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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第四章  決闘 百人クイズ編
72/82

72 (百人早押しクイズ 3)









「この世界の早押しボタンについてだが……」


大使館の裏庭。

その半球形のボタンを手の中でもてあそびつつ、ユーヤが語る。


「僕たちの世界のそれと比べると、大きな差がある」

「それは何だ?」とガナシア。

「非常に大きく、バネが強いという点だ」


ユーヤはボタンをテーブルに置き、ズシオウの持っていたクイズの本を借りると、そっと上に乗せる。

ボタンは押されない。山にかかる笠雲のように、バランスを保ってわずかに揺れる。


「見ての通り……本一冊ぐらいの重さでは押下されない。僕たちの世界ではもっと小さくて、軽く押すだけのボタンが主流だった。大きさで言うと小指の先ぐらいかな」

「それでは見栄えがしないのではないですか?」


ズシオウの発言に、ユーヤはちょっと意外そうな顔をする。

早押しクイズが武道の一種であるヤオガミですらそんな認識である。この世界における早押しボタンとは景気よく叩きつけるもの、見た目にわかりやすく押し応えのあるものというのが常識のようだ。そういうボタンしか無いから、と言ってしまえば身も蓋もないが。


「こういうボタンは……僕らの世界では一般参加の番組でよく用いられた。たしかにボタンを思い切り叩くのは見栄えがいいからね。でも機材トラブルが多かったり、ボタンが転がってしまったり、強く叩きすぎて手首を痛めたりする事故が起きたことや……。クイズが競技と考えられていく中で、早く押すためにはボタンは小さく、バネが軽いほうがいいと考えられたことで衰退していった。小さいボタンの場合、押し方の技術はあまり関係ない」

「押し方の技術だと……? どんな押し方でも大して変わらないだろう」


ガナシアが話の輪郭が掴めないという顔で言う。

ユーヤはそちらを一度見て、数秒、深く考えるように俯いてから言う。


「……早押しクイズとは、短距離走に似ている」

「……?」

「早押しの理論値というのは誰にも分からない。ある問題の問題文について、ここで押すのが最速だと思っていても、何度も検討すれば、そのたびにまだ先があるような気がする。解答可能な地点の理論値というのは存在するのかも知れないが、それを初見の問題で見いだすのは不可能に近い。

そして押し方もだ。どんな押し方がいいのか、どう構えたらいいのか、どれほど検討しても終わりがない」

「我らヤオガミでは、正対して、無駄な力を込めずに押すべきとされているでござるが」

「精神修養の一環ならそれでもいい、だが、過去には……」


ユーヤは思い浮かべる、ある王のことを。


「かつて、僕の世界に二人の王がいた。SとNと言うその二人の王は、クイズ黄金時代において頂点に君臨していた。そして、特に早押しの鬼と呼ばれ、早押しクイズにおいて神域の如き強さを誇ったのが、Nという王だ」

「……」

「その王の押し方を、僕らの間ではN押しとかN式と呼んでいた。それは王が研鑽の末に辿り着いたものだが、あるいはその王の生き様の象徴――前のめりに問題に食らいつき、誰よりも早く押そうとする、クイズに対する姿勢そのものの象徴のように思えた。……それがこれだ」


丸テーブルの上に、紫晶精アメンジアのボタンがある。

その上に上半身をかぶせるように構え、右腕の下腕部を横に寝かせる。肘間接をほぼ90度に曲げて、肘の先端をテーブルにくっつける。


「なっ……そ、そんなに腕を寝かせては、むしろ押しにくい――」


跋。

右腕を放つ。

振り払われる腕が右方で弧を描き、ガナシアの被っていた帽子から蛇が打ち上がる。腕はユーヤの右後方、肩の高さにまで跳ね上がる。


「おお――!?」

「N式では親指の付け根、金星丘と呼ばれる膨らんだ部分をボタンに引っ掛けるように置き、腕にためた力を右に解放するイメージで押す。押すと言うよりは「引く」とか「抜く」イメージに近い」

「す、すさまじい……」

「だが練習が必要だ。最悪の場合、腕を抜くだけでボタンが押せないという無様なことになりかねない。クイズ大会の本番まで練習してくれ。相手がいたほうがいいだろう、ベニクギ、頼めるかな」

「うむ、任されたでござる」

「私も、頑張って出題します」


ズシオウも体の前で拳を作り、意気込みを示す。


「たしかに凄まじい技術だ、早押しクイズは0.1秒を分ける勝負、これを身に着けたならばジウ王子との戦いおいて大きな武器になる……」

「うん……」


ユーヤはそうとだけ言って、さっと身を翻す。


「僕は中で、ジウ王子の映像を検討しないといけない……。頑張ってくれ」







ぴんぽん


「はい、ジウ王子、お答えをどうぞ!」

「7匹です」

「正解です! 四問目にして早くも1ポイント獲得! いやあ流石です」

「ぐ……」


ガナシアは拳を握り、何かを握りつぶすような力を込める。


「――スナップ押しだ」


舞台袖、ユーヤが呟き、脇にいたコゥナが反応する。


「む、何の話だ?」

「映像だと手元が隠れてることが多くて分からなかったが、ジウ王子は腕をほとんど動かしていない。指ではなく、手首から先を一気に押し下げている」

「それだと早く押せるのか?」

「というより……ボタンを押す時、関節部を数多く稼働させようとすることが遅滞を生む。肩と肘、手首と指、そして指の各関節を連動させて鞭のように動かすのは遅いんだ。ジウ王子は手首のスナップだけで押している」

「なるほど……うむ、何となく分かるぞ」

「私もラウ=カンでさんざん見たけど、ジウ王子の動き、いつもよりずっと速い気がするネ」


左右のもう片方から睡蝶もやってきて、そのように言う。


「それはおそらく、普段は無理をしていないからネ、書き問題で確実に勝てるから、早押しでは万に一つも誤答を犯さないように慎重になっていたんだと思うネ。でも今回は、かなり攻めて押してるネ」

「そうだな、僕も大使館でいくらか見たが、普段はもっと静かに押していたはず、普段は使わないスナップ押しをここで持ってくるとは……」


あの大きくて重い紫晶精アメンジアのボタンである。

手首のスナップだけで押すにはかなりの瞬発力が必要となる。と、そこまで考えて、ユーヤははたと思い至る。


「――そうか、たしか、ジウ王子は短剣術と弓術の名手だとか」

「弓術にも色々ある。コゥナ様のは競技で言うと長弓、ロングボウだが、ジウ王子は短躯弓、篭手に装着して片手で短い矢を打つ弓の名手だったはずだ。マイナーな種目だがな」

「短剣術も少しマイナーな部類ネ。ついでに言うとガナシアは短槍術、ベニクギは長刀術の専門家ネ」


――まさか。


「……では、ジウ王子は、手首を鍛えるためにその競技を……?」


それは、ユーヤの常識にはない。

クイズのために体を部分的に鍛えるということは想定していなかった。ユーヤの世界のボタンは、もっと小さいものだったから。

そこに想定漏れがあったというのか。


ジウ王子が早押しを極めるために己の肉体を練り上げたとしたら、急ごしらえの技では――。


(……やるしかない)


舞台の上で。

ガナシアは、拳をぎゅっと握って決意を固める。


(まだ完全とは言えないが、あれを出すしか)


「続けて行きましょう、第五……おや」


白スーツの司会者がそれを見咎める。

解答席の上に覆いかぶさり、腕を思い切り寝かせて構えるガナシアを。


「こ、これはガナシア様、なんでしょう、この構えは、見たことありませんが」

「いいから問題を出せ!」

「わ、分かりました」


イベントは流動性を帯びている。もはや小さなトラブルでその流れを抑えることは出来ない。司会者が声を張り、会場の何処かで太鼓が叩かれる。


「問題、『あれは島というよりもケーキの」


ぴんぽん


「はい53番の方!」

「孤島物語!」

「正解です!」


おお、とざわめきの波が押し寄せる。それは正解者ではなく、ガナシアの腕を振るような動作に驚いたためだろう。腕が生み出す強烈な風が、舞台袖のユーヤにまで届くかに思われる。


「ぐうっ……!」


(見事だ、短時間でよくそこまでN式を身に付けた)


(――だが、押し方の技術、それもまた早押しクイズという世界の中での一部に過ぎない)


(このような形式では、観客が不合理なほど早く押し、たまたま正答できたという事象が無視できない確率となって現れる)


(そしてあのジウ王子だ、やはり早い、観客に先取されてはいるが、0.3秒も遅れていない)


(不正だけじゃない、早押しクイズに関してはおそろしく研ぎ澄まされている、問題の先読みも、押しの技術も――)



――9問目。



「ジウ王子! お答えをどうぞ!!」

「ダンブレンツェ美術館です」

「正解です!! イーモレロウとバハント兄弟により、71年をかけて建造された美術館の名前は、ダンブレンツェ美術館です、お見事!」


「くっ――」


ガナシアのうめきに、ジウ王子は微動だにしない。

ガナシアの方を見もせず、淡々としている。対戦相手など存在しないかのように。


「さあ、あと1ポイントでジウ王子の勝利です、さすがにクイズ大会六連覇の実力は伊達ではありません!」


ガナシアは思考する。


(――まだだ)


(まだこれから、追いすがる道はある)


(あのユーヤの言葉を思い出せ、外すのだ、制動リミッターを……)


――ジウ王子がリーチをかけた時、それを好機と捉えるんだ。


――早押しクイズにおいて、ボタンに手を置いている時、人は二つの意思がせめぎ合っている。押したいという意思と、まだ押すなという意思だ。


――しかし、どんな達人のクイズ戦士でも、ボタンを押すタイミングは、解答が可能になる最適なタイミングより何文字か遅い・・・・・・



(そうだ、まだ遅い)


早押しの名手と呼ばれるガナシアですら、その深みまでは意識したことがなかった。

押し方だけではない、問題の見極めも、まだ甘い。

例えば一つ前の問題、貴賓席の百人が押したよりも、もっと早く押せた。その前の問題も、あるいは過去のクイズ大会の問題も、もっと早く押せたタイミングがあった。


(それは、命をかけていないからだ)


(この戦い、負ければセレノウはすべてを失う、それほどの勝負)


(どれほど真剣になっても足りない、もっと集中を、もっと全身全霊を――)



――脳のリミッターを外すんだ。


――意図的に意識を前のめりにし、普段の己よりも何文字か早く押す、僕たちの世界では「チャージをかける」と言う。


――N式とは早く押せるだけではない。構えによって、前のめりの精神性を獲得する。言わば、意図的に・・・・フライングを・・・・・・起こさせる・・・・・技術なんだ。


――猪突猛進……。野獣のように突撃する、というイメージを持つんだ。


――全身を、獣と成すんだ、ガナシア。



そして十問目。


がし、と。


ガナシアの左手が、解答台を掴む。

台の下では膝が曲げられ、カカトが僅かに浮いて前のめりの体勢となる。重心が前にかかり、奥歯を強く噛みしめる。

あらゆる筋肉が膨れ上がり、関節部に万力のような力が込められる。


それは前進の意思。

飛びかかり、掴みかかり、一息に命を奪わんとする野獣の気配。それを察知した者がいたのかどうか、最前列にいた観客が無意識に身を引く。



(――る!)



「問題、カルテナリウム交響曲にある四」


――瞬間。全身が動く。


ぴんぽん。


「はいガナシア様!」

「オールトクラウドポイント!」

「正解です!」


わっ、とひときわ大きな歓声。

今のは誰の目にも明らかなほど神業の早押し、


そのとき、観客一人ひとりは誰も気づいていなかったであろうが、観客の中央部が割れた。

己の意思とは無関係に、右に左に気圧された観客たちの間に長椅子が見え、数秒の内にまた元に戻る。ガナシアは強烈な殺気を放った余波か、全身の汗腺から汗を噴き出す。


「カルテナリウム交響曲にある四百ヶ所の無音点の指示を、雨を降らさぬ雲という意味の古語を用いて何という、オールトクラウドポイント、正解です!」


(いける)


(今の私ならば、誰よりも)


「……」


そのとき、

ユーヤの頭上を黒い鳥がよぎるような、不吉な予感が。


睡蝶(スイジエ)

「ん? どしたネ?」

「こういう試合の時、紫晶精(アメンジア)のボタンはどうやって固定するんだ? ネジ止めか?」

「妖精が変化したものに人間が傷をつけることは不可能ネ、だから多分、接着剤とか……」

「……」


我知らず、ユーヤは唇を噛む。

己の予感を、形にならぬうちに噛み潰すかのように。




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