71 (百人早押しクイズ 2)
※
「――私の記憶が確かならば、あの遠き東方の国、群狼国ヤオガミでは、これを雷問と呼ぶそうです」
司会者の白スーツの男が、壇上で重々しい声を出す。先ほどのおどけた空気から一変し、託宣を下す預言者のような、民衆を統制する為政者のような威厳を身にまとっている。そのような表現の幅の広さも大物のゆえんであろうか。
「それはまさに一瞬の閃光、世界で最も短い攻防。営々と積み上げてきたクイズ戦士たちの知恵と技術、それが極小の時間に咲いて散る。それこそがクイズの華、早押しクイズのお時間です!!」
高らかな音楽が鳴り響く。荘厳なファンファーレと打ち鳴らされるハンドベル。会場の四隅から鳩が放たれて、天蓋中央付近の窓から外へ出てゆく。そして妖精による光の乱舞。
壇上にはすでに二人の選手、ジウ王子とガナシア衛士長が解答席についている。司会者の白スーツは悠然と歩いて二人に声をかける。
「さあさあ、突然始まりましたこの三本勝負。いかがでしょうかガナシア様、今年は無名の新人に席を譲ったと聞いてますが、今年もまたご活躍を拝見する機会ができて喜ばしい限りです」
「皆がユーヤを知らぬのは無理からぬ事だが、セレノウはその実力を十分に認めている。しかし私とて早押しクイズの名手と呼ばれた身。我が金文字の家名の誇りにかけて! この勝負は落とすわけにいかない!」
「頼もしいお言葉です! いや素晴らしい、そりゃファンも増えようってもんです。今日も言われてたんですよ、ガナシア様に会ったら手形と足形もらってきてくれって、あ、そういうのはやらない? そうですか、ではジウ王子、いかがでしょうか、意気込みのほどは」
「なに、ほんの余興です。夜が長いとはいえ刻は有限のこと、クイズ大会の本戦に支障をきたさぬよう、早く終わらせたいものです」
それは、ジウ王子にしてはかなり素っ気なく冷ややかな物言いであったが、この司会者には大物にありがちな現象として、どんな相手であろうと司会者のペースで番組を続けようとする気質があった。司会者は大袈裟にうなずくだけで、その場はさらりと流される。
「さあ! ではクイズ帽をお被りください! 後ろの貴賓席の皆さま、すでに全員が帽子を装着しておりますね!?」
二人は眼の前の紫晶精のボタンとクイズ帽をくっつけて紐付けし、おもむろに頭にかぶる。背後では正装した人物たちが百のクイズ帽とともに起立している。
「ルールを説明いたします! 問題は早押しクイズ!! ステージのお二人は三問先取にて勝利が決定します!」
司会者はステージを一杯に使い、端から端まで大股で歩きながら説明する。
「そして後ろにおられます貴賓席の皆さま! この百人が、目の前のお二人の解答を妨害するわけです! なお誤答について、貴賓席の方が誤答された場合は以降の解答権を失います。帽子を脱いでお座りください。目の前のお二人が誤答された場合は相手に一ポイント進呈となります。では早速」
「ちょっと待つがよい!」
叫ぶのはパルパシアの双王、王たちはステージ脇の舞台袖に引っ込んでいたが、二人で声を揃えつつ壇上に躍り出る。
「おおっと!? パルパシアの双王様によるちょっと待ったが出ました! どうなされましたか?」
さすがは大陸の華と呼ばれる二人というべきか、登壇した瞬間に観客から歓声が飛ぶ。その声援がスパンコールに反射して光の粒となる。双王はボディコン服のラインを強調するかのように、妙に腰をひねったポーズで言う。
「この勝負、背後の百人が真剣になればなるほど面白い、そうは思わぬか?」
「おおう! そりゃそうです! ジウ王子とガナシア様に比べれば確かに皆さま素人ですが、アリだって百匹集まればクワガタくらいは倒せるかもしれません! なんか例えがコマカすぎましたかね。
とはいえ確かに後ろの百人には真剣になってほしいものですが、それが一体?」
どしん、
と、床に打ち付けられるのは革張りのケースである。四隅が補強されており、かなりの重量物でも収められそうだ。
「我ら双王が、後ろの連中にハッパをかけてやろうぞ、これで――」
※
ぴんぽん
クイズ帽から蛇を打ち上げ、ガナシアが言う
「答えは、絹織物だ」
「正解です」
クイズの本を両手で持ち、読み上げを行っていたのはズシオウである。
ここはセレノウ大使館の裏庭、裏側は塀が高くなっており、大使館の外周部分でもプライベートな空間となっている。前庭の方では一般客を招いてのパーティーが続いており、大使館の中ではコゥナとエイルマイル、睡蝶らがジウ王子の試合を再検討していた。そんな忙しい中にあって、ふとガナシアを裏庭に連れ出した流れである。ガナシアの早押しを見たいという申し出に、衛士長は快く応じた。
「どうだユーヤよ、国屋敷で見せたという神業とまでは行かぬとも、早押しにおいて私以上の者はそうはいない」
「そうだな、確かに早い……と思う」
この世界の知識がないユーヤには、ガナシアが押したタイミングが最速かどうかは分からない。しかしそれでも、肌感覚として伝わるものはある。
「相変わらずボタンを強打しおるのう」
「まったくじゃ、隣で試合したら怖くてたまらぬ、腋汗も飛んでくるし」
「飛びません!」
この場にいる王族はズシオウと、双子の王である。ちょうど大使館の中と外で半々に分かれた格好。ズシオウの背後に控えている紅衣の傭兵が言う。
「その百人早押しクイズとやら、確かに理想的なルールでござる。早押しならば難問に強いという、ジウ王子の強みも生かしきれぬでござろう」
「……そうだな」
ユーヤはそうとだけ言う。
「……あの、ちょっといいでしょうか?」
ふと会話が途切れたのを見て、手を上げるのはズシオウである。
「なんじゃ、ヤオガミの殿または姫」
「その呼び方やめてください。あのですね……セレノウは、これまでハイアードとシュネスを除く五カ国と交渉を重ねてきたわけですよね、それで、最後のシュネスは鏡を奪われている……」
「……」
その発言を、ユーヤはどこか物憂げな、何かしら気が向かぬような様子で聞く。
「ならば……もう事実上、六カ国で連携が組めたも同然ではないのでしょうか? ハイアードがクイズ大会で優勝したとして、その要求を看過する国などもはや、あるはずが……」
「それは無理だな」
答えは、ユーヤの口からではなく、後方から届いた。
ズシオウが振り向けば、そこには長身の男性。
浅黒い肌に、襟元が深く切れこんだ銀灰色のスーツ、全身を華美そのものに仕立てあげる黄金の数々。シュネスの王、アテムが立っていた。
「アテム王――」「最初に言っておこう」
ズシオウが口を開きかけるのを押し留め、場の全員を眺め渡して言う。
「余の国、シュネス赤蛇国はおおよその事態を把握している。しかし、我らは貴国らと交渉する気はない、そしてハイアードの要求を阻止するために反対票を投じる気もない」
「しかし、アテム王」
「クイズ大会での要求は、優勝者の権利だ、それは正当なものだと考える」
ズシオウが言いかけるのに先んじて、ぴしゃりと言う。最初から相手に話をさせる気などない、という話し方は王としては普通のことやも知れぬが、アテム王には特にその傾向が強いように思われた。
「フォゾス白猿国の鏡は盗まれたも同然と聞いている、ならば多少は非もあろうが、それとてもフォゾスが鏡を守れなかったというだけのことだ。ハイアードが次にどの鏡を要求するにしろ、それだけで反対票を投じる理由にはならぬ。それに、そんなことは事態の抜本的解決にならぬ」
「それはそうですが……」
「それにだ、余はジウ王子と約束した、今後一年、誰とも決闘しないとな。つまりは誰かと反対票を賭けて戦うなという意だろう。その約束を抱えたまま反対票を投じるのは決闘の主旨に反する、そうであろう」
「わかった」
ユーヤが、その話はそこまでにしたいという意思をにじませて言う。
ユーヤとしては、短い邂逅ながらもアテム王について理解したことがある。
この人物は、ある意味では最も王に近い思考をしている。己が世界の中心だという自信、容易には下々の意見を受け入れない傲慢さ。
そしてユーヤの見立てでは、その中心に居るのは、おそるべき頑固者、である。
ズシオウとしては理屈でも道理でも、まだいくらでも持ち出して説得したい所だろう。しかし、おそらく短時間、少なくともクイズ大会の終わりまでに彼を説得するのは不可能である、という予感がある。
「ではアテム王、どのような用向きでここに?」
しかし少なくとも敵対者ではあり得ない、ならばアテム王のやることを見てみるべきか、という判断でそう尋ねる。
「うむ」
アテム王が、その長く浅黒い指をぱちんと鳴らす。すると背後から現れるのは黒いローブの男、一抱えほどの革張りのケースを左右にそれぞれ持っている。
よく見れば丸太のように太い腕の男である。アテム王の私兵だと言っていたが、寡黙なのはそう命じられてるのか、あるいはそのような気質の人物なのだろうか。
ローブの男は双王の方へ行き、二人の間にあった丸テーブルに二つのケースを置く、テーブルの一本足がぎしりと軋む。アテム王が鷹揚に言う。
「双王よ、誕生日のプレゼントだ」
間
「は?」
「は?」
「大きくなったものだ。15か、それとも16だったか? パルパシアはとかく王位を継ぐのが早い……あれは本当に早すぎると昔から思っているが、まあ、いつまでも子供でもあるまい、宴席と放蕩にかまけてばかりでは示しがつかんぞ」
「誕生日は一ヶ月も先じゃぞ?」
「別に構わんだろう、クイズ大会が終わればまた一年会わなくなる、かといって双子都市まで渡しに行くのも面倒だからな、渡せるときに渡しておくのが合理的だ」
ボディコン服の双子はどう返してよいか分からず、ともかくもケースの中身を確認する。
「突然どうしたと言うんじゃキモいのう。いつもは使者に適当なものを持たせるだけじゃったろうに」
「驚かすつもりか知らぬが、パルパシアの王たる者が、ちょっとやそっとの贈り物……で……」
※
ケースの中から溢れるのは、黄金の光。
その容量いっぱいに金貨が詰め込まれている。しかも生半可な大きさではない、直径がカップを置くコースターほどもある特大の金貨である。
「大陸最大の金貨であるジュノーズランド金貨じゃ! 正解者にはこれを一枚進呈しようぞ!」
観客から、驚愕のどよめきが上がる。
「こっ! これはすごい!! 私も実物は見たことがありません! これ一つで立派な馬と交換できるとか、三枚あれば家が買えるとか聞いてますが、確かにデカい! そして重ーい!」
ユーヤも手にしてみたが、重量がかるく500グラムはある。通貨というよりはインゴットに近く、およそ市場に流通する物ではない。金の価格はユーヤのいた世界より安いようだが、それでも賞金としては豪華すぎる代物だ。
それを双王に50枚ずつ、しめて100枚である。いくら相手が王族とはいえ、プレゼントに渡す額ではない。
「ユーヤよ、シュネスの王はどんな意図であれを渡したのだ?」
舞台袖にて、隣にいたコゥナがそう尋ねる。
「さあな……色々思い付くけど、これだと断言はできない」
――表だって協力はできないが、これを何かの役に立てろ
――我らも鏡の奪還に一枚噛ませてもらおう
――本来ならジウ王子に支払っていた金だ、持ち帰るのも癪だから渡そう
その幻の声はどれも正しいようでもあるし、どれもアテム王の真意とは違う気もする。
「結局のところ、王さまの考えることなんて庶民には分からない……という事かな」
「なんだ急に達観しおって、お前らしくないぞ」
コゥナの「お前らしくない」という言葉にユーヤは苦笑する。
ともかくも観客の熱気は最高潮、貴賓席の百人も目を爛々と輝かし、早押しボタンに指を這わせる。
そして、それはいよいよもって始まった。
「問題、サーバンズ帽、三文字」
ぴんぽん
「はい17番の方!」
「ヨックボール!」
「正解! サーバンズ帽、三文字サンダル、ミルコットシャツといえばどんな球技から生まれた服? 答えはヨックボールです、お見事」
正装した女性スタッフが、宝石箱に入った金貨を渡しにいく、平民なら人生がそれなりに好転しそうな額の金貨である、正解者もひとかたの富豪であるが、喜色満面でそれを受けとる。
「クイズ番組は、バブリーなほど面白い。時代がその豪奢ぶりを受け入れられればだが……。この世界は十分に豊かであり、これだけの大盤振る舞いを貴族の傲慢と思わない度量がある」
「? 何の話だ?」とコゥナ。
「このゲーム、ともすれば支払われる金貨は10枚以上になるかも、ってことだよ、そう簡単に勝負はつかない」
ユーヤは貴賓席の方を見て、一人一人の顔を覚えようとするかのように見つめる。
「この世界のクイズはけして一部のマニアのものじゃない。クイズがこれだけ普及している世界だ、一般人のレベルもかなり高い、それにあの金貨は最高の形で作用している。……これでいいはず、勝負が長引くほどに作戦を立てる余地が生まれる」
誰に言うともなく、口中で言葉を紡ぐ。
「……最初の何問かは様子見でいいんだ、それにガナシア、君にはあの武器もある……」
「究極の早押し、「N式」が……」