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34話 仕掛けを解く鍵


 ギルドマスター専用の個室に入っていくマスターとリコル一行。


「チッ、生意気な! たかだか受付嬢のくせにっ!」


 ギルドマスターは部屋の扉が閉まるや否や、外に聞こえないのを良いことに大きな声で文句を口にする。


「まぁ落ちついてくださいよ。それで? 無能たちはなんて言ってたんです?」


 リコルの言葉にやや落ち着きを取り戻すと、件のローブ姿の人影の話を伝えるギルドマスター。


「へぇ……。興味深い話だけど、嘘っぽいですねぇ。大方、下層に降りた途端に攻略が行き詰って、そんなつまらない嘘をついたんじゃ?」


 困ったもんですねと肩を竦めるリコル。


「おそらく嘘でしょうが、あいつらは八階層を攻略したと言っていました」


「はぁ?! そんな馬鹿な! それこそ間違いなく嘘に決まってる! 俺たちですら、二日かけてようやく七階層を突破したんだぞ?! いくら向こうに銀級(シルバー)がいるとはいえ、こちらは鋼鉄級(スチール)が五人! 俺の実力も考えれば、やつらなんかより断然強いはずだ!!」


 リコルは机をドンと叩き、声を荒げる。


「ええ、仰る通りかと。あまりにもペースが速すぎる。いくら銀級(シルバー)とはいえ、リコル様に劣るものたちがそんな速度で進めるわけないですからね」


 ギルドマスターはリコルにおべっかを使いながら、ちらちらとリコルのパーティーメンバー――際どい恰好をした女性冒険者たちへと視線を送る。

 リコルは彼女たちをぐいっと抱き寄せると、その身体を撫で回しながら口を開いた。


「なんにせよ、目障りな存在なのは確かなんだ。どうにかして、あの顔を恐怖の色に染めてやりたいが……」


 苛立たし気に呟くリコルに、ギルドマスターは冷や汗を流す。

 セレイル支部のマスターから内情を聞いているギルドマスターは、リコルに活躍してもらい上級冒険者へ駆けあがる手助けをし、その威光と貴族としての権力で今よりも良い立場になることを目論んでいる。

 だからこそ彼らが優位になれるよう立ち回り、救援依頼を取り消すといった話がでたときには事前に情報を流したりもした。

 だが、犯罪に手を出されては困る。

 分の悪い賭けにのって、破滅する気はさらさらないのだ。


「リコル様なら大丈夫ですよ。彼らとて、リコル様が迷宮主(ダンジョンマスター)を討伐した暁には大きな顔もできないでしょう」


 ギルドマスターの言葉に気を良くしたリコルは、笑顔に戻る。


「そうですね。さっさと攻略してしまえば良いんだ。それで? ほかに何か報告はありますか?」


 首を横に振ったギルドマスターを見たリコルは、立ち上がると部屋を後にした。

 ギルドホールにいた冒険者から羨望のまなざしを向けられ、笑顔を振りながらギルドを出ると、泊っている宿――セリエンスで最も高級な宿へと向かうリコル一行。

 その途中、路地裏へと向けてパーティーメンバーの男が突然身構えた。


「おヤ、気づかれてしまいましたカ。初めましテ、リコル様とそのお仲間の方々」


 暗闇から突然現れたローブ姿の人影は、仰々しくお辞儀をして見せるが、怪しい雰囲気に顔をしかめるリコル。


「なんだ貴様は。……いや、待てよ。その恰好、もしや無能が言っていた怪しいやつか?」


「無能……? 本日ダンジョン内で見かけたという報告でしたラ、恐らく私のことだと思いますヨ」


 あっけからんと言い放つローブ姿の人影に、剣へと手を伸ばすリコル。


「あァ、待ってくださイ。実ハ、リコル様に良いお話があってお伺いしたのでス」


「良い話だと……? そんな胡散臭い話、聞くと思うのか?!」


 今にも切り込みそうな雰囲気を発するリコルに、ローブ姿の人影は慌てた様子を見せる。


「オ、落ち着いてくださイ。実は私、ダンジョンにとある仕掛けをしたんでス。その仕掛けを解く鍵ヲ、リコル様にお()()したいと思ったのですヨ」


「鍵……だと? そんなものがなくても、俺は攻略できるっ!」


 声を荒げるリコルを、まぁまぁと宥めるローブ姿の人影。


「リコル様なら可能だと思いますヨ。ですガ、現状あなた様よりも先に進んでいる者たちが居るでしょウ?」


「……」


「この鍵があれバ、ダンジョンをサクサクと進めますヨ。どうせ勝つなラ、圧倒的なほうが良いでしょウ?」


「なぜ、わざわざ仕掛けたのに俺に鍵を渡そうとする? 目的はなんだ?」


 訝し気な瞳を向けるリコル。


「強いて言うなラ……リコル様に期待しているかラ、ですかネ。私はあなた様の潜在能力を高く買っていまス。今のうちに手助けをすることデ、冒険者として大成したとキ、ほんの少しおこぼれを貰いたイ……それだけですヨ」


 そう言って、わざとらしく片膝をついて頭を下げる。

 しばらく悩んでいたリコルは、意を決すると口を開いた。


「いまいち信用できんが……話を聞くだけ聞いてやろう」


「おォ、ありがとうございまス! 人目に触れるとお互い良いことはないでしょうかラ、こちらにどうゾ」


 ローブ姿の人影は立ち上がると、すっと路地裏の奥へと進んで行く。

 リコルは仲間に少し待っていろと伝えると、そのあとを追った。


「で、なんなんだ。つまらん内容ならたたっ斬るからな」


「きっとご満足頂けると思いますヨ。一応確認したいのですガ、リコル様の職業(クラス)はSランクの『魔剣士』ですよネ?」


 大きく首を傾げるローブ姿の人影に、眉を顰めるリコル。


「……そうだが、なぜ知ってる? あまり人には話してないんだがな」


「リコル様のお役に立つべク、少し調べさせてもらったのですヨ。お渡しする鍵ハ、普通の人には扱えませんからネ」


「で、その鍵ってのはなんなんだ。もったいぶらずにさっさと教えろ」


 剣を引き抜いたリコルは、ローブ姿の人影の首元に剣先を突き付けながら凄みを利かせた。


「お、怒らないでくださイ。えート……あぁ、これでス。『魔剣士』であるリコル様なラ、使いこなせるはずですヨ」


 ローブ姿の人影は、ローブに手を入れると何かを探すような仕草をし、やがて鞘に納められた一本の片手剣を取り出す。

 奪い取るように受け取ったリコルは、柄を握った瞬間驚きを顕にした。


「魔剣……? ッ?! なんだ、この凄まじい力は!」


 思わず鞘から魔剣を抜き放つと、高笑いを上げるリコル。


「気に入って頂けたようで何よりでス。リコル様ならすぐにお解りになったかもしれませんガ、その魔剣は二種類の能力をもっていまス。ぜヒ、有効活用してくださイ。それがあれバ、ここの迷宮(ダンジョン)は楽々攻略できるはずですヨ」


 ローブ姿の人影は手をきりもみしながら、リコルの反応を待った。


「ああ、驚いたよ……。これほどの魔剣、この辺りじゃまず拝めないからな。クク……やはり俺さまは神に愛されてる!!」


「その通りでス、リコル様。その魔剣も相当なじゃじゃ馬なのニ、見事に掌握していル。さすがとしか言い様がありませン」


 魔剣を抜き身のまま握っていたリコルは、ふとローブ姿の人影を見るとニヤリと笑う。


「どうかしましたカ?」


「いや、なに。我ながら頭が冴えてると思ってな」


「それはどういウ……?」


 一歩、また一歩と魔剣を握ったまま近づいてくるリコルに、後ずさりするローブ姿の人影。


「簡単な話だ。この魔剣を俺さまのものにしてやろうと思ってな」


「エ、えェ。ここのダンジョンを突破するまデ、リコル様のものですヨ」


「お前が持っていたところで、宝の持ち腐れだろう? なら、その後も俺さまが使ってやるほうがこいつにとっても良い事だと思わないか?」


「ソ、その通りかもしれませン。その魔剣はぜヒ、リコル様に差し上げたいと思いまス……アッ」


 足元に落ちていた石に引っ掛かり、お尻から転倒するローブ姿の人影。

 それを見たリコルは、さらに醜悪な笑みを浮かべた。


「ああ、ありがたく頂くとしよう。だが、あとから奪われたと騒がれても面倒だし、今後恩人面されても目障りだ。お前、顔を隠しているところを見るとどうせ亜人かなんかだろ? 分不相応な夢を抱いた自分を恨むんだな。最後に俺さまみたいな神に愛されたものと話せて幸せだったな?」


「ヒィッ」


 リコルは魔剣を振りかぶると、袈裟懸けに斬り裂いた。


「ア……アァ……。こんなところデ……」


 仰向けに倒れたローブ姿の人影は、何かをつかみ取ろうと必死に天に手を伸ばすが、その手は途中で力なく床に落ちると、そのままピクリとも動かなくなった。

 もう一度魔剣を見つめ、興奮した様子でその身体を震わせると、その場を去っていくリコル。今まさに人を斬ったとは思えないほど、嬉しそうな笑い声をあげながら。

 その後、リコルがいなくなってしばらく。


「やれやレ……。いきなり斬りかかってくるなんテ、礼儀のない人ですねェ」


 大きなため息をつきながら、何事もなかったかのように立ち上がるとぽんぽんと身体についたゴミなどを払うローブ姿の人影。

 「マ、良いでしょウ」と呟くや否や、闇に溶けるように消えていった―――。

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