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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第四章  決闘 百人クイズ編
64/82

64 (競馬クイズ 1)


ともかくもはっきりと、睡蝶(スイジエ)の要求を明確にせねば話が進まない、そう悟ったユーヤが尋ねる。


「エイルマイル、つまり彼女は、アレか」


どう聞こうか迷ったものの、迂遠な言い方が思いつかない。なんだか面倒になってきたのでストレートな発言が飛び出す。


「僕の子種が欲しいと言ってるのか?」

「……っ! そ、そう、です」


顔を染めて、ユーヤの背中に隠れるように首を縮める姫君。


「……」


あらためて、睡蝶を見る。

その体の両脇と下腿部の露出した、際どいラウ=カンのドレス。しかし体に自信がなければ到底着れるものではない。実際に彼女は若く、肉体の隅々にまでエネルギーがみなぎるような印象があった。その肌は若さを象徴して水気に満ち、わずかに少女性を残す顔立ちは微笑を浮かべ、今夜にでも妖艶な蝶に化けそうな、無数の女性性というものが折り重なった、不安定さにも似た定まらぬ気配がある。

切れ長の目と高い鼻は美々しく配され、猫のような様子を窺う眼差しは流し目にも見える。どことなく得体の知れない、人生の最後まで誰にも正体を特定されなさそうな謎めいた魅力の女性である。それはクイズ戦士であり大国の后であるという特殊な存在ゆえの個性か、あるいは知識の権化であり王城に忍び込むほどの行動力の持ち主だったという、彼女の母親から受け継いだものだろうか。


ユーヤとても石や木ではない。そのような睡蝶から誘いをかけられて、まったく何も思わぬほど内臓が腐ってはいないだろう。

ユーヤとしては、自分の子種と引き換えに情報が受けられるなら、それは勿論願ったり叶ったり、という以外の言いようがないが、そう素直に答えられるわけでもないこともまた察せられる。

ややあって、この芋のような印象の異世界人は、ゆるゆると口を開いた。


「分かった、じゃあ、勝負しよう」

「勝負ネ?」

「クイズで勝負だ。僕が勝ったら情報は現金で買おう。100万ディスケット出す。君が勝ったら要求通り虞人株とやらと情報を引き換える。セレノウとしてはどっちにしても情報は手に入るし、君が負けた場合でも別に損はないはずだ」

「……ふむ」


睡蝶は、この若くして王族の妻となった女性は何かを考えるように視線を右上に投げ、そしてユーヤへと下ろす。


「わかったネ。考えてみればユーヤと直接勝負したことはなかったネ。昨日の一問多答クイズ、あれがラウ=カンの実力と見られては困るネ。雪辱戦というところネ」

「でも睡蝶さん、ユーヤさんは異世界の住人です、私たちのクイズはできないのでは」


ズシオウがそう割って入る、その発言はさすがに今更な印象だったが。睡蝶ははたとこめかみに指を当てて考え込む。


「そうネ、私に一方的に有利なクイズはいくらでも思いつくけど、異世界人と分かっている上でそれは選びにくいネ、うーん」

「ふむ、ここは我ら双王の出番のようじゃのう」


と、ずいと中央に出てくるのはユギ王女。スカイブルーのボディコン服がラメできらめいている。なぜかズシオウといい双王といい、競い合うように話に入ってくるな、とユーヤは思う。

ユーヤは小首を傾げて言う。


「何かアイデアがあるのか?」

「無論じゃ。我らの住まう双子都市は底も知れぬ悦楽の沼。そこでは日々新しき愛憎が生み出され、男女が無限の言葉を繰り出しておる。そこには独自のクイズ文化が醸成されておるのじゃ。箱の中身は何でしょねクイズ、隙間を通るのなーんだクイズなどは我がパルパシアにて生まれたのじゃ」

「そんな自慢げに言われても……」

「その中の一つ、我らパルパシアにても一部の粋人のみが親しむ高尚なクイズを教えてやろうぞ」


なんだなんだ、と周囲のメイドやら使用人やらも注目している。そうやって野次馬然としてざわざわと騒いでいる使用人たちに比べると、フォゾスのマルタート大臣だとか、パルパシア王宮付きだという三つ編みのメイドなどは落ち着いた様子で端の方に控えていた。常に隅々にまで意識を向けるユーヤがいなければ、誰にも気づかれなかったかも知れぬ。


「よいか、まず双方が目隠しをするのじゃ。部屋を真っ暗にしてもよいが、ここは広間じゃからな」

「ふむ」

「そして向かい合い、互いに右足で相手の左足をかるく踏む、脚はこの位置から動かしてはならぬ」

「なるほど」


「そして! 相手が何枚の服を着てるかを当てるゲームじゃ!!」


ずどどど、と使用人たちが雪崩を起こす。


「なんだそりゃ!?」

「答えがわかったら宣言するのじゃが、間違えると罰ゲームがあっての、一分間、両手を頭の上に乗せねばならぬのじゃ」

「それのどこがクイズだ!」

「ちなみにハンカチは衣服と見なされぬ、パレオのような腰巻きも同じじゃな。これを認めると指に包帯のようにハンカチを巻きまくる技が使えてしまうからのう。いくつか裏技もあるぞ、パンツを体内に隠すとか……」

「ゆ、ユギ王女……」


よろよろと、ずっこけから立ち直りながらズシオウが言う。


「それはさすがに人前でやるにはハードルが高いです……。それに普通にいかがわしいイメージしか浮かびません」

「コゥナ様も同感だ。それはクイズというよりお座敷遊びだろう」


そしてメイドたちから、王族が相手とはいえ、みんなで一斉に言えば怖くないとばかりにブーイングが上がる。


「そんな破廉恥なの論外です!」

「お二人でやっててください!」

「下品なのでぇす」

「セクハラですわ!」

「パルパシアの人間だいたいみんなドスケベです!」


「お主ら好き勝手言うでないわあああ!! このクイズがどれだけ盛り上がるか知らんじゃろーがあああ!」

「ふ、ユギよ、ここは我にまかせよ」


またも輪の中心に入ってくるのはモスグリーンのボディコン服、ユゼ王女である。双子の相方が総スカンを食らっているのに平然と、むしろ何かしら自信ありげに流し目を寄越す。

ユーヤは絵にかいたようなジト目である。


「……変なもの提案したら尻をひっぱたくからな」

「ふふふ、パルパシアの歴史は深淵じゃ。余人に理解し得ぬクイズがあるのも仕方なかろう。ならば我は誰にでも理解できて、盛り上がり、かつ人間の真価が問われる遊戯を提案しようぞ」


双王は並び立ち、ユゼ王女はぴしりと扇子を閉じて口を開く。


「よいか、まず全身にハチミツを塗って」


どばあん


「あ゛い゛ーーーーっ!!!」


吹き飛ぶように転がって、尻を押さえつつ床をのたうつ王女。


「こっ、こら誰じゃ! ユゼの尻をひっぱたいたのは!!」

「コゥナ様だ、コゥナ様がやった」

「いや違います、このガナシアがやりました」

「いや拙者でござる、このベニクギがやり申した」


三人ほどが手を上げ、ユゼ王女は口から高周波を放ちながら転がる。

ユギ王女はと言うとユーヤに扇子を突きつけて抗議する。


「最後まで聞かぬか! これはパルパシアでも富豪しか遊べぬ取っておきの遊戯じゃぞ」

「ふん、どーせ全身に蜂蜜を塗って床に縛り付けて、子ブタを放って全身を舐めさせて、くすぐったいのにどっちが耐えられるかみたいなゲームだろうが、ある番組で行われた伝説のゲームだ」

「なんと!」


目を丸くして、のけぞるように身を引くユギ王女。その双子の片割れはまだ転がっているが、さすがに見かねたメイドたちが冷やした手ぬぐいやら軟膏やらを持ってきている。双王にあきれながらも行動は迅速である。


「おぬしの世界にも天才がおったのか……」

「……まあ、ある意味天才なんだろうけど、それ考えたスタッフも」

「すごく盛り上がるんじゃぞ」

「やらん!」


きっぱりそう言って、ふうと息を吐き出す。


「……」


周囲を見る。

それは彼なりの職業病とでも言うべきか、少なくとも五カ国の王族が集まっているという現状を見て、それらが全員参加できるゲームはないか、ということを考える。

そして思い至る、彼の記憶の初期の初期、クイズというものに憧れる根源となった番組の一つを。


「……競馬クイズ」

「? それは何ネ?」

「この世界にも競馬はあるだろう? ドッグレースでも鳩レースでも何でもいいけど」

「もちろんあるネ。大陸の六カ国にはそれぞれ競馬場もあるし、ヤオガミでは独自の馬術レースもあると聞くネ」

「競馬クイズは解答者たちを競走馬に見立てたゲームだ。そうだな、エイルマイル、ガナシア、コゥナ、それにズシオウ」

「? 私もですか? ユーヤさん」

「ああ、その四人が丁度いいだろう。ドレーシャ。四人分、いや六人分の黒板を用意してくれ、あの小さいやつ」

「わかりました! すぐご用意いたします!」

「それと、カジノで使うチップのようなものはあるか?」

「ございます! クイズにはチップを必要とするものもありますので! 小道具として用意してあります! 本来、この妖精王祭儀(ディノ・グラムニア)の時期は一般客相手のクイズイベントも多数行われますので」


メイド長のドレーシャは数人を引き連れ広間を出ていく。他のメイド達も、何かしら準備を手伝うために散開していった。


「よし、倍率を決めよう、エイルマイルが二倍、ガナシアは四倍、ズシオウが六倍、コゥナが八倍ってところかな」

「ふむふむ、見えてきたネ。つまり、私とユーヤは誰か一人にチップを賭けて、その人物が正解すれば倍率に応じたチップが返ってくるというわけネ?」

「そうだ、問題は全部で五問にするかな。初期チップは10枚、それを賭けていって、最終的にチップが多いほうが勝ち、どうだ、受けるか?」

「面白そうネ! それならユーヤとも公平に勝負できそうだし、勿論やるネ」

「分かった、我々はただ全力でクイズに答えればいいんだな」


ガナシアが言う。ユーヤは短くうなずく。ズシオウやコゥナらも同意を示す。


「そうだ。けっして意図的に間違えたりせず、真剣に考え、知っているなら必ず解答を書くんだ、頼めるか?」

「分かった、コゥナ様も名誉あるフォゾスの狩人として、絶対に手は抜かんぞ」

「私も、誠実に務めさせていただきます。妖精王(グラニム)と、我が父上であり国父、大将軍クマザネの名に誓って」

「わかりました、この私も、セレノウのクイズ戦士として、役目を務めさせていただきます」


ユーヤが、一瞬だけ虚を突かれたような顔になる。


セレノウの姫君、その麗しき声と顔を受け止めて、一瞬、何かを忘れていたような、あるいはあったはずのものが失われていたような不可思議な感覚に囚われた。

そう、今のエイルマイルには、不思議なほど悲壮感がない。


浮足立つ広間の空気に同調し、これから行われる未知のクイズを楽しもうという姿勢すら感じられる。


ユーヤはふと思い出す、前日の夜。正確には今日の未明であるが、その時のエイルマイルの様子を。

姉に関する言及を受けて、なおエイルマイルは冷静だった。わずかに身をこわばらせた程度で、ユーヤの前で静かに目を閉じる。

それが開かれた時、そこには何らの悲哀もなく、憤りも、強がりもなかった。かといって無垢や純朴という言葉も似合わぬ。ユーヤですらその内面の動きを把握できないほど、己の感情を完全に統御している、そんな印象があった。

感情を失ったわけではない、現に、先ほど睡蝶の発言に対して恥ずかしがっていた。

何に対して冷静になるべきか、何に対しては率直に感情を出すべきか、それすらも自身で選択できているかのような……。


ユーヤは想念に捕らわれつつも、同時に職業意識のようなものが並走していた。準備を進行させるため、彼は双王に水を向ける。


「出題は双王に任せようと思う」

「む、我らか?」


ユゼ王女の尻をさすりながら、ユギ王女が振り向く。


「ああ、それも……」


わずかな溜めのあと、決然と言う。


「できるだけ、アダルトな問題を頼む。いかがわしいという意味じゃないぞ、大人びたという意味でだ」


「えっ……!?」

「なっ!?」


居並ぶ王たち、あるいは公爵家令嬢でもある衛士長が、目に見えて動揺する。


「ほっほーーーう」


ユギ王女が、そして這いつくばった姿勢のユゼ王女が、見事なまでに目をへの字にして笑みを見せる。


「それは面白い、面白いぞユーヤよ。つまり我らは、この四人がどれっくらいオトナの知識を持っているかみたいな、そーゆー問題を出してもいーとゆーわけじゃな」


ものすごく大声になって言う双王。

隅に控えていた、男の使用人らがざわざわと騒ぎ出す。


(エイルマイル)


ユーヤはその姫君の方は見ず、心のうちで思う。


(エイルマイル、君は本当に強くなった。姉のことを聞いて、泣き喚いても、怒りに任せて叫んでもいいのに、冷静さを保っている。僕ですら想像もできないほど、自分自身を制御できている)


(だから僕は、試さねばならない。君の自己制御は僕の想像すら超えているから)


(君が本当に、遠からぬジウ王子との対決に臨めるかどうか、見極めねばならない)


(もし、やはり無理と判断したら、ジウ王子は僕が止める)


(たとえ、刺し違えてでも……)



倍率は


エイルマイル 二倍

ガナシア・バルジナフ 四倍

ズシオウ 六倍

コゥナ・ユペルガル 八倍


となっております、10枚のチップをどれだけ増やせるか挑戦してみるのも面白いかも。なお最終問題の「倍率ドン、さらに倍」はありません。

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