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物語が動き始める音

「ここは……」

「うし、乗り込むぞ。腹くくれよ」

「は、はい……」


 水瀬さんに無理矢理連れてこられた建物の前で、俺は何故か腹をくくらされていた。物理的にじゃないよ。

 彼女の横顔をチラ見すると、戦乙女と呼ぶに相応しい凛々しい横顔だった。


「どした?」

「いえ、なんでもありません」

「そっか。じゃあ行くぞ」


 彼女は俺の返事も聞かずに歩き出した。

 そして、目の前の扉が勝手に開くと……

 タイムセールに群がる客で、店内は喧騒に包まれていた。

 そう、俺は別に敵対勢力のアジトへのかちこみに付き合わされたわけではない。よかった……本当によかった……。


「ほら、ぼさっとすんな。アタシはじゃがいも詰め込むから、お前はウインナー頼む」

「りょ、了解……」


 どうやら詰め放題のサービスらしい。こういうのは初めてだが、まあやれるだけやってみよう。

 俺はビニール手袋を嵌め、店員さんからもらった袋にウインナーを詰め始める。

 ……おいおい。隣のおばちゃん、袋からだいぶ溢れてないか……えっ、あれでOKなの!?前のおっちゃんも、あれでいいのか!?

 店員さんは「ええんやで」と言いたげな優しい眼差しを向けていた。

 よし、じゃあ俺も真似して……

 隣のおばちゃんに倣い、袋がパンパンになるまで詰めると、結構な重さになった。これはこれで達成感があるな。

 水瀬さんのほうはどうかなと思い、ちらりと見やると、明らかに袋からはみ出していた。さっきのおばちゃんよりもすごい……しかし、何故か絶妙なバランスで崩れる気配がなかった。

 そして、店員さんも「ええんやで」という顔をしていた。


 *******


 それから水瀬さんが会計を済ませ、店を出た。

 夕方のスーパーがこんな戦場だったとは……明日から姉さんをもっと労ろう。

 一人で頷いていると、水瀬さんから肩をぽんっと叩かれた。


「お疲れ。ありがとな。助かったよ」

「いえ、どういたしまして」

「さすが美春の弟だよ。あとこれ、お礼な」


 そう言って、彼女は缶コーヒーを渡してきた。缶を受け取る時に微かに触れた指先は見た目通り細く、なんだか胸が高鳴った。

 その気まずさを紛らすように、俺は口を開いた。


「あの……水瀬さんも家で料理とかしてるんですか?」

「ん?ああ。まあ、うちは母親が仕事であんま家いないから、アタシが弟や妹のメシ作ってんだよ」

「……そうなんですか」


 何かこれ以上聞いてはいけない気がして、つい口ごもってしまう。いかん。話題選びを間違えただろうか。

 すると、彼女は俺の背中をバシバシ叩いてきた。


「そんな気まずそうな顔すんなよ。別に悪いことでもねーし。チビ達は可愛いし」

「そうですか。いやぁ、なんか水瀬さんがチビ達って言うと、ヤンママみたいですね」


 気の利いたジョークを言ったつもりだったが、アイアンクローをかまされてしまった。いたたたたたたたた!やばい、やばい!頭蓋骨割れる!


「マ……バ、バカな事言ってんじゃねえよ!もう……!ア、アタシはまだ子供どころか、恋人すら出来たこと……って、何言わせんだよ!」

「~~~~~!!」


 言い訳をしようにも、軋む頭骨の痛みしか考えられず、俺はしばらく悶えていた。

 そして、何故か顔を赤くしている彼女の姿が目に浮かんだ。


 *******


「あー、めっちゃ痛かった……」

「お、お前が変な事言うからだろ、バカ!」


 買い物袋がかさかさと揺れる音や時折聞こえてくる車の走る音をBGMに、そんなやりとりをしていると、十字路にさしかかった。


「じゃあ、アタシはこっちだから。ありがとな」

「別にもう少しくらいなら運んでも……」

「いいっていいって。アタシ、力には自信があるし」


 まあ、あの握力ならその言葉も本当なんだろう。まだ痛いし。

 そう言って彼女は俺から買い物袋を受け取り、俺の家とは逆方向に向けて歩き出した。

 その際、優しい風が彼女の鮮やかな金髪を揺らし、甘い香りを撒き散らす。

 ふいに時が止まったような錯覚がした。


「じゃあな、直登」

「あ、はい。それじゃあ」


 別れの挨拶をしても、俺はしばらくその後ろ姿を眺めていた。


 *******


「直くん。今日なっちゃんとお買い物してきたの?」

「うそっ!?兄貴に彼女!?それどんな冗談?今日はエイプリルフールじゃないんだよ!?」

「やかましいわ。たまたま出くわして、買い物に付き合わされただけだ」

「あはは、なっちゃんはタイムセールに目がないからねえ」

「いや、最初は本気でやばい所につれてかれると思ったんだよ。あの人こえぇし」

「大げさだなぁ。なっちゃんは見た目怖いし、たまにケンカするけど、頑張り屋さんなんだよ。下の子達の面倒をしっかり見てるんだから」

「あ、ああ……たまにケンカするのか」

「あっ、思い出した!ふゆっちも兄貴に助けてもらったとかメールしてきてた!えっ、何?もしかして、二人同時攻略?一人でも死ぬほど無謀なのに」

「死ぬほど無謀って……いや、別にそんなんじゃないよ。それに、あっちはそんな気ないだろうし」

「「そうだね」」

「…………」


 本当はこの時、微かに聞こえていたのかもしれない。

 物語がからからと軋むように動き始める音が。

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