13話 離れることになろうとも
心のどこかで、イゼルならばもしかしたら奇跡的に命を繋ぎとめているかもしれない。そんな淡い幻想を抱いていた2人。彼はこれまでにも、常識では考えられないような奇跡を起こしてきた。
何の装備も、知識もないままガーレイ大森林という危険地帯で1人生き延び。
レーティアという師はいたが、それを差し引いても異常な速度で成長し。
豚鬼将軍という、遥かに格上の相手と接戦を繰り広げ。
豚鬼王の初撃を、仲間をかばった上で耐えて見せる。
冒険者になってわずか一ヶ月程度の新米、ましてやそれまで本格的な戦闘訓練すら受けたことがない素人などと、とても信じられない圧巻の一言に尽きる活躍ぶり。
2人が今回ももしかしたら、そんな風に思ってしまったのも仕方が無いのかもしれない。
リリスは自分がそんな少年の可能性を過信し、今回の討伐に推薦してしまったことを強く後悔。少年を殺したのは自分も同じだとひたすらに自身を責め続け、目の前が真っ暗になっていた。
レーティアもリリス同様、自分が冒険者という道を提示しなければこうはなっていなかったかもしれない。彼を死地へと追いやったのは他ならぬ自分だと責め立てる。
反応が薄くなった2人を見て、退屈そうにあくびをする豚鬼王。
面倒そうに近づいて行くと、へたり込むリリスを軽々と持ち上げ背後に立った豚鬼兵長へと放り投げる。片手剣を素早く地面に突き刺すと、両手でしっかりと受け止め背中に担ぎなおして再び剣を抜いた。
虚ろな瞳で一連の流れを見ていたレーティアは、僅かだが違和感を持ったことで正気を取り戻し、その違和感がなんなのかを知るために観察していると異変は起きる。
レーティアに向かい歩いてくる豚鬼王に付き従うよう背後を歩いていた豚鬼兵長が、バランスを崩したのかふらっと前に倒れこむ。背に抱えたリリスをしっかりと支えたまま、倒れる勢いを利用して全体重を乗せながら片手剣を豚鬼王の右足の膝裏に突き刺したのだ。
「フゴォォオオオオオオ!!!」
関節の可動を邪魔しないよう、膝の裏などは鎧で守られていない。前に進むため右足を軸にし、ちょうど左足が浮いた瞬間を狙って突き刺されたことで、豚鬼王は苦悶の声を上げながら地面に崩れ落ちた。
3m近い体躯といえど、膝をついて倒れこめばその首の位置も当然下がる。
「『血華・椿』」
豚鬼王が崩れ落ち始めた瞬間に地面を蹴り駆け出していたレーティアは、下がった首目掛けて左手で刀を抜き放ち、抵抗なくその首を跳ね飛ばした。
「「フゴォ?!」」
観戦していた2体の豚鬼王は、突然の出来事に何が起きたのかわからないのだろう。
物言わぬ屍と成り果てた同胞を見て、驚きの声を上げることしかできない。
討伐の引き金となった豚鬼兵長は、立ち上がると豚鬼王の死体から剣を引き抜きリリスへ手を差し伸べる。
「……裏切り?」
「いや、違う。イゼル! イゼルなのだろう?!」
駆け寄ったレーティアは豚鬼兵長に詰め寄ると、今にも泣きそうな顔で必死に問う。彼女の予想は的中していたようで、スーッと身長が縮み始めると、瞬く間にイゼルの姿へと変化した。
「どうやって合図しようかと思っていたんですが、レーティアさんが何かに気付いた感じだったので行動に移したんです。やりましたね!」
「フッ……。このばかもんが!」
「……少年っ!」
レーティアとリリスはイゼルの無事を喜び、ぎゅっとしがみつく。
なぜイゼルは無事だったのか。
彼は豚鬼王の拳が直撃する瞬間、収納拡張魔道具から取り出した豚鬼の肉を衝撃緩和材として拳と自分の間に割り込ませ、さらに自ら背後へと全力で飛ぶことで威力を減退。それでも殺しきれなかった威力はイゼルの身体にダメージを負わせたが、レーティアから渡された回復薬を飲まずに取っておいたことで回復が間に合った。
そうして動けるようになった彼は技能の1つ、変装で豚鬼兵長へと姿を変えて戦場へと戻り、今に至る。
「「フガァァアアアアアアアアアア!!!!」」
再開を喜んだのも束の間、同胞の死から立ち直った豚鬼王2体は3人をようやく敵と認識。怒りの咆哮をあげながら、手に持つ三日月斧を地面に叩きつける。
豚鬼王たちにもはや慢心はない。その目は歴戦の戦士そのものだった。
「リリス、私はもう先ほどのような思いはしたくない。たとえ2人と離れなければならなくなったとしても、追われる身となるのだとしても」
レーティアは強い覚悟を持ってそう伝えると、耳につけていたアクセサリーを外してバッグに仕舞う。
彼女の容姿は本来の姿であるダークエルフへと変化し、纏うオーラも変質。放つ存在感がより濃くなった。
「……レーティア……」
悲痛そうに唇を噛みしめるリリス。
レーティアがつけていたアクセサリーはただ単に容姿を誤魔化すものではなく、その本質は封印具であり容姿が変わるのはその副作用に過ぎない。
ギルドに備えられた個室のような、誰の目にも止まらない場所でならともかくとして、どこで誰が見ているかわからない場所でダークエルフの姿を晒すというのは、周囲に正体をバラすようなもの。
人の口に戸は立てらないとは良く言ったもので、噂話というのはどこにいようと付きまとう。今ですら、遠く離れた場所で起こった出来事が伝わり、悪評が広まっているのだ。ダークエルフだなどという噂が流れれば、瞬く間に大陸全土へと広がりその身を狙うものが続出するのは想像に難くない。
彼女の言う「離れなければならなくなったとしても、追われる身となるのだとしても」というのは、この事実を嫌という程理解しているからこそだろう。
レーティアは自分の正体を知りながら普通に接してくれる、何者にも代え難い理解者を2人も失うことに恐怖し、封印具を外すことができないままオークキングへと挑んだ。結果はイゼルを失いかけるという、本末転倒なもの。
その後悔は彼女に、明るい未来よりも今この一瞬を優先させるだけの覚悟をさせた。
だというのに、当の豚鬼王たちは戦闘のことなどさっぱりと忘れて興奮しきった様子でレーティアへと熱視線を注ぐ。
「「フゴォ! フゴフゴォォオオ!!!!」」
予想外の秘宝に、我を忘れて歓喜し始めたのだ。
ダークエルフは彼らにとって、この上ないほど極上の獲物であり秘宝。身体が丈夫なので多少乱暴に扱っても簡単に壊れず、子を成せば生まれてくるのは全て♀のダークエルフ。ここまで理想的な苗床はほかに存在しない。
繁殖力の高い豚鬼たちにかかれば、♀1人を孕ませることなど造作もないこと。ダークエルフを1匹捕らえるだけで、鼠算式に苗床が増えていくという訳だ。
「フン、ゲスな視線を向けるな。吐き気がするだろう」
何を考えているのか瞬時に悟ったレーティアは、吐き捨てる様に呟くと先ほどまでとは桁違いのスピードで豚鬼王たちに接近。
「『血華・閃』」
反応できていない豚鬼王の1体へと技能を発動させると、武器を持っていた腕の肘から先を斬り飛ばした。
あっという間の出来事に、オークキングはおろかイゼルたちですらきょとんと呆けて疑問符を浮かべる。封印を解いたレーティアの力は、今までと一線を画す次元であると言えるほどの明確な差。
それは不意をついたからと言うわけではなかったようで、甘美な妄想から激しい痛みで無理やり引き戻され、気を引き締めなおしたオークキングですら2体がかりでようやくレーティアと互角といったところ。
彼女の本来持つ圧倒的な実力を目にし、イゼルはどこか悲しい気持ちになった。
これほどの力がありながら、レーティアはそれをひた隠しにしてきた。それは偏に身を守るためではあるが、時には制限されているがゆえの命の危険というものもあっただろう。
誰にも話せず、1人罪悪感に苛まれたことも、寂しい思いをしたことも一度や二度じゃきかないはずだ。
それでも彼女は笑顔を絶やさずに生き、困っている人がいれば手を差し伸べられる心を持ち続けている。どれほど険しく困難な道なのか、イゼルには想像も及ばない。
自分に打ち明けてくれたことは嬉しい部分もあったが、彼女のこれまで歩んできた人生を慮れば寂しさや悲しさが溢れた。
今になってようやく事の重さに気づき、奥歯を噛みしめるイゼル。
同時に、使いたくなかったであろう力を振るい、前線で戦うレーティアの背を見ていることしかできない無力な自分に憤りを覚える。
「僕にも……もっと力があれば……」
無意識のうちに、イゼルは口からそんな言葉を零す。
「……少年、気持ちはわかる。でも焦って得た力は、無謀な行動に走らせる」
リリスは拳をきつく握りしめながら、まるで自分にも言い聞かせるように、強く静かな声音でイゼルを諭した。
今すぐ加勢に出たい気持ちは、付き合いの長いリリスのほうが強いだろう。そう気づいたイゼルは、少しだけ冷静になれた。
自分に何ができて、何が助けになるのか。思考を巡らせながら、じっと戦いを見守る2人。
2人が葛藤している最中も、豚鬼王という強大な敵2体を前に、一歩も引かずに激闘を繰り広げているレーティア。刀を上下左右と縦横無尽に走らせ攻撃の手を緩めず、対する豚鬼王2体も引くことなく三日月斧で応対、彼女の猛攻に負けじと連携を取りながら反撃を繰り返す。互いの身体に小さな傷が増えながらも、致命打には至らない白熱の接戦。
「まさかここまで強いとは思わなかったぞ!」
レーティアは嬉しそうに叫ぶと、さらに神経を研ぎ澄ませていく。一振り一振りごとにますます鋭さが増していき、徐々にではあるが豚鬼王たちが押され始める。
「……嬉しそう」
「そう、ですね……」
久方ぶりに出す全力に、実力の拮抗する相手。今この時だけは、レーティアはしがらみを忘れ戦いを楽しんでいた。気分が高揚し、更なる高みへ登ろうと全身全霊をもって戦闘へ没入していく。
気づけば豚鬼王たちが防戦一方になってしまうほどに動きが洗練され、この僅かな時間で一歩先へと成長を遂げていた。
隻腕の豚鬼王を蹴り飛ばして体制を崩し、その隙にもう一体へと狙いを変えるレーティア。
大きく飛び上がりながら三日月斧の刃部分を切り捨てると、空中でくるりと反転。頭上にあった木の枝に逆さまに着地し、刀を納刀すると勢いよく蹴り飛ばす。
「まずは一体。『血華――」
レーティアが技能を発動しようとした瞬間、彼女の本能が全力で危険信号を発した。
目に見えて異変はない。だが、一流の冒険者の直感が、この本能に逆らってはいけないと警鐘を鳴らす。
すぐさま技能の発動を止めると同時、レーティアの進行方向先の空間が裂け金色の鎧に覆われた腕が出現。
「な?!」
驚くレーティアを捕まえにかかる腕だが、攻撃に移っていなかったことで間一髪回避に成功。
着地してすぐに距離をとると、腕は裂け目へと消えた。
「ガッガッガ。今ノヲ避ケルカ」
森の奥から姿を現わしたのは、鈍い金色に輝く鎧を見に纏う身の丈2mほどの豚鬼。
愉快そうに笑いながら歩み寄って来ると、すかさずオークキング2匹は膝をついて頭を垂れる。
その姿に、イゼルたちは戦慄を覚えた。
王が頭を下げる、その意味の重さを味わいながら―――。




