名前呼びは意識しすぎると難しい
「ただいま……」
「「おかえり~♪」」
二人を宥めながら歩き、やっとの思いで家に辿り着くと、姉さんと千秋がニコニコ笑顔で出迎えてくれた。
……わあ、わかりやすく怪しい。絶対何か仕込んでるやつだ、これ……。
「「お邪魔します」」
俺に続き、水瀬さんと真冬ちゃんが家に上がる。挨拶もシンクロさせちゃうくらいだし、もっと仲良くなんねえかな。
「なっちゃん、今日は直君がお世話になったそうで……」
「いやいや、お世話なんて……」
「ふゆっち、今日はごめんね?兄貴がタダ飯しに行って……」
「うふふ、タダ飯なんて……」
二人とも自分の友達を労っているが、色々と違う。お世話はしたほうだし、タダ飯させられたんだ。てかタダ飯って何だよ。なんか俺がすごい厚かましい奴みたいじゃねえか。そんで水瀬さんと真冬ちゃんも、もっと強く否定してくれ。
とりあえず手洗い、うがいをして自分の部屋に向かうと、そこで嫌な予感が当たった事を悟った。
「な、何故……」
何故かはわからないが、布団が二つ敷かれている。あれー、おかしいなー?俺今日友達読んだっけー?
それが現実逃避と知りながら、一人でうんうん唸っていると、背後から声がした。
「は、入るぞ……」
「ただいまです♪」
こちらが振り向くより先に、水瀬さんが控えめに、真冬ちゃんが自分の部屋のように入ってきた。
そして、その後ろから姉さんと千秋がひょっこり顔を出す。
「ごめ~ん、直くん。今、部屋がものすごく散らかってるから、なっちゃんはそっちでお泊まりしてもらっていい?」
「姉さんの部屋が?いつもあんなに片付けてるのに?」
「え~と……そ、そう!今プラモデル作ってて!床に色々広げてるから!」
「初めて知った姉の趣味!」
「わ、私もなんだよね~。今散らかってて……」
「そうか」
「な、なんで私の時はすんなり受け入れるの!?」
「いや、実際お前の部屋汚いし……。いつもパンツとかその辺に……」
「うっさい、バカ兄貴!今日はそういうんじゃないの!」
「じゃあ、どういうのだよ?」
「うっ……そうそう!今日はドミノ並べてるの!だから無理!」
「何で急に!?」
どちらも嘘くさいが、きっと反論するだけ無駄なのだろう。
…………だが俺は諦めない!
「あー、なんか今日はソファーで寝たい気分だなぁ……」
「リビングのソファーなら今物置にあるよ」
「マジで何故!?」
いちいち面倒な作業しすぎだろ!どうりでリビングすっきりしてるなぁ、と思ったわ……。
なんだ、この姉と妹。何を狙ってる?何が目的なんだ?
すると、今度は水瀬さんと真冬ちゃんが俺の肩を叩いてきた。
「まあまあ、別にいいだろ。ア、ア、アタシはははは、気にしねえし?あはは……ふぇぇぇ」
「めっちゃ気にしてるじゃないですか!顔真っ赤ですよ!」
「私も……気に……しま、せんよ」
「くっ……こっちは演技かどうか判断しづらい!」
そうこうしているうちに、我が姉と妹は自室へと引っ込んでいた。
……覚えてろよ。今度冷蔵庫にあるプリン食ってやるからな。
とりあえず、一旦ドアを閉め、話し合うことにした。まあ、この二人も年頃の娘。きちんと順序だてて話せば、この状況がまずいことに気がつくはず。
「あの、水瀬さん。真冬ちゃん。やっぱりこの状況はおかしいと……」
「……おかしい」
俺の話を遮るように、水瀬さんが俺と同じ言葉を呟いた。さすがは年上。多少強引で感情的なところがあっても、いざという時には理性的な判断を……
「なんでお前……アタシだけ名字で呼ぶんだよ」
「このタイミングで言いますか、それ!?」
もっとこう、何かのイベントの後に……「あの、水瀬さん……」「夏希でいいよ」みたいなのがよかった。
しかし、水瀬さんにとっては、今すぐ解決しなければならない問題らしい。
「だってお前、このガキンチョも春香も妹も皆名前呼びじゃんか!」
「中途半端に思考がバグってやがる!真冬ちゃん以外は家族だよ!」
「そんな……お兄さん、私の事は家族と思ってくれてないんですか?」
「わけのわからない事言ってこれ以上混乱させないでくんない!?」
おかしい。本題からはどんどん離れていくのに、ツッコミだけヒートアップしていく。つまり体力無駄遣いしかしてない。
俺は深呼吸で会話を断ち切り、腹を括って水瀬さんに向き直った。
「わ、わかりました……じゃあ、名前呼びさせてもらいます」
「お、おう。どんとこい」
そんな気合いを入れなくとも……ていうか、何気に年上の女性を名前呼びするの初めてだし、それに気づいたら何か緊張してきた。
だが、ここまで来てやめるわけにもいかず、無理矢理に唇を動かす。
「な、なつき、しゃん」
「…………」
うわあ、わかりやすく噛んじゃったよ……。
案の定、水瀬さ……夏希さんは、ポカーンとしてから……笑った。
「あはははっ、夏希しゃんって、お前……!!」
「いや、まあ、なんかすいません」
「いいよ、別に。ただ……次はちゃんと読んでくれよ」
「……はい……えっと、夏希さん」
「…………」
丁寧に言い直すと、夏希さんは数秒固まってから、そっぽを向いてしまった。
どうやら、年上の女性を名前呼びするのは、結構難しいらしい。
そして、夏希さんも年下から名前呼びされるのは初めてなのか、しばらくこっちを見ることはなかった。
……あれ?そういえば何の話をしてたんだっけ……。




