9話 宙に舞う剣
豚鬼兵長がイゼルの背後に回り、首筋に片手剣を当てる。
イゼルを見捨てればレーティアは助かるだろうが、彼女の性格上その選択肢はありえない。しかし救うことも出来ない現状、自身の敗北を悟ったレーティアは刀を納刀。
刀を地面に置くと、ゆっくりとその場から離れた。
レーティアが武器を置いたことを満足そうに見ていた豚鬼兵長は、上位豚鬼のうちの1匹に刀を取ってくるよう指示。
運ばれてきた刀を手に取ると、うっとりとした表情で美しい波紋を見つめる。武器を手に入れたなら、次に欲するのは当然レーティアの身体。
ハイオークにイゼルの見張りを変わらせると、鼻息を荒くしながらレーティアの下へと近づいて行く。
「……無駄に悪知恵が働くんだな。ここまで知恵の回る魔物に出会ったのは初めてだ」
「ブヒヒヒヒ」
レーティアの言葉を理解しているかのように、鼻で笑う豚鬼兵長。
値踏みするかの如く全身を舐めるような視線で見つめながら、彼女の周りをぐるりと一周。正面に立つと、ゆっくりと豊満な胸に手を伸ばす。
「プギャアアアアアアアアアアアア!!!」
指が胸に触れる直前、突如として叫び声が響き渡る。
豚鬼兵長が慌てて背後へ振り返ると、そこには片腕を失って流血するハイオークの姿があった。
「ブヒィ?!」
今度は豚鬼兵長が、何が起きたかわからずに困惑する。だがすぐに、原因は判明した。
│上位豚鬼の腕を切り落とした犯人、それは宙に浮いた片手剣だった。まるで意思があるかのように自在に宙を飛び回り、無差別にハイオークたちに襲いかかる。厚い脂肪に覆われた身体をものともせず、容易に腕を、足を、そして首を落として絶命させていく。
「いったい誰があんな――いや、あれはイゼルの剣か……?」
よく見ればそれは、ジレグートが用意した片手剣であることに気付くレーティア。しかしあれは至って普通の剣で、あのような芸当ができる能力は付与されていないはず。ともすれば、消去法でいくとこの現象を引き起こしているのはイゼル本人ということになる。
そう当たりをつけたレーティアは、それならば自分のすべきことは1つだと行動に移る。驚愕で今だ動けない豚鬼兵長に気配を消して近づき、愛刀を奪い返したのだ。
「悪いがこれは返してもらうぞ。長年苦楽を共にした仲なんだ」
「ブヒ! ブヒイイイ!!」
戦闘中にも関わらず呆けてしまった事、一度奪って自分の得物にした武器を奪い返された事も相まって、豚鬼兵長は激しく激昂。剣をかまえると、レーティアに再び襲い掛かる。
だが、そんな事は許さないと言わんばかりに宙に浮く片手剣が豚鬼兵長の眼前に即座に移動し、切っ先を向けた。
「やはり……」
片手剣は豚鬼だけを狙っている事、まるで自分を守るかのように割り込んできてくれた事。それらの事実が、レーティアに片手剣を操っているのはイゼルだと確信させるに至った。
一方、イゼルのことなど目の前の女に守られるだけの役立たずだとしか思っていない豚鬼兵長は、その結論に至るどころか存在すら忘れている。
豚鬼兵長はなんとかこの目ざわりな片手剣を打ち落としてレーティアの下へ向かおうと剣を振るうが、全て空を切るか真っ向から受け止められるだけ。
それならばいっそ叩き折ってやろうと体重を乗せた鋭い一撃を放つも、うまく力を流され、あっさりと無力化されてしまう。
「プギイイイイイイイ!!!」
良いように弄ばれていると感じた豚鬼兵長は顔を怒りの色で染め上げ、なりふり構わず右に左に力の限り剣を振り回して宙に浮く剣を破壊しようと奮闘。
一撃でももらえばひとたまりもないほどの威力を持った連撃もどこ吹く風といった様相で、宙に浮く片手剣はふわりふわりといとも簡単に避け、時にはガキィンと大きな音を立てて払いのけて見せる。
最初こそ勢いのあった豚鬼兵長も、次第に疲労が蓄積してきたのか肩で呼吸しはじめ、息の荒さに比例するように目に見えて動きが落ちていく。
そんな様子を間近で観察していたレーティアは、目の前で繰り広げられる戦闘を直視しているにもかかわらず、どこか夢物語のような、そんな印象を受けていた。
というのも、遠隔操作でありながらこれほど精密な動きを可能とする魔道具も、技能も聞いた事が無かったからだ。
対象物を空中に浮かせて操れる魔道具や技能は存在するが、それらは大雑把な動き――事前に組み込まれた指示に従い固定の動きを繰り返すものだったり、ただ前方に飛んでいくだけなどの簡素な動きしか出来ない。
自由自在に飛び回り、まるで人が扱うように繊細な動作を可能としているイゼルの片手剣は、ハッキリ言って異常以外の何者でもない。他者に話したところで、夢を見ていたのだと一笑に付されるのは解りきっている。
それが彼女が夢物語だと感じてしまう大きな理由だった。
致命傷こそ負わないものの、自らの攻撃が一切通らないことでようやく彼我の力量差を感じ取り、焦った豚鬼兵長は生き残っている仲間と協力するために呼び寄せようと振り返る。
だが、思っていたのとは違う、視界に飛び込んで来た信じられない光景に大きく目を見開いた。
立っているのはイゼルだけで、仲間達はすでに物言わぬ亡骸と化している。
激昂して獲物――女と刀だけしか見えなくなっていた僅かの間に、先ほどまでまだ息のあった仲間も全て討伐されていた事実。そして、思考から切り捨てた取るに足らない存在だったはずの役立たずが、今まさに自身に向けて殺意という刃を突きつけている事実。
それらは激流のように豚鬼兵長を飲み込み、あっさりと恐慌状態へと至らせた。
「ブ、ブヒャアアアアアアア」
手に持っていた武器を放り出すと、一目散に逃げ出す豚鬼兵長。
レーティアが追おうとするも、彼女も久方ぶりに感じた死の恐怖と緊張感、不慣れな戦い方の代償で自分で思う以上に体力を消耗しており、身体が鉛の様に重くなっていて足取りが遅い。
このままでは逃げられる――彼女がそう思ったとほぼ同時、豚鬼兵長の動きはピタリと止まる。
まるで何かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し、イゼルへと視線を向けて自身の身に何が起きたのか悟ったのだろう。
膝をガクリと落とすと、そのままバタァンと音を立てて地面へ倒れこむ。
「……まさか?!」
パッと思い浮かんだ直感に従い、イゼルへと視線を移すレーティア。
そこには豚鬼兵長が走っていった方向へと手をかざすイゼルの姿があり、その手の中にはドクン、ドクンと脈打つように赤黒く発光する何かが握られている。次第にその光は弱くなっていき、やがてその輝きは失われた。
「あれは魔核か……?」
疑問を確かめるべく、ゆっくりと歩き出すとイゼルの元へと向かう。
予想は正しかったようで、握られたソレは豚鬼兵長の物と思われる魔核。レーティアには方法がさっぱりわからなかったが、逃げる豚鬼兵長から何かしらの方法、もしくは技能で抜き取ったのは間違いないと思えた。
「イゼル……?」
殺気こそ収まったものの、変わらず虚ろな目をしたイゼルを覗き込むように声をかけるレーティア。瞬間、イゼルの目に理性の光が宿ると、なぜか目の前にあるレーティアの顔に驚き顔を真っ赤に染める。
「れれれれレーティアさん?! なにを?!」
「正気を取り戻したか……。無事でよかった」
ひとまずいつも通りのイゼルであることに安堵すると、微笑むレーティア。
イゼル本人も、彼女が何を言いたいかは朧気ではあるが理解していた。先程までの自分の状態を心配してくれているのだろう、と。
「ご心配をおかけしました。レーティアさんも怪我とかはないですか? 迷惑をかけてしまってすみません」
「大丈夫だぞ。私はイゼルの師匠だからな、弟子を守るのは当然だ」
当たり前だろうと胸をどんと叩き、その衝撃で胸がたわわに弾む。こんな時ではあるが、それでも恥ずかしさを我慢できないイゼルは思わず視線を逸らすが、逸らした先、自らの手の中に握られた拳大の魔核が視界に映ると表情を曇らせる。
「……これ、僕がやったんですよね」
「やはり覚えていないのか?」
「ほとんどは……。ところどころは見てましたが」
「見て……? いや、今はいい。ひとまず一度、町に戻ろうか」
思っていたよりも難解そうだと判断したレーティアは、ここで話を続けるよりも、一度町へと戻り落ち着かせることを選択。ギルドへの報告もしなければならないので、収納拡張魔道具にハイオークの討伐証明部位である牙と、豚鬼兵長の死体を丸々しまい込んでいく。
本当は上位豚鬼の肉も良い収入になるので丸々持って帰りたいところだが、マジックバッグの容量的に不可能だった。無理なことを嘆いても仕方がないと気持ちを切り替え、魔核を中心に収納可能な分だけ素材を剥ぎ取っていく。
二人で手早く作業を終えた頃、イゼルはちらりと倒れている冒険者たちを見た。
「プレートは等級を証明するだけではなく、遺品にもなる。持って帰ってやれば、きっと家族は喜ぶだろう。取ってきてやったらどうだ?」
イゼルの心情を汲んだレーティアは、そう提案。イゼルはパァっと顔を綻ばせると、そそくさと走り出し倒れた冒険者たちの下へ向かう。
物言わぬ屍と化した冒険者たち。辺り一面に散らばる無数の血痕。それらを目にして一瞬目を背けたくなるが、グッと気持ちを強く持つと3人の遺体を調べ始めた。
それぞれの防具に取り付けられたプレートを外すと、イゼルはぎゅっと両手で強く握りしめ、ぽつりぽつりと、誰に話している訳でもなく独り言のように冒険者との思い出を語り出す。
そう多くない数ではあるが、イゼルにとってどれほど嬉しかったのか、直接その場を見ていなかったレーティアにもひしひしと感じられた。
「良いやつらだったんだな… …」
「……はい。とても優しく、暖かい人たちでした」
「……そうか。弟子に良くしてくれた人たちを、このまま放置していくのは忍びない。埋葬していこうと思うんだが、手伝ってくれるか?」
「はい、ぜひ。……ありがとうございます」
本来であればプレートだけを持ち帰れば済む話だが、イゼルの話を聞いたレーティアは魔物に食い散らかされないように埋めていくことを決める。もちろんイゼルの気持ちも考えてのことではあるが、自分の存在を知っていて尚、イゼルに優しく接してくれた彼らの気持ちが嬉しかったという部分も大きかった。
ハイオークの持っていた棍棒をレーティアがささっと刀でシャベル状に加工すると、近くの柔らかい土を深く掘り起こして遺体を埋葬。手を合わせて冥福を祈る。
「これで遺体を荒らされることもあるまい。きっとやつらも安心していけるさ」
「そう……ですね。そうであってほしいと思います」
気丈に笑顔を作ったイゼルの頭をわしゃわしゃと撫でると、町へ向けて歩き出すレーティア。
その後を追うイゼルの背中は、どこか少し大きく見えた―――。
少し遅れてしまいました。
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