プリントは床に置かないようにしよう……
「っ!?」
な、何だ?また背筋に悪寒が……いや、そんな偶然が何度も会ってたまるか。気のせいだ、気のせい。
泥濘に足を突っ込んだような気分の中、半分以上無理矢理にそう思い込んでいると、こんこんとドアがノックされた。
とりあえず返事をすると、可愛らしい笑顔の真冬ちゃんが顔を覗かせた。
「お邪魔します」
「却下します」
「な、何でですかっ!」
「いや、ほら……ねえ?」
「明確な理由もなしに断るなんてひどすぎます!お兄さんは女に恥をかかせるタイプですかっ」
「その言い方やめて!?」
そっちは男に恥をかかせるタイプかよ!
「てか、千秋はどうしたの?もしかして……」
「はい。お昼寝タイムに入りました」
もうお昼って時間帯でもないような……あと友達を放置して寝るなよ。真冬ちゃんに申し訳ないとは思わないのか。あと早く起きて、さりげなくマイルームに足を踏み入れているこの子を回収してください。お願いします。
「それで、お兄さんはどんな写真集を持っているんですか?私、見たいです!」
「…………」
非オタに見える妹の友達が俺の持ってる写真集に興味津々なんだが……さて、どう切り抜けるべきか。誰か教えてくれ。
すると、真冬ちゃんはささっと距離を詰め、上目遣いでこちらを見てきた。
「お兄さん、約束してくれましたもんね。また私と遊んでくれるって……」
「いや、「またよろしくお願いしますね」としか言われた記憶がないんだけど……」
「はい。今度会った時はお互いの事をよく知りたいので、沢山遊んで沢山話しましょう、だからまたよろしくお願いしますね。という意味です」
「そこまで行間は読めない」
「お兄さんもまだまだですね」
「やかましいわ!てか、距離詰めるの早すぎだろ。まだ出会って1ヶ月も経ってないよ?」
「大事なのは密度ではないでしょうか」
「…………」
言うほど密度もない気がするけど、それを口にすると、また面倒なことが起こりそうなので、黙っておいた。
「というわけで、失礼します」
「何が、というわけなのかな?話が繋がってないんじゃないかな?」
しかし、真冬ちゃんは猫のような俊敏かつ滑らかな身のこなしで、ベッドの下に潜り込んだ。
「ふむふむ……これは……あっ、買って1ヶ月で挫折したようなエレキギターが置いてます……」
「やめて!それは放っておいて!」
この子は俺の過去のトラウマを抉りに来たのだろうか?だとしたら的確すぎる。
さらに問題が一つ……この子は無防備にも、スカートのままでこんな事をしている。止めたいけれど、膝上5センチくらいまで剥き出しになった生足に触れるわけにもいかないし、どうしたものか……。
とりあえず観察するだけに止めておこう。まあ仕方ない。別にいやらしい意図はこれっぽっちもない。これは不可抗力なんだ……。
すると、真冬ちゃんがもぞもぞ動いて、ようやく出てきた。しかも、その手にはしっかりと写真集を入れた紙袋が握られている。あとドヤ顔可愛い。
「ありましたよ、お兄さん!……お兄さん?……はっ!」
彼女は、何かに気づいたようにスカートの裾を押さえた。
「……み、見ました?」
「いいえ、何も」
「急に敬語なのが怪しいです……しかも、お兄さん……顔、赤いですよ」
「あ…………」
どうやら俺はポーカーには向かない人間らしい。
忸怩たる思いを抱いていると、真冬ちゃんは紙袋の中身をちらっと見てから、小悪魔めいた笑みを見せた。
「じゃあ、見た罰としてこの本を少しお借りしますね」
「待って!それは困る!」
それはまだ1ヶ月前に買ったばかりなんだよ!
取り返そうと手を伸ばすと、たまたま床に置いていたプリントに足を滑らせてしまう。
そして、勢いよく前に転んでしまった。もちろんその先には写真集を手にした真冬ちゃんがいる。
「っ!」
「きゃっ」
自分よりだいぶ小柄な体にぶつかった瞬間、砂糖菓子のような甘い香りが弾けた気がした。
そして、倒れ込んだ際に、思ったよりも大きな音が空気を揺らす。
その音に導かれるように、ガチャっとドアが開いた。
「直君、大丈夫!?結構大きな音がした……けど……あれ?」
「おーい、直登。子供じゃねえんだから、一人で部屋で……な!?」
「…………」
よりによって、この二人が扉を開けてくるとは……やれやれ、どうしてこんな展開になるのか……。
「お兄……さん……」
真冬ちゃんは、頬をさっきより赤く染め、薄紅色の唇を震わせていた。これは演技じゃないというのは、何となくわかった。
何てこった……真冬ちゃんを押し倒した姿勢のまま、俺はこの後の展開から目を逸らしたくて、冷めた思考のまま、姉さんに向け、口を開いた。
「……おかえり」
ちなみに、姉さんのすぐ傍にいる水瀬さんの顔は、見ることすらできなかった。
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……あらあら、お兄さんったら大胆なんですね。いきなり押し倒してくるなんて。でも、段階はしっかりと踏んで欲しいものです。
まあ、これはこれでいい思い出になりそうですけど。数日分の嫌なことを塗り潰せるくらいに。




