59話 元教え子たち
修行をつけてもらえることになった翌日。
日の出前から宿を出たイゼル達は、薄暗い中アリゼムの北門でドロテア達を待っていた。
「おやおや、随分とお行儀が良いんだねぇ。まぁ時間に遅れるようなら置いていくつもりだったけどね」
約束の時間10分前に現れたドロテアは、イゼル達を見ていやらしく口角を上げる。
「おはようございます。今日からよろしくお願いします。それで、昨日は説明がありませんでしたがどちらに向われるのですか?」
一礼したレーティアが丁寧な言葉遣いで尋ねると、一層笑顔になるドロテア。
「良い心がけだね。だが、いつも通りで構わないよ。そんなお利口な態度は冒険者に必要ないもんだ。それで、行先だったね。当分の修行場はカイラ山さ」
「カイラ山……」
思っても見ない目的地に、絶句する一同。
カイラ山は山頂にB級相当の迷宮の存在が確認されている高峰で、魔物の反乱が起こって久しく経つ、まさに魔窟と呼べる場所だった。
立地的に定期的なダンジョン攻略が厳しいといった理由で捨て去られた場所であり、溢れかえった魔物が山の中に蔓延っているためその危険度は熟練の冒険者達ですら敬遠するほどである。
金級冒険者を筆頭に複数のパーティーが合同で山頂を目指したが、誰一人として帰ってこなかったというのは有名な話だった。
「なんだい、怖気づいたのかい? 確かにあそこは魔物が多いが、アレくらいどうにかできなきゃ先はないよ。どうする、今ならまだやめられるよ?」
自分たちで決断しなと視線を送るドロテア。
「少し驚いてしまっただけだ。ドロテアさん……師が行くというなら、弟子として依存はない」
「……ん、同じく。修行、ばっちこい」
「へへ、だなっ! オレっちたちはついていくだけよ!」
「ふん、良い目じゃないか。なら問題はないね。ほら、さっさと行くよ! えーと……レムローだったかい? あんたは悪いけど、坊主とネムを乗せて馬車で付いて来な。あたしらは走っていくからね」
「わ、わかりました……?」
言葉の意味を理解できず、ただ頷くことしかできないレムロー。
二人が馬車に乗り込んだのを確認したドロテアは、ついてきなと言って颯爽と駆けだす。
それからおよそ3時間。一路北へと向けてアリゼムを出発し、馬車と変わらぬ速度で走り続けたレーティアたちは、小休憩だと言って立ち止まったドロテアの姿を見て改めてその差を思い知った。
自分たちはすでに息が切れ肩で呼吸しているにも関わらず、まるで疲れた様子のない彼女は笑顔でネムと会話している。
とてもじゃないが、無駄口をたたいている余裕なんてない。少しでも体力を回復すべく、呼吸を整えることで精いっぱいだった。
その様子を横目で観察していたドロテアは、小さく「なるほどね」と呟く。
「ちょっと予定を変えて、ここで朝食にしようかね。あんたらは休んでていいから、少しでも体力の回復に務めな」
レーティアたちに告げると、ネムに食事の準備をするよう伝えるドロテア。
そこから小一時間ほど休息をとった一行は、再びカイラ山に向けて走り出した。
3時間ほど走っては休息と軽食をとり、再び走る。その繰り返しを続け、日が落ちても魔導灯具で先を照らしながら走り続けていく。
日付が変わる少し前に手早くテントを設営すると、ようやく初日を終えた。
翌日も同様の行程で進んでいき、3日走り続けてもまだまだ目的地までは遠く、レーティアたちは身体が慣れる様子もないまま疲労だけが蓄積していく。休息の時も野営の時もイゼルたちと一言二言言葉をかわすだけでそれ以上の余裕はなく、すぐに泥のように眠りにつく日々。
そんな生活が続くこと一週間、一向はようやくカイラ山の麓にほど近い小さな村へと到着した。
簡易的な丸太の柵で囲まれた土地の中には、中央に設けられた通路を避けるように木造の平屋がまばらに20件ほど立ち並び、一向がたどり着いた村の入り口らしき場所からもカイラ山が一望できるようになっている。
村の中を見れば元気に走り回る子供たちや小さな子供の手を引く母親らしき女性の姿もあり、時折笑い声のようなものも聞こえてくる。小さな畑もいくつかあるなど、まるで目の前にある山が魔窟ではないような、そんな錯覚を覚えるほど長閑な雰囲気が漂っていることに驚くレーティアたち。
「どうしてこんなところに村が……」
「おいおい、防壁もないのにどうやって魔物の脅威から身を守ってんだ?!」
「……あの山が実はカイラ山じゃない……とか?」
三人がちらりとドロテアへ視線を向けると、大きな笑い声をあげた。
「アッハッハッハ! そうだねぇ、ここを始めて見る連中はみんなその疑問を抱くもんさ。口で説明しても理解できないだろうし……お、ちょうど良い、アレを見てみな」
ドロテアが視線を向けた先を一同が見やると、カイラ山から木々の隙間を縫うようにして勢いよく狼が5匹飛び出す瞬間が目にうつり、一直線に村へと駆けて来る姿を捉える。
慌てて飛び出そうとしたレーティアたちをドロテアが制すると、「黙ってみてな」と静観するよう促すした。
このままでは村が! と焦る彼女たちだったが、狼に向かい村から武器を持った二人が歩いていく姿が目に入る。
「アレは……冒険者か? 偶然居合わせたのか……?」
訝し気に見つめる先では、今まさに戦闘が始まろうとしていた。
先頭をいく二匹が二人に狙いを定め、大きく口を開きながら一斉に飛びかかる。一人はさっと弓を構えると、一瞬で弓を引き切り口内目掛けて発射。もう一人も片手直剣を引き抜くと、しゃがみこみ攻撃を回避しつつ首の付け根あたりから腹部へかけて切り裂いた。
空中で絶命し地面を転がっていく二匹に目もくれず、二人は後方から迫る三匹へ狙いを定め走り出す。片や弓で眼球を射抜き、片や剣を口腔内に突き刺し、最後の一匹は二人からほぼ同時に両側から蹴られたことで首がおかしな方向へ曲がって倒れる。
あっという間に五匹の討伐が終わり、二人は慣れた動作で狼たちを収納拡張魔道具へしまうと笑いながら村へと戻っていく。
「今の……私の見間違いでなければ、巨魔狼だったよな……?」
レーティアが恐る恐る尋ねると、こくりと頷くリリス。
「それをあんなにあっさりと倒すって、あいつらはなんなんだ? 見たとこ武器も普通の鋼鉄製だったぜ?」
「驚いたようだね? あいつらは私の元教え子たちだよ。今はここで家庭を守りながら生活してんのさ。ただ、あいつらももう良い年だからね。そろそろ後継を育てるっていうんで、ついでに面倒見てやろうかと思ってさ。その方が楽だろう?」
ほら、行くよとスタスタと歩き出したドロテアを追って村へと入っていく一行。
先ほどラージデビルウルフを討伐した二人もドロテアに気づいていたようで、村の中央にある広場で待っていた。
「よぉ婆さん、久しぶりじゃねーか。なんだ、ついに隠居する気になったのか?」
「おい、やめないかっ! デーテがすみませんね。アレですよね? 墓地を探してるんですよね?」
「相変わらずクソ生意気なガキどもだね」
ごつんごつんと一発ずつ二人の頭にげんこつを落としたドロテアは、頭を押さえて転げまわる二人を無視して紹介を始めた。
「こいつらは緑髪のほうがデーテ、長髪のほうがロイトだよ。腕はそこそこ良いんだが、いかんせん口が悪くてね。ま、仲良くやりな」
「ったく、婆さんと比べられたらみんなそこそこだろ」
悪態をつきながら起き上るデーテ。
短い緑の髪が印象的な、パッと見は街のごろつきのような見てくれの男。
対照的に、ロイトは茶色の顎に届きそうなほど長い前髪を左に流しており、左目はほとんど隠れてしまっていて見えない。
どちらかと言えば狩りをするというより、室内で研究でもしていそうな雰囲気だ。
「みんなはばっ様の新しい弟子候補かな? うちの息子も参加させてもらうことになると思うから、宜しく頼むね」
人好きしそうな柔和な笑みを浮かべたロイトだったが瞳の奥はまったく笑っておらず、暗にイゼルたちにはこれっぽちも興味がないと物語っていた―――。




