雨降って地固まり……
「…………は?」
突然の告白に訪れる静寂。そんな中、前田さんは深く頭を下げ、夏希さんはポカンとしていた。
だが、次第に言葉の内容を理解したのか、その表情は真面目なものへと変わった。
「どういうことだ?」
「あの……その……水瀬さんのお父さんが亡くなった交通事故なんですが……あの事故の原因は私なんです!」
「…………」
夏希さんは沈黙で続きを促していた。その表情には怒りよりも、困惑の方が多く含まれている。
正直、話の内容からして俺は聞かないほうがいいような気がしたが、夏希さんが俺の袖を掴んでいて動けなかった。
とはいえ、彼女の手に込められた力は、普段に比べるとか弱いものだった。
それが何を表しているのかは考えるまでもなかった。
前田さんは、夏希さんの目をもう一度しっかり見て、再び話を始めた。
「あの日……学校で嫌な事があって、ふらふら歩いていた私は、信号を確認もせずに、車道に足を踏み出しました。その時トラックが走っていて……」
「…………」
その先は聞かなくても想像がつくが、彼女は最後まで口にした。
物語として呼んだ事があるような話だが、実際に身近な所であるとは思わなかった。
夏希さんはただ黙って聞いていたが、時折俺の袖を摘まむ手が震えているのがわかった。
前田さんは全てを話し終えてから、いつの間にか頬を伝っていた涙を拭う事もせずに、ひたすら夏希さんを見つめていた。まるで攻めてくれと言わんばかりに。
夏希さんは、彼女にしては珍しく、気弱そうに視線をあちこちさまよわせている。
「夏希さん……」
思わず名前を呼びかけるが、聞こえていないのか、返事はない。
今、彼女の胸の中には、どんな感情が渦巻いているのだろうか。自分には想像することしかできない。その事がもどかしく感じられた。
そんな沈黙の時間がどれくらい流れただろうか。割と時間が経ったかもしれないし、もしかしたらまだ3分も経ってないのかもしれない。
だが、そこで変化が起こった。
夏希さんが、前田さんに向かって真っ直ぐ歩き始めた。
「な、夏希さん!?」
もしかして……と思い、慌てて駆け寄るが、その心配は杞憂だったようだ
夏希さんは前田さんを、そっと抱きしめた。
「……わざわざ言いに来てくれてありがとな」
「そんな……私はまだ謝らなくちゃいけないんです」
「んな事ねーよ。ありがとな……お前も辛かっただろ?」
「…………」
前田さんは、夏希さんの問いには答えずに、優しく抱きしめ返していた。
二人の泣き顔を見ていると、こっちまで泣きたいような気分になる。
雨が降ってるわけでもないのに、しっとり濡れたような時間が過ぎていった。
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しばらくそうしてから、やがて二人の体は離れた。
そして、じっと見つめ合う。まるで心の隙間をゆっくり埋めていくみたいに……。
「まあ、あれだ……とりあえず、もうそんなに自分を責めんなよ。な?」
「は、はい……」
「ほら、ハンカチ。それで涙拭いて、今日はもう帰んな」
「……そ、それじゃあ、今日はもう失礼します。水瀬さん、本当にありがとうございました」
「おう、まあ、その……近いうちにアタシんち来いよ。その……友達として、な」
「っ!?はい!!」
夏希さんの言葉に、明るい笑顔を見せた彼女は、ぺこりと頭を下げ、公園を後にした。
やがて、その背中は見えなくなったが、夏希さんはまだ彼女の去った方向を見つめていた。
俺は、どうしようかとしばらく悩んでいたが、意を決して彼女に声をかけた。
「夏希さん」
「……どした?」
「いや、何て言うか、その……あそこで許せた夏希さんもかっこいいと思います」
「……バーカ。急に優しいこと言うなよ。照れるだろ……あー、悪い、ちょっと借りるわ」
「えっ?あ……」
突然の出来事。
夏希さんは、俺の胸に顔を埋めていた。
甘い香りがふわりと漂い、体にもたれかかってくる柔らかな感触に、胸がどぎまぎする。
「……なあ、これ妹達には内緒にしといてくれ」
「了解しました」
「絶対だぞ。絶対だからな」
「わかってますって。てか、それフリですか?」
「ちげーよ。ほら……お前、うっかりしてそうだし」
「大丈夫ですよ。それよか、この状態、かなり緊張するんですけど」
「そういうこといちいち口に出すな、バカ」
落ち着いたところで、夏希さんのポケットの中で携帯が震える音がした。ほっとしたような、なんか惜しいことをしたような……
「あ、わり。多分妹からだ。ちょっと出ていいか?」
「どうぞ」
そう言ってから携帯をいじり、「ああ、どうかしたのか?」と話し始める。
だが、急にその表情が険しくなった。どうかしたのか?
「え!?千花がいなくなった!?」
「…………は?」
その言葉の意味を完全に理解するよりはやく、こちらまで血の気が引くような気分になった。




