38話 異変
ローブ姿の人影がスキルを解いたことで、意識を取り戻したイゼルを除く一同。
レーティアやリリス、ジレグートと男の冒険者は我に返った瞬間から油断なく警戒を厳にし、意識を集中して索敵を開始。
女冒険者四人は何が起きたかわからず、不安そうに周囲を見渡した。
「なんだ今のは?! てめぇがやったのか?! くそ、なんなんだよっ! わけがわからねぇ!!」
恐怖、混乱、意地、誇り、欲望。
様々な感情がないまぜになり、自分が何をしたいのかすらわからなくなっているリコルは、その感情のはけ口としてイゼルへ狙いを定め、斬りかかる。
だが、何度斬りかかろうが全てを受け止められ、やがてリコルが恐怖からでなく体力的に息を切らし始めた。
呼吸は早く、蓄積された疲労からかなり動きも遅くなっている。すでに『疾走』のスキルも使用できなくなり、剣筋は子供ががむしゃらに剣を振るっているようにしか見えないほど拙い。
「おい、あれは本当にイゼルだよな……?」
その様子を見つめつつ、レーティアたちに近づいたジレグートが尋ねる。
「ああ、イゼルだよ」
「……うん」
二人が肯定したことで、より眉をひそめた。
「なんで断言できる? あの殺気は異常だろ。それに、今の動きはイゼルとまったく違う」
まるで何か得体のしれないものを見るような――そんな目でイゼルを見つめるジレグート。
「フッ、まだまだイゼルを知らんな」
「……自分でついてくるって決めたのに、情けない」
勝ち誇った声と、呆れた声。
それぞれ別の反応ながらも、言葉に込められた感情はどちらもイゼルに対しての深い信頼だった。
「あぁ……? どういうことだ? お前らはあの状態がなんなのか知ってるのか?」
「いや、知らんな」
「……私も」
「あぁ?!」
二人の要領を得ない返答に、苛立つジレグート。
「知らんが、あの状態もイゼルの一つの顔なのだと、そう思っている」
「……うん。イゼルは私たちに殺気を向けてない。それに、ずっと守ってくれてる」
二人がまったく今の異常なイゼルを意に返していないのは、イゼルへと向ける目を見ればすぐに理解できた。
「……チッ。おめぇらさっさとイゼルに告れよ。アレを平然と受け入れるおめーらも相当異常だぜ」
ジレグートはまだまだこの三人の輪に――仲間として踏み込めていなかったんだなと自覚し、苦し紛れの嫌味をぼやく。
「なっ?! 何を言っているっ! 私とイゼルはそのような関係じゃ……!!」
「……拒否されたら生きていけない」
一方は照れ、一方はズーンと落ち込む。
二人の様子を見てワッハッハと笑ったジレグートは、もう一度イゼルを見た。
余裕がなくて過敏になりすぎていただけで、冷静になればリリスの言うように、自分たちには一切殺気を向けられていない。
それどころか、時折リコルがイゼルの注意を引くためこちらに手を出そうとすれば、攻勢に転じて守ってくれている。
チラリと見える横顔は冷酷そのものだが、確かにあれもイゼルなのだろうと納得できる、温かさのようなものを感じた。
「ハッ。オレっちもまだまだだなぁ。仲間の本質すら見抜けねぇようじゃ、喋ってすらくれねぇ武器の言葉なんて聞けねぇや」
自嘲気味に笑い、自分の頬を思いっきり叩くジレグート。
一方、リコルはことごとく自分の攻撃が当たらないことに、強い焦りを感じていた。
「おい! お前らも手を貸せよ! いつまで座ってんだ!!」
限界が近づいてきたリコルは、後ろで震えている仲間たちに怒鳴り声を上げる。
だが、誰一人として動けない。
イゼルが睨みを利かせており、動けば殺されると本能的に怯えてしまっているのだ。
「チィィィイっ! くそっ、何が鋼鉄級だ! 使いもんにならねぇゴミがっ!!」
怒りでさらに剣筋が荒くなり、力任せに振るった一撃をイゼルが弾く。
限界が来ていた腕はその反動に耐え切れず、魔剣が腕からすっぽ抜けて弾き飛ばされた。
ちょうど足元に転がってきた魔剣を男の冒険者が広い、ニヤリと笑う。
「ククッ。ようやく俺にもツキが回ってきたか……。コレで俺も……」
ギュッと魔剣を握りしめると、軽く素振り。感触を確かめ、満足そうに笑う。
「おい、てめぇ! それは俺さまの剣だぞ! さっさと返しやがれ!」
剣を離した途端攻撃をやめたイゼルを訝し気に睨みつつ、ズカズカと男の冒険者へと詰め寄るリコル。
そこへヒュンッと魔剣が振るわれた。
「ガッ?! てめぇ……何を……」
リコルは咄嗟に背後に飛んでかわしたものの、袈裟懸けに二筋の剣閃が走り、血が滲む。
「確かにあんたはSランクなのかもしれない。だが、魔剣に頼り切りだ。つまり、魔剣さえなきゃ俺の相手じゃないということ。こいつもあんたみたいなやつに使われるより、俺に使われるほうが幸せだろう」
淡々と告げると一歩、また一歩と魔剣の腹を手のひらに叩きつけながら、傷口を抑えてかがみこむリコルへと近づいていく男の冒険者。
だが、突如様子が激変する。
「ツッ?! なんだ……? 離れないッ!? なんだこれは!」
異変に気づき、一同が見つめる先。
握られた魔剣から焦げ茶色の触手のようなものが伸び、男の腕に突き刺さり体内に侵入、飛び出してはまた侵入を繰り返し、どんどんと身体のほうへ伸びていく。
あっという間に全身を触手が覆い、その姿が見えなくなるほど触手で溢れかえった。
やがて新しい獲物を求めるように、外へと触手が伸び始める。
真っ先に狙われたのは、すぐ近くにいたリコルだ。
「何が起きてんだ……?! くそっ! くそがぁぁああああ!!」
物事が思うように進まず、理解できないことが重なったばかりか、気味の悪い触手が迫ってくる現実。憎悪の篭った瞳を原因となったイゼルと謎の触手に向けると、傷口を抑えたままゆっくりと走る。
仲間の元へ行くと、持たせていた自分の収納拡張魔道具を半ば奪い取る形で受け取り、帰還石を取り出した。
「あぁ?! なんで使えねぇんだよ!」
何度も帰還石を使おうとするが、うんともすんとも言わずに焦るリコル。
そうこうしている内にも背後から触手が迫ってきており、徐々に動きが軽快になってきていることに顔を歪める。
腰が抜けて立ち上がることもできず、座ったまま後ずさりする仲間たちを見て、リコルは手を差し出した。
「あ、ありがとうございます、リコルさ――まっ?!」
リコルの手を取り、立ち上がろうとした火魔法使いの女冒険者。
震える足に力をいれ、なんとかお尻が上がり前かがみになった瞬間、リコルはその手を勢いよく引っ張った。
女冒険者はなす術なく後ろへと放られ、触手がそれを受け止める。
「いやっ! いやぁぁあああ! 助けて! 助けてくださいリコルさまぁあああ!!」
触手に雁字搦めにされながら、必死にリコルたちへと手を伸ばす。だが、リコルは興味無さそうにフイッと視線を外し、ほかの仲間たちも恐怖で動けない。
「どうし……て……」
火魔法使いは涙を流しながら触手に覆われると、ずるずると本体へ引きずられていき、やがて取り込まれた。
「おいっ! さっさと回復薬を出せ!!」
時間稼ぎに成功したリコルは、恐怖で竦む水魔法使いの胸倉をつかむと、怒声を上げる。
「ヒッ」と小さく声をもらしながらも、震える手をマジックバッグに突っ込み、なんとか一本の回復薬を取り出すと、リコルは舌打ちしつつ奪い取り飲み干した。
失った血などは戻らないので全快とはいかないものの、傷が塞がり痛みが消えたリコルは未だに立ち上がることすらできない仲間たちを見ると、忌々しそうに睨みつける。
「最も評価の良い冒険者だと言うから仲間にしてやったというのに、とんだハズレくじだった! まぁ、身体だけは評価してやるよ。来世では冒険者などと夢を見ずに、唯一の長所である身体を売って分相応に生きるんだな」
鼻で笑い飛ばすと、部屋の奥――出口へと触手を避けるように大回りで駆けていくリコル。
出口側にいたレーティアたちとすれ違い様、方や笑い、方や顔をしかめるという、勝負の結果とは真逆の表情を交錯させた―――。




