚えたことはないかい?」


「……あります。ですが、乗っ取られているというよりは、どちらかと言えば変わってくれているような、そんな感じです」


「変わってくれている、というと?」


「そうですね……。悪い感じがしない、と言えば良いんでしょうか。僕が感情をコントロールできず頭が真っ白になったときに、変わりに身体を動かして危険を回避してくれている――そんな印象です」


「……ふむ。でも、その存在を薄っすらと認識はできていても、何なのかはわかっていない、ということだね?」


「……はい」


 イゼルが頷くと、ふーむと考え込むドロテア。


「そうだねぇ……。おそらくレーティア達はあんたに隠しておきたいんだろうが、あたしは知っておくべきだと思ってる。自分自身の闇……それを知る覚悟が、あんたにあるかい?」


 ドロテアの言葉をゆっくりと何度も反芻し、噛み締めたイゼル。

 彼女の言葉を聞いて、ようやく時折感じていたレーティアたちが何かを隠しているかのような、そんな違和感の正体に気づいたイゼルは、知りたいと願った。

 きちんと知っておかなければならないと、そう強く感じたのだ。


「お願いします、教えてください。僕はきっと、僕の中にいる存在を知らなければならないと思うんです」


「……そうかい。ネム、悪いんだけどレーティアたちを呼んで来ておくれ。あの子たちも、きちんと向き合うときが来たようだよ」


 こくりと頷き、颯爽とガイラ山目掛けて走っていくネム。

 それから一時間もせずに帰って来たレーティアたちは、ドロテアから経緯を聞き顔を歪めはしたものの、遅かれ早かれ話すべきだとは思っていたのだろう。憤ったり反論したりするようなことはなく、静かにイゼルの近くへと腰を下ろした。

 ネムが気を利かせてロッテからレムローを連れて戻ったあと、一同はドロテアの話を聞き始めた―――。

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