不意打ち
結局、小さな違和感は、感じたことすら忘れ去られ、そのまま穏やかに時間は過ぎた。
水瀬さんちで一休みしてから、自宅までの道をのろのろ歩いていると、先程のあれこれを思い出してしまう。
優しい笑顔に、細い指先。よく通る声……色んなものが脳裏に焼き付いている。
まあ、一番残っているのは弁当の味だけど。正直また食べてみたいくらい。
そんな回想をしながら、ふと通りかかった公園内に目をやると、見覚えのある女の子が一人でブランコを漕いでいた。
「真冬ちゃん?」
見間違うはずもない。
彼女は物憂げな顔で、一人でブランコに揺られていた。そのスピードがそのまま彼女の気分を表しているようにも見えて、何だかこちらの気分も沈みそうだった。
普段なら自分から声をかけるのは躊躇うところだが、今はそれができなかった。
「真冬ちゃん?」
「え?」
俺から声をかけられたのが予想外だったのか、真冬ちゃんは、慌てて顔を上げた。こういう表情は珍しいので、いつもからかってくる仕返しに、しっかり記憶に刻んでおこう。
「……今、意地悪なこと考えてましたよね?」
「普段の真冬ちゃんに比べれば、可愛いもんだよ」
「確かにそうかもしれません。ふふっ、お兄さんも言うようになりましたね」
こういう彼女との会話も、慣れてくればそれはそれで楽しいものだ。まあ、気を抜いたら一方的にからかわれるだけだけど。
「それで……どうして一人で公園に?もう暗くなり始めてるけど」
「う~ん、どうしてでしょう?気まぐれですかね。ミステリアスな女を気取ったほうがよかったですか?」
「そんなの10年早い。もしかして、この前の発言と何か関係ある?」
このままダラダラ話していても、埒が明かないので、覚悟を決めて一歩踏み込むことにした。正直、かなりデリケートな話題なので、できれば知らないままでいたかったが。
俺の質問に対し、真冬ちゃんは、いつまものにっこり笑顔を返してきた。
「まあ、関係ないとは言えませんね。あーあ、今日もお家に帰りたくないな」
「…………」
その冗談めかした様子に、何だか胸の奥をつつかれるような違和感を感じた。そして、これは気のせいじゃないという確信もある。
「……とりあえず、ウチ来る?」
「お兄さん、ウチ来ませんか?」
「……は」
おかしい。こういう時の定番の流れをぶったぎられたような気がする。
「……とりあえず、ウチ来る?」
「お兄さん、繰り返さなくてもいいですよ。それで、今からウチに来れますか?」
「な、何故……」
「うーん、まあ大した話じゃないんですけど、今から両親との食事会があって、気まずいからお兄さんも一緒にどうですか?って、だけですよ」
「俺が気まずいわ!何なの、そのお願い!俺、どの面さげて他人様の家の食事会参加すんの?」
「その面で大丈夫ですよ、お兄さん」
「……なんか丁寧に罵倒されたような気がする」
「お兄さん、時間がありません。早く行きましょう」
「え?いや、何手を引いてるの?行かないよ?」
「お願いします。お兄さん。今だけは私を選んでください。お礼なら払いますから。カラダで」
「なんかとんでもないこと言い出したよ、この子!どこで覚えてきたんだよ、そんなの!」
「学校です」
「嘘つけ!」
「嘘つけって言ったから嘘つきました」
「ま、まさかここにきて、子供のような屁理屈を……!」
「早く行かないと、お父さんとお母さんを待たせることになります」
「それ絶対に俺のせいじゃないよね!?ってか、意外と力強っ!?わ、わかった!行くから!」
「ありがとうございます!」
にぱぁっとやたらいい笑顔を浮かべる真冬ちゃん。笑顔のキラキラ度だけなら、水瀬さんとこのちびっ子達にも負けていないくらいだ。
だが、この子の内面には絶対にドス黒い何かが蠢いてる!
「はあ……ちなみに、真冬ちゃんの家ってどこにあるの?」
「え?あれですけど……」
彼女が指差した先は、だいぶ離れた場所だった。
しかし、そのだいぶ離れた場所からでもわかるくらいの豪邸がそこにあった。
……うわあ、あそこ誰住んでるんだろうって思ったら、まさか……妹の友達が住んでいるとは……。
「さ、早く行きましょう」
「あ、ああ……」
だが、その豪邸を見つめる真冬ちゃんの目は、やけに冷ややかだった。
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「……近くで見ると、さらにすげえ」
某海賊漫画の『どーん!!』という擬音が似合いそうなデカさ。西洋風に見えながらも、奥には和室や池があるらしい和洋折衷の建物の敷地内は、なんていうか非日常に迷い込んだ気分。おかしいな、俺さっきまで河川敷で遊んでたんだけど…。
「ふぅ……」
そんなこっちのふわふわしたテンションとは対照的に、真冬ちゃんは眉間の辺りを押さえ、溜め息を吐いていた。
その溜め息は、まるでこのままUターンしてしまいたいと呟いているようで。
……まあ、あれこれ考えるより、さっさと中に入って、どういう家族関係なのか、直に見たほうが話が早い。
俺は真冬ちゃんに続いて、その扉の奥へと足を踏み入れた。




