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62話 疎外感


 レーティアたちが脅威だとまで感じた相手を、歯牙にもかけずあっさりと屠って戻って来たドロテア。

 改めて師としての実力を見せつけた形ではあったが、その衝撃は計り知れないものがあった。


「……どこまで見えた?」


「……私は三割くらいしか見えてなかったと思う」


「オレっちも二割くらいだな……。レーティアは?」


「私も四割ほどだろう……。半分以上は目で追えなかった」


 愕然とする三人に、笑いかけるネム。


「わずかにでも見えていたなら、随分と進歩していますよ。ねぇ、おばあ様?」


「そうだねぇ。まだ実力の半分も出しちゃいないが、それでもネムと出会う前のあんたらだったらまったく見えなかっただろうね」


 ドロテアの言葉に、確かな成長の実感を感じると共に、それでも尚はるか先にいるドロテアとネムに畏敬の念を覚える一同。

 そんな中、ドロテアはちらりとイゼルに視線を向けて尋ねた。


「それで? あんたも諦めずにネムと修行しているみたいだが、どれくらい見えてたんだい?」


「……まったく見えませんでした」


「そうかい。それがあんたの実力ってことだろうね。それでも諦めないのかい?」


「……はい」


 しっかりとドロテアの目を見つめて頷いたイゼルに、やれやれと呆れたように頭を振ったドロテアはスタスタとロッテへ向けて歩いていってしまった。

 常に実力の拮抗した相手と命のやり取りを繰り返してきたレーティアたちと違い、模擬戦という形で安全に修行しているイゼルはアリゼムを出たころと比べても見違えるほど腕が上がっているとは言えない。

 それは薄々本人も感じていたが、ここに来て現実をつきつけられたことにより、言いようのない焦燥感に襲われていた。

 『心ノ仮面(ペルソナ)』により制限されていても尚、チリチリと少しずつ導火線が燃えては消え、再び燃えるといったような、拭いきれない不安が心を覆う。


「大丈夫です。目に見えての違いはありませんが、確実に成長しています。いつも一緒に修行している私が言うんですから、絶対間違いありません」


「そうだぞ。私たちより遥かに強いネムがそう言うんだ、間違いない」


 暗い表情を見て二人がフォローを入れると、取り繕ったような笑顔を向けるイゼル。

 初めて見る気持ちの切り替えができていないイゼルに一瞬嫌な考えが過るレーティア達だったが、細切れにされたカケラを回収してロッテへ戻りましょうというネムの提案に素直に頷くイゼルを見て、まだ大丈夫だ。もう少しだけ時間をくれ。そう心の中で願い、自分たちも同意して動き始めた。

 ロッテへと戻るとすぐにドロテアから呼び出された一同は、久しぶりにデーテとロイトたち四人を除いたアリゼムから移動してきた面子だけで広間へと集まり、ドロテアの言葉に耳を傾ける。


「さて。知っての通り、妙な輩がこの町……もしくはこの町にいる誰かを狙って襲ってきた。全員あたしが斬っちまったから正確なことはわからんが、おそらく後者だろうと思っている。あんたらは言葉を話す魔物に覚えがあるようだしねぇ?」


 目を細めてレーティア達を見やるドロテア。

 だが、ネムはそんなドロテアに呆れた目を向けた。


「おばあ様の予想は正しいと思いますよ。ですが、アレだけ実力差があったなら生け捕りも容易だったハズ。調子に乗って全部切刻んじゃうから困っているんですからね?」


「な、なんだい……。ようやくあたしが育てても問題なさそうなやつらに出会えたんだ、ちょっとくらい良いとこ見せたいじゃないか。あんたみたいにあたしについてこれるやつなんて早々いないんだよ?」


「気持ちはわかりますが。それなら尚のこと、素直に弟子に迫る問題をきちんと聞き、解決に手を貸してあげればいいだけじゃないですか。自分の失態を弟子になすりつけるなんて、師として情けないですよ」


「……ぐうの音も出ないね。我が一番弟子ながら、あんたのせいであたしはいつも疎外感を感じるよ……」


 ネムがレーティア達のフォローに回ったり実力を見たりと、まるで師のようなことをしているだけに、負けてられんとはりきった結果だったのだが、如何せん実力差がありすぎて、ふと我に返った時には全て終わっていた。

 元々男勝りな性格に加えて本能に忠実なタイプのドロテアにとって、ああだこうだと頭で考えるのは苦手なことこの上ないのだ。


「そう思うなら、もう少し素直になってくださいな。威厳だなんだと妙なことを気にしなくても、おばあ様は偉大なのですから」


「私たちもついネムに甘えてしまっていたが、あくまでネムは姉弟子であり、師はドロテア様だと思ってることに偽りはない」


「……同じく」


「オレっちもだぜ」


「あんたたち……」


 四人の言葉に思わずうるっとしかけたドロテアは、誤魔化すように軽く咳払いをすると真面目な顔つきに戻る。


「あたしも長いこと冒険者として活動していたが、言葉を理解し自らも流ちょうに会話する魔物に出会ったのは初めてだ。正直、何かとてつもないことが起きてるんじゃないかと寒気すらするほどに衝撃的だった。話せない、話したくないことは隠していて構わないから、あんたらの知っていることを可能な限り教えな」


 顔を見合わせたイゼルたちは無言で頷くと、ほとんどすべてのことを包み隠さず話した。

 豚鬼皇帝(オークエンペラー)のこと、セリエンス迷宮で出会った謎多きローブ姿の人影のこと、魔物へと変貌を遂げた魔剣の存在のこと。

 イゼルのことだけは本人の前で口にする訳にはいかないため、うまく隠し通した上で、だが。


「――私たちが知っているのはそんなところだ。おそらく、先の地竜人(アースドラゴニュート)も無関係ではないだろう」


「なるほどねぇ。意思疎通の取れない魔物を、ましてや種族を超えて率いるなど到底不可能だと思っていたからこそ、考えたこともなかったね。混成種族による魔物の軍勢……それも人語を理解できる者もいるとなれば、その脅威度は計り知れないよ」


「ですが、疑問が残りますね。アースドラゴニュートもローブで姿を隠していましたし、口ぶりからしてもまだ世間に知られる訳にはいかないということでしょう? なのに、なぜリスクを冒してまでここを攻めて来たんでしょうか。話を聞く限り、有名な実力者であるおばあ様がなんらかの障害になり得ると判断されて狙われた、などの理由ならまだ納得できますが……。反応からして、少なくとも狙いはおばあ様ではなかったはず。それなら、それ以外の人が狙われた理由がわかりません」


 訝し気に眉を顰めるネムに、黙り込む一同。


「――なんにせよ、また襲われる可能性があることに変わりありません。むしろ、ドロテアさんの実力を知って更なる軍勢を引き連れてくる可能性もあります。……強く、なりたいです」


 自分の胸に拳を当て、強い思いを形にするように口にしたイゼル。

 その真剣な表情にネムは優しい笑みを浮かべ、レーティアたちも嬉しそうに『そうだな』と同意した。

 ドロテアだけは迷う素振りを見せていたが、良い雰囲気の一同に水を差すようなことはせず、無言のまま見守りながらまるで何かに問いかけるかのように天を仰いだ。


「すぐに何かあるとは思えないが、念のため今日は村から離れすぎないほうがいいだろう。久しぶりに、みんなで手合わせでもするか」


 レーティアの言葉にそれぞれが頷いたり拳を手のひらに叩きつけたりと、様々な反応を見せながらも一様にやる気満々といった様子。

 ネムがドロテアに視線を送れば、好きにしなと言わんばかりに手を軽く二度振った。

 再びロッテ近くの平坦な場所に戻って来た一同は、心行くまで何度も何度も競い合い、爽やかな汗を流しながら日が落ちるまで久しぶりの交流に花を咲かせるのだった―――。

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