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58話 推測


「ど、どういうことですか?!」


 ドロテアの言葉に、焦った様子で問いかけるイゼル。


「どうもこうもないよ。お前さんからは危険な香りがするんだ。根拠のない直感だが、あたしは自分の直感を信じて、今まで生きてきたからね。今回もそれに従うまでさ」


 目を細めてイゼルを見ながら、淡々と告げるドロテア。

 レーティアたちも彼女の言う事を否定できず、顔を曇らせる。

 目を閉じて何かを考え込んだイゼルは、意を決すると口を開いた。


「……わかりました。僕以外は修行をつけてくれるんですよね?」


「ああ、そのつもりだよ。まぁ、その子たちがあたしの提示した条件を呑めるんなら、だけどね」


 イゼル抜きで修行を行うつもりなど毛頭ないレーティアたちは三人でアイコンタクトをとると、無言で頷き合う。その様子をみていたイゼルは表情を曇らせると、ドロテアに向き直ってレーティアたちよりも先に口を開こうとしたとき、さらに先に口を開くものがいた。


「お婆様。彼のことは()()私が責任を持ちますので、同行だけでもお許し頂けないでしょうか?」


 思いがけないネムの言葉にドロテアはぴくりと反応し、眉をひそめる。


「本気で言っているのかい? あんたもあたしの直感を信じてくれているもんだと思ってたんだけどね」


「ええ、信じています。そんなお婆様に憧れてもいます。だからこそ、私も自分の直感を信じたいんです」


 強い意志を秘めた瞳を見て、ドロテアは大きくため息をつくと頭をふった。


「やれやれ、その頑固さは誰に似ちまったのかね。……その坊主が、あんたが長年探していたやつなのかい?」


「はい、そう感じています」


「……そうかい。ならもう何も言わんさ、好きにしな。あんたらもそれでいいね?」


 話の流れがよく理解できなかった一同ではあったが、真っ先にイゼルが頷いたことでひとまずそれに続く。


「ありがとうございます、お婆様」


 深く頭を下げたネムに一瞬だけどこか嬉しそうに目を細めたドロテアは、表情をすぐに厳しいものへと変えると、先ほどよりもさらに濃密なプレッシャーを放ちながら全員を見回し低い声音で釘を刺す。


「いいかい、忘れるんじゃないよ? あんたらが選んでいるのはひどく険しく、そして大きな痛みを伴うであろう茨の道なんだ。この先、たとえどれほど辛く耐えがたい現実が襲ってきたとしても、逃げ出すことも諦めることも許されない。何が起ころうと、どのような犠牲を払うことになろうとも」


 紡がれた言葉一つ一つが、まるで重りのようにレーティアたちにのしかかっていく。

 ドロテア一呼吸置くと、付け足すように言葉を続けた。


「甘ったれた考えを微塵でも持っている馬鹿がいるなら、()()()が来ちまう前にさっさと離れるんだね」


 事情を知らないはずのドロテアが、まるでこの先起こるであろうことを知っているかのように話し終える。

 彼女の言う『その時』が何を意味するか知る三人はそれぞれが別々の想いを抱きつつ、それでもプレッシャーに屈することなく真っ直ぐにドロテアの瞳を見つめ返した。

 流れからイゼルに何かしらの異変が起きることを感じ取ったレムローもまた、自分には関係ないと言った素振りを一切見せることなく、己の中で言われた言葉を噛みしめていく。


「確かにその通りだと思う。だが、それでも……それでも私たちは諦めたくない。できることは全てしたいんだ」


「……覚悟はできてる」


「最悪の場合のも、な。頼む、どんな修行にもついていく。だから、オレっちたちをできる限り強くしてくれ」


 三人が同時に頭を下げると、呆れたように乾いた笑いを零すドロテア。


「やれやれ、ネムといいあんたらといい……困った奴らだね。だが、嫌いじゃないよ。いいだろう、あたしの全てを持って鍛えてやろうじゃないか。死に物狂いでついてきな!」


 それからは早かった。

 時間が惜しいと言うことで翌日から修行に移ることになり、宿を引き払うなど準備を済ませるべくドロテアのもとを後にしたイゼルたち。


「そうだ、このまま皆で戻っても二度手間になってしまうし、イゼルとリリスの二人はこのまま食料などの必要物資を買い込んできてくれないか?」


「確かにそうですね。わかりました! 行きましょう、リリスさん!」


 宿への道中、レーティアがそう切り出すと笑顔で頷き、リリスと共に別方向へと歩き出すイゼル。その後ろ姿を見送ったレーティアたちは宿へと戻り、主人に用件を伝え終えると急ぎ部屋へと入った。


「時間もあまりないことだし、早速本題に入ろう。レムローも薄々気づいていると思うが、イゼルについてだ」


「ああ、頼む。レーティアたちは、ドロテア様が言っていたことに見当がついているんだろ?」


 真剣な表情で問うレムローの言葉に頷くと、イゼルの『ペルソナ』と背負う運命について話し始めたレーティア。

 普段のイゼルしか知らないレムローからすればとても信じられない内容ではあったが、時折見せるイゼルの異常とも言える胆力に疑問もあったことで、府に落ちる部分もあった。


「オレっちや嬢ちゃん達ですら一瞬気が遠くなるほどの威圧に全く動じていなかったのも、そのせいだな」


「そう言うことか……。だが、それならなぜ追い剥ぎになんてあったんだ? こう言っちゃ何だが、あいつらの腕は三流もいいとこだった。今のイゼルの足元にも及ばないくらいのな。それでも、当時のイゼルからすれば命の危機に変わりなかっただろう。ソイツが出て来て、返り討ちにしなかったのはなぜだ?」


 単純な疑問を抱くレムローに、神妙な面持ちを浮かべるレーティア。


「おそらく、だが……。元は貴族として平和な場所で生きていたイゼルにとって、家を追い出されて生活が激変したことに加え、他者の命を軽んじるような明確な悪意も知った。そして、冒険者として活動し始めたことで自らの命の危険や、他社の死というものが身近になったこともあり、今までとは比較にならないほどの心理的負荷がかかり始めたはずだ。『ペルソナ』の容量が急速に埋まっていってるのは想像に難くない。そうしたことがきっかけで、もう一人のイゼルが生まれた……もしくは目覚めたんだとすれば、納得がいかないか?」


 そこで一区切り置いて二人の反応を確認したレーティアは、一度深呼吸すると再び口を開く。


「そして、ここからはできれば外れていて欲しい推測なんだが……。ジレグートは覚えているか? もう一人のイゼルが言っていた、一定以上の負荷がかかった時に入れ替わると言う説明を」


「ああ、確かにそんなことを言ってたな」


「多分、あの言葉は真実じゃない。いや、それが全てではない、というべきか? あくまで直感的な予想だが、私は条件はあれど、もう一人のイゼルはある程度任意で身体の主導権を握れるのではないかと考えている。そうでないと、限界がくる前に殺してやる、とは言っていても実行できないだろうからな」


 レーティアの予想が当たっているという証拠はないが、大部分は当たっているのだろうと思わせるだけの説得力があった。

 だが、それは同時に許容量とは別に、もう一人のイゼルが見限った場合にもその時は訪れてしまうと言うことに他ならない。


「何にせよ、オレっちたちが今できることは強くなる以外にねぇんだ。死に物狂いで強くなって、そんな未来ぶっ壊してやろうぜ」


「ああ、そうだな……。それで、レムローはどうする? もちろん無理強いはしない。すぐにとは言わないから、しっかりと考えてみてくれ」


 真っ直ぐに目を見つめて伝えたレーティアに、レムローはすぐに首を横にふった。


「いや、考えるまでもない。俺の心はすでに決まっているからな。たとえ何があろうと、どうなろうと俺は俺にできる全力を持ってイゼルの力になる。なってみせる!」


「そうか……ありがとう。よろしく頼む」


「がんばろうぜ。んでよぉ、全部片付いたらお祝いにパーッとたけぇ店に連れてってやろうや」


「ああ、そうだな。その手のことは、俺やジレグートが経験させてやろう」


「……お前達、イゼルをどこに連れていくつもりだ? ん? 詳しく教えてもらおうか??」


 つい調子に乗った二人はレーティアにこってりと絞られることになり、それはイゼル達が買い出しから帰ってくるまで続いた。

 扉を開けるとなぜか正座させられて今にも泣きそうな顔をしている二人が目に入り、首を傾げたイゼル。視線を動かすと、二人の前に立つ背後に鬼が立っているのではないかと錯覚するほどのオーラを放つレーティアに気づき、そっと扉を閉めるのだったーーー。

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