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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第四章  決闘 百人クイズ編
74/82

74 (百人唯一解クイズ 1)







「さあさあ、次のラウンドは大陸でも初めてのクイズとなります! 百人唯一解クイズです! いやあ初めてってのは良いもんですね。私も初めて入る飲み屋はドキドキしますよ。こないだはビール二杯で20万だって言われてもう心臓バクバクで」


ぷふ、とユーヤが息を漏らし、コゥナがすばやく振り向く。


「……ユーヤ、お前あんなのが面白いのか」

「い、いや……懐かしいギャグだったもんでつい」


「さあルールを説明いたしましょう! 後ろの貴賓席の皆さまにはすでに黒板をお渡ししています! これより皆さまに問題を出し、その答えをお手元に記入していただきます! そしてその中で! ただ一人だけが記入した答えを当てる、というゲームです! 3ポイント先取で勝利となります!

ちなみにですが、この試合のみ長びくことを防ぐため、五問目で決着がつかない場合はその時点でリードしている方の勝利とさせていただきます! また、同点の場合は引き分けです」


と、そこへスタッフの一人が走り寄る。


「ん、なに? さっきの金貨? えーとちょっとお待ち下さい、双王からは30枚ほどご提供いただいたんですが、ずいぶん余りました。え、どうするって? 聴取者プレゼント!? マジですか、家帰ってハガキ書こうかな」


この発表により、郵便会社とラジオ局が史上最大のパニックに見舞われることとなるが、それはさておきステージの二人に司会者が語りかける。


いよいよ、エイルマイルの戦いが見られる、という事実に、観客は少なからず興奮しているようだった。

無論、知識としてセレノウにはエイルマイル第二王女がいることは知られている。あるいはセレノウの出身者などは、式典の際に現王や、第一王女アイルフィルの影に隠れているのを見たことがある者もいるだろう。

しかし、彼女の生の声を聞いたことがある、という人間は極めて少数であった。いわんやクイズの実力は誰も見たことがない。エイルマイル自身ですら知らなかったのだから当然であるが。


果たしてクイズ戦士として戦えるのか、勝負度胸はあるのか、それらは彼女の参戦が決まって以降、町のいたるところで議論されていたことである。

とはいえ、それには常に、「まあ、姉ほどではないだろうが」という枕詞がついていたが。

 

「さあエイルマイル様、意気込みの程をお聞かせください」

「どのようなクイズであろうと、精一杯考えて答えるだけです」


実に簡素な返答である。もちろんエイルマイルから見れば、宿敵を前に形式ぶったことをつらつら語る場面ではないだろうが、大陸中の注目を浴びてる舞台ということを考慮すれば淡白にすぎるのも確かだった。

司会者はそれを場馴れしていないためか、あるいは緊張しているためと考えたか、さらりと流してジウ王子の方へ行く。


「さあジウ王子、ここで2連勝して勝負を決められるでしょうか、でもユーヤって方の戦いも見てみたいところですねえ」

「ええ本当に、セレノウはそのお方に余程信を置かれている御様子。私もぜひ手合わせしてみたいところですが、果てさて、うっかり勝ってしまわぬように気をつけたいところです。ルールを聞く限り、かなり天運に頼らねばならぬゲームのようですから」


くすり、と。

エイルマイルの笑う気配が届き、ジウ王子の視線がそちらに引かれる。


「おっと、これは失言でした。エイルマイル様の失笑を買ってしまった」

「ええ、本当に」


エイルマイルの声が、会場の喧騒の隙間に染み入る。

ガラスのように透き通った声音でありながら、目的の人間にのみ届くような存在感がある。切れ長の目はついと細められて、研ぎ澄まされた印象がある。


「これを運のゲームだと思っているようでは、王子のクイズに対する見識にお腹がよじれそう……」


ぎょっとするのは司会者の白スーツである。

今のは皮肉でも何でもない、直接的な侮辱だ。観客に聞こえなかったかと思って慌ててごまかす。


「……」


ジウ王子は、眉一つ動かさずにそれを聞き流す態度をとる。

しかし彼本来の姿であれば、さらに皮肉をやり返した場面であったかも知れぬが。


「さ、さあさっそく参りましょう、第一問!!」


ドラムロールが鳴り響き、金管楽器が高らかに鳴り響く。


「問題、名前に「アンナ」の入る有名人といえば? 架空の人物でもオーケーです」


会場全体を楽曲が包み込む。軽めの曲調で、急かすようなテンポの速さがある。いわゆるシンキングタイムというものだろう。


貴賓席の下には双眼鏡を持ったスタッフたちが集まっている。彼らは出された全ての黒板を瞬時に計測し、一つしかない解答を見極める役目を負っていた。

ユーヤはルールだけを伝えたが、この世界の番組制作者もさすがというべきか、電気的な計測機なしに、これをゲーム化するためのシステムを構築してみせたという。


舞台袖で睡蝶が呟く。


「んー……アンナというと、アンナ・スパリー、アンナ・トレッタ、アンナ・パス・カファローとか……。按楠アンナンとかもアリってことネ」

「その中だとコゥナ様はアンナ・スパリーしか知らんな。芸能関係は得意ジャンルじゃないからな、仕方あるまい」

「これ政治家とか実業家とかネ」

「もちろんそれも専門じゃないからな、これも仕方ないことだ」


なぜか胸をそらして言う。


「ようは一人だけが答えたものが正解なのだろう? ならばレゥネア・アンナだ」

「それ誰ネ?」

「今年、コゥナ様の村で生まれた娘だが?」

「なんか根本的に勘違いしてるネ……」


「この百人唯一解クイズにおいて、アンケートを受ける人間の思考は大きく二つに分かれる」


解説の必要性を感じたのか、それとも左右からの言葉のキャッチボールが騒々しかったのか、ユーヤがそう言う。


「一つは、即座に思いついた言葉を書き込む者、もう一つが、場を盛り上げようと少しヒネった解答をする者だ。しかし、それにも限度がある」

「限度?」

「よほどのひねくれ者でもない限り、ある一定以上マニアックな言葉は書き込まないという傾向があるんだ。僕たちの世界でアンナといえば、モデルでありタレントである人物、ファッションモデル、トルストイの小説の主人公、宝塚トップスター、このあたりが複数票だろうか。一票を狙うとすれば、フロイトの娘、世界一長寿だった人物、漫画のヒロインのイタコ、そんなとこかな」

「よく分からないけど、つまりマニアックだけど、完全に無名とは言えない人物ってことネ?」

「そう……」


ユーヤはじっと貴賓席を見たかと思えば、ジウ王子に視線を動かし、その両者を何度も往復している。やがてかりかりと解答を記入するチョークの音がやみ、司会者がステージの中央で両腕を広げる。


「はい、ちなみに番組側で数百の想定解を用意してます。貴賓席の皆さま、もし存在しない人物を書いても別に罰ゲームとかはありませんのでご安心ください。私なんかはほら、太鼓腹ですが、カミさんによく言われるんですよ、あんたそのデブになる罰ゲーム長いわねって」


ぶふぉ、と息を吹くのを睡蝶が見とがめ、露骨なジト目になる。


「ユーヤ……あんなので笑うネ?」

「ちょ、ちょっとあの人は弱点かも知れない……」


「さあステージのお二人の解答を見てみましょう。おっと、ジウ王子はアンナ・スピーギネルリ、えーと確か政治家ですね。エイルマイル様はどうですかね」


司会者は大股で何歩か歩き、そこでのけぞるようなリアクションをとる。


「うわっ、ステファン・バル・アンナ! なっつかし、エイルマイル様トシいくつですか!」


「なつかしいのか?」と舞台袖のユーヤ。

「50年ぐらい前の歌手ネ、知ってる人おじいちゃんとかネ」


「さあ! では貴賓席の解答を見てみましょう!」


黒板は木材で裏打ちされており、全員が一斉にひっくり返すと野球の応援ボードのような眺めになる。ちなみに言うならばクイズ用の黒板とチョークは非常に性能がよく、チョークの粉はあまりこぼれない。しかし皆無ではないので、どの参加者も大会のあとでは必死に粉をはたき落とす羽目になるだろう。


下段に控えたスタッフたちが双眼鏡でそれぞれの答えを確認、班長のような人物に伝達すると、それを集計してスタッフに伝える。すべての完了まで1分足らずの早業である。


「発表していきます! 読み上げられた解答の方はご着席ください! アンナ・トレッタ37人! アンナ・スパリー22人! アンナ・フィルニクス11人! アンナ・パス・カファロー8人……」


次々と貴賓席が着座していき、4人が上げた人物、3人が上げた人物と読み上げが続く。


「アンナ・トゥワータ2人! ここまでが複数解答です! 残りは……おっと、いました! ステファン・バス・アンナ! エイルマイル様! 正解!」


わっと拍手が巻き起こる。


「残りは……エイドーレルアンナ、競泳選手のアンナ、はい、いますいます、アンナ・ヴィクバニアン選手ですね。トレン・アンナ・ヴァン。「おさげの赤い髪」のアンナ、童話ですね、架空の人物でもオーケーです。按楠アンナン、そう来ましたか、オーケーです! っと、以上ですね。ではここまで! エイルマイル様に1ポイントです!」


うおおおお、と地響きのような喝采が起こる。

ジウ王子は黒板を消しながら独白する。


「ふむ……仕方ありませんね、こういう事もあります」

「ふ……」


ジウ王子の瞳が右方に流れる。そこには金髪の美姫。それがくすりと笑い、指でかるく前髪をかきあげて言う。


「ジウ王子、このクイズを甘く見ているのでは?」

「……エイルマイル様、席が近いとはいえ衆人環視のイベント、老婆心ながら申すなら、迂闊な放言は避けるべきかと」

「あら、ご心配には及びません。藍映精インディジニアでの録画はずっと遠い、王族はあまり近くから撮影しないのが常識です。声もほとんど誰にも届かない。ジウ王子も十分ご存知なのでしょう?」

「…………」

「このクイズ、見た目ほど運否天賦ではない。どのように答えを導くのか、どこに答えが眠るのか、それを知るのは真なるクイズ王のみとは思いませんか?」

「何が言いたい」

「貴方では、無理――」


酷薄な。

そのアズライトの瞳にあるのは、茫漠たる無の感情。


軽蔑でも敵意でもない、そこには何の感情も浮かんでいない。無味乾燥な、あるいは無関心にも近いような目。


ジウ王子に瞬間、強い違和感が襲う。


(この目は何だ)


(なぜ、そこまで感情が失せている)


(この娘が化けたのは、姉のことでの復讐心からのはず)


(なぜ、そんなつまらなそうな言葉を吐く)


(なぜ私を見ない――)


「私を――」


ぴしり、と、手の中でチョークに(ひび)が入る。


「私を、軽んじることは許さん、セレノウの王女よ」


「あら、それは誇りでしょうか、ジウ王子……」


口元を手で隠し、1秒あるかなしかの流し目が送られる。


「それとも、あなたがクイズの力を、引き出し・・・・きれない・・・・がゆえの歯がゆさでしょうか」

「貴様――」


「さあ続けて参りましょう! 第二問です!」


司会者の声に、ジウ王子がはっと意識を戻す。

時間が飛んだような感覚、ジウ王子には縁遠いことであるが、講義のさなかに居眠りしていたような、今の状況を急いで認識し直すような。


(――今)


自分はエイルマイルと何秒会話していた?

声が誰かに聞かれたか?

唇の動きが藍映精インディジニアに捉えられてはいないか?


大丈夫、と心中で己に言い聞かせる。忘我の時間はほんの数秒だったはず、イベントにも何も遅滞はない、司会者を含めて誰にも見咎められておらぬはず――。


だが、今のやり取り。


エイルマイルの挑発に乗ってしまったという認識に、音のない舌打ちをする。


(セレノウめ、枯れ枝の国めが)


(迫っているのか、あのこと・・・・に)


(だが、だとしてもどうという事はない)


(……あの異世界人を叩き潰すも一興、とも思ったが)


「第二問! 兄弟・姉妹の有名人といえば!?」


(ここで潰す)


(わずかばかりの希望の存在も、許さん――!)



その時。

そのようなステージ上の冷炎の揺らぎとは関係なく、舞台袖のユーヤたちに報がもたらされる。


「ユーヤどの!」


ヤオガミの傭兵、ベニクギである。

しかし、いつもの緋色の着流しではなく、目立たぬクリーム色の上着に、茶のズボンという地味な格好をしている。刀も佩いていない。


「ユーヤさん、やはり貴方の想像通りでした」


その脇にいるのはズシオウ、こちらも白のボタンシャツに茶のズボンという地味な姿で、大きな黒眼鏡で目元を隠している。昨日、お忍びで街角のクイズに参加したときの格好であるが、このときは背中にじっとりと汗をかいていた。馬車を駐めた場所からここまで走ってきたようだ。


「そうか、ありがとう、これで確信が持てる」

「はい、あの方は……」


ズシオウは、その事実に少なからぬ昂りを感じているようだった、頬を赤く染め、潤ませた目でユーヤに迫り、その体に抱きつくように飛び付いて言う。







「ジウ様は、第一王子では(・・・・・・)ありません(・・・・・)!」




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