表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第四章  決闘 百人クイズ編
75/82

75 (百人唯一解クイズ 2)




「間違い……?」


大使館の食堂、ジウ王子を映し出す藍映精(インディジニア)の内側にて、ユーヤは虚を突かれたような顔をする。

間違いだと指摘したエイルマイルは、ユーヤの目をまっすぐに見つめて首肯する。


「そうです、離れた場所の人間と会話できる妖精、意思を伝達できる妖精、そのようなものが存在するはずがない(・・・・・・・)のです」

「なぜ……?」

「原則の問題です。この世界において、妖精は妖精王グラニムによってもたらされました。同時に、妖精王グラニムは人間にクイズを与えたのです。人間は武器を捨て、クイズによって競うべきであると。

つまりクイズを与えた妖精王(グラニム)が、クイズにおいて不正の手段となりうる妖精を与えるわけがないのです」

「それは……」


一度、なにかしらの反論をしようとして、ユーヤははたと思い至る。


(――そうか)


(――この世界において、妖精王という存在は実在・・している)


(超越者である妖精王が実在する以上、その意志も実在する、ならばその思考に沿って、世界の法則すら推測できるのか)


(この世界において、通信機器となりうる妖精が見つかっていないのは偶然ではない、妖精王がそれを望まないであろうから……)


ユーヤはどこか根本的に間違えていたと自覚する。

この世界において、神か、あるいはそれに準ずる超自然的な存在は実在する。この世界における妖精という現象は、何らかの意思によって規定された法則(ルール)なのだと。そう理解する。


「そうだな、確かにその通りだ」


あるいはこの時、ユーヤは初めて異世界というものを理解したような気がする。超越者が天の高みに()り、物理法則すらも意思のもとで定められる世界というものを。


――しかし。


(では、どうやって)


ユーヤの知る限りの方法は使っている気配がない、妖精という超常的な手段でもない。

しかしユーヤの本能か告げている。あの見目麗しき王は、少なくとも何問かに一度、考えて答えていない瞬間がある、と。


藍映精(インディジニア)の映像は続いている。今度は王宮の大ホール、夜会の余興で行われたクイズのようだ。ジウ王子は直立不動のままで淡々と黒板に書き込み、正解を重ねていく。


(この違和感は何だ)


(そうだ、この直立不動の構え、これは何を意味する? 普通に考えれば秘密の露呈を恐れるため、動きを小さくしてる、という構えだが、しかし……)


そこから思考が発展しない。

どこかで行き詰まり、壁の手前でウロウロと思考が彷徨っている。

ユーヤは頭をがりがりと掻いて、王族らに呼びかける。


「……コゥナ、睡蝶(スイジエ)、君たちの意見が聞きたい」

「む、コゥナ様か? しかし不正の手妻(てづま)など分からんぞ」

「んー、私の見る限り、まったく怪しいところはないネ、カンニングペーパーなんかも見当たらないし」

「そうじゃない……」


脳漿を絞るという形容のように、脳が酷使される感覚がある、ユーヤは頭痛に耐えるような表情で口を開く。


「そうじゃなくて、とにかくジウ王子について思い付くことを言ってみてくれ。見た目、身に付けてるもの、声の印象、何でもいい。僕が見落としてる何かがあるはずなんだ」


コゥナと睡蝶は戸惑いに顔を見合わせたものの、ともかくも言われた通りに言葉を並べていく。


「うーむ、コゥナ様はパルパシアの夜会で間近に見たが、まあ絵にかいたような優男だな。しかしそれなりに鍛えている感じだった、腕っぷしもありそうだ」

「いつも姿勢がいいネ、服の仕立てもいいし、髪だって女が嫉妬するぐらい綺麗ネ」

「フォゾスでもジウ王子の出てくるニュース映画は人気だ、若い女たちがキャーキャー言って見に行っている。コゥナ様の好みではないがな。いつも圧勝だから興業としてはつまらん」

「答えたときにもっと嬉しそうにしてもいいと思うネ、愛想笑いしかしない男ネ」


「――ん」


その時。


ユーヤの脳内で、何かが像を結ぶ。

夜空においてひどく離れた輝点が、ふいに結び付いて星座となるように。


「コゥナ、いま何て言った?」

「? ええと……いつも圧勝だから興業的につまらん」

「……」


それは、ぬいぐるみをミキサーでかき混ぜる映像を、ゆっくりと逆再生するような感覚。かつてはそのような逆再生映像を題材としたクイズ番組も存在した。そんな情報が記憶の片隅によぎる。


断片的な言葉が、ゆっくりと有機的に結び付いて、ある形に――。


「そういうことか……?」


その様子を見て、エイルマイルが言う。


「何か……掴めたのですか、ユーヤ様」

「……ヒントはやはり、昨夜の会合、あのステレオクイズだ」

「……?」

「あの勝負、10ポイント先取のルールで、ジウ王子は2ポイントずつ取ってわずか五問で決着。実力を見せつける目的があったにせよ、あまりにも露骨すぎる。わざと間違えるなりして、2か3ポイント差で勝つほうが自然なはずだ」

「どういうことネ」

「ジウ王子は、誤答を見せたくないという気質がある。端的に言えば負けず嫌いなんだ」

「? まあ、そうかも知れないネ」

「そういう彼の性格、彼の所作、言動、どことなく」




「――長男らしくない(・・・・・・・)




「……は?」


あんぐりと口を開けるコゥナ。話がいきなり別の国まで吹っ飛んだような感覚がある。


「ジウ王子に兄弟はいないか?」

「コ、コゥナ様は聞いたことがないが」

「いないネ、現王グラゾ=ハイアード=ガフ様の一人息子のはず」

「……だが、いる、という証拠はともかく、いない、という証拠はないはずだ」


空隙。


ユーヤの言葉に「そう言われても」という表情を浮かべる睡蝶が、


ある一瞬を境に、その表情を凍りつかせる。


「ちょっと――待つネ、ユーヤ、それ、は、まさか……」

「ジウ王子は、十歳までハイアード南方の離宮で育ったと聞いています」


口を開くのはエイルマイル。その口調は落ち着いていたものの、何か、ただならぬ事が語られようとしている、という予感に声音が固くなっている。


「離宮は都市圏を遠く離れた、国有の静養地の中にあり、ラジオ局や新聞社が取材を許されたことは一度もありません。グラゾ現王はお体が弱かったものの、三人ほどの側妻を持ち、その静養地にそれぞれ離宮を与えていました。ジウ王子の母はティスエンス=オルレモ子爵嬢、現在も離宮に住まわれていますが、公の場に出てくることはほとんどありません。ジウ王子が王位即名の後に、王宮に呼び寄せることになるかと」

「……側室はそれぞれ別の離宮に住んでいるのか。何かを隠すなら都合がいい……」

「ユーヤよ、お前はつまり、こう言いたいのか」


コゥナが、頬に汗を伝わせて言う。


「ジウ王子は長男ではない……兄だか、姉だかがいて、それが本来は第一王位継承権者だった。ハイアードは、その人物を妖精の鏡に捧げた(・・・)、そしてクイズの力を得たと……」

「で、でも、妖精の鏡(ティターニアガーフ)だって妖精王(グラニム)から与えられたものネ、不正に利用できないんじゃ」

「いや……おそらく可能だ。あの鏡は妖精との契約の証、あの鏡を介して人間は妖精と交渉できる、妖精王という存在は、人間の……特に人間の王にのみ、ある程度の交渉の余地を与えているんだ」

「とうしてそんなことが言えるネ?」

「それは、僕の存在」


はっと、睡蝶が硬直する。


「セレノウは鏡を使って僕を呼び出した、異世界のクイズ戦士を。異世界の知識を持ち込むことがアンフェアかどうかは意見が分かれそうだが、僕はごく部分的にだが、完成されたクイズの世界を壊しつつある。そう、この構図とはまさに」





――毒をもって、毒を制す





「ジウ王子が、いや、ハイアードが産み出してしまった世界への毒、それを打ち消すための毒が僕――」




ごくり、と、誰かが息を飲む。


「……で、でも妖精の鏡で、いったい何をするというネ、使ったのがハイアードの鏡だとして、それにどんな効果が……」

「いや、ここまで来れば後は自動的に埋められる」


え、と睡蝶が目を丸くする。


「ステレオクイズで明らかなように、ジウ王子には「耳」が複数ある。そしてこの直立不動の構え、単なる姿勢の良さでは片付けられない。クイズ戦士として当然あるはずの前傾姿勢がない。問題に耳を傾け、早押しボタンに体重をかける構えがないんだ」

「……?」

「その理由が最後まで分からなかった。秘密の露呈を恐れるためかと思ったが、それだけじゃない。ジウ王子は体の動きを抑えるだけじゃなく、床の占有面積すらも小さくしている」

「……ユーヤ様、それはつまり」


エイルマイルが呟くのに頷きを返し。

何か恐ろしいことに言及するかのように、声を潜めて言う。

あるいはそれは、今も続く映像の中の、この銀の髪の貴公子に聞かれまいとするかのように。


「誰かがいる」




「ジウ王子の側に、常に」




それは。

ひどく不気味で、恐ろしい想像だった。

肩が重いと感じていた人間が、悪霊を背負っていた、というような話に近い。


この彫像のような優男が、何か得体の知れない、この世のものではない何かを、常に(かたわら)に引き連れていた、としたら。


「しかし、ジウ王子は司会者の持つ問題用紙を見ているわけではない」


ユーヤが言う。


「その何者かはジウ王子から離れられないのか、あるいは大きく移動することを嫌うのか、常に王子の側にいると見た。それは人並み以上の知識を持つクイズ戦士であり、ジウ王子だけに聞こえる声で囁いている」

「ユーヤ様、それがジウ王子の強さの秘密だと?」

「おそらくは……」


だが、今はまだ推測の積み重ねにすぎない。

これを確信に変える証拠、それがどうしても必要だった。


「何とかして確認せねばならない、今からその静養地とやらに行けるか?」

「いえ、無理です、馬を飛ばしても丸一日はかかる距離です」

「そうか、では何かないか……ジウ王子に兄弟がいたと仮定して、その存在を確認できる方法……」

「サグナリム霊廟です」


あらゆる問いに対して淀みなく答える、そのような当意即妙さでエイルマイルが言う。


「霊廟……?」

「そうです、ハイアードキール郊外にある霊廟、大乱期より以前からの王家のすべてが眠る場所です。ここは墓所であると同時に、ハイアード王家の血統を管理し、その王籍を登記しておく役所でもあります。王家に関する歴史的な資料、歴代の王の日記と書簡、婚姻や養子縁組など王家に起こったあらゆる事態についての文書もここに収蔵されています。記録が完全に抹消されていなければ、ですが」

「当たってみる価値はあるか……」

「一般人の立ち入りは許されていません、もちろん他国の王族であっても容易には入れないでしょう、まして資料を探すのは……」


エイルマイルのそうした危惧のような言葉は、もはや形式だけのものだった。

ここには何人もの王がいる、その行動の迅速果断なる、常人とは一線を画す王たちが。


「よし、コゥナ様が行こう、忍び込むのは慣れている」

「私も行くネ、ユーヤには協力する約束ネ」

「いえ、ここはヤオガミのお二人に行っていただきましょう」


さらりと、かつ断定的に言う。


「ズシオウとベニクギにか? どうしてだ」

「霊廟までは20ダムミーキはあります、しかも祭りの行われている市街地を突っ切る形になる、馬車では時間がかかりすぎます。ベニクギ様に馬で行っていただきましょう、ズシオウ様も馬術が達者と伺っています」


言いつつ、エイルマイルは手近にあった小さなベルを鳴らしてメイドを呼ぶと、外にいるベニクギたちを呼びにやらせる。


「時間が必要です、膨大な資料にあたる時間が。ともすればクイズ大会の開会式に間に合わない。ズシオウ様ならば、仮面と白装束を別の人間が身につければ代役となります」

「そこまで考えてるネ……」


舌を巻きつつ、あきれた様子で呟く。

  

「コゥナ、睡蝶、いま裏庭ではガナシアが早押しの練習をしている、ズシオウたちと交代して手伝ってあげてくれ」

「うむ、わかったぞ」

「わかったネ」


そして二人が出ていき、エイルマイルはテーブルの上の藍映精(インディジニア)を止める。


空間が急に狭くなった感覚がある、王宮の大ホールから大使館の食堂へ、壁と天井がいきなり出現するような、いきなり箱の中に放り込まれたような。


「――あら」


ふいに、音が止む。

雨の中でトンネルに入ったときのように、喧騒が遠ざかっている。この場にはユーヤとエイルマイルのみ、この渦の中のように騒々しい祭りの中で、ほとんど瞬間的に生まれた静けさだった。


「珍しい……思えば二人きりになった瞬間は、あまりありませんでしたね」

「そうだな……」


ユーヤは、何か言うべきことが山ほどあったような気がしたが、思いつく話題と言えばクイズしかなかった。無論、今は何を置いてもジウ王子との決闘に集中すべき時期ではあるが。


「エイルマイル、君は本当に強くなった。僕は君の姉のことは知らないが、強く聡明で、大陸でも屈指のクイズ戦士だったと聞いている。君の中にも同じ血が流れていた、そういう事だろう」

「いえ……まだ姉上には遠く及びません。もし私が急に変わったように見えたなら、それはただの強がりというものです」

「エイルマイル」


その名を呼ぶごとに、何か万感の胸に迫るような気がする。その硝子の珠を撫でるような響きの名前。この世の全てに通じるような知性の目。ユーヤがずっと昔から焦がれていた憧憬の君。それが目の前にある、そんな感慨がある。


「……まだジウ王子との決闘も取り付けていない段階だが、もし彼と戦うことができたなら、君にぜひ挑んでほしいクイズがあるんだ。そのクイズならばジウ王子の力も及ばない、完全なる知の世界だけの戦いになるはずだ」

「はい、どのようなクイズでも」

「これこそは、真のクイズ王だけが走破できる悪路難関。この世の森羅万象を知り、優れた閃きと洞察を持つ人間だけが突破できる壁――先ほど名前だけは言ったが、百人唯一解クイズというものだ」

「百人……唯一解クイズ」

「そう、僕に見せてほしい、君の力を」




「真なりし、クイズ王の宝剣を」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ