3話 森と魔物
7月13日、プロローグの改稿に伴い内容の一部を変更しました。大きく話は変わっていませんが、スキルの発現タイミングを追いはぎにあってからとしました。
シュヴァイゼルトが思いついた、今後の選択肢は3つ。
1つ――思い至った考えが杞憂であると信じて、この場に留まる。
2つ――何日かかるかわからないが、徒歩で先を目指す。
3つ――眼前に広がる森に入り、魔物を避けつつ水場と食料になりそうな木の実などを探す。
1つ目は最も安全ではあるが、取り返しがつかなくなる可能性も高い。
2つ目は食料が残っているときに取るべきだった選択であり、今となってはリスクしかないと言っても過言ではない。
そうなると、最もリスクは高いが生き延びられる確立も高い選択肢――3つ目を選択するのが最善だと、シュヴァイゼルトは判断。
この場に置き去りにされて、早5日。もう2日は何も食べていない。洞穴内が湿っていたお陰で脱水症状は起こしていないが、それも時間の問題。食料は勿論だが、最優先は水だった。
そうと決まればあとは早かった。毛布を収納拡張魔道具に仕舞うと、勇気を振り絞り森に足を踏み入れる。
森の内部は大木や若木など、大小様々な木々が点々とそびえたっていた。頭上を見上げれば葉の隙間から日差しが降り注ぎ、日中はそれほど暗くない。
足元には背の高いものから低いものまで豊富な種類の草花が生い茂り、生命に満ちていた。
「良かった、ひとまず食べられそうなものがいくつかあるみたいだ……」
バイト先で教わった食べられる薬草や木の実が早々に見つかり、ひとまず食料問題は解決した。
普通に食べることは出来ないが、それぞれ特定の処理を行うことで食べられるようになる。ここでもアルバイトが役に立ったと、内心喜んだ。残るは水とある程度安全を確保できる寝床だ。
魔物に見つからないように移動すること半日以上。ようやく森の中を流れる川を発見することが出来たシュヴァイゼルトは、ここを拠点にすることを決意。
「あとは冒険者の人が探索に来てくれることを祈るだけ……。大丈夫、きっと大丈夫! 今は僕に出来ることを頑張るんだ!」
川の近くに生えていた大木、そこにできた樹洞を寝床兼拠点とし、剥がれ落ちた木の皮と枝などを利用して蓋を製作。注視して確認しない限り、蓋をすれば傍目からは樹洞があると気付けないだろう。
「よし、これでしばらくはなんとか……。って、あはは。1人ぼっちだと独り言が増えるって本当なんだなぁ」
自嘲気味に笑うと、気を取り直して今日の夜食の準備を始める。すでに日は落ちて、辺りは真っ暗闇。今日のこれ以上の散策は危険だと判断したのだ。
「魔道灯具があって本当に助かった……。こんな高価なものを忘れて行くなんて、よっぽど焦ってたんだろうなぁ」
樹洞に入り蓋をすると、ランプを一番弱めの設定にしてから火を灯して明りを確保。早速食材の下ごしらえを始める。
薬草は日中でないと処理できないので明日行うことにして、木の実の殻を1つずつ割っていく。拾ってきたのはマビシの実と呼ばれる木の実で、中の実は程よい歯ごたえがあり食べやすいのだが、そのまま食すと体が麻痺してしまう。しかし、実の中心にある小さな粒を取り除くことで安全に食べられるようになるのだ。
シュヴァイゼルトは木の実を15粒ほど食べると、満腹感は得られないが空腹感はまぎれたようで、目をこすり始めた。慣れない場所を一日彷徨っていたのだ、疲れが出たのだろう。毛布に包まると、壁にもたれ眠りにつく。
翌朝。小鳥のさえずりと共に目覚めたシュヴァイゼルトは、蓋を少しだけずらして外の音に聞き耳を立てる。足音や鳴き声が聞こえないことを確認すると、そっと外に出た。
「んー。熟睡はできなかったけど、久しぶりに結構寝れたかな。あなたのお陰ですね。ありがとうございます」
凝り固まった身体を伸ばすと、大木に語りかけるように微笑む。
川の冷たい水で顔を洗い、葉の隙間から差し込んだ日光の下に、洗った石を置いて昨日摘んだ薬草――ヒクド草を並べていく。日中でないと処理できない理由、それは日光が必要だったから。そのまま食べると毒素を含むヒクド草だが、摘んだあと日光に3時間以上天日干しすることで、毒素は栄養素に変わる。
「これで良しっと……。次は食料探しかな。なんとかマビシの実以外の食べ物……果実なんかもほしいところなんだけど」
細心の注意を払いつつ周囲を散策、日々の食料を集め命をつなぎ続ける日々。
そんな生活を続けて10日が経った頃。シュヴァイゼルトがようやく森の生活に少し慣れてきたかな、なんて思い始めた頃に事件は起きる。
「ゲギャッ!」
「ゲギギャギャッ!」
「ゴ、小魔鬼……!!」
身長は120cmほど。緑色の表皮に尖った耳、筋肉質な体。手には太い木――棍棒を持っている。
散策中に見つけた果実が実る木、そこへいつものように果実を取りに行った際に遭遇してしまったのだ。数は三匹と少ないが、立派な魔物。武器をもたないシュヴァイゼルト1人でどうにかできる相手ではなかった。
一目散に逃げ出すが、獲物に気付いた小魔鬼たちが見逃してくれるはずもなく。ちょうど小魔鬼たちはシュヴァイゼルトが拠点にしていた大木への目印をつけていた方向に現れたせいで、もはや拠点への戻り方もわからない。それでも立ち止まるわけにはいかず、必死に森の中を右に左に逃げ惑う。
体格差のお陰か、全力で走ったときの速度はシュヴァイゼルトのほうが早く、なんとか距離を取れたところで木の陰に隠れることに成功。
しかし小魔鬼は人よりも鼻が効く。見つかるのも時間の問題だ。
「何ができる、どうしたら逃げ切れる……。何か出来ることは――技能!」
職業を与えられた者は、技能と呼ばれる力を扱うことができる。これは個人で内容が異なるが、その職業にちなんだ技術を行使することができ、ランクが高い職業ほどその能力は色濃く技能に現れる。
シュヴァイゼルトの職業である奇術師は不可解な点が多く、当初発現していなかった技能も、追いはぎにあった後にステータスを確認すると、いつのまにか増えていた。
何度か試してみても結局スキルが発動することはなく、今の今まで存在を忘れるほど気にも留めていなかったのだが、この場においてほかに頼れるものもなかった。
「ステータス!」
ステータスに、現在シュヴァイゼルトが獲得している技能2つが表示される。
―変装
指定した姿へと変わる。
―交換
対象を入れ替える。
改めて見ても意味がわからないと頭を抱えたくなる気持ちを抑え、変装に注目する。
スキルが発現してすぐ、樹洞の中で様々なものを思い浮かべて指定してみたが、結局一度も発動しなかった技能。
だが、ここで小魔鬼の姿に変わることが出来たなら、この場を逃げ延びられるかもしれない。
そう思い、一分の望みをかけて姿を遠目に見える小魔鬼に指定。必死の思いで技能を発動した。
シュヴァイゼルトが魔力を消費した感覚を覚えるのと同時に、スススと身体が縮み始め身体中を何かに包まれるような奇妙な感覚に襲われる。恐る恐る視線を身体に移してみれば、そこには緑色の皮膚――まるで小魔鬼のような身体があった。
「これは……。全身を確認できないから不安は拭えないけど、きっと……!」
ここに留まっていても事は進まない。
自分の技能を信じることにすると、勇気を振り絞り木の陰から飛び出す。遠目に見えていた小魔鬼がシュヴァイゼルトに気付き、近寄ってくる。
ドッドッドッと周囲にも聞こえるんじゃないかと思うほどに鼓動が大きくなり、緊張で視界が歪むがグッと堪えて耐える。
「ギギッ?」
覗きこむように小魔鬼の姿をしたシュヴァイゼルトを眺める小魔鬼だったが、僅かに首を傾げるとすぐに去って行った。だが、まだ安心するには早いと気持ちを切り替える。まだ近くに二匹いるのだ、油断はできないと気を引き締める。
見よう見まねで小魔鬼の動きを真似ながら、獲物を探すフリをして少しずつ離れて行く姿は中々に様になっていて、冒険者から見てもゴブリンと見分けがつかないのではないだろうか。
特に怪しまれることなくその場を離れることに成功し、拠点、もしくは川を目指して森の中を移動していく。川さえ見つかれば再び拠点に戻ることも、新たな拠点を作ることもできる。幸いなことに、荷物は全て収納拡張魔道具に仕舞って携帯していた。故に、いくらでもやり直しはきく……はずだった。
しかし運命とは残酷なもので、シュヴァイゼルトにとって更に予期せぬ問題に見舞われる事となる。新たな魔物――豚鬼との遭遇だ。
100メートルほど離れていた上に進行方向も逆だったため、本来ならば遭遇することは無かった。だが運悪く豚鬼はシュヴァイゼルトの風下にいたため、漂う匂いにいち早く反応、息を荒らげて走り出してしまった。シュヴァイゼルトが豚鬼の存在に気づいたのは20メートルほどにまで距離を詰められてからであり、既に隠れてやり過ごせる距離ではない。
「プギィィィイイイイ!!!」
「こんなところでやられてたまるかっ……!!」
シュヴァイゼルトの決死の逃走劇が始まった。
日中にも関わらず、葉に遮られた日の光は僅かにしか届かないため、じめじめとしていて薄暗い。
そんな深い森の中を必死に走る小さな影と、少し後方をつかず離れず追いかける大きな影。
小さな影は上手く木々を利用してまこうとするも、大きな影は本能で居場所がわかるのか、一時的に姿を見失っても迷うことなくすぐに小さな影を発見してみせ、再び追いかける。それを何度も繰り返すうちに、小さな影の体力が先に尽きてしまう。
ハァハァと荒い息遣いと共に、じりじりと獲物に迫る魔物――豚鬼。
足がもつれて転び、尻餅をついたままなんとか背後へと後ずさるが、すぐに背中が木に当たり下がれなくなる獲物――シュヴァイゼルト。
豚鬼は激しく興奮した様子を見せている。
「ブヒィイイイイイイ!!!」
ついに追い詰めたぞ、そう言わんばかりにさらに鼻息を荒くする豚鬼。
「ど、どうしてこんなことに……!!」
必死に逃げたが追いつめられてしまったシュヴァイゼルトは、豚鬼に組み敷かれる。
殺されることを覚悟していただけに意外ではあったが、殺されたほうがマシだったと思うのは直ぐ後の事だった。
「ブヒッブヒヒッ!!」
豚鬼は完全に発情しており、ゴブリンの姿をしたシュヴァイゼルトを犯そうとさらに鼻息を荒くし、襲い掛かる。だが本人はそれに気づいておらず、残虐な殺し方が好みのオークなのかと戦慄。
必死に抵抗を試みるが、体躯が倍近くある豚鬼相手では、どれだけがむしゃらに身体を動かし暴れたところでびくともしない。振り上げられた腕に恐怖し目を瞑るが、殴られる気配はないどころか、足を大きく広げられる。
「え?! なんで足を…?! ってまさか……」
オークは興奮しすぎて、目の前のゴブリンが言葉を発していることにすら気づいていない様子。
血走った目、荒い鼻息、足の間に当たるナニか。点と点が繋がり、あることに思い至るシュヴァイゼルト。
特に気にも留めていなかったので気がつかなかったが、改めて身体――下半身に意識を集中することで気付いてしまう。本来あるはずのものがついていない事に。
合点がいったのは良いが、信じたくなかった事実に動揺を隠せない。食べられるのも嫌だが、慰み者にされるのも嫌なのだ。ましてや男同士だなんて余計に。
なんとか拒もうと無我夢中で抵抗していると、オークの荒い鼻息が聞こえないことに気づく。
恐る恐る見上げて顔を見れば、目を見開いたまま絶命していた。
訳が分からず唖然としていると、オークが突然ぐらりと傾き、そのまま横倒しにドーンと大きな音を立てて地面に崩れ落ちる。
その背後に立っていたのは、見目麗しい女性だった。
この出会いが、シュヴァイゼルトの運命を大きく転換させていく―――。