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32話 挨拶


 七階層へと降りたイゼルたちは、すぐ近くにあった休息部屋(セーフルーム)で小休憩を兼ねて軽食を食べていた。

 セーフルームは迷宮(ダンジョン)内に点在する魔物が発生しない部屋で、別名『迷宮内の安息地(オアシス)』とも呼ばれる数少ない休憩地点。

 いつもなら素通りしてしまうのだが、リリスが先の犬頭小魔鬼王(コボルトキング)戦で著しく体力を消耗してしまったため、より安全な場所を選んだのだ。


「……迷惑かけてごめん」


 申し訳なさそうにリリスが頭を下げると、レーティアがリリスの頭を撫でる。


「気にするな。そもそも、苦戦するよう仕向けたのは私だからな」


「……ううん。おかげで、私に必要なものがわかった。……咄嗟の判断力と、覚悟」


「それなら重畳だ。そういうのは、誰かから言われたところでほとんど意味はない。自分で経験し、自覚できてこそ初めて成長できるものだからな」


 強い意志を秘めた瞳でレーティアを見たリリスが、こくりと頷く。

 レーティアは笑顔でもう一度頭を撫でると、「そろそろ行くとしようか」と立ち上がる。


 七階層も通路に出る魔物は六階層と同様だったが、平均して十体ほどと一つの集団辺りの数が多かった。それでも、イゼルたちが苦戦するほどの相手ではなく、サクサクと奥へと進んで行く。

 敵の物量が増えたこと、攻略最前線であるため階層のマッピングが終わっていないということもあり、少し時間は伸びたがそれでもわずか二時間で階層ボスがいる部屋の前へと到達したイゼルたち。


「妙だな。確かに敵は多いが、鋼鉄級(スチール)のパーティーなら突破できなくはないレベルだ。なぜこの階層が攻略できなかったんだ……?」


 訝し気に辺りを見回すレーティアだったが、特に異変は感じられず頭を振る。

 レーティアはこの階層に何か異常がるものだと思っていただけに、予想が外れてピリピリとした緊張感を漂わせた。


「別にフラグを立てるわけじゃねぇが、階層ボスがありえねぇほどつえーって可能性は?」


「今までのボスを考えると、ありえるがな。それなら、誰かしらが帰還石で戻り情報を伝えるだろう」


 D級ダンジョンの迷宮主(ダンジョンマスター)クラスである王級。

 それがすでに二体出てきていたことを考えれば、ジレグートの予想は当然と言えるものだった。


「……全員が一撃で殺された?」


「リリスの言う可能性も、なくはないが……。万が一それが事実であったなら、特殊個体(ユニーク)以外に考えられん。階層ボス……それも王級がユニークだったら……笑えないな」


 ボス部屋に入るかどうか、鋭い視線を門に向けたまま頭を悩ませるレーティア。


「……行きましょう。僕たちはこのダンジョンを攻略するよう依頼され、受諾してここに来ました。途中で投げ出して良いものじゃないはずです。それにきっと……僕たちのパーティー以上に力のある冒険者は、今のセリエンスにはいないと思います」


 イゼルの言葉に、うなずく一同。

 意を決して門を開くと、中には犬頭小魔鬼将軍(コボルトジェネラル)が二体と上位犬頭小魔鬼(ハイコボルト)が六体待ち構えていた。

 万全を期すため、レーティアとジレグートも戦闘に参加。四人で挑んだ初めてのボス攻略は、あっけなく終了した。


 レーティアはリリスがクナイでけん制した隙をついて一瞬で懐に潜ると、刀を抜刀し横一閃。コボルトジェネラルは防御する間もなく、ハイコボルト三匹と共に上下に真っ二つにされる。

 大楯から大槌に持ち替えたジレグートは、イゼルが『空中浮遊(エアリアル・マジック)』で操る剣が敵からの攻撃を防いでくれるのを良いことに、防御もせずに突っ込むと大槌を大きく振りかぶった。

 全力で床に打ち付けた大槌はコボルトジェネラルをぺちゃんこにし、満足な結果にニヤリと笑う。

 あっという間に頭を失ったハイコボルトがジレグートに押し寄せるが、ハンマーの一振りで片づける。


「普通……だったな」


「ああ、ユニークでもなんでもねぇ。むしろ六階層のボスのほうが強かった。ますます謎が深まっちまったな」


 じっと床に転がる魔核を見つめながら、呟く二人。


「なんにせよ、これで先に進めます。油断はできませんが、攻略が進むに越したことはないので良しとしましょう?」


 現状ある情報だけでは正確な推測もできないと割り切ったイゼルは、不安を押し殺すと無理に笑顔を作った。

 仲間の命と、他の人の命。天秤にかけられるものではないが、イゼルは心のどこかでいつか必ずこの選択をしなくちゃいけない日が来ることを理解している。

 それが今なのか、もっと先なのか。誰にもわからないが、今がそのときでなければ良いと願った。


「ああ……そうだな。先に進もう」


 真面目な顔でイゼルの頭をわしゃわしゃと撫でまわしたレーティア。ジレグートもそれに続くと、リリスも首を傾げながら参加。

 全員に頭を撫でられたイゼルは、「なんですか、もー!」と抗議したのだった。


「ここが八階層……」


 階段を降り、八階層に足を踏み入れたイゼルたち。

 未踏破区域ということも影響しているのかもしれないが、どこか今までと違う雰囲気を感じる。


「ここからは何が起こるかわからん。修行にはならなくなってしまうが、私も加わる」


 隊列をジレグート、レーティア・リリス、イゼルの◇形に切り替え、慎重に進んで行く。

 ほどなくして魔物と邂逅。魔蛇(サーペント)十体の群れだった。

 全長1mほどと魔物としてはそこまで大きくはないが、鋭い二本の牙と固い鱗が特徴的な魔物。地を這っているせいで狙いが付けづらく、足などに一度巻き付かれてしまうとあっという間に骨を砕かれる。


「ここがダンジョンじゃなきゃなぁ……美味しい獲物だったんだけど、なっ!」


 飛びかかってきたサーペントを盾で叩き潰しながら、残念そうな声を漏らすジレグート。


「こいつは全身素材みたいなものだもんな……。だがまぁ、致し方あるまいっ!」


 足に巻き付こうとするサーペントへ向けて、器用に床すれすれで刀を振り切るレーティア。

 イゼルは魔剣をナイフの形へと変化させ、リリスの動きを模倣しながら素早いステップで狩っていく。

 リリスは自分の真似をしてくれたことを喜びつつ、クナイでサーペントの頭を床に縫い付けていった。数分で全てを倒しきると、油断なく攻略を再開するイゼルたち。

 本来この迷宮(ダンジョン)に出ないはずのサーペントも、色々と不可解な点が多い今では話題にすら上がらない。

 時折夥しい数のサーペントに襲われたりしつつ、順調に八階層を進んでいった一行は大きな門の前にたどり着いた。


「よし、行くか――誰だっ!!」


 門へと手をかけた瞬間、振り返って刀に手を置くレーティア。

 その視線の先、影が揺らめくと顔まですっぽりとフードで覆い隠したローブ姿の人影が現れた。


「おやおヤ、気づかれてしまいましたネ。御機嫌よウ、若き冒険者たチ。あなた達があまりにも攻略ペースが速いのデ、出遅れてしまいましたヨ」


 わざとらしく抑揚をつけた話し方をする、謎の人影。


「それで? 私たちに何か用か?」


 一挙手一投足を見逃さぬよう、細心の注意を払いながら尋ねる。


「そう緊張しないでくださイ。()()やり合うつもりはないですヨ。最後の仕上げをしに来たラ、あなた達がいたので挨拶に来たんでス。もう攻略の邪魔をする必要もなくなりましたからネ」


「……なに? 鋼鉄級(スチール)パーティーが壊滅したというのは、お前の仕業か?」


 レーティアの質問に、顎に指をあててンーと悩む素振りを見せるローブ姿の人影。


「まア、良いでしょウ。えエ、そうですヨ。このダンジョンには魔物の氾濫(スタンピード)を起こしてもらいたかったのデ、準備が済んでない段階で攻略されるのは嫌だったのでス」


 アハハと笑いながらあっけからんと答える姿に、言いようのない不気味さを感じるイゼルたち。


「フフ、そう怯えないでくださイ。言ったでしょウ? あなた達とやり合うつもりはなイ、ト。苦労して一層と六層のボスを強化したのニ、あっさりと倒してしまうあなた達と戦うのは怖いですからネ。でハ、そろそろ失礼しますヨ。またどこかで会えるのを楽しみにしていますネ」


 ローブ姿の人影は仰々しく一礼すると、そのまま溶けるようにスッと消えた。

 しばらく身構えたままでいたイゼルたちは、リリスが無言で首を振ったのを確認して息を吐きだす。


「目の前にいるのに、気配をまるで感じなかった。なんなんだあいつは……」


 緊張でツーと額を垂れてきた汗を拭うレーティア。


「……私も認識して初めて気配を感じる程度だった」


 気配察知を全開にしたまま、辺りをキョロキョロと覗うリリス。


「準備ってなんのことなんでしょう……? 最後の仕上げに来たって……」


「このダンジョンでキナくせぇことが起こってんのは間違いねぇだろうな。どうすんだ? ここを攻略してから戻るか、すぐ戻るか」


 イゼルの疑問に眉間にしわを寄せながら答えたジレグートは、レーティアに判断を求めた。

 チラリとイゼルを見たレーティアは覚悟を決めると、リリスとジレグートを見やる。

 言わんとせんことを察した二人は、無言で頷いた。


「階層ボスを攻略してから、ギルドに戻ろう。そして明日……十階層まで降りて、迷宮主(ダンジョンマスター)へと挑む」


 イゼルが「はい!」と返事をして笑顔を浮かべたのを見て、ぎゅっと拳を握りしめると門を開くレーティア。

 八階層のボス――サーペントの変異種である毒魔蛇(ポイズンサーペント)五体を倒したイゼルたちは、急ぎギルドへと戻るのだった―――。


 

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