54話 おかえり
正午過ぎ。
再び馬車店を訪れたイゼルたちはダートから細かい馬車の説明などを受け終わると、購入していた物資などを積み込んで出発の最後の準備を進めていく。
ほどなくして準備が整い、出発しようかと話していた頃。
「イゼルさんっ!」
パタパタとシクルと共に駆けてきたユリーアが、息切れしながらもイゼルを呼んだ。
「ユリーアさん? どうかしました?」
前日に別れも済ませていたため、不思議そうに首を傾げたイゼル。
「その……。ちゃ、ちゃんとお見送りをしたいなと思ってっ!」
「……」
顔を真っ赤にしながら告げられた言葉にイゼルがぽかんと呆けていると、わたわたと慌てだすユリーア。
「そ、そのっ。す、すみませんっ! ご迷惑でしたよね……」
「あ、ああ、違うんですっ! 本当にそんなことないですよ! その、嬉しくてびっくりしてしまって……」
「ほ、本当ですか……?」
「はい、もちろんです。ありがとうございます、ユリーアさん」
本当に嬉しそうに笑ったイゼルを見て、ユリーアがほっと胸を撫でおろしたのもつかの間。
「良かった、間に合ったー!」
慌ただしく走って来た四人組。
以前よりも露出が抑えられた、落ち着いた格好をしているミーナたちだ。
思わぬ人物の登場にオロオロと取り乱すユリーアを他所に、四人がイゼルをぐるりと囲んでしまう。
「イゼルさん、うちらもいつか強くなって、絶対追いつくから! それまで待っててよね!」
「次会うときに、びっくりさせて見せるから」
「わ、私も頑張りますっ! なので、その……忘れないでくださいねっ!」
「人手が必要な時とか、いつでも呼んでね? どこにでも駆け付けるわ」
各々が思い思いに言葉をかけ、それに笑顔で返事をしてくれたイゼルを見て嬉しそうに頬を赤く染めた。
レーティアたちも集まってくれたユリーアたちと一言二言言葉を交わすと、次々に馬車に乗り込んでいく。
「ジレグートさん……。どうか、お体には気を付けてくださいね。飲みすぎもダメですよ?」
「う……。ほ、ほどほどにじゃダメか?」
「仕方ないですね……。ですが、あまり女の子のいるお店にいくのは、その……ヤです」
耳まで真っ赤にしたシクルが寂しそうに呟くと、ジレグートもカァァっと顔を真っ赤にした。
その様子を小窓から覗いてニヤニヤしていたレーティアたちに気づくと、キッと睨みつける。
「お、おう。もし行くときゃーイゼルも必ず連れていくようにするわ……。シクル嬢もなんだ、体に気を付けてな。また会える日を楽しみにしてるからよ」
恥ずかしそうにポリポリと頬をかきながらニッと笑うと、そそくさと馬車に乗り込むジレグート。
二人の姿を見ていたユリーアはぐっと拳を握り覚悟を決めると、馬車に乗り込もうとしていたイゼルに駆け寄った。
「イゼルさんっ! 私も……私も、また会える日を待ってますから! 無茶はしないでくださいね! あと、これ……お守りです。良かったら持っててください」
イゼルの手をつかみ、手作りであろうお守りを握らせて両手でぎゅっと包み込むと淡い白色に輝く。
光が収まると名残惜しそうにしながらも手を離し、タタタと逃げるようにシクルの影に隠れたユリーア。
「ユリーアさん、ありがとうございます! 大切にしますね!」
笑顔でお礼を告げると、馬車に乗り込んだ。
レムローも手でダートに軽く挨拶すると、ゆっくりと馬車を発進させる。
ユリーアたちに手を振られながらセリエンスを後にした一行は、一路北に向けて新たな一歩を踏み出した。
セリエンスに向かっていた時同様、しばらくは崖に囲まれた一本道の荒地が続く。途中野営をしつつ、日の出と共に出発した一行は昼過ぎにようやく代わり映えのない景色を抜けることができた。
視界いっぱいに広大な荒野が広がり、点々と巨大な岩が立ち並ぶ姿はイゼルの心を大きく揺らす。
「わー! すごいですね、これが荒野……。初めて見ました!」
レムローの横で馬の扱いを習っていたが、初めての光景に思わずキョロキョロと目に入るあらゆるものに感動しながら夢中になってしまうイゼル。
ハッと思い出したようにシュンとなると、申し訳なさそうにレムローに視線を移した。
「ご、ごめんなさい……」
「馬の扱いはゆっくり覚えていきゃいいさ。それより、見ろよアレ。あの岩の上にとまってるのは屍鳥っつーんだ。基本的に死肉を食らうだけの魔物で滅多に討伐対象になることはないが、アイツらが大量にいるときは死体が近くにあるサインだ。簡単な危険予知には有用なやつらだから、覚えとくと良い」
「なるほど……。ありがとうございます!」
豆知識を教えあったりしながら順調に進む一行。
時折現れる荒地猪――額の中心に岩のような固い甲殻を持つ全長1.5mほどの猪や、荒地狼――体長1mほどの茶色い毛並みが特徴的な狼を討伐しつつ、三日かけて荒野を抜けると草木が生い茂る長閑な平野へと出た。
右を見ても左を見ても目につく全ての土地が緑色で、スーハーと大きく息を吸っては吐いてを繰り返すイゼル。
「すごく空気が美味しい気がしちゃいますね。森とはまた違った爽やかな匂いというか……」
「やっぱり緑があると良いなー」
レムローも久しぶりの懐かしい景色に笑顔を見せ、この辺りのことを聞いたりしながらさらに二日。木造の家が二十軒ほど建つ村が見えてきた。
一度村に入り、宿屋にて受付を済ませた後馬車を預けると、レムローに先導されながら徒歩で村外を進んで行く。
三十分ほど歩くと、立派な一本の木がそびえ立つ場所にたどり着いた。根元には大きな石が一つ置かれている。
「……ここだ」
レムローは石の前に跪くと、愛おしそうに撫でながら静かに告げた。石にはタリア、ジャニーと彫ってある。
「初めまして、タリアさん、ジャニーくん。僕はイゼルと言います。今日はお礼を伝えたくて、お墓参りに来ました。僕が今こうして生きていられるのも、レムローさんやお二人のお陰です。本当にありがとうございます」
村で購入した花束を供え、頭を下げる。
レーティアとリリスも自己紹介と共にお礼を告げると、花束を供えた。
「オレっちはジレグートっつーもんだ。あんたらの旦那であり父であるレムローは、そりゃー立派な男だぜ。良い男過ぎて、オレっちのライバルになっちまったが……。馬の扱いも超一流でよ、すんげー助けられてる。だから、安心してくれや。これからも、笑って見守ってやってくれ」
レムローの背中をバシバシと叩きながら墓前に心配ないと告げたジレグートは、花束と共に木材を精巧に彫った彫刻を置く。
馬を巧みに操る御者の木彫りの像は、まるでレムローのようだった。
「それは……」
「ああ、中々良く出来てるだろ? 二人も、お前さんの雄姿を見たいんじゃないかと思ってな」
「いつの間に……。ありがとよ。喜んでくれるといいんだが……」
不安そうに呟いていると、サァーっと気持ちの良い風が吹き、どこからか運ばれてきたのだろう花の良い香りがイゼルたちの鼻をくすぐる。
ほんのり甘く爽やかな香りに、良い匂い……と目を閉じ満喫する一同。レムローだけが、ぽろぽろと涙を流していた。
「ど、どうしたんですか?!」
慌てたイゼルに、笑い返すレムロー。
「……この香りは、ターニアという花の匂いなんだ。タリアが自分の名前と似てるからって、よく家に飾っていた。いつも家に帰ると、この香りと一緒に俺のことを出迎えてくれて……」
膝を折り、墓石に手をついたまま大粒の涙を零す。
まるでおかえりと言ってくれているような、そんな温かさに包まれながらひとしきり泣いた後、また来るなと言って立ち上がる。
酒でも飲むかというジレグートに笑い返したレムローは、村に戻るまでの間にタリアとの馴れ初めや、ジャニーのことなどを話して聞かせてくれた。
村ではレムローに気づいた人たちが広場で歓迎会を開き、さながら大宴会のような喧騒の中、誰もが自然に笑うレムローの姿にほっと安堵し、嬉しさから酒のペースが上がっていく。
こうして、夜遅くまでバカ騒ぎは続いたのだった―――。




