逃げるが勝ち……だったらなあ
おいおい、マジかよ……。
ようやく家でゆっくりできるかと思えば、ここでこの二人が遭遇するとか……。
ここでバチバチやられてはまずい。主に俺のメンタルが。
とにかく話題を逸らそうと、俺は水瀬さんに話しかけた。
「そ、そういえば、どうしたんですか?こんな時間に。買い物ですか?」
「ん?ああ、お前の忘れ物届けに行ってたんだよ」
そう言って、彼女はポケットから俺の財布を取り出した。
……マジか。今まで気づかなかった。遊んでる最中に、ポケットから出たのだろう。
「ありがとうございます……わざわざすいません。てか、連絡したら、取りに行ったのに」
「そりゃ……まあ、あれだ。運動がてらだよ。べ、別にお前に会いたいとかじゃないからな!!」
「は、はいっ!」
いきなり凄まれて震え上がるが、何とか話は逸らせ……
「それで、とりあえずお前んちに向かってたら…………まさか、こそこそ二人で会ってるなんてなぁ」
「…………」
どうやら話題は逸らせなかったようだ。まあ、当然といえば当然だが。
水瀬さんは目つきを鋭くしていたが、そこで真冬ちゃんが彼女の目の前に立った。
「今日は私が頼んだんですよ。お兄さんは悪くありません」
「知ってる。たしかお前は来週だったよな?」
「緊急の用事ですよ」
「ほう、どんな用事だ?」
「両親にお兄さんを紹介しました」
「「なっ!?」」
真冬ちゃんの堂々とした物言いに、水瀬さんと一緒に俺も驚いてしまう。確かに紹介された。紹介されたけれども!言い方!
水瀬さんは、何故か目を見開き、震える指先で俺と真冬ちゃんを交互に指さした。
「お、お、お前ら……いつの間に、そ、そんな仲に……け、結婚……あわわ……」
「さらに、今から同じ屋根の下で朝を迎えます」
「だから言い方ぁ!」
「~~~~…………」
水瀬さんは、聞こえないくらいの音量で何事かぶつぶつ呟いた後、思考回路がショートしたみたいに、口をぱくぱくさせていた。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「……はっ!う、うるさいうるさい!見損なったぞ直登!まさか子供に手を出すなんて!このすけこまし!!」
すけこましとか、実際に言われる日が来るなんて思っても見なかった。
「お姉さん、そんな顔真っ赤にして……意外と初心なんですね」
「やかましいわ!意外ってなんだ、意外って!」
「それより、全部お姉さんが思ってるほどのことはないですから、心配しなくていいですよ。お姉さん、リアクションがいいですね」
「こ、このクソガキ……」
「それじゃあ行きましょうか、お兄さん。ちーちゃんが待ってます」
「ちょっと待ったぁ!」
からかうだけからかって、さっさと立ち去ろうとす真冬ちゃんの肩を、水瀬さんが掴む。
一瞬、ガチで殴るのかと思ったが、雰囲気からしてそうじゃないとわかり、とりあえず事の成り行きを見守ることにした。決して、面倒くさいなぁ、とかこっそり逃げようかなぁ、とか考えていない。決してだ。
水瀬さんは、携帯を取り出し、あっちを向いて小声で会話を始めた。
……嫌な予感がする。そして、この予想は間違いなく当たるだろう。
彼女は通話を切ってから、こちらにドヤ顔を向けてきた。
「アタシも泊まる」
予想していた言葉をあまりにそのままなぞったので、自分に予知能力がついたのでは?と軽い困惑を覚えそうになる。
そんな水瀬さんに、真冬ちゃんは挑発的な目を向けた。
「あれあれ?幼い姉弟のために帰らなくてもいいんですか?」
「今日は母ちゃんがいるから大丈夫だよ。それに、このままだと直登の身にどんな危険があるかわからねえからな」
「人聞き悪いですね。私、中学生ですよ。むしろエッチな方向に持っていきたがるお姉さんこそ不潔です」
「あ?」
「は?」
「抜き足、差し足、忍び足……」
「直登」
「さ、一緒に帰りましょう?お兄さん」
「……はい」
やはり逃げられはしなかったか。現実って厳しい……まあ、逃げても無駄なんだけどね?目的地一緒だし。
この時、俺は知る由もなかった。ていうか、想像すらできなかった。
安らぎの場所であるはずの我が家で、身内がさらに事態を混乱させようとしていることを。
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「よし、準備完了!お姉ちゃん、こんな感じでいいかな?」
「うんうん、いいと思うよ。仲良しって感じで」
「な、仲良し……あはは……やっぱお姉ちゃん、天然だわ」
「どうかしたの、千秋ちゃん」
「ううん、何でもないよ。さ、あとは皆が帰ってくるのを待つだけだね」
「うん。今日はいつもより賑やかになりそう」
「賑やかで済めばいいけどね……」




