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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第四章  決闘 百人クイズ編
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「ジウ王子、そろそろ、御時間でございます」

「わかりました」


机に向かい、何やら書き物をしていた王子はペン先を拭き、ゆるりと立ち上がって藍色のロングテールコートを身につける。

このときのジウ王子はコートは藍、ウエストコートは白、膝より少し下までのズボンを穿き、その下からは白いタイツが見えている。


一分後、ジウ王子は長い廊下を歩いていた。

全身を飾るのは金の飾緒、銀糸の刺繍、真珠のボタン、袖丈が短いため、重装備でありながら若い軽快さが残っている。襟元は折り返し襟を短めのフリルで装飾し、コートの襟元には金鎖を渡すハイアードの古典的なスタイルである。

腰には三本の鎖で短剣を水平に吊り下げており、大粒の宝石で飾られたその短剣が全体の重心となっている。王でありながら短剣術では大陸屈指の使い手だという、彼の武人としての側面を示したものか、あるいはこれからクイズ大会に臨むという気構えを示すものか。


後ろに付き従うのは、これも貴族然としたスタイルの年配の男。白髭と銀髪を蓄えており、腰からは長剣を斜めに提げている。ジウ王子のパートナー、ジュベラック上級書記官である。


「本日は、まこと光栄なことにございます。私などを補佐に指名していただいたこと、永代に渡り家名の誉れとなりましょう」

「――ああ、そうですね、本日はよろしくお願いいたします」


ジウ王子は、それは正面から見ていなければ分からなかったことであるが、少し驚いたような顔を見せる。

まるで、先程自分を呼び、今は背後から付き従っている人間に、いま気づいたかのように。

上級書記官の言葉は続く。


「ええ、どのようなクイズであっても全力を尽くす所存です。私なりに分析してみましたが、例年、序盤にはバラマキクイズやシルエットクイズなどの搦め手が多かろうと思われます。憚りながら(わたくし)、此度のためにあらゆるクイズにおいて研鑽を積み――」


二人は廊下を抜け、中庭に出る。左右に装飾柱の並ぶ屋根つきの回廊を進む。

ここはハイアードの王宮、広大な敷地の中で、向かう先は巨大な半球状のホールである。

それはこの大陸、この世界ならではの建物、クイズイベントを主目的として建設されたホールである。内部にはあらゆるイベントの用意はもちろん、賓客と一般市民を分けて収容できる観客席、ラジオ中継のための設備、参加者たちの控え室など多種多様な用意がなされている。

むろん、参加者とは王族の場合もあり、その控え室は一つの屋敷ほどの広さが確保されている。収容人数は六千人、この時代においては世界最大規模の施設であった。


時刻は夕刻の終わり、日は地平線の彼方にわずかに見えるのみ、あの太陽が隠れたならば、いよいよクイズ大会の始まりを意味する。


背後にいるジュベラック上級書記官は、何か感極まった様子で、ぶつぶつと小声で喋り続けている。


「本年におかれましては、何やら問題の外部漏洩もあった様子。問題が差し替えとなる予定ですが、種目によっては純然たる知識での争いにならぬ可能性もあるかと、その際は(わたくし)めが露払いを務めさせていただく所存であり……」


どうやらかなり口数の多い男らしい、とジウ王子が多少うんざりした表情を眉の端に浮かべる。


「なに、大丈夫でしょう」


それ以上喋るな、という意思を、相手の無意識に訴える程度に折り込み、朗らかに言う。


「この私――ジウ=ハイアード=ノアゾ第一王子に、クイズで勝ることなど……」





「――不可能だ、ジウ王子とは戦えない」


苦しげに、そう口にするのはユーヤである。

だが、エイルマイルは柳に風という風情で問い返す。


「なぜです?」

「なぜって……」


ユーヤにとって、それを言語化すること自体が苦痛、それは後方で見ているガナシアにも十分に分かる。しかし問うているのは己の主であるエイルマイル、ならば自分が口を挟む筋合いはないと、この大柄な衛士長は腕を腰の後ろに回して構える。


「……根本的なことだ。これまでの決闘で、僕は問題文の先読みだとか、付け焼き刃の勉強だとか、相手の心理を読むような小手先の技だとかで勝ってきた。僕が戦うことのできる手段がそれしかなかったからだ。異世界人の僕でも、なんとか勝つ可能性があるような種目だったから勝てたんだ」

「そうは思いません。ガナシアとの三択早押しクイズを除けば、種目はいずれも相手が決めてきたではありませんか。ユーヤ様の戦いを見ていると、クイズと技術は不可分であると感じられます。どのような種目であれ、ユーヤ様が力を発揮できる場面はあるはずです」

「……か、仮にそうだとしても、今回は状況が違う。ジウ王子は僕が異世界人であることを知っている。こちらの世界の知識を持っていないことを知っているんだ。それならば、ジウ王子が完封できるような勝負はいくらでも思いつく――」


その自身の発言に対し、なんて弱気で情けない言葉だろうと嫌気がさす。

しかしそれは、紛れもない真実。この世界での戦いにおいて、素性を知られた時点で敗北はほぼ確定している。子供にだって分かる理屈ではないか。


「ならば、相手から勝負を挑ませればよいではありませんか」


なぜ、その考えに至らないのか、エイルマイルはそうとでも言いたげに首をそらす。


「何だって……?」

「ジウ王子から挑ませればよいのです。それならば、クイズのジャンルと出題範囲はこちらに決定権があります。ユーヤ様が戦える種目ならば、戦っていただけるのでしょう?」

「……それこそ無理だ」


ユーヤは額に汗を浮かべ、このうら若き姫君にどのように接していいか分からぬ、という顔で言葉を絞り出す。


「ジウ王子には戦う理由がない。昨日の会合、あれには様々な意味や狙いがあるが、僕のことを知っているぞ、というアピールでもある。クイズ大会の問題が差し替えられる以上、ジウ王子の優勝はほぼ確実だ。僕と戦わずとも鏡は手に入るんだ」


背後のガナシアは、何も言わずただじっと構えていたが。

やはり、ユーヤの言うことのほうが全てもっともだと感じられる。

しかし、ガナシアに背を向けている、セレノウ第二王女。

その背中からは何らかの気炎のような、揺るぎない自信のようなものが立ち上っている。


「できます」


きっぱりと、ユーヤの言葉など歯牙にもかけぬ強さで言う。


「ユーヤ様なら、できるはず。ジウ王子に決闘を挑ませる・・・・ことも、そしてジウ王子の不正の秘密を見抜き、その秘密を打ち砕いて勝利することも」

「……ぼ、僕は」


ガナシアは、この黒髪の異世界人が、初めてたじろいだように気圧されるのを見た。

これまで、世界に名だたる王にも、いかなる逆境にも堂々たる構えを崩さなかったユーヤが、ただの一市民に、というよりはむしろ人よりも気弱で、虚弱そうな細身の男に見えた。それがおそらくはユーヤ本来の姿。王たちと渡り合うために、技術の鎧で自分の印象すらコントロールしていた男の、本来の姿だったようにも思える。


「僕は、ただのクイズマニアでしかない。クイズ王と呼ばれていたのもほんの一時期だけ。今までは虚飾の衣を纏って王たちと交渉してきたが、素性が露見した以上はもう、無理なんだ。あのジウ王子を動かすことは……」

「ユーヤさま」


そっと、その白い手がユーヤの頬に触れる。わずかに怯えたように震えていたユーヤの目を、エイルマイルのアズライトの瞳が覗き込む。


「それはユーヤ様が、まだ全ての力を出していないからです。あなたの力はクイズだけではない。あなたは誰よりもクイズに誠実であり、己の信念を全うする実直さがある。王たちを動かしてきたのは、あなたのその真っ直ぐな心情なのです。時として狂気の域にすら踏み込むほどの、あなたの内に燃えたぎる情念の炎こそが人を動かし、世界を変えるのです」

「そんなことは――」

「一つだけ、私の未熟な知恵でも、一つだけ思いつきます。ジウ王子を動かす手段が。それは貴方にしかできない。貴方にしか達成しえない事なのです」


ユーヤは、ただ目を白黒させて、眼の前の姫君を見る。眼の前の人間が、いったい何者なのかも分からぬような目で。


「命です」

「――何だって」





「命を、賭けることです、ユーヤ様――」





「――おや」


かつ、と踵を鳴らして、ジウ王子が立ち止まる。


「これはこれは……」


立ちふさがる人物は三人。エイルマイルとユーヤが並び立ち、その背後にガナシアが控える。

ジウ王子は、散歩先で知り合いに会ったときのように、何事でもない調子で言う。


「どうしてこの場所に? セレノウには控え室を用意させていただいたはずですが。それに、中庭には立哨の衛兵もいたはず、正規の手順を踏まぬままで入れるはずがないのですが」

「ハイアードの軍人は少したるんでいるな、向こうで居眠りして(・・・・・)いたぞ、起こすのも可哀相だったので、勝手に入らせてもらった」


ガナシアがそう言い、ジウ王子はこめかみに指を当てて困った顔をする。


「ああ……まことですか。それはお恥ずかしい、あとで十分な叱責を与えておかねば」


(……暗殺か? ならば大して面白くもない発想だな)


ジウ王子は周囲に伏兵がいないか警戒を走らせる。ややあって、不穏な気配がないことを確認すると、次に三人を品定めするように見つめる。おそらく警戒すべきは衛士長のガナシアのみ、それもさほど重大な脅威ではない。このような場所ならばいくらでも逃げようはあるものだ。

背後から声が上がる。


「ジウ王子、なぜセレノウの方々がこんなところに」

「ジュベラック書記官、あなたはそこに立っていなさい、不用意に動かぬように」


(馬鹿が、真っ先に私の前に立つならまだ見どころもあろうものを)


逃げを打つ際の邪魔になってはたまらない、背後の書記官の位置を確かめつつ、ジウ王子はにっこりと微笑む。


「何か火急の用件でも、おありですか」

「ジウ王子、君と決闘したい」


一歩、進み出るのはユーヤである。


「ただし、種目はこちらが指定したい。そのため、賭けるものとしてこちらの比重を増やそう。まずはセレノウに伝わる妖精の鏡、ティターニアガーフだ」


隣にいるエイルマイルが、七角形の真珠色の板を捧げ持つ。それは夕刻の赤い光を受けて、ますます複雑玄妙に輝くかに思える。


(正気か?)


「決闘ですか。確かに、クイズ戦士の末席に並ぶ者として、決闘はいつでも受ける所存ではありますが、なにぶん、今はかの妖精王祭儀(ディノ・グラムニア)のクイズ大会が迫っており……」

「そして国庫から出せる限度額、280億ディスケットだ、小切手で支払おう」


はらり、と、天文学的な額面の小切手が地面に落ちる。


「そしてセレノウにある銀とオパール、ほか銅や錫など、王室が所有する七つの鉱山の採掘権」

「……」

「王室の所有する公邸、牧場、王室所有の国宝の中でも目ぼしいもの、セレノウにあるラジオ局の放送権、これは七彩謡精(プリズミティア)ごと渡そう。ほかに商工ギルドに対して持つ認可権、王室所有の土地や漁業権、船舶、馬車、その他もろもろ」


ばさばさと、あらゆる形状の証書が地面にばらまかれる、取引所の認可印が押されたものもあれば、エイルマイルによって手書きされた借用書のようなものもある。そのどれもに、セレノウの王室印が押されている。


「大雑把な計算だが、しめて7000億ディスケット。これが王室の権限で処分できる財産のほぼ全てだ。現金化するのが困難なものもあるが、紙幣か、あるいは黄金が希望ならば可能な限り応えよう」

「…………ふ」


(頭がおかしいのか、こいつは)


(我がハイアードがどういう国か分かっているのか。人口比でセレノウの10倍以上、国力は20倍は越えている、それを、こんなはした金で懐柔とは)


(いや、それ以前に、あの鏡を金に換算するなど……)


ジウ王子は、もはや冷笑を隠していなかった。

あるいは、ここまで露骨な態度を示さねば分からないのか、とでも言いたげに、酷薄に目を細めて言う。


「これはこれは、胡蝶の国、セレノウなりによくここまで絞り出したというところでしょうか。しかしエイルマイル様、あなたの一存でここまでの額を動かしては国内に軋轢を生みましょう。おお、あるいは、かつての大乱期の王、国の金は己の金とばかりに放蕩と享楽をきわめ、火刑台に送られた王のように、このような暴挙が悲惨な運命に繋がりはしないかと危ぶむばかりです。とてもこのような金額を受け取るわけには」

「何を勘違いしている?」


ユーヤが言い、己でばら撒いた紙束をだんと踏みつける。


「それはほんの前座だ」

「……?」


ぴくり、とジウ王子の眉根が、初めて意識から離れた反射で動く。


「呼んでやろう」

「呼ぶ……?」

「セレノウの鏡は、王の身柄と引き換えに、異世界から人間を呼び寄せる。過去の記録から考えて、それはある程度恣意的な人材を呼べるようだ。ならば君が決闘に勝ったなら、君が必要とする人材を呼んでやろう。数多くの科学技術に精通し、この世界に大きな変革をもたらす人物を。その人物は、おそらく」




「クイズと、妖精の時代を終わらせる」




「…………」


ジウ王子は、顎を引いて思考する。

数秒おいて、慎重に口が開かれる。


「……エイルマイル様が、鏡を使う、と?」

「違う、彼女にはおそらく無理だ。いくら理性で押さえようとも、君のことを深く恨んでいるからな、君の希望する人材は呼べないだろう」

「では、セレノウ本国のティディルパイル王が……? 本国との往復には数日かかる、意思の確認などできるはずが」

「違う……」


タキシードの懐中より、一枚の紙を抜き出す。それだけは地面に落とせず、ユーヤは手で持ってジウ王子に示す。


ジウ王子が眼を見開く。そこにあったのはエイルマイルとユーヤの名前。

そしてハイアードキールにある役場の認証印。さしもジウ王子も慮外の出来事。まさか、そんな庶民がやるようなやり方で、王族が。


「僕はエイルマイルと結婚した」





「今は僕が、セレノウ第一王位継承権者、ユーヤ・セレノウだ」





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[気になる点] 未来から来ました! …このタイミングではジウ王子の側に隠密してるボディガードはいなさそうですね。 全てを見せるつもりである以上、そう遠くには離れないと思われますが。
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