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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第一章  死闘 早押しクイズ編
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「ユーヤ様、馬車を表門にご用意しております」


かっちりと黒服を着た、執事見習いのような風貌の男がそう告げる。


「分かった、エイルマイル、そろそろ行こうか、朝食は取ったか?」

「はい、私はいつも軽めに済ませていますので。では服を外出用のものに着替えてきますね」


新聞を片しつつ、姫君は腰を上げて食堂から退出する。

と同時に、執事見習い風の男がユーヤに耳打ちする。


「それとユーヤ様、ご言いつけの衣装はすべて用意できました」

「わかった。ところでガナシアは?」

「は、この公邸では衛士は二交代制です。衛士長さまは8時からの勤務ですので、おそらくまだ自室にいるかと」

「そうか……」


ユーヤは一度、深く考えに沈むような姿勢になり、顎に手を当ててから、真面目そのものの顔で言った。


「僕はやはり3案がいいと思う。あの超ミニスカのやつ」

「はっ、ユーヤ様が行われた決闘ですので、ユーヤ様が最終的にお決めになることに異存はありません、他の者にも告げておきましょう」

「よし、じゃあ出かける前にガナシアにそう伝えておこう」

「はい! ガナシア様の色よい返事をお待ちしております!」


この若い使用人は、まるで騎士のような敬礼でユーヤを見送るのであった。









馬車は朝靄を抜けて進む。

夜が明けて数時間ほど、ゆるゆると登る太陽の光が低地にわだかまる霧を薙ぎ散らし、花の窪みに溜まる露が茎を滴り落ちていく。ハイアードの広大な市街地を抜ければそこは花畑であった。マーガレットやポピー、レンゲやタンポポ、そして菜の花などが暖色系のグラデーションを描いて広がっている。そこに色彩が広がっていくさまがすなわち世界の目覚めでもある。


「ずいぶん広い花畑があるんだな、ハイアードの産業なのか?」


あるいはユーヤの知る種類とは違うのかも知れないが、単体の花はともかく、花園の美しさはどの場所でも共通のものと思われた。

からからと進む馬車の座席で、腰に薄手のブランケットを乗せたユーヤがそう発言する。対面に座るエイルマイルは朝のさめざめとした空気をかるく吸い込んで、わずかに首を傾げる。


「いえ、ごく一般的な風景だと思いますが」

「そうか、妖精を呼び出すのに蜂蜜が必要なんだったな、だから人間が食べる以上に大量の蜂蜜が必要になるわけだ」


そう独り言のように言うと、エイルマイルは合点がいったようにひたと手を合わせる。


「たしか……ユーヤ様のいた世界には妖精がいなかったとか」


正直なところ、エイルマイルはそれがどのような世界なのかイメージできなかった。それは猫や犬のいない世界、あるいは雨や風のない世界、あるいは甘いものや辛いものがない世界を想像するようなもので、それが「無い」ということを頭では理解できるものの、その世界が自分たちの世界とどう異なっているのか、妖精がいないことを「他の何で補っているのか」が想像できなかった。


彼女の服装はというと、外出用の明るめのアフタヌーンドレスである。スカートのボリュームは少なく、丈はくるぶしまで、髪留めと首飾りは真珠をあしらい、絹の手袋に白い靴。浅めの襟周りにカメオのブローチで、清潔感あふれる印象にまとめている。本日は快晴、日差しを考えれば日傘や帽子が欲しいところであるが、これから向かうヤオガミの大使館にはあまり似合わないのだとか。


エイルマイルはそういえば、と話題を繋げる。


「これから行くヤオガミの大使館ですが……。ヤオガミにも妖精がいなかったと言われていますね」

「そうなのか」

「はい、ヤオガミは大乱期にはほとんど存在が知られていなかった国です。ほんの120年ほど前にラウ=カンの大使が渡り、国交を持つようになりました。今では妖精王祭儀ディノ・グラムニアのクイズ大会にも参加していますが……その国土にはかつて妖精がおらず、船などで持ち帰った妖精もすぐに消えてしまったそうです。何十年もかけて何度も妖精を持ち帰り、また国内で大規模に蜂蜜を生産するようになって、ようやく定着したのだとか」

「優勝経験のない弱小国、だったな」

「はい、不躾な言い方とも取られるかも知れませんが、ヤオガミはこの大陸とまったく文化的基盤が異なっている国です。もともと太古から僧侶や漂流民などが不定期に渡っていたため、ある程度ラウ=カンと文化を共有しているそうですが、やはり大陸全土を出題範囲とするクイズ大会では不利があるのかと」

「ラウ=カンとヤオガミを東方圏、それ以外の五カ国を西方圏、と言うんだったな」


この大陸について、ひとまずの説明を受けたための知識である。

昨夜、ジウ王子の試合を見終えると、今後のことを検討することとなった。

まず決めるべきはエイルマイルの姉、セレノウ第一王女であったアイルフィルの存在についてである。


これについては「階段から落ちて足を負傷し、国元へ戻った」という告知を出すことになった。実際に侍女の一人を身代わりとし、王室の四頭建て馬車を国元に走らせてある。セレノウにいる現王への書簡はエイルマイルがしたためたが、ユーヤはその内容については一切関知しなかった。書簡の中で、果たして全てを包み隠さず説明したのか、それとも部分的にでもごまかしているのか、それはユーヤの知るべきことでもないし、意見のできることでもないだろう。


続いて各国大使館に伝令が出され、アイルフィルの代理として妹のエイルマイルがクイズに出ること、そして副官はガナシアに変わりユーヤが出場することが伝達された。もとより王族の間で行われる大会であり、祭りの一環という認識であるためか、正式な手続きや調印などという面倒な作業はないようだ。少し騒ぎになったのは町のブックメーカー、つまりどの国が優勝するかを賭けの対象にしている連中であるが、それもさしたる混乱にはならなかったらしい、もともとセレノウが優勝に絡んでくるとは誰も考えていない、との事だ。


他にも様々に話し合うことがあった。一例を上げるとユーヤの出自、つまり「設定」である。

セレノウの弱小貴族の親戚筋であり、家は貧しく、辺鄙な村で育った。ガナシアとは縁あって顔なじみ、そのクイズの腕を認められ、今回ガナシアとの決闘が行われた。そして彼は勝利し出場権を得た、という大雑把なものに落ち着いた。

ガナシアなどは「貴族だの、私と顔なじみだのという設定は余計ではないのか、セレノウの一市民とでもしておいた方が」と主張したが、これはユーヤが否定した。

「それなりに地位があって、王室とコネがある人物にしたほうがいい。一市民がいきなり現れて、何度も出場経験のあるガナシアを下して出場権を得る、というのは話題性がありすぎる」


という主張であった。

架空の人間を一人でっち上げるなら、本来はセレノウの国元にもいろいろと準備が必要なはずだが、大会まで四日――夜が明けているからあと三日――というタイトなスケジュールが幸いした。そのぐらいなら何とでもなるだろう。


そして本日、彼らは郊外に、ヤオガミの大使館に向けて馬車を走らせていた。


それは、表向きはアイルフィルあてに届いていた招待を果たすためである。

その招待とは茶会である。祭儀の期間中にはそれぞれの国が友好の催し物を行うが、その一環としてヤオガミは大使館にて茶会を開くのだとか。

そして真の目的としてはヤオガミとの交渉である。ハイアードの目的を阻止するための極めて迂遠な、力技の、針の穴を通すような計画は、まだ表紙の一枚というところであった。


ユーヤは馬車の外を見る。七色の花畑がゆるゆると虹の流れのように続き、次第に高くなる太陽が、花の彩りを濃くしていく。たまに通行人や農夫とすれ違うとき、誰もがうやうやしく胸に手を当て、黙礼して王室の馬車の通過を見送る。馬車の側面にセレノウの紋章が刻まれてるためだろうか。ハイアードの馬車でもないのに礼儀正しい人々だ、とユーヤはぼんやりと思う。

エイルマイルが口を開く。


「ヤオガミとの交渉で決闘を行うなら、やはり相手はベニクギ様になると思われます」

「あの映像に出てた女性だな、彼女の得意ジャンルは?」

「はい、ヤオガミはもともとクイズで物事を決める風習を持っていませんでしたが、早押しクイズが文化として輸出され、ライモンという名前で親しまれているそうです。向こうでは武芸の一種として、剣術や弓術と同じように男子の嗜みなのだとか。ベニクギ様も、早押しの名手として知られています」

「ライモン……雷問とでも書くのかな、雷のような刹那の問答ということか」

「ですが、ベニクギ様の実力はガナシアとほぼ同格です。ガナシアに勝利なされたユーヤ様なら、きっと……」

「いや、無理だよ」

「……え?」


エイルマイルは虚を突かれたように気の抜けた声を出す。無理だよ、という言葉が何にかかるのかを見失ったかのように、言葉が意味を失ってそのへんを走り回る。


「あのガナシアとの決闘、三択形式の早押しクイズは、ほとんど唯一、小手先のテクニックが通用するけど、こちらから決闘を申し込む以上は同じ手は使えない。それに三択形式であっても確実に勝てるわけじゃない、ガナシアとだって、三回やれば一回は負けるだろう」

「……そ、そんなことは」


エイルマイルが動揺しかけるのを見て、ユーヤは上体をまっすぐに起こし、その目を見据えて言う。


「じゃあエイルマイル、少しテストをしよう」

「――え、あ、はい」

「答えが「12」になる問題を、思いつくまま言ってみてくれ」

「……? 12、ですか?」

「うん、数字の12だけじゃなくて、名数でもいい。


問、小野不由美による長編ファンタジー小説でアニメ化もされた、中国風の異世界を舞台にした作品といえば?

解、十二国記


といった具合で」


ユーヤの出した問題はエイルマイルには意味不明だったが、要求されているところは理解できた。少し考えてから、指折り数えつつ述べていく。


「ええと……。

『問、カッフェンナディーク古王国で暗躍したと言われる富豪の集まりに由来し、悪だくみをする集団の例えと言えば? 解、玉卓の十二人』

『問、30本の辺、20個の頂点からなる正多面体は何? 解、正12面体』

『問、シュネス赤蛇国のことわざ、旅人に必要なのは3つの道具といくつの知恵?  解、12』」

『問、ペーネルズピスのヒット曲、「波色手帳」の歌詞で、海に捨てたラブレターは全部で何通? 解、12通』

『問、人間の肋骨は何対? 解、12対』」


「ん、だいたいわかった、もういいよ」


エイルマイルはきょとんとした様子で口をつぐむ。


「あの、今ので何かが……」

「だいたい分かった。文学歴史、数学、ことわざからヒット曲までまんべんなく出題してるのに、全然考え込んでる雰囲気がない、様々な知識がまんべんなく取り出せている。君は作問の経験があるのかな?」

「は、はい、クイズは王室の嗜みですし、それに、姉の問題はいつも私が作っていました。本を読んだり、ラジオを聞いたりして、毎日100問ほど作っていました」

「毎日100問か、すごいな、クイズ研でも夏合宿レベルの作業量だ」

「い、いえ、本当に凄いのは姉上です。私の作った問題など、姉はすらすらと解答していました」

「それは姉が凄いんじゃなくて……」


と、言いかけて、ユーヤは口をつぐみつつ頬を掻く。今はユーヤ自身の話だったはずだ。


「……早押しクイズでの勝負というのは、ある一定のレベルに達してしまえば、あとはいかに解答権を得るかの戦いになる。ある一定のレベルというのは、つまり問題文を全て聞けば確実に答えがわかる、というレベルだ」

「はい」

「より早く押すために、クイズ戦士たちはたくさんのテクニックを編み出した。読み手のアクセントに注目したり、問題文のパターンを分類したり、あるいは大会のレベルから問われていることの深度を推測したり」

「それは……何となく分かります」

「それを君に伝えるには時間も足りないし、例題を出そうにも僕にはこの世界の問題が作問できない。それに何より、僕の積み上げてきた技術と、君の中にある技術は違うと思う」

「私……ですか?」

「そう、繰り返すが、僕はこの世界のクイズは解けない。主に戦うのは君なんだ、だから君が自分の中に蓄積されている技術に目覚め、活用できるようにならなくてはいけない」

「はあ……?」


ユーヤの言葉は、エイルマイルになかなか浸透していかないようだった。自分が戦うとか、自分の中に技術があるとか、その言葉が泡のように弾けて朝の空気の中に消える。


ユーヤは少しだけ困ったような顔をしたが、やがてまた馬車の窓に身を預け、頬杖をついて外を見る。


「お、竹林が見えてきたな」


ハイアード郊外へと伸びる道が、やがて石垣に囲われた竹林へと至る。その石垣の外側には石畳が整然と敷き詰められ、竹の地下茎が進出しないようにされていた。石垣の左右は朝靄にかすむほどに長い。何かしら広大な敷地を、石垣と竹林で守護しているという風情である。


「ここがヤオガミの大使館か」


ユーヤの言葉に、エイルマイルもまた明るい顔を取り戻して答える。


「はい、ヤオガミの方々は国屋敷と呼ぶそうです。その外周が11ダムミーキ(約10.9キロ)と言われています」

「けっこうな広さだな、千葉にあるランドの外周ぐらいか。小さな群島国家だと聞いてたけど、こんな土地を買える金はあるのか」

「ヤオガミは金や銀、宝石、海産物などを産出していますが、この土地はハイアードから提供されたものだそうです」

「そりゃ太っ腹なことで……」


ほどなく屋敷が見えてくる。平屋のようだが、広い間口を持つ立派な屋敷であった。柵の変わりに太く立派な角材が立ち並び、横に鉄の鎖を渡して壁面を形成し、さらに松のような植栽を内側に植えて、中の様子が窺えないようにしている。入り口らしき空間には二本の松の大木が植えられ、そこが門のような関所のような風情である。

門にはすでに何十人もの人間が並び、裃を着た人物が受付をしていた。ちなみに言うなら、竹とか松とか裃というのはユーヤから見ての印象であり、その細かな様式や形状はユーヤの記憶とは少しずつ異なっている。しかし、長いあいだ異世界の植生を見ていると、次第に違和感が消えていくような気もしていた。あの木は松だ、と思ってじっと見つめるうちに、記憶の中の松の姿や、情報として知っている特徴もこちらの世界のそれに上書きされていくような気がする。これは世界に順応するためのプロセスだろうか、とユーヤはひそかに思う。


「お客人、しばし待たれよ」


刀を二本差し、髷を結った身分の高そうな人物が馬車に近づいてくる。


「一般参加者か、あるいは招待客であられますか」

「お役目感謝いたします。私はセレノウ胡蝶国第二王女、エイルマイル・セレノウ・ティディドゥーテ、姉のアイルフィルが本日の茶会へ招待を受けておりましたが、昨夜のうちに使者を走らせました通り、突然の変事により足を負傷し、ご招待に応えることのできない事態となりました。それにより、代理として私が参りました次第です。姉の受け取りました招待状はここに」


と、銀色の蝋印にて封じられていた手紙を渡す。一度ヤオガミの蝋印が開けられたものを、再度セレノウの印で封じてある。


「確認いたしました。しかし代理での出席は聞き及んでおらなんだため、上役の判断を仰ぎとうございます。馬車を降り、この小道を進んでいただきたい。そこに東屋がありますのでしばしお待ちを」


裃の男はてきぱきとそう指示すると、馬車の前の方に回って今度は御者に指示を与えていた。馬を繋ぐ場所は、使用人の控え場所は、という内容だ。先にユーヤが降り、エイルマイルの手を引いて彼女も降ろす。


見れば、竹やぶの中に砂利が敷かれており、右へ左へ折れながら小道を形成している。その奥へと進んでいくと、やがて直径10メートルほどの開けた空間に出て、小さな東屋が作られていた。


「贅沢な空間の使い方だな、まるで竹の迷宮だ」

「そうですね、空気が澄んでて静かですし、どこを向いても竹という眺めに幽玄なものを感じます。ヤオガミでは風情や風流さというものを大事にするそうですが、本当に静かでよく手入れのされた竹林です」


ユーヤは足元の砂利をつま先で触る。一つ一つが楕円形をした川砂利である。一つの大きさは最少で100円ライター、最大でタバコの箱程度か、大きさが揃えられおり、竹林の中で目立ちすぎないように、灰色から黒色のものが多く、白い石はない。


「それだけじゃないかもな。石を片付けてしまえば完全な迷宮になる。この密集した竹では大勢の兵士は攻め込めないし、内部に抜け道や隠れ場所がたくさん作れる。竹の間に糸と釣り針を渡して、毒でも塗っておけば侵入者も対策できる、蚊幕という忍法だな。昔の忍者漫画で見たことがある」

「?」


ユーヤの言ったことがよく分からなかったのか、エイルマイルはかるく首を傾げただけだった。

竹林はどこまでも完全な世界だった。竹の入り組みだけが視界の全てであり、葉擦れの音だけが空気の全てであった。



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