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 思いついたので書いてみました。

 現在「修羅場の続きは異世界で。」執筆中で、そちらをちゃんと書き切りたいのですが、せっかくなので載せてみます。

 でもその内続き書くかも(いつになるやら)。

 木々が生い茂る。鬱蒼とした森の奥は日の光も届かず、ジメジメとしていた。

 本来不快に感じるであろうこの湿気も、僕には何故か心地良かった。

 ゆるやかな傾斜をひたすら上ると、小高い崖に到着する。森を覆う薄暗い霧が多少残るも、そこは辺りを見渡せるそれなりに眺めの良い場所だ。それなのにどんよりとした雰囲気が拭えないのは何故だろうと、いつも不思議に思っていた。

 並んだ木々の頭の向こう側に、とんがった屋根と紋章が幾つか見える。恐らく城の上部である。

 僕はそれが何という城であるか、どころか、この国の名前さえ知らない。まるで知る必要の無い情報であるかのように、これまでそういった話に関わる機会が無かった。

 そんな事より日差しが痛い。全身が焼けてしまいそうだ。

 今来た道を引き返す。ゆるやかとはいえ、傾斜を下るのはしんどい。そもそも体力が極端に無いので、お気に入りの場所への往復はかなりの重労働のご褒美状態になっている。

 そしていつもの湿気の中に舞い戻る。これだけでそれなりに疲労している。

 改めて、分かりきっている事を試してみた。

 そっと、胸に手を当ててみる。


 …………鼓動は無い。


 こんなに息も切れていて、肩も上下しているのに、心臓はひたすらに大人しい。

 以前木の枝に引っ掛けて傷になってしまった右腕の怪我は、今もずっとその時のまま、治る気配が無い。

 そんな風に残ってしまった怪我は他の場所にも幾つかある。これ以上増やさない事と、これより酷い怪我を負わない事が今後の目標であり課題である。救いなのは、痛みを一切感じない事だ。

 自分がどういう存在であるかは、物心付いた時には気付いていた。

 その物心という表現もなかなかに微妙である。それ以前の記憶が無いというだけの話だ。

 僕は元々普通の人間で、それが何かのきっかけでこんな存在……つまり、ゾンビ……になってしまったのだろうか。それとも最初からゾンビとして存在が始まったのだろうか。それについて追及するつもりは…まぁ、無い。

 それを知ったからと言って、何も無いからだ。

 お腹も減らないし、排泄もしない。これは他の生き物を見て学習した事だが、ゾンビは実に空虚だ。

 何故存在しているのかさっぱり分からないのだ。

 記憶が無いので未練や復讐心が無く、意義が無い。

 何も食べないし、誰にも食べられないから、自然に関与しない。

 僕はずっと、この鬱蒼とした森の中を当ても無く彷徨うだけの存在だったのだ。


 ……あの日までは。




 いつもの様に、森を彷徨っていた時の事。遠くから叫び声が聞こえた。

 今までに無い出来事に不安と興味を織り交ぜながら、僕はゆっくりとその方向に歩き出す。

 そして視界に入った光景に「…………」絶句した。

 大きな獣が、血を流して倒れていたのだ。その巨体には切り傷や、焼け焦げた跡があった。

 その倒れた獣に向けて剣や杖を構えているのは、男二人と女二人。まるで当然の事の様に、澄ました顔をしている。

「高い買い物だったけど、そこそこ良い武器が手に入ったみたいだな」

「この杖も、魔力の流動がスムーズで使いやすいわ」

 武器の威力を試したのだろうか。それにしてもなんて勝手な…。

 ふと気付く。身に着けている衣装の所々に、城の屋根にあった紋章が刻まれているのが見えた。

 もしかして、あの城の人間が派遣したハンターか何かだろうか。

「…………」

 好奇心からついつい長い間彼らの様子を見ていて、自分の逃げ足の遅さを忘れていた。

 腰の重い危機感がやっと働いた時には、もう何もかもが手遅れだったのだ。

「ゾンビだ! みんな、構えろ!」

 一人の掛け声を合図に、四人の敵意が一斉に僕の方に向けられる。

 理不尽だ、と思った。僕は一切悪い事をしていないし、危害を加えるつもりも無いのに。あっという間に凶悪な武器に取り囲まれてしまった。

 僕は死んでいるけど、死んでしまうのだろうか。

 一番の恐怖は死なない事だった。体中傷だらけでボロボロになって、それでも今まで通り存在するのだとしたら。いつまでも永遠に傷は治らず、そのままの姿が続くのだとしたら……。

 耐えられない。

 こんなに悲しい事は無い。

 今まで感じた事の無い程の絶望が頭を駆け巡った。

 恐らく泣いていただろう。涙が零れていたかは分からない。

 僕の挙動に動揺したのか、四人は警戒する様に動きを止めた。数秒の出来事だったと思う。

 そこで僕はようやく、それぞれが突き出した武器の切っ先から、少しだけ顔を上げた。

 もしもそうなった時の為に、全員の顔を覚えておいてやろうと思ったのだ。


 そして…その時。


 感じた絶望を軽く消し飛ばしてしまう程の衝撃が、体全身を突き抜けた。

 音が、視界が、そして恐怖が跡形も無く消失し、たった一つが僕の中心で存在を主張する。

 四人の内の一人。

 少しだけ不安そうに杖を掲げる、小柄な女の子。


 僕はその子に、恋をした。

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