45話 心ノ仮面<ペルソナ>
イゼルの言葉にしらばく沈黙が続く中、一足先に我に返ったレーティアが詰め寄る。
「ど、どういうことだっ?! 私たちが弱いからか?!」
普段のイゼルならともかく、今のイゼルとは実力に大きな差があることに気づいていた。
だからこそ、セリエンスを出たら一度みんなで本格的に武者修行をしよう、そう思っていたレーティア。
「ソレはそこまで大きな理由じゃないなー」
「……なら、どうして?」
声音は落ち着いているが、今にも泣きだしそうなほど瞳を潤ませたリリスが尋ねる。
「オレっちも、きちんと理由を説明してもらえねぇと納得できねぇな」
真剣な表情のジレグートもまた、どこか寂しそうな雰囲気を漂わせていた。
「こっちの都合で悪いんだけどなー。コイツ……表の、とでも呼ぼうか。表のにとって、あんたらは大きな存在になりすぎた。それこそ、誰か一人でも欠けようものなら心のバランスを大きく崩すほどに、な」
「そ、それは私たちとて同じだっ!」
「ああ、そうだろうな。だが、あんたらとは意味がまるで違う」
「……今のイゼルと関係ある、ってこと?」
「そんなところだな。あくまで、オレもイゼルだ。表のと呼んじゃーいるが、根本は同じ。ただ、深度が違うだけ」
「深度……?」
首を傾げるレーティア。
「……イゼルが言ってた、深い水の底に沈んでいくような感覚。それと関係してる?」
「その通り」
「あぁ?! おい、オレっちのわかんねー話をするんじゃねーよ!」
話がちんぷんかんぷんで苛立つジレグートに、レーティアとリリスの二人がイゼルから聞いた話をかいつまんで説明。
ようやく合点がいったところで、話が再開された。
「表のを見ていて、不思議に思ったことはないか? 家族から捨てられても、追いはぎにあっても、魔物に襲われても。大抵のことなら大きく取り乱すことなく、すぐに冷静な対処ができてしまう。格上の魔物との戦闘時においても、死の恐怖に怯えることもない」
「それは感じていた……。常に前向きというか、なんというか」
「……ん。並みの熟練冒険者よりずっと落ち着いてる」
「オレっちたちですら緊張するような場面でも、突拍子もない作戦立てたりするからなぁ」
王魔蛇戦を思い出し、うんうんと頷く三人。
「もともと温厚で心優しく、前向きなのは確かだ。だが、切り替えの早さについては、とある『秘密』が関係している」
「もちろん教えてくれるんだよな?」
「ああ。信じられないかもしれないが、この身体には『職業』のほかに、『異能』が存在しているんだわー」
イゼルの言葉に、再び固まる三人。
「ど、どういうことだ……? イゼルは魔物なのか? いや、だが『職業』を授かっているなら……」
「……魔物の血が流れてる?」
「魔物と人間のハーフってことか? だが、そんなことありえんのか……?」
頭を抱えて悩む三人。
そこへ、イゼルの笑い声が響き渡った。
「クハッ。クハハッ! さすが、イゼルに惹かれるようなやつらだな。普通はドン引きするところだと思うが」
「なっ?! イゼルは大切な仲間だ! 私のようなやつを信じ、尊敬してくれる。その優しさに、何度救われたことか」
レーティアが大切なものを抱きしめるように、胸の前で拳を作る。
その言葉に同意するように、真っすぐな瞳をイゼルに向けて頷く二人。
「見てたから知ってるさ。だが、だからこそこれ以上関わるな。いつか……いつかきっと、あんたらの思い描くイゼルは……消える」
「……どういうことだ?」
今度は取り乱すことなく、真剣に聞き返したレーティア。
「『異能』が宿っていることは伝えたな。正式名称は『心ノ仮面』、宿主にかかる一定以上の心理的負荷を察知し、心に仮面をかぶせることで覆い隠し正常に戻す」
「……その異能のお陰で、イゼルはいつも落ち着いてる?」
「そういうことだ。怒り、悲しみ、混乱……あらゆる負の感情や異常に囚われることがない」
「んん……? それなら別に、何も問題ないんじゃねーか? どんな状況だろうと、常に冷静でいれるってことだろ?」
「……いや、違うな。心ノ仮面は覆い隠すだけなのだろう? つまり、消し去るわけじゃない……。そこが問題ということか」
眉間に皺を寄せたレーティアが指摘すると、問題点に気づいたのか二人が黙り込む。
「あんたらも悲しいことがあっときなんかは、まるで心が真っ暗な深い水の底に沈んでいくような、そんな感覚を覚えることがあるだろ?」
「ああ……」
「普通のやつなら、何度か強い心理的負荷がかかれば心のほうが負けちまう。そうすると、水の中から浮いてこれずに延々と水中を漂うことになる。常に仮面をかぶり続けているような……まるで人形のように感情の起伏がなくなった状態だな。だが、表のは、良くも悪くも心が強い。心ノ仮面が一度で覆い隠しきれないほど強い負の感情に呑まれても……戻ってきちまう」
「それで?」
「感情が溢れかえって一時的にイゼルの心が呑み込まれたとき、代わりに出てくるのがオレだ。前回は、知り合いの冒険者が殺されているのを目撃したときだったか」
「ああ……そうだな」
唯一あの場に居合わせたレーティアは、当時のことを思い出し神妙に頷く。
「だが、今回はリリスが傷つけられただけで出てきちまった。その意味がわかるか?」
「……その時と同じか、それ以上にイゼルの心に負荷がかかった……ってこと?」
「大正解。今回はオレがあんたらと話をしたかったから、表のには引っ込んでもらってるけどな。……コイツの心の奥底には、今までの負の感情が全て蓄積されている。心ノ仮面が押さえつけ、封じているだけだからな。だが……イゼルの心が底まで沈みきるほど、深い悲しみや怒りに襲われた時。溜まりに溜まった黒い感情が全てあふれ出し、心を侵食しちまう。そしたら……目につくものを全て破壊しつくす化け物の完成ってわけさ」
あえておどけて見せたイゼルに、言葉を失う三人。
「ま、これでわかったろ? 遅かれ早かれ訪れる未来ではあるが、そうなった時あんたらを巻き込みたくねーんだよ。オレの役目は……コイツの限界が来る前に、殺してやることだからな」
「だ、だがっ! それでも私は……!」
震える声で、縋り付くようにイゼルの服のすそを掴むレーティア。
「では、問おう。あんたに、イゼルを殺す覚悟があるか?」
「そ、それは……」
「オレはコイツに、破壊者になってほしくねー。だが、すでに蓄積されているどす黒い感情を消すことも、今後降りかかるであろう負の感情を回避することもできない。だから、コイツの好きなように生きさせて、時がくれば誰かを手にかける前に殺してやる。それが、無力なオレにできる唯一の罪滅ぼしだ」
どこか哀し気な、それでいてしっかりと覚悟を決めた瞳で宣言するイゼルに、気圧されるレーティア。
リリスもジレグートも、その時のことを考えてしまうと何を言っても軽い気がして、言葉が出ない。
「もし……もし私たちがイゼルから離れたとして。それでも、遠からずその時はやってくるんだろう?」
「……ああ。心ノ仮面は万能じゃない。許容量が存在する。いずれ、些細なキッカケでもあふれ出しちまうだろうな」
レーティアの真剣な瞳に、真面目な声音で答えたイゼル。
一度目をつむり、頭の中で考えを整理したレーティアが口を開いた。
「ならば、なおさらだ。私はこれからもイゼルと共にいる」
「……話を聞いてたのか?」
イゼルがわずかな殺気を込めてレーティアを見つめるが、微塵も動じない。
「どちらにせよ同じ結果になると言うのなら、離れる理由がない。私はもともと、先の豚鬼討伐戦で死んでいた身。その時が来てしまっても……元の運命に戻るだけだ」
「イゼルに殺されてやろうってのか?」
「なに、素直に殺される気はない。こんな私でも、何かできることがあるかもしれんしな。どうしても駄目な時は……一緒に死んで、あの世とやらがあるなら向こうでまた一緒に冒険するさ」
フフッと楽しそうに笑う姿に、迷いや後悔は一切感じない。
「……レーティアだけ、ずるい。私も一緒」
「あの世ねぇ。なんかおもしれー素材でもあれば、見た事もねぇとんでも武器が作れるかもしんねーな」
レーティアの決意に触発されたのか、漂っていた悲壮感は一気に吹き飛び、リリスとジレグートもその時を受け入れ、イゼルと共にある未来に笑顔を咲かせた。
「はぁ……。あんたら、ほんとアホだな。いや、むしろバカなのかもしれん。ま、嫌いじゃねーけどよ」
心底おかしそうに笑ったイゼルは、「コイツのこと頼むわ」と言い残すと、瞳を閉じてベッドに倒れこむ。
ほどなくして聞こえてきた寝息に、三人は優しく頭を撫でた―――。
いつもお読み頂き、ありがとうございますー!
少しでも面白い、続きが気になると思って頂けたら、↓の☆から評価やブックマークをお願いします。
とても作者が喜びますので、ぜひー!
宜しくお願いします!




