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39話 触手の変化


 リコルがボス部屋を出ていった後。

 レーティアたちはそれぞれ武器を構えると、イゼルに並び立った。


「さて、あれは何だろうな……。そもそも、倒せるのか? 人に害のある存在なのは間違いないようだが」


「どっちにせよ、放置しといたらてーへんなことになりそうだよなぁ。ったく、オレっちは世のため人のためなんて柄じゃないんだが……」


「……なんとしても止める。そしたら、シクルが『ジレグートさんはヒーローです、カッコイイ!』って言ってくれるかもよ?」


「おいおい、マジか。そりゃやるっきゃねーじゃねーか」


「現金なやつめ……」


 三人はいくらか言葉を交わして、フッと笑うと真剣な顔で駆けだす。

 すでに触手は新たな獲物――水魔法使いに向けて伸び出しており、レーティアは割り込むと一刀両断。触手はすんなり斬れるが、ダメージはないのか怯む気配はない。


「おい! さっさと逃げるか、こいつを倒すのに協力するかしろ! いつまでも守ってはいられんぞ!」


 うねうねと伸びてくる触手を片っ端から切り伏せながら叫ぶが、パニック状態の水魔法使いたちは涙を流しながら震えるだけ。

 リリスもクナイを二本逆手に構えて舞うように切刻んでいくが、一向に数は減らないどころかどんどんと増えていった。


「吹っ飛べやぁ!!」


 ジレグートが大楯を鎖で左肩に固定し、大楯で触手から身を守りながらタックル。懐に潜り込んだところで、大戦槌(ウォーハンマー)を振り抜き触手の大本を壁へと吹き飛ばす。

 数m飛ばされて強く壁に打ち付けられた本体は、伸びていた触手を戻して球体状になると、シンと静かになった。

 

「おい、立て! 今のうちに走るんだ!」


 レーティアは無理やり座り込む三人を次々に立たせると、出口を指さして叫ぶ。

 一瞬触手のほうをちらりと見た水魔法使いは、動く様子がないことを確認すると死に物狂いで走り出した。残りの二人も全力で駆けだすと、一目散に出口を目指す。


「なんかしてくんぞっ!」


 触手の異変を感じ取ったジレグートが叫ぶや否や、ボンッと何かが破裂したような音が響く。

 触手から高速で射出されたソレは、先頭を走っていた水魔法使いのふくらはぎを掠めた。突然の痛みに再び恐怖がこみ上げ、足をもつれさせてごろごろと転がり、ハッハッハッと呼吸を荒くする。その様子を見て、後ろに続いていた二人も竦み上がって足が動かなくなってしまった。


「チィッ!」


 どうやったのかはわからないが、何かしらの遠距離攻撃方法を有するのだと認識したレーティアたちは、警戒を強める。再度ボンッという音が聞こえたかと思うと、黒い何かが一直線に飛んでいき、水魔法使いの横っ腹に直径2cmほどの風穴を開けた。


「あァァあああアアッ!!」


 水魔法使いは痛みで狂乱状態に陥り、立ち竦んでいた二人は逃げ場なんてないのだと悟る。傷口を抑えたまま涙を流す仲間の元にゆっくりと移動して座り込むと、最後の瞬間を分かち合うかのように手を取り合った。


「あんな男に屈した私たちが愚かだったんだ……。ごめんね、ミーナ」


「何もしてあげられないけど……。でも、最後まで一緒だよ。ミーナちゃん」


「アリー……サラ……うちは良いから、二人だけでも逃げて……」


 首を横に振った二人を見て、水魔法使い――ミーナは涙を流しながら手をぎゅっと握りしめる。

 無情にも室内に響き渡る、ボンッという破裂音。触手の大本から射出される塊。

 ミーナの視界に、自身の顔目掛けてスローモーションのようにゆっくりと、それでいて確実に飛んでくる塊が映る。

 したかったことや心残りなこと、色々なことが一瞬で頭を過るが――最後に残ったのは、アリーとサラへの感謝と、イゼルたちへの謝罪だった。

 強者に虐げられ、奪われる辛さは知っていたはずなのに、我が身可愛さに同じことをしてしまった。この結末は、そんな自分たちへの罰なのだろう。許されるなら、どうか彼らは助かりますように――。

 ミーナがそう思いながら、すっと目を閉じた時。キィンと何かを斬る音が聞こえ、続いて横の二人が「え……」と間抜けな声を上げる。恐る恐る目を開けば、一本の剣が宙に浮いていた。


「夢……?」


 何が起きたのかわからずぼーっと剣を眺めていると、不意に現れる人影。

 先ほどまでミーナたちに尋常じゃない殺気を向けていた少年――イゼルだ。


「どう、して……私たちを……」


 痛みを堪えながら、必死に声を絞り出すミーナ。


「……」


 何も答えないイゼルは、スッとミーナたちに視線を向けた。

 その瞳は変わらず光を宿していないが、無機質な冷たさの中にどこか温かいものを感じる。

 イゼルは回復薬(ポーション)を一本取り出して無造作にアリーに投げ渡すと、触手に向かって歩き始めた。

 ミーナたちは先ほどまで向けられていた殺気が今は全て触手へと向けられていることに気づき、その背中がまるで自分たちもまとめて守ってやると無言で語っているような、そんな不思議な安心感に包まれる。


「優しいねぇ。ま、でもイゼルらしいやな」


「……ん。バカ貴族のボンボンとは器が違う」


 横目でイゼルとミーナたちのやり取りを見ていたジレグートが嬉しそうに呟くと、駆けてきたリリスがフッと鼻で笑う。


「気持ちはわかるが、油断するなよ? どうもヤな気配がしてるぞ」


 合流したレーティアがジッと触手の本体を睨んだまま注意を呼び掛ける。

 うねうねと活発的に動き出した本体である塊は、一気に触手が縦横無尽に伸びると真正面に進みながら折り重なっていき、やがて一本の太い触手となってミーナたち目掛けて伸びていく。

 イゼルは立ち止まり手の平を上へかざすと、ブンッと振り下ろす。その動きに合わせて片手剣が猛スピードで動き出し、太い触手を根元からあっさりと断ち切った。


「アォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」


 突如、触手の塊が獣のような遠吠えを上げる。

 塊は徐々に形を変えていき、2m以上ある人のような形となった。

 狼の頭部に、ガッシリとした身体、全身を覆う茶色い体毛。二本の足で立ってはいるが、見た目は人というより獣のソレで、手や足に鋭い爪が光る。

 人狼(ワーウルフ)――そう呼ぶに相応しい見た目をしていた。


「アレはなんだ? 人間? それとも魔物なのか……?」


「わからねぇ……。茶色い狼といやぁ荒地魔狼(ダイアウルフ)だが、アレは四足歩行だよな……」


「……来るよ」


 足をググッと曲げていき、バネのように力を溜めていくワーウルフ。

 地面を蹴ると10m以上あった距離を一瞬で駆け抜け、リリスへと腕を振るう。クナイ二本を重ねて受けるも、すぐに止められないと気づき、身体を捻って躱す。素早く後ろへと下がりクナイを見てみれば、深々と爪痕が残されていた。

 あのまま無理に受けていれば、クナイごと身体まで切り裂かれていただろう。


「『血華(けっか)・閃』」


 レーティアが技能(スキル)を使い斬りかかるも、ワーウルフは最低限の動きで避けたばかりか、カウンターを狙って反撃を仕掛ける。

 ジレグートが咄嗟に援護に入ったことで事なきを得たが、助けがなければ一撃もらっていた。その事実はレーティアだけでなく、リリスとジレグートにも大きな危機感を抱かせた。

 飛び退いたワーウルフは感覚を確かめるように身体を動かしながら、室内にいる人間たちを見回す。


「ありゃ間違いなくダイアウルフじゃねぇな。豚鬼王(オークキング)よりつえーんじゃねーか?」


「私たちの手に余るのは間違いない」


「……ますます放置できないね」


 気を引き締めなおすと、各々が武器を構える。

 三人が逃げずに戦闘態勢を取ったことが嬉しかったのか、ワーウルフは顔を歪めて笑うと手をクイックイッと手前に引いて見せた。

 次はお前らからかかってこいよ――そう言わんばかりの態度。

 レーティアは刀を鞘に納め、フーと大きく息を吐きだし集中力を高める。


「『血華(けっか)・飛燕』」


 音もなく抜き放たれた刀。剣戟が空気を縦に切り裂き、斬撃となって飛んでいく。

 ワーウルフは右手を大きく内側に構えて外側に振るうと、飛んできた斬撃を爪で弾き飛ばした。


「覚えたばかりの、中級技能(スキル)だったんだがな……」


 苦し気に呟いたレーティア。

 ワーウルフは自身の爪に入ったヒビが修復されていくのを見ながら、獰猛な気配を纏うと再び足に力を籠め始めた―――。

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