55話 これくらいのことで
懐かしい面々との再会を喜んだレムローに一時的にでも帰郷を満喫してもらうべく、翌日も村でのんびりと過ごした一行。
二泊した後、別れを惜しむ村人たちに手を振って再びアリゼムへと向けて進みだした。
それから五日後のお昼前。
大きな問題もなくアリゼムへと到着したイゼルたちは、外からでもわかる物凄い熱気を帯びた街の様子に立ち入ることを躊躇していた。
一応入り口で馬車を預けはしたものの、門の隅から中を眺めたまま立ち尽くす。
「うーむ……。闘技大会もないのに、祭りでもやっているかのような熱気だな……」
「……うん。なんていうか……近寄りたくない」
「そうかぁ? おもしろそーだけどなぁ。どいつもこいつも目がギラギラしてやがって、最高に熱いじゃねぇか」
各々が獲物を目立つように携帯し、自信満々に歩く姿は堂に入っていて誰もが腕に自信があることが見て取れる。
時折肩がぶつかっただの足を踏んだだの些細なことで取っ組み合いの喧嘩が始まり、それを周囲の者たちが面白そうに煽り殴り合いに発展。どちらが勝つかで賭けが始まる始末。
ビートダッシュよりもさらに血気盛んな者が多く、さながら世間が一般的に思い描く冒険者像が凝縮されたかのような場所だった。
「なんだかんだで、ここは腕試しにもってこいだからなぁ。大会がないときも闘技場は利用できるから、腕に覚えのあるやつらが挑戦者を募ったりしてるし。イゼルはまだ冒険者になったばっかりなんだろ? 良い経験になると思うぜ?」
レーティアたちと同じく若干入りたくないと思っていたイゼルも、レムローの言葉に納得したのか、入る側へと意見を変更。ためらっていた二人も折れると、アリゼムの街へと足を踏み入れた。
アリゼムは中央にある巨大な闘技場を中心に、円状に広がるように建物が建てられていて、住民は商いをするものたちばかり。宿屋も非常に多く、賑わう大多数の人たちが闘技場を目的に訪れた観光客や冒険者であることが伺える。
商店もいわゆるお土産屋や武具屋、飲食店が目立ち、ここらでは有名な観光名所の一つとなっていた。
闘技場はコロッセオのような形をしており、中央に設けられたフィールドを囲うように観客席が作られ、酒を片手に観戦するものたちも多い。
冒険者同士が培ってきた経験や技巧をぶつけ合う様は観客の心を燃え上がらせ、闘技場の外にいてもその大歓声が響いてくる盛り上がりようだ。
ちらほら女性冒険者を見かけるものの、圧倒的に男性が多いせいかレーティアとリリスは非常に目立ち、メインストリートを歩いているだけで好奇の視線に晒され顔をしかめる。
そんなことを微塵も気にせず露店で買った酒を片手に楽しそうにしているジレグートに、苛立った二人が揃って蹴りを食らわした。
「いってぇな?! 何すんだよいきなり!」
「フン。貴様はもう少しイゼルを見習え。そんなことではシクルにも愛想をつかされるぞ」
「……同感。むしろシクルのためにも仲を引き裂くべきな気がしてきた」
冷ややかな視線を浴びせられ、狼狽えるジレグート。
「な、なぁイゼル。あいつらはなんで怒ってんだ……? オレっちは別になんもしてねーよな??」
「アハハ……。レーティアさんもリリスさんも凄く綺麗なので、人目を引いてしまって困ってるんですよ」
「あぁん……? そうか、周りのやつらは見てくれしかわかんねーんだもんな……。中身がじゃじゃ馬だってわかりゃ、すぐに興味をなくすだろうに」
悪びれた様子もなくヘッと笑ったジレグートの背に、二人から再び蹴りが見舞われた。
「まぁ今のはジレグートがわりぃな。女冒険者っつーのは気が強いなんてザラだ。あいつらはそんなこと気にしねーさ」
肩を竦めながら首を振ったレムロー。
その肩に突然手を置いたスキンヘッドの冒険者が、グイッと押しのけるとレーティアたちの前に陣取った。
「まったくその通りだぜ、よくわかってんじゃねーか。なら、わかるよなぁ? 姉ちゃんたち、そんな冴えないヤローどもじゃなく俺と遊ぼうぜ? たっぷり良い思いさせてやるからよ」
男性陣に睨みを利かせ威圧しながら、二人を見てお楽しみを妄想しニヤニヤとする男。
ジレグートは過去を思い出し顔をしかめるが、まるでその過去を知っているかのように男は二人へと手を伸ばそうとした。
思わずレーティアが刀に手をかけそうになるが、イゼルが事も無げに男の腕を掴み後ろへとひねると膝の裏を蹴り無理やり跪かせる。
「貴方がレーティアさんたちに魅かれるのは自由ですが、マナーというものがありますよね? 二人は女性で、貴方は男性です。威圧するのも、無理やり手を出すのもいけません。わかっていただけましたか?」
レムローから習っていた対人用の制圧術を実践したイゼルだったが、男はあどけなさの残るなよなよしたやつに組み敷かれているという現実を受け入れらず、怒りの形相で睨むばかりだった。
「あー、イゼルそれじゃダメだ」
「え? 教わった通りしっかりキマってますよ?!」
「違う違う。いいか、冒険者ってのは魔物を相手にするような連中だぜ? そんなに優しく諭しても、理解できるやつなんて少ないんだよ。それはあくまで、相手を捕縛するときなんかに使うもんだ」
「そうなんですね……」
がっかりした様子のイゼルに、「手順は完璧だったぜ」と笑いかけるレムロー。
抑えられたままの男はみるみる顔を真っ赤にしていき、怒鳴り声をあげた。
「さっさと放せやクソガキ!! いい加減にしねぇと二度と歩けねぇようにすんぞ?!」
「ほう……? ならば、私がお前を歩けなくしても良い、ということだよな?」
刀の柄を握り、冷たい声音で言い放つレーティア。
「……それより、おいたが過ぎる手を無くしてあげたほうが良い」
リリスも短刀に手をかけ、右か左か両方か、などと物騒な相談をレーティアと始める。
最初はそんなことできるわけがないと楽観視していた男も、雲行きが怪しくなっていく相談内容に徐々に顔を青ざめさせていく。
「そもそもの原因は、コイツが男だからじゃないか? それならいっそ、女の気持ちをわからせてやるというのはどうだろう」
「……それ、名案。見せしめにもなる」
二人は獲物に手をかけたまま、男の下半身を冷たく見下ろした。
「お、おい……? 冗談だよな?! こ、これくらいのことでそんな……」
「貴様にとっては『これくらい』のことなのかもしれんがな。される方からすれば、『これくらい』のことじゃあないんだよ」
「……それに、私たちからすれば『これくらい』で許してあげよっていう優しさ」
ダラダラと滝のような汗を流しながらすがるように瞳を向ける男を、言葉で一刀両断する二人。
「す、すまねぇ! もう二度とこんなことはしねぇ! だから頼む、許してくれ……!!」
ガクガクと身体を震わせながら謝罪する男に、顔を見合わせた二人は二コリと笑顔を向けた。
許してもらえたとほっとしたのもつかの間、目が笑っていないことに気づいてしまう男。
「本当に反省したというなら、潔く受け入れろ」
低い声音でそう言い放つと、刀を逆手でスッと引き抜き勢いよく股の中心――男の象徴目掛けて突き刺した。
「アッ……――」
ドスンっという音と共に、白目をむいて気絶する男。
実際には刀は鞘ごと引き抜かれていて、突き刺したのも股の中心ではなくスレスレの地面であり、男の象徴はまったくの無傷であるのだが、レーティアの気迫が男に潰されたと強く錯覚させたのだ。
「まぁちと過激だが、アレが正しい対処法だな。良い薬になっただろう」
「そ、そうなんですね……。この人は……」
「さすがにここに放置すると迷惑だな。ま、隅にでも捨てておけばいいだろ」
ひょいっと男を担ぎ上げたジレグートは、店と店の間にある路地に入ると、壁にもたれかからせるように放置。
左右の店主にわりぃなと伝えながらそれぞれで店頭に並んでいたつまみや軽食、酒なんかをいくつか購入しあとを頼んだ。店主たちも慣れたもので、毎度ありっと笑顔で応じる。
イゼルはすごいなぁ……と思わず呟きながら苦笑いを浮かべ、男の様子をちらりと見てから闘技場のほうへと向かうレーティアたちを追いかけた―――。




