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48話 襲撃


 イゼルたちがユリーアたちと話をした日から、三日後の夜。

 ユリーアとシクルが職務を終え、共に宿舎への帰路についていた頃。二人の背後を追う、怪しい人影があった。

 瞳は憎悪で染まり、今にも斬りかかりそうな……そんな剣呑な気配を漂わせている。


「何か嫌な雰囲気ね……。急いで帰りましょう」


 素人のシクルですら肌で感じ取れるのだから、相当なものなのだろう。

 足早に宿舎を目指すが、音もなく背後に回りこまれたユリーアが一瞬で捕まり、口元を抑えたまま無理やり連れ去られてしまう。

 シクルがすぐに後を追って行くと、活動を停止しているせいで人っ子一人いない迷宮(ダンジョン)の入り口へと到着。ゆっくりと奥へと進んで行くと、広間でユリーアの口元を抑えながら首筋にナイフを押し当てるリコルの姿があった。


「あ、あなた……! 自分が何をしているかわかってるのっ?!」


「うるせぇな、誰が喋って良いっつった? 俺さまが聞いた質問にだけ答えろ。いいな? 次はねぇぞ」


 ナイフでぺちぺちとユリーアの首筋を叩き、暗に逆らえば殺すと伝えるリコルに、シクルが静かに頷く。


「ミーナたちの罪が決まったそうだな。降級か? はく奪か? どうなったんだ?」


「……どちらでもありません。無期限の奉仕活動です」


「あぁ? あいつらは迷宮(ダンジョン)内で冒険者を襲ったんだぞ! どういうことだ?!」


「彼女たちはイゼルさんたちのパーティーを襲ったと認めました。ですが、被害もなかったためどうすべきか決まらず、最終的に反省を促すべく奉仕活動ということになったのです」


「チッ、まぁいい。あいつらは俺さまが連れて帰る。ようはギルドへ貢献すりゃいいんだろ?」


「いえ、それはできません。彼女たちは、ここセリエンスにて奉仕活動を行うことが義務づけられていますから」


「はぁ?! ふざけんなよっ! あいつらの使い道はもう決まってんだぞ!」


 青筋を立てて怒鳴り散らすリコルと、怯えるユリーア。


「それは、彼女たちを気にいってるという貴族様関連のことでしょうか?」


「……へぇ。そんな話まで聞いてんのか。ならわかんだろ? あいつらには役目が残ってんだ。もちろん、なんとかしてくれるよなぁ?」


 首筋にナイフの切っ先を軽く突き刺すと、わずかににじみ出る血液。

 小さくヒッと声をもらしたユリーアの声が耳に入ったシクルは、顔をしかめたまましばらく悩んだあと、力なく頷いた。


「……わかりました。なんとかしますから、ユリーアを離してください」


「あぁ、まだダメだぜ。ほかにもお願いがあんだよ。1つは、あの無能たちが得るはずの報奨金と売却金額、その半分をこっちに流せ。全部だとさすがにあんたも困るだろうからな、仕方ねぇけど半分にしといてやるんだ、感謝しろよ。もう1つは、ギルドと警備隊へ無能に襲われたと訴えろ。危ないところを俺さまが駆け付け、守ってくれたから事なきを得たと証言するんだ」


「そんなこと……」


「ああ? できるかできないかじゃねー、するかしないか聞いてんだ。どっちだよ?」


 ナイフの刃を肌のすぐ近くでスッスッと引く素振りを見せるリコル。


「すぐにバレてお終いですよ。無駄なことはやめましょう」


「別に失敗したら失敗したでいいんだよ。お前らが勝手にやったことにすりゃいいだけなんだからな。うまくいけば懐が潤い、無能どもが苦しむ。失敗したら、俺さまにたてついたくせにのうのうと生きてやがるお前らが苦しむ。どっちにせよ問題ねーんだ」


「……」


 どうしたらこの状況からユリーアを救えるか、必死に頭を回転させるが良い案が思い浮かばず、苦渋の表情を浮かべたシクル。

 それを見てニヤニヤと楽しそうにしていたリコルの瞳が、突然大きく見開かれた。


「懲りないですね、君も」


 一人現れたイゼルは、呆れた目をリコルへと向けつつゆっくりと歩み寄っていく。


「て、てめぇがなんでここにいやがる?!」


「ミーナさんたちの話を聞いたときから、嫌な予感がしてたんです。念のため見守っていたら、シクルさんが慌てて駆けていく姿が目に入ったので。心配になって追いかけて来たんですが、正解でしたね」


「けっ、てめぇ一人増えたところで何ができる。この状況はかわらねぇよ! 仲間を連れてなかったのが運のツキだな、無能よぉ」


 勝ち誇った笑みを浮かべるリコルに、やれやれと肩を竦めたイゼル。


「すぐに助けますから、少しだけ待っていてくださいね」


 にこりと優しく微笑む姿に、理由なく絶対に助かると確信し安心感を覚えたユリーアは、ピタッと身体の震えがとまった。

 それらのすべてが、リコルの癪に障る。


「くそがぁ! バカにしやがって! こいつを殺……いや、待てよ? あぁ、なんだ。もうこいついらねーじゃん」


 何かを思いつき冷めた視線をユリーアに向けると、無言でナイフを振りかぶった。


「『転換箱(コンバート・マジック)』」


 イゼルが技能(スキル)を発動すると、ユリーアを一瞬で黒い箱が覆い隠し、ガキィンと金属同士がぶつかる音が鳴り響く。

 箱が消え去ると、ユリーアの心臓目掛けて突き刺そうとしたナイフを片手剣で受け止めたイゼルがいた。何が起きたのかわからないリコルやシクルと、いつの間にかシクルのすぐ近くへ移動しているユリーア。

 イゼルは混乱で動きが硬直した瞬間を見逃さず、すかさず腕を弾くと背後へ思い切り後ろ蹴りを放った。

 反応が遅れ、ガードもできずに腹部へと直撃を食らったリコルは音を立てて後ろへ転がっていく。


「ぐぅううう! なんだ! 何をしやがった?!」


 腹部を抑えて立ち上がると、狂乱したように目を血走らせながら叫ぶ。


「僕とユリーアさんの場所を入れ替えただけですよ?」


「はぁ?! 無能がそんなスキル使えるわけねぇだろ!!」


「別に信じてもらえなくても良いですけど。それより、今ユリーアさんを殺そうとしましたよね?」


 目を細めて睨みつけると、リコルは鼻で笑う。


「別にそんな使えねぇ女が一人いなくなったところで、なんも問題ねーだろ。全部てめぇのせいにしてやれば、俺さま自らの手であの世に送ってやれると思ったのによ。邪魔しやがって」


「どうしてそこまで……。ゲラートさんの後ろ盾があれば、セレイルに戻っても安泰でしょうに。何がそこまで君を駆り立てるんですか?」


 呆れと心配、悲しみがない交ぜになったような瞳を向けられ、激昂するリコル。


「無能風情が俺さまを憐れんでんじゃねぇぞ!! 俺さまはてめぇとは違う! 妾の子だろうが、歴とした貴族だ! そして、Sランク所持者(ホルダー)だぞ! もう俺さまから何も奪わせねぇ! 無視させねぇ! 馬鹿にさせねぇ!! 今まで奪われ虐げられた分、今度は選ばれた人間である俺さまが全部手に入れるんだ! そうじゃなきゃおかしいだろ!! 邪魔すんじゃねぇ!!!」


 激情に呑まれたリコルは、強い殺気の篭った瞳でイゼルを睨みながら全力で駆けだす。腰から片手剣を引き抜くと、両断する勢いで斬りかかった。

 それをあっさりと受け止められ、一合、三合、五合と金属音を響かせながら次々と撃ち合うが、リコルの全力をもってしてもイゼルへは届かない。

 しびれを切らしたリコルは持っていた片手剣を投げ捨てると、スキルを発動。


「『魔剣ノ記憶(ロード・メモリー)』!」


 右手から放たれた白い球体は、あっという間に剣の姿へと形を変える。

 その形は紛れもなく人狼へと姿を変貌させた、あの魔剣のものだった。


「『疾走』!」


 今までとは別次元の速さで縦横無尽に駆け回り、高笑いを上げながら一方的に攻撃し続けるリコル。ガキィンガキィンと大きな音が鳴り響く中、動きを目で追えないユリーアたちはただただ心配そうにイゼルを見つめていた。


「おらおらぁ! さっさと無様に命乞いしてみせろよ、無能!」


 次第にイゼルの身体には浅い傷がつき始め、衣服に所々赤い染みができ始める。

 前回は何かの間違いでうまくいかなかったが、やはり自分は強いのだと自尊心を取り戻し始めたリコル。傷だらけになっていくイゼルの姿が更に彼の心を高揚させ、ヒャハハハと愉快そうに笑いながら顔を歪めた。


「だが、まだまだこんなもんじゃ俺さまは満足できねぇ! これくらいで死ぬんじゃねぇぞ?! 『二重斬』!」


 イゼルの背後でピタリと足を止めたリコルは、魔剣を大きく振りかぶるとスキルを発動。

 勢いよく振られた魔剣をイゼルが身を翻して剣で受け止めるが、今までよりひと際大きくガキガキィンと音が重なって響くや否や、イゼルの身体は後方へと転がっていった。


「「イゼルさんっ!!」」


 ユリーアとシクルが声をそろえて悲痛に叫ぶ中、勝ち誇ったようにリコルがイゼルを見下ろしていた―――。

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