35話 魔剣の力
陽が上り始めた頃、すでにイゼルたちは迷宮へと潜っていた。
前日にギルドで一悶着あった後、個室へと移ったイゼル一行とシクル、ユリーアたちは本部へと上げる報告書を作成しながらいくつかの情報交換を行ったのだが、その内容があまり芳しく無かったためだ。
1.セリエンス支部のギルドマスターはセレイル支部のマスターと裏の繋がりがあることが判明したこと
2.それもあり、どちらのギルドマスターもリコルに迷宮主を討伐させたいこと
3.万が一リコルたちがダンジョンマスターを討伐した場合、イゼルたちにどのような処分が下るのか想像もつかないこと
4.それらを阻止し、かつ街に迫る危険を払うためにはイゼルたちの力が必要なこと
栄誉に興味のないイゼルとしては街の危険さえ取り除ければ誰が討伐しても良いというのが本音だったが、ユリーアたちのことを考えるとリコルには任せる訳にもいかず、そうなると自分たちで頑張る他ないと判断。
レーティアたちも同様の考えで、ダンジョンマスターの元へたどり着くべく朝早くから九階層の攻略を進めていた。
「しかし、相変わらず冒険者ってなぁ面倒だよなぁ。もっとシンプルに考えられないもんなのかね」
緊張感を保ったまま歩を進めつつ、リコルやマスターたちの思惑を思い出しぼやくジレグート。
「仕方ない部分もある。金級に上がれる冒険者は僅か一握りだが……その一握りになれさえすれば、明るい未来が約束されるのだからな」
「……貴族になることも夢じゃない」
一定の理解を示す二人に、首を傾げるイゼル。
「どうしてこだわるんでしょうね? 別に青銅級でも鉄級でも、金級でも何かを守りたいって気持ちは同じで、だから冒険者になったはずなのに」
「……そうだな。きっとやつらにはやつらなりの、守りたいものがあるんだろう」
それは名声であり金であり、自分自身だろうけどな。と思っていても口には出せなかったレーティア。
そんなことは露知らず、イゼルは「なるほど!」と納得していた。
「……敵、数十!」
この話題を継続したくなかったレーティアたちにとって、ちょうど良いタイミングで魔物――上位魔蛇が現れる。
ハイサーペントはサーペントをそのまま大きくしたような魔物で、体長は1.5mほど。筋力が大幅に上昇しており、巻き付かれれば鎧を着けていようが一たまりもない。
「絶対に近寄らせるな! 巻き付かれたら、骨ごと千切られるぞ!」
レーティアの掛け声が響く。
イゼルは魔剣をナイフに変え速度重視にし、ジレグートは大盾の縁を両手で掴むことで射程を伸ばし、地面へと打ち付ける。
リリスは懐へと潜ろうとするハイサーペントをクナイでけん制し、近づかせないようにした。
各々の行動が上手くかみ合い、一度も危険を感じることなく討伐。十分に対応できることを確信したイゼルたちは、幾度となく襲い来るハイサーペントを狩って行った。
順調に攻略を進めた一行は、二時間半ほどで階層ボスのいる部屋の前へとたどり着く。ゆっくりと門を開くと、2mほどの大蛇が三匹部屋の中央にとぐろを巻いて佇んでいた。
「兵長級魔蛇か……。基本的な対処法はハイサーペントと同じだが、気を抜くんじゃないぞ」
レーティアが注意を促すが、すでにイゼルたちがピリッとしたほど良い緊張感を持っていることに気づき、「余計なお世話だったな」と微笑を零す。
イゼルたちが部屋に踏み込むと、獲物に気づいたコマンダーサーペントのうち一匹が、地面を這いながら驚くほどの速さで動き出した。
ジレグートが前に飛び出すと、鋭い牙を突き出しながら飛び込んできたコマンダーサーペントの頭を大楯で上へとかち上げる。
すかさずレーティアが追い打ちをかけようと飛び上がるが、すぐ真横から別のコマンダーサーペントが丸のみにしようと大きく口を開けて迫った。
「『空中浮遊』!」
イゼルは鞘から半魔剣を抜き放ち前方へと投げると技能を発動、半魔剣は緩いカーブを描きながら上へと飛んでいき、コマンダーサーペントの顎を真下から突き刺す。
魔剣は頭部まで深々と貫通し、ボフッと音を立てて粒子へと変わった。
「『血華・閃』」
レーティアもスキルを発動すると、横一閃。
コマンダーサーペントの首をはね、あっという間に二体目を討伐。最後の一体に目をやれば、リリスが放ったであろうクナイが目や頭部に突き刺さっており、立ち上がったまま苦し気な声を上げて悶えていた。
一体目を仕留めたあと、イゼルはすぐに三体目を討伐すべく駆けだしており、強く地面を蹴り上げると片手剣を首に突き立てる。
剣を握ったままコマンダーサーペントの身体を足場にして横へ飛ぶと、その勢いで首を斬り裂いた。
「……あと一階層。がんばろ」
九階層のボスを攻略し、残りは最下層である十階層のみ。
ここでも特に異変を感じなかったリリスは、最下層――ローブ姿の人影が言っていた仕掛けがあるであろう階層を前に、気合を入れなおす。
「おうよ。だが、忘れるんじゃねぇぞ? 命あっての物種だ、無茶はすんな」
ジレグートの言葉に、頷くレーティアとリリス。
イゼルは少し悩んだ後、間を置いて頷いた。
「……行きましょう」
深く息を吸って、吐き出して。それから一歩を踏み出したイゼルは、階段を降っていく。
後に続く三人は一度目を合わせると、無言で頷いてから続いた。
十階層に下りたイゼルたちは、少し進んだところでリリスの指示で足を止める。
「……だれ?」
背後を振り返って、クナイを構えたまま目を細めるリリス。
今まさにイゼル達が進んできた曲がり角から姿を見せた人影に、全員が驚いた。
「おやぁ? これはこれは、無能くん御一行じゃないか。まさか本当に無能が最下層までたどり着けるなんて、夢にも思わなかったよ」
わざとらしくオーバーに肩を竦めながら、歩み寄ってくるリコルパーティー。
「八階層から一気に駆け抜けて来たのか……?」
訝し気に眉をひそめるレーティアに、フッと鼻で笑い返すリコル。
「あぁ? 当たり前だろ? 俺さまを誰だと思ってんだ。ま、どっかの誰かさんたちが九階層のボスを討伐してくれたお陰で、無駄なボス戦をしなくて済んだことには感謝しておくぜ?」
「チッ……。再出現の隙間を利用したのか」
顔をしかめるレーティアを愉快そうに見つめていたリコルは、イゼルたちより前に出ると腰の鞘から剣を引き抜く。
「別に自分で討伐しても良かったんだぜ? あとで文句を言われてもかなわねぇから、ここは片づけてやるよ。実力の違いを目に焼き付けな」
リコルは通路の奥から迫るハイサーペント十体に向けて一人で駆けだすと、片っ端から斬り刻んでいく。一分かからずに全てを始末すると、肩の上でトントンと魔剣を遊ばせながらニヤリと笑った。
「雑魚すぎてすぐ終わっちまったな。ま、これで分かったろ? 迷宮主は俺さまが討伐すっから、今のうちに夜逃げの準備でもしてな。あぁ、そこの女二人なら歓迎してやるぜ? 飽きたら捨てちまうけどよ」
ハッハッハと高笑いを上げながら、奥へと進んで行くリコル。
リコルの仲間である男冒険者もすれ違い様、「なぜ泥船にしがみつくのか、理解できん」と首を傾げた。
リコル一行の後姿が見えなくなると、呆れたようにため息をつくジレグート。
「ありゃダメだな。認めたかないが、昔のオレっちを見てるようだぜ」
「どういうことだ?」
首を傾げるレーティア。
「あれはアイツの力じゃねぇ、魔剣の力だ。どこで手に入れたのか知らんが、なかなかの業物だったな。だが、アレはあくまであの魔剣があるからこその力だ。実力がまったく追いついてねぇ」
「ほー……。ということは、あの不可解な斬撃は魔剣の能力ということか?」
「おそらくそうだろうな。一度の攻撃で二回斬撃が発生してるように見えたから、『二重斬』とかじゃねぇか?」
鍛冶師としての知識から、当たりをつけるジレグート。
「……なんにせよ、急がないと。先にダンジョンマスターを見つけなくちゃ」
「そうですね。ますます増長しているようですし、これ以上好き勝手させるわけにはいきません!」
イゼルたちは気持ちを新たにし、十階層を攻略しだすのだった―――。




