53話 タヌキ
男が落ち着いたのを見計らい、まずは食事をとらせてからレーティアが口を開いた。
「さて……。そういえば、自己紹介がまだだったな。私はレーティアと言う」
「……リリスです」
「ジレグートだ」
「イゼルと言います。宜しくお願いします!」
「俺はレムロー。こちらこそ、よろしくな」
全員が自己紹介を終えると、レーティアがリリスとジレグートに目配せし、二人が無言で頷く。
レーティアもこくりと頷き、レムローに話を切り出した。
「レムローが抱えた借金というのは、魔導灯具の損失分だけか?」
「ああ、そうだが……」
「ふむ。ということは、金貨二~三枚といったところか」
一度外に出ようと告げたレーティアたちは訝し気に眉をひそめるレムローを連れて宿を出ると、理髪店へと連れていった。
続いて魔導具店で手ごろな収納拡張魔導具を見繕うと購入し、服飾店で何着かの衣服を揃えさせる。
最初は遠慮していたレムローも、イゼルの恩人にそんな恰好をさせて置く訳にはいかないと押し切るレーティアたちに根負けした形で、渋々なるべく安い物を選んでいく。
伸びきっていた髪をさっぱりとしたショートにし、身なりを整えたレムローは街行くおばちゃんたちが「あら、良い男ね」と思わず口ずさむほど見違えた。
強面ではあるもののキリッとした目元、整った目鼻立ち。くすんでいた髪の毛も洗浄してもらったことで本来の色だった濃いめのブラウンに戻り、数時間前まで路地で生活していたなんて誰も思わないだろう。
「おいおい、まじかよ……。オレっちの大人な二枚目っていうポジションが……」
がっくりと肩を落とすジレグートに、あははと苦笑いを浮かべたイゼル。
「……最初からそんなポジションにはいない」
「その通りだな。お前は最初から一貫して女好きの軽薄な最低男だよ」
仲が良さそうだと思っていただけに、女性陣二人の冷たい視線と言葉にレムローは驚き、イゼルに小さな声で「なんかあったのか?」と問う。
どう答えたものかイゼルは悩んだ結果、昔お酒ですこしやらかしてしまったみたいです、とだけ伝えた。
レムローも過去に何かしでかしたことがあるようで、遠い目をしながら「そりゃ仕方ねーな」とジレグートに同情し、あまり触れないでおこうと心に誓うのだった。
「お取込み中のところ、失礼しますね。そちらに居られるレムローさんを引き渡して頂きたいのですが」
ジレグートがレーティアたちに文句を言っていると、背後から肩を叩きレムローを指さしながらそう告げる身なりの整った男。
その背後には数人の屈強そうな男たちが並び、無言の圧力をかけている。
「ああ、ちょうど良かった。お前たちだろう? レムローの借金取りは」
「ええ、そうですが。貴女方はレムローとお知り合いですか?」
「私たちは彼に大きな借りがあってね。借金はこちらで立て替えよう。いくらだ?」
「ほう……? それはありがたいですね。そうですね……金貨十枚といったところでしょうか」
ジロジロとレムローを上から下まで何度も見返し、見定めるような視線を送ったあと笑顔で言い放った男。
「彼が背負ったのは、魔導灯具の損失分だと聞いているが?」
「ええ、最初はそうでしたよ。ですが、今の彼は奴隷落ちが確定している身ですから。見たところずいぶんと容姿が良いようですし、それくらいはもらわないとこちらとしても困りますね」
「そうか。じゃあこれで問題ないな?」
レーティアは言われた通りに金貨十枚を取り出し渡すと、確認を取る。
「……ええ、確かに。では、私たちはこれで」
「ああ、待て。まだ借用書を渡してもらっていないぞ。それと、全額返済が済んだと証明できるものを置いていけ」
鋭い目つきを向けながら催促すると、男は観念したのか懐から一枚の羊皮紙を取り出しサラサラと何かを書き込んでいく。最後にナイフで親指に傷をつけると、血判を押した。
その後、もう一枚羊皮紙を取り出し二枚まとめてレーティアへ差し出す。
書かれた内容に問題がないことを確認し、一枚だけ破り捨てるとボォッと青い炎に包まれてあっという間に燃え尽きた。
「また機会があれば、ぜひ。貴女方でしたらサービスさせて頂きますよ」
にこりと営業スマイルを浮かべた男は、踵を返すと部下を連れて去って行った。
「タヌキめ……」
レーティアは愚痴をこぼし、フーと大きくため息をつく。
「どうして借用書だけじゃダメだったんですか?」
「レムローの借金を偽装し、私たちの有り金を巻き上げかねないからだよ。私やリリスのことを値踏みしていたようだしな」
「な、なるほど……」
「世の中、良いやつばかりじゃない。イゼルも十分注意するんだぞ」
「……はい!」
マードックとゴーダン――過去に自分を騙してお金を奪っていった二人組のことを思い出し、強く頷くイゼル。
次の目的地へと移動しようとした一行だったが、レムローが焦った様子でそれを止めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 金貨十枚なんて大金、なんで払った?! あんたらに迷惑をかけるくらいなら、俺は……!!」
「気にするな。言っただろう? レムローはイゼルの命を繋ぎとめてくれた恩人だ。お金くらい払わせてくれ。どうしても納得がいかないなら、そうだな……」
何か良い落としどころはないかと思考を巡らせるレーティア。
「それなら、アリゼムまで御者をしてもらいながら手綱を握る指導をしてもらえばいいんじゃねぇか? 墓参りにも行きたいし、ちょうど良いじゃねーか」
「おぉ、それは良いな。それでどうだ? レムロー」
「お、おう……?」
トントン拍子で話が進んで行くことに戸惑うレムローをよそに、そうと決まれば早速行動だと意気込んだレーティアは早く行くぞと急かしながら北門のほうへと歩いていってしまう。
リリスとジレグートもそれに続くと、立ち尽くしていたレムローの背中をイゼルが押した。
「ほら、行きましょう! ね?」
「あ、ああ……。そうだな」
笑顔を向けてくれたイゼルに折れると、ぐいっと手を引っ張られて歩き出すレムロー。
息子が生きていればこんな感じだったのだろうか――そんなことを考えながら、気づけばつられて笑っていた。
ほどなくして馬車店につくと、先について待っていたレーティアたちと合流。店内に入るとすぐに店員が近づいてきたが、レムローの顔を見ると慌てて奥へと走り去っていく。
「レムロー! 今までどこで何してやがった?!」
奥からドタバタと大きな足音を立てながら駆けてきた巨漢の男は、レムローの顔を見るや否や大声をあげた。
「よう、ダート。久しぶり……でいいのか。まぁいろいろな。それより、客だぞ」
「バカヤロー! てめぇ、なんで俺を頼ってくれなかったんだ……! 一言声をかけてくれりゃー俺にできることはなんだって……!」
辛そうに顔を歪めながら、レムローの両肩に手を置いて俯くダート。
「バカか、お前子供が生まれたばっかだろ。そんなやつを巻き込めるわけねーだろうが」
「だが、あれは本来俺の仕事だった! お前は変わってくれただけじゃねぇか!」
「いいんだよ。お前は子供の出産に立ち会えた。俺はこの子と出会えた。だから、あれで良かったんだ」
レムローが微笑を浮かべながらイゼルに視線を向けると、ダートは驚いた様子で目を見開く。
「お前……」
男は奥で話を聞かせろと無理やり連れて行くと、商談用の部屋で黙ってレムローの話に耳を傾けた。
「そういうことか……。おかしいと思ったんだ。お前ほどのベテランが、高価な魔導具を紛失するなんて……」
「ああ、だから本当にお前が気に病む必要はないんだよ。俺が自分でした事だ」
「イゼル、といったか。俺からも感謝するぜ。生きててくれて、本当にありがとうよ。見た通り口はわりぃが、根は良いやつなんだ。仲良くしてやってくれ」
「はい! これから一緒にアリゼムに行くんですよ。色々教えてもらうんです!」
「ほう……。ああ、それで馬車を見に来たのか。購入かレンタルかで紹介できるもんも変わるが……どっちにするか決まってるのか?」
イゼルたちはダートと相談しながら、いくつかの馬車を見せてもらいながら意見を纏めていく。
最終的に値は張るが実用性第一ということで、馬二頭で箱型の馬車を引くタイプのものを金貨二十五枚で購入。
外観はシンプルなデザインながらも、四人で乗っても広々とした車内。車輪には衝撃を吸収する性質を持った魔物の皮を巻き付けることで、悪路でもある程度の振動を緩和するという優れもの。
極めつけは、馬車の背面に設置された収納拡張箱。取り外したりはできないものの、持ち運びできるタイプの物とは比較にならない大容量を誇る。
道中で狩った魔物の素材をしまうもよし、野営用品を入れるもよし、食料品を入れてもよし。冒険者としては非常に使い勝手が良いと言える馬車なのだが、目立ちたがりが多い冒険者には受けが悪く、なかなか売れずに割引までされていると聞き、一同は驚きと共に掘り出し物を買えたと喜んだ。
翌日受け取りに来てくれというダートに礼を言って店をあとにした一行は、ユリーアやシクル、ミーナたちに街を出ることを伝えたり、必要な物資を購入したりと、出発の準備を済ませていくのだった―――。




