確かな感触
「ふぅ……」
帰るなりリビングのソファーに寝転がると、自然と溜め息が漏れる。
疲れた。何をしたわけじゃないけど、どっと疲れた。おかしいな……女性と接する機会が増えて、本当ならテンション爆上げのはずなのに……。
世の不条理を心中で嘆いていると、どたばたとリビングに誰か入ってきた。この足音は……
「おー、兄貴お疲れか~」
やはり千秋だった。まあ、ウチでこんな騒がしい登場はこいつしかしないからな。
千秋は遠慮なしに、寝転がる俺の腰に座った。
「あうっ」
「ふふふ、妹からの愛情マッサージだよ。料金は半額にしといてあげる」
腰に思いきり乗っかってきて金を取るとか、そんじょそこらの詐欺集団もびっくりの所業である。
無視してそのままでいると、千秋は俺の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
「どしたー、もしかして、妹尻の感触がクセになったとかー?悪いが私そういうのは受け付けてないから」
「おいこら。人が黙ってれば勝手に話を進めるな。お前の大してボリュームのない尻になんて興味ねえよ」
「えっ、じゃあもしかしてお姉ちゃんの……おーい、お姉ちゃ~ん!」
「やめい。話をややこしくするな。そもそも身内の尻なんか興味ねえよ」
「そっかぁ。やっぱりふゆっちのお母さんみたいなナイスバディがいいか」
「え、何?皆の中で真冬ちゃんのお母さんって、そういう認識なの?」
何だ、これ。次会う機会があったら、口説けということだろうか。
タイトル詐欺になるから、変なフラグを立てるのはやめてほしい。
すると、今度はパタパタと控えめな足音が聞こえてきた。
「あ、なになに?直君をマッサージしてるの?」
「そだよー。お姉ちゃんもどう?」
「やるやる~」
これを見て、当たり前のようにマッサージと思う我が姉の思考回路、マジぱねぇっす。
そして、姉さんはやたら楽しそうに俺の尻の辺りに乗っかってきた。
「うぐぅ……」
「ほらほら、もっと喜びなよ。こんな美人姉妹が座っ……マッサージすてるんだから」
今座ってるとか言いかけただろ。本音が隠しきれてないぞ、マイシスター……。
「てか、マジで重い。そろそろどいてくれ……」
「重い?なあ、マイブラザー。今、なんつった?」
「いや、聞こえてんじゃねえか。さすがに二人分は重いんだよ」
「マイブラザー、お姉ちゃんは重くないよね?」
くっ、変なテンションで絡んできやがって……まあ、許そう。俺は心が広いからな。
……実際は重いなんて言い続けたら、後で酷い目に合うのがわかりきってるだけだからって話だが。
あと、こうしていると、自然と気が紛れる。まあ、こういう時には、ウザ絡みもありがたい。重いけどね。
「今、心の中で重いって言ったよね、直君?」
「なんでわかんの!?」
「最近、読心術を身につけたからかな」
「さらっとすごいこと言った!」
「あはは、もちろん冗談だよ。直君は顔に出やすいからわかるだけ」
「……そうですか」
「というわけで、後でお風呂掃除お願いね」
「はいはい」
まったく、この姉には敵わない……。
「じゃあ、私の部屋の掃除も頼んだー」
「それは自分でやれ」
*******
それから平日の五日間は、特に何も起こらなかった。
夏希さんや真冬ちゃんは、校門からだいぶ離れた場所で声をかけてくるようになったし、学校生活はいつもどおりだ。もうちょい校内で何かあったほうが学園ラブコメっぽいんだが。
そんな感じで迎えた土曜日。少しずつ波風が立ち始めた。
「おい、夏希ぃ……男連れで随分腑抜けてんじゃねえか」
「ああ?」
夏希さんとの下校中、いかにもなヤンキー連中にからまれた。マジか……なんか漫画の世界でしか、いや、今時漫画でも見ないような格好してやがる。急にタイムスリップしたみたいだ。
「直登、下がってろ。これは女同士のケンカだ」
「あ、はい……」
言われるまでもない。もう既に下がっている。何なら回れ右してもいいくらいだ。
「ちなみに、このまま帰ったら?」
「ゴールデンウィークの間ずっと、チビ達の面倒見させる」
「…………」
そんなん体力持つわけないやん……。まあ、ここにいれば大丈夫か。
思考の片隅で、とりあえず止めるか、どうしようかと考えていると、ヤンキー女の仲間なのか、物陰から木刀のような物を持った男が夏希さんに殴りかかる。
「っ!!!」
それを確かに怖いと思ったが、震えてる余裕はなかった。
真っ白な思考回路の中、足だけはしっかり動いた。
そして、彼女の隣に立つことができた。
「直登!!」
やがて視界も真っ白になり、夏希さんの声だけが、何度も脳内で響いていた。




