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52話 免罪符


 ひとまず場所を移すことにしたイゼルたちは、馬車専門の店へ行くのを取りやめ宿屋へと戻った。

 お湯などを頼み、まずは汚れ切った体を小ぎれいにしてもらうと、その後回復薬(ポーション)で治りきらなかった傷の手当などをしていく。

 見れば体中至る所にあざや最近できたのであろう治りかけの傷などがあり、日ごろから何者かに暴力を振るわれていることが容易に想像できた。

 着ていた服もすでにボロボロだったため、ジレグートの予備の服を一着渡すとお礼を言って身体の傷を隠すようにさっと身に纏う。


「改めて……お久しぶりですね。あの時はありがとうございました。それで、どうしてあんなところで倒れていたんです?」


「……酔っぱらって喧嘩した結果、ボコボコにされただけだ」


 イゼルの質問にそっけなく答えると、顔をフイッと逸らす男。


「……そうですか。御者の仕事はどうされたんですか?」


「辞めたよ。今は見ての通り、仕事もせずに路上で生活してるんだ。坊主は冒険者になったようだな?」


「そうなんですか……。はい、あの後色々ありまして……」


「……そうか。なんにせよ、助かったぜ。ありがとな。洋服までもらっちまって、すまねぇな。俺はそろそろ――」


 男が喋りながらこの場から立ち去るために立ち上がると、グーと腹の虫がなる。

 

「その様子じゃ、食事も碌にとれていないのだろう? イゼル、すまないが店主に頼んでスープと軽食をもらってきてくれないか?」


「わかりました!」


 イゼルはすぐさま部屋を飛び出していくと、レーティアは男に再度座るよう促す。


「これでしばらくは戻らないだろう。それで? 本当は何があったんだ?」


 男の言葉が嘘だと見抜いていたレーティアは、わざとイゼルに席を外させて話しやすい状況を作り出していた。

 以前イゼルの話を聞いていた時から引っかかっていた事、その答えがわかる気がしたのだ。


「あの坊主は……あんたが助けてくれたのか?」


「ああ。ガーレイ大森林の中で豚鬼(オーク)に襲われていたところを偶然見つけてな。その縁で、今はこうして共に冒険者として活動している」


「……そうだったのか。坊主を助けてくれて、ありがとうよ。ずっと……ずっと気になってたんだ……」


 男はツーと一筋の涙を流すと、ぽつぽつと語りだした。

 御者仲間の間で要注意とされる二人組が馬車に乗っているのに、武器すら携帯していない無垢そうな子供が一人で飛び込んできたこと。

 遠回しに乗らないほうが良いと伝えたが、訳ありだったのか聞き入れられなかったこと。

 危害を加えられることのないよう注意していたが、自分の仕事などで目が離れた隙に急接近していたこと。

 いざとなったら助けに入れるよう細心の注意を払って見張っていたが、運悪く行程の終盤で魔物に襲われてしまったこと。

 イゼルが戻ってきていないことには気づいていたが、他の乗客の命を危険に晒してまで探しに行くこともできず、自らにできたことは最低限必要だと思われる物資を置いていくことくらいだったこと。

 かろうじて街には戻れたが、高価な魔導具などを紛失した責任で仕事を解雇され、借金を背負ったこと。

 何度もすぐに助けに行くようギルドへ頼んだが、相手にされなかったこと。

 身体についた傷は、支払いができないことに対する制裁であること。

 直に奴隷に落とされる身なので、関わりを持てば難癖つけられて巻き込まれかねないこと。

 ずっとため込んでいたことを話し終えた男は、感謝と謝罪の意を込めて深く頭を下げた。


「やはりそうか……。イゼルから魔導灯具(マジックランプ)や食料などが残されていて、とても助かったとは聞いていた。結果的にそれで命を繋げた手前言い出せなかったが、ずっと不思議に思っていたんだ。いくら魔物に襲われたとはいえ、護衛もいたなら魔導具類を回収するだけの僅かな時間くらいは稼げたはずだ。それなのに高価な魔導具を置いていくだろうか? と。ようやく謎が解けたよ。だが、どうして出会ったばかりのイゼルにそこまで? こう言っては何だが、どうなるかくらいわかっていただろう?」


 今まで男が置かれてきたであろう状況を思い、辛そうに目を伏せたまま問いかけるレーティア。

 しばし考え込んだ男は、遠い目で窓の外を見つめながら呟いた。


「あの坊主に……息子の姿を重ねちまっただけだ。俺のエゴだよ」


「親心というやつか……」


「いや……何もしてやれなかった息子への、罪滅ぼしさ。意味がねぇとわかっていても、そうせずにはいられなかった。ただそれだけのことだ」


「だが……そのお陰でイゼルは助かった。私たちも、こうしてイゼルと共に旅ができている。ありがとう」


「あの坊主が無事に……無事に生きていてくれた。あんたらと一緒にいて、笑えている。それだけで十分だ……」


 男は心底安堵した様子で嬉しそうに呟くと、拳を握りしめたまま俯き、ぽたりぽたりと幾滴もの涙を零す。


「あんたの息子……どこに眠ってるんだ?」


 ひどく思いつめた様子や話している時の感じから薄々察していたジレグートは、無遠慮だとは知りつつも尋ねずにはいられなかった。


「……ここから北に進んだ先にある、小さな村の近くだ。といっても、形だけだけどな……」


「……どういうことだ?」


「俺は元々冒険者だった。と言っても、万年鉄級(アイアン)止まりだったけどな……。それでも、妻と息子の三人でつつましく暮らし、念願だった一件屋を購入できたんだ。思えば、分不相応な夢を叶えちまったのがいけなかったのかもしれないな……。息子――ジャニーが十歳の誕生日に……隣村へプレゼントを取りに行って……戻って来たら、何もかもが燃え尽きてなくなっていたよ……。金目当ての盗人が押し入り、碌に収穫がなかったことに腹を立てて火を放ったんだと……」


 当時を思い出し、血が滲み出るほど拳を強く握りしめる男。


「……すまねぇ。辛いことを思い出させちまった……」


「いいんだ……。ジャニーのことを知ろうとしてくれたんだろう?」


「ああ……。できるなら、きちんとジャニーのことを知って、墓参りにいきてぇと思ったんだ。そんで、直接礼を言いたかった」


「……ッ。あり……がとう……。ジャニーもきっと喜ぶだろう……」


 気丈に笑って見せた男に、ジレグートはちらりとレーティアを見やる。


「ああ、そうだな。私も許されるなら、ぜひ行かせてほしい。なぁ、イゼルもそうだろ?」


 レーティアが扉のほうに視線を向けながら声をかけると、キィと扉をあけたイゼルがゆっくりと部屋の中へ入ってきた。

 料理を受け取りすぐに戻ってきていたイゼルだったが、室内から聞こえてきた話に立ち入ることができず、それでも自分は知らなきゃいけないことだと思い、立ち尽くしたまま会話に耳を傾けていた。

 持って来た料理の乗ったトレイを一度机に置くと、申し訳なさそうに目を伏せながら男の前に立つ。


「あの時……僕を乗せたばっかりに、本当にごめんなさい……」


「坊主が気にすることじゃない。あれは俺がしたくてやったこと。俺のわがままだ」


「ですが……」


「いいんだよ。話を聞いてたんだろ? 俺はジャニーを助けてやれなかった。だから、少しでも坊主に何かしてやって、免罪符を得たかっただけなんだ。……いつも考えてることがある。俺があのとき、家にいれば。当日と言わず、もっと早くプレゼントを受け取りに行っていれば。一人で行かず、一緒に連れてっていれば……。そんな、いまさらどうしようもねぇ後悔だけがぐるぐると頭の中を巡ってた。でも、坊主が生きてくれていたとわかったとき……本当に救われたんだ。ああ、今度こそ俺はちゃんと何かしてやることができたのかもしれないって……。俺のしたことなんて、ちっぽけなことだったのもわかってる。直接助けてやる力も覚悟もなかった。それでも、生きていてくれたことが、本当に嬉しかったんだ……」


 うつむいたまま、徐々に弱々しくなっていく声音で懺悔するように気持ちを吐き出す男。

 イゼルは男の前にかがみこむと、その手を両手で握りしめる。


「直接助けられなかったというのも、他の乗客の方を助けるためですよね? 貴方でなければ、魔物に襲われ興奮している馬の制御は取れなかったでしょうから、間違っていないと思います。あの場でできる最善を尽くしてくれた、だからこそ誰一人欠けることなく助かったんですよ! 僕も御者さんのお陰で、こうして生き伸びることができました。本当にありがとうございました!」


 満面の笑みでお礼を告げたイゼルに、男の目からポロポロと大粒の涙が流れた。


 男はあの時の一件を責められることはあっても、認めてもらえることは一度もなかった。だがそれは当然のことで、置いていった少年はきっと自分を恨んでいるだろうと思っていたし、夢で少年が魔物に襲われ血を流しながら呪詛の言葉を呟く光景を見る度に、きっとジャニーも同じことを思っていたのだろうなと自分を責めた。

 だが、そんなことはないと否定し笑顔を向けてくれたイゼル。

 ただそう思いたいだけだった男が見せた錯覚かもしれないが、目の前で微笑む少年の姿にジャニーの姿が重なって見え、もう自分を責めないでと言ってくれている気がした。

 涙を流しながら笑った男は、ためらいつつもイゼルの頭に手を伸ばすとそっと撫でる。

 その表情は憑き物が落ちたようにどこか晴れ晴れとしていて、生きる気力が満ちているように見えた―――。

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