57話 ネムの提案
イゼルたちがアリゼムへとたどり着き、ネムを相手に修行するようになって早一ヶ月。
今日も今日とてネムに挑む一行は、初日よりも一回当たりの戦闘時間がかなり伸びていた。誰一人諦めることなく、自身の可能性を模索し続けた結果である。
結局この日も日が暮れるまで一度も有効打を与えることができなかったイゼルたちだが、ネムは感心した様子で手を叩く。
「まさか一ヶ月も諦めないとは思いませんでした。皆さんなら、おばあ様の修行も耐えられるかもしれません。良ければ会ってみませんか?」
「どういうことだ……? 何か目的があってここで腕試しを募集しているのだろうとは思っていたが、そのおばあ様のお眼鏡に適うものを探していた、ということか?」
「ええ、その通りです。おばあ様は元冒険者なのですが、最近の若手に思うところがあるようでして……。次代を担う者の育成に取り組まれていたのですが、教え子たちが皆逃げ出してしまったのです。唯一残った私はそのまま修行の継続を希望したのですが、それでは効率が悪すぎるから嫌だとヘソを曲げてしまって相手にしてもらえなくて。それで仕方なく、おばあ様の修行に耐えうる有望な若手を探していました」
「事情はわかった。少し仲間と相談させてもらっても良いか?」
「はい、どうぞ」と言ったネムに軽く頭を下げると、少し離れた場所で会議を始めたイゼルたち。
特に反対意見もなくスムーズに意見が一致し、おばあ様に会ってみることになった。早い方が良いというネムに連れられ、街の北側へと進んで行く。
イゼルたちが散策した南側は一般の旅行者向けの区画であるのに対して、北側は高級な商店や宿が立ち並ぶ、いわゆる富裕層向けの区画。徒歩で移動するものは珍しく、誰もが馬車に乗って買い物などを楽しんでいる。
客も店員も全員が小ぎれいな恰好をしており、冒険者然とした恰好に徒歩であるイゼルたちは非常に目立つ。周囲が自分たちに視線を向けながらヒソヒソと何か話している様子に、居心地の悪さを感じる一行。
ネムはそんな視線もお構いなしに堂々と進み、一件の建物へと入っていく。
石造りの幅広な三階建ての立派な建物で、入り口から見渡せる内部にはうるさすぎないよう配慮されたであろう品の良い調度品が並び、一目で北側に立ち並ぶ宿の中でも別格の高級宿であると理解できる雰囲気があった。
本当に自分たちが入って良いものだろうかと躊躇し、足を止めていたレーティアたちを戻って来たネムが見て不思議そうに首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「い、いや……。入りづらくてな……」
「ああ……。大丈夫ですよ。この宿はおばあ様の持ち物ですから」
「「「「……は?」」」」
萎縮した様子のレーティアたちに、事も無げに言い放つネム。
レーティアたちは言葉の意味を理解できず、目を見開きぽかんと口を開く。唯一、イゼルだけは元子爵家だったため高級宿の雰囲気にも呑まれず、またネムの着ている服の材質などから相当な高級品だと気づいていたので、特に驚くこともなかった。
むしろ、なぜレーティアたちが驚いているのかわからずに首を傾げているほどだ。
「さぁ、中にどうぞ」
「あ、ああ……」
手で促すネムにようやく一歩を踏み出したレーティアたちは、魔物を相手にしているときよりも緊張しているのではないかといった様子で、全身を強張らせながら宿屋の中を進んで行く。
やがてネムは三階にある一室の前で立ち止まると、コンコンコンと三回ノックした。
「開いてるよ」
中から返事があったのを確認し、ネムが扉を開けるとソファに腰かけながら紅茶を飲む年配の女性が目に入った。
顔には年相応の皺が刻まれているが背筋はピンと伸び、ネムよりも濃いめのミルクティー色の髪を後ろで束ねている。
「おばあ様、話をしていた冒険者たちを連れて来ました」
「ああ、その子たちがそうなのかい。……へぇ、確かに中々良い面構えをしてい……」
言葉を途中で止めると、目を細める女性。
「おばあ様、どうかしましたか?」
ネムが首を傾げると、元の表情に戻る。
「とりあえず中に入りな」
ちょいちょいっと指を前後に動かしながら許可を出す女性。
ネムに続きイゼルたちが部屋に入り、最後尾にいたレムローが扉を閉めた瞬間強烈なプレッシャーが部屋全体を襲う。
レーティア、リリス、ジレグートは膝こそ折らなかったものの、身体を動かすことができずに硬直。レムローは片膝をつきながらも、歯を食いしばってかろうじて意識を繋ぎとめた。
「胆力もまぁまぁといったところかね。いいよ、合格だ」
フッとプレッシャーが掻き消え、ハッハッと荒く呼吸するレーティアたち。
女性は再び目を細めて、先ほどまでと変わらず至って平常通りなイゼルを一瞥したあと、すぐに元の表情へ戻るとソファへ座るよう促した。
警戒した様子で腰かける一同を見ながら、女性はネムに目配せすると紅茶を淹れるよう指示する。
「どうぞ、飲むと落ち着きますよ」
ネムが並べた紅茶を口にするか悩むレーティアたちだったが、イゼルが疑いなく口をつけたことでそれに続く。
頃合いを見計らっていた女性は、少し落ち着きを取り戻した一行を見て口を開いた。
「いきなり試すような真似をして悪かったね。どこまで聞いているのか知らないが、まずは自己紹介をしておくよ。あたしはドロテア、老いぼれた元冒険者さ」
レーティアたちも、奥から座っている順にレーティア、リリス、ジレグート、イゼルと自己紹介を返していく。
最後にレムローが続くが、レーティアたちと違いひどく緊張した様子だった。
「俺……いえ、私はレムロー。このパーティーで御者をさせてもらっています。つかぬことをお伺いしたいのですが、もしかして……白金級冒険者の『千刃』ドロテア様ではありませんか?」
「おや、まだ若いのにあたしのことを知ってるんだね。古い話だよ、とっくの昔に引退した身だからね」
「やっぱり……!」
感動した様子で興奮するレムローに、首を傾げるイゼルたち。
「まさか知らねぇのか?! 『思紡心結』パーティーの一人、『千刃』ドロテア様といえば冒険者の間じゃ天上のお人なんだぜ! メインで活動してたのは隣国のクライアだったが、その武勇伝はインテリジェンスの冒険者ですら誰もが知っているほどだ。有名なところだと、『思紡心結』のメンバーだけでA級迷宮の魔物の氾濫を塞き止めたとかだな」
「A級ダンジョンの?! そ、そんなことが可能なのか……?!」
心底驚いたといった表情で問うレーティア。
リリスやジレグートも、レムローの言葉に途端に顔を引き締め話の続きを固唾を飲んで待った。
「懐かしいねぇ。そんなこともあった気がするよ。でも、スタンピードを塞き止めるなんて、そんなに難しい話じゃないんだよ?」
「何か秘訣でもあるんですか……?!」
A級ダンジョンにどれほどの魔物がいるのかはわからないものの、D級ダンジョンの時ですら近くの町に救援依頼がいくほど。
それがさらに難易度の高い場所となれば、敵の強さも量も想像を絶することは、経験の浅いイゼルでも容易に想像できる。
だからこそ、もしもの時のために経験談を聞きたいと感じたイゼルは、真剣な表情でドロテアを見つめた。
「なに、難しいことなんてないよ。ダンジョンてのは入り口が1つしかない。つまり、やつらにとっては出口な訳だが、出てくる場所がわかってるんだからそこで待ち構えてりゃいいだけさ」
事も無げに言い放つと、愉快そうに笑う。
単純明快であり真理ではあるものの、だからといってそれを実行しようと思う冒険者はまずいない。ギルドでこんな話をすればほら吹きだと笑われそうなものだが、ドロテアからは経験に裏打ちされた確かな自信と底知れない力量を感じる。
だからこそ、レーティアたちは彼女の元で修行をつけてもらえればさらに高みに上り詰められると、確信めいた何かを感じた。
「修行の件、ぜひともお願いしたい」
「……私も」
「オレっちもだ」
「僕もお願いします!」
四人が頭を下げ、顔を上げるとドロテアは一人ずつじっと目を合わせていく。
「ネムが連れて来た連中だ。とりあえずお試しってことで、修行をつけてみるかね」
その言葉に、パァッと表情を明るくするイゼルたち。
「あぁ、でも条件がいくつかあるよ。それと……イゼル、といったかい? お前さんはダメだ、さっさと冒険者をやめた方が良い」
「え……?」
冷たい瞳でイゼルを見据えながら言い放つドロテア。
その言葉に、室内はシンと静まり返った―――。
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