37話 化け物
リコルはドカドカと大きな足音を立てながら、ボス部屋の中へと入ってきた。
「おい、聞いてんのか! なぜこうも俺さまの邪魔をする?! この救難依頼さえ達成すれば、あとは思うがままだったんだ!」
セリエンスを取り巻く状況、そして迷宮主の討伐。
それらは全て自分のために用意された舞台だったとでも言いたげに、激昂するリコル。
「何を言いたいのかわからんが、ご覧の通りダンジョンマスターは討伐した。お前の言う救難依頼も、無事達成されたのに、なんの文句があるんだ?」
呆れた口調で返事をしたレーティアを、不愉快そうに睨むリコル。
「俺さまがダンジョンマスターを討伐して、救難依頼を達成しなきゃ意味がないんだよ! そんくらいのこともわかんねぇのか?! Eランクの無能が出しゃばりやがって!」
「結果的に街の人は無事だったんだから、良いでしょう。それとも、自分で倒さなきゃならない理由でもあったんですか?」
イゼルの視線に顔をゆがめたリコルは、何かを思いついたのか突然怒りの表情を和らげる。
「ああ、そうだな。その通りだわ。別に自分で倒さなきゃいけない理由なんてないじゃねぇか。俺さまが倒したっていう結果さえあればなぁっ!!」
突然斬りかかってきたリコル。
イゼルはさっと後ろに飛んでかわしたが、革の胸あてにはスッと二筋の剣閃が浮かび上がる。
「どういうつもりだ貴様っ! まさか冒険者同士の殺し合いが御法度なのを知らんとは言わないよな?!」
刀に手をかけ、剣呑な雰囲気でレーティアが叫ぶ。
「ククッ、別に殺す気はねぇよ。お前らが大人しく、迷宮主が落とした白い玉――迷宮水晶をよこせばな」
「ふざけるなっ! そんな横暴がまかり通るわけないだろう! ギルドへ報告されれば終わりだとわからないほど愚かでもあるまいっ!」
レーティアの威圧を食らっても余裕を崩さないリコルは、ニヤリと笑う。
「お前こそ、忘れてないか? 俺さまは貴族で、Sランク所持者だぜ? 後ろ盾があり、将来が約束されている俺と、いくらでも代えの利く無能なお前ら。ギルドがどっちを取るかなんて、火を見るよりも明らかだろ??」
「……ッ。ならばますます渡せんな! ジレグート、イゼルたちを連れてギルドへ戻れっ! ここは私が足止めをする!」
死地に向かうかのような、覚悟を決めた瞳で叫ぶレーティア。
「……そんなのダメ。いくらレーティアでも、1:6じゃ危険すぎる。私も一緒に戦う」
そう言ってクナイを構えると、レーティアに並び立ち微笑むリリス。
「ばかもんが……」
口ではそう言いつつ、レーティアの顔に少し余裕が戻った。
「無能くぅん。君が早く決断しないと、大切なお仲間たちが二度と冒険者として活動できなくなっちゃうぜぇ?」
リコルが仲間に手でやれと合図すると、背後に控えていた女性冒険者たちがレーティアたちに向けて杖や弓を構える。
「悪く思わないでね? 『火球』」
「ま、リコル様に逆らったのが運のツキだよね。『水球』」
「同感だね。貴族に逆らった自分たちを恨んで? 『捕縛の矢』」
「えっと……。ごめんなさい! 『能力強化魔法陣』」
各々が思い思いの言葉を口にしながら、技能を発動。
火の球と水の球、魔力で形成された矢がレーティアたちを襲い、リコルたちの足元には大きな魔法陣が出現した。
ファイアーボールとウォーターボールは左右に飛ぶことで回避できたが、床に刺さった矢を中心に魔法陣が展開されると、そこからローブが二人目掛けて伸びていく。
レーティアたちが移動しても後を追いかけて来る、追尾能力のついたスキル。リリスがローブを回避しながらクナイで矢を折ることで、ようやく追尾が止んだ。
だが、次から次にスキルを連発するリコルの仲間たち。
レーティアたちは回避を強いられ、攻撃しようと近づけばリコルが魔剣で迎え撃つ。
「チィッ! 敵ながら、バランスの良いパーティーでうんざりするなっ!」
「……あの魔剣が厄介」
二人は回避しながら、リコルさえなんとかできれば脱出できると考えた。
「おい、イゼルっ! どうしちまったんだよ!」
だが、背後から聞こえる焦った声に振り返れば、茫然と立ち尽くすイゼルと肩をゆらすジレグートの姿が目に入る。
「おいおい、よそ見してて良いのかぁ?」
「ッ?!」
少し目を離した隙に、十分に距離を取っていたはずのリリスの目の前にリコルが立っていた。
咄嗟にクナイで受けるが、リコルの剣戟を防ぎきれずに左肩から血が流れ落ちる。
「きさまぁ!」
「ほらほらぁ、無能くぅん。君のせいでお仲間が血を流してるぜぇ? さっさとダンジョンクリスタルを渡したらどうだぁ??」
レーティアの一振りを易々と後ろに飛んでかわすと、ニヤニヤしながら語りかけるリコル。
「……クハッ。クハハハハッ」
突然笑い声をあげたイゼルがスタスタと歩き出すと、リリスの前で刀を構えるレーティアに回復薬を取り出して渡す。
「イゼル……?」
様子のおかしいイゼルを不安そうに見つめるレーティア。
イゼルは一切の反応を見せず、そのまま歩き出すとリコルの元へ向かった。
「お、なんだ? ついに渡す気になったのか? 判断がおせぇんだよ。おら、さっさとよこせ」
あざ笑いながら、手を差し出すリコル。
イゼルはリコルの手前で止まると、ニヤッと笑う。次の瞬間、リコルが思わず飛びずさるほどの強烈な殺気を放った。
リコルの仲間の女冒険者たちはヒッと小さく声を漏らすと腰を抜かし、ガタガタと震え始める。男の冒険者はなんとか倒れはしなかったが、ブワッと大量の汗をかいていた。
「な、なんなんだよてめぇ?! 無能がいっちょ前にやる気か?!」
声を震わせながらも、なんとか強気な言葉を絞り出すリコル。
だが、リコルが半魔剣に手をかけたことで手を震わせる。
「く、くそがぁっ! 俺さまが無能なんぞに怯えるわけねぇ!」
リコルは魔剣を強く握りしめると、自分が感じた恐怖は勘違いだと証明すべく、イゼルに斬りかかった。
それをあっさりと受け止め、大きく弾いたイゼルががら空きになった胴体目掛けて半魔剣を振るおうとしたところで、リコルが叫ぶ。
「『疾走』!!」
まるで四足歩行の獣の全力疾走のような、素早い動きで後方へと移動したリコル。
額には脂汗がにじみ出ており、ぜー、ぜーと肩で息をしている。真っ青になった顔や表情など、身体全てが死を強く感じたと物語っていた。
「くそっ! くそくそくそっ! そんなわけねぇ! 絶対にあるはずねぇんだ!!」
リコルは本能が鳴らす警鐘を無視すると、再び魔剣の能力である『疾走』を発動。
魔剣のもう一つの能力である『二重斬』を駆使しつつ、速度と威力を兼ね合わせた攻撃を繰り広げた。
だが、通常の魔物やボス相手なら強力な必殺技になるであろう猛攻も、今のイゼルには意味をなさない。
『二重斬』は一度の斬撃で二回分の攻撃を行うスキルだが、斬撃そのものは存在する。イゼルは半魔剣で二撃分しっかりと受けきりながら、腰の片手剣を『空中浮遊』で操作。いつの間にか攻撃へと転じ始める。
「は?! 剣が勝手に動きやがるだとっ?! くそっ、なんなんだよてめぇは!」
リコルが必死にかわし、いなし、受け止めイゼルの攻撃を防いでいる頃。
いつの間にか、ボス部屋の入り口に不気味なローブ姿の人影が現れていた。
イゼルとリコルの戦闘の様子を観察しつつ、ンーと顎に指をあてて悩まし気な素振りを見せる。
「おヤ、おかしいですネ。どうして彼らが争ってるんでしょうカ……? Sランクをおびき出しテ、始末する予定だったんですガ……。魔剣もまだ彼の手の中にあるようですシ、王魔蛇の姿もなイ……。作戦は失敗したようでス。うーン、困りましたねェ」
どうしましょう、どうしましょうと上半身を横に揺らしながら考えるローブ姿の人影。
手の平にポンッと拳を置くと、これだ! と言わんばかりに人差し指を一本だけ立てた。
「我ながら名案ですネ。でハ、ちょちょいっト」
ローブに手を突っ込むと、禍々しい髑髏のついた杖を取り出し、ボス部屋に向けてかざすローブ姿の人影。
「『精神牢獄の魔眼』」
スキルを発動すると、杖についた髑髏の片目に紫色の瞳が現れ、瞳の中に魔法陣が浮かび上がる。
すると、ボス部屋の中にいたレーティアたちはまるで魂が抜けたかのように瞳から光が消え失せ、ピクリとも動かなくなった。
「フー。やはりこれは疲れますネ。とりあえずこれデ――ッ?!」
首を左右に傾けて鳴らすような仕草をしながら、ボス部屋へと入ろうとしたローブ姿の人影。
だが、動かないはずのイゼルが顔だけをローブ姿の人影に向け、ギロリと睨む。
その瞬間、八つ裂きにされる自身の姿を明確にイメージさせられたローブ姿の人影は、スキルの発動を中止して全力で逃げ出した。
「エ、Sランクよりよっぽど危険じゃないですカッ! 聞いてませんヨ、あんな化け物ッ!」
自分の心臓がまだ動いてるかどうか手を当てて確認しながら、ローブ姿の人影は闇に溶けるように消えていった―――。




