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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第四章  決闘 百人クイズ編
62/82

62 (ステレオクイズ)


言われたユーヤは少し目を見開いて。


「考えてくれてたんだな」


と言う。


「我ら双王は道楽者だの放蕩者だの言われておるが、そのぐらいの空気は読めるわ! ジウ王子の野望を防ぐために、ここはアテムに勝たせねばならんのだろう! シュネスの鏡のこともあるしな!」

「アテムめは分かっておらんようだったがな!」

「うん……」


それはユーヤも察していた。アテム王というのはプライドの高い人物のようだ、決して自分から不正を持ちかけたりはしないし、また、この世界の人々にはそんな発想が薄いように思える。無為無策であのジウ王子に挑むことも是とする気配はあった。

だから、最初から最後までこっちが勝手にやった、という形しかないだろう。手紙を渡すなどして、アテム王と問題を打ち合わせておく、という作戦はおそらく使えない、ポーカーフェイスができる人物には見えなかった。


「……」


だが、ジウ王子の言ったこと。

自分が勝てば、今後一年間、アテム王の決闘を禁じるという申し出、あれは不吉だと認識する。

ジウ王子はおおよそこちらの動きを掴んでいる。ならばいくらでも妨害のしようはあるのではないか、ではこの決闘で自分は何を成すべきなのか……。


「……ステレオクイズというのは、きわめて難易度の高いクイズだ」


ややあって、そのように切り出す。


「ふむ?」

「僕のいた土地……。さっきジウ王子も言っていたことだし、これは明日、みんなの前で話すことになると思うが、僕はこの大陸とまったく異なる場所から来たんだ。それについては今は話している暇がないが、ともかく、僕のいた場所での長いクイズ番組の歴史の中で、この形式は何度か生まれた。しかし、いずれもすぐに打ち切られた。あまりにも難しく、解答者が混乱するばかりでゲームとして成立しないからだ。もっと言うとテレビという媒体では音が平面的になってしまうという事情もあるが……これは言っても仕方ないな」

「よく分からんのう。その異世界とやらは後ほど聞くとして。我らはどうすればいい?」

「アテム王に、確実に一ポイントずつ取らせることだ。その上で運が良ければ二ポイント取れるという問題を出す、それが上手く行けば十分勝てるはずだが……」

「片方が簡単な問題を出すということかの?」

「いや、問題は難しくしたほうがいい。マニアックさと言うより、問題文をすべて聞いてないと答えられないような問題だ、例を挙げると」


問、北を向いている犬が右に270°回転した時、尾が向いている方向は?

解、東


「こういう風に……そして、片方はアテム王の目を見るんだ」

「ほう?」

「目を見る役は問題ごとに交代したほうがいい、そこは阿吽の呼吸でやってくれ。そしてなるべく大きく、抑揚は小さめに発声する。これによって声が混ざりあい、聞き取りは困難になる」

「何となく分かってきたぞ、目を見ている方の言葉に意識が引きつけられるわけじゃな」

「そう、この作戦の要旨はジウ王子に0点を取らせること、ジウ王子が解答してくるようなら、問題文のレベルを少しづつ上げてくれ。できるか?」

「我ら双王をなめるでないわ、これでもクイズの本は山ほど読んでおる」


胸をそり返らせ、高い位置で腕を組んで言う。その仕草といい、声の調子といい瓜二つである。ユーヤですら眼の前で対話していると混乱してくるほどだ。


「よし、その作戦で行くぞ、我ら双王の腕の見せ所じゃな」





「まあそんなわけで話は終わるのじゃが」


ユギ王女がそう言って。場が急にセレノウ大使館に引き戻される。


「えっ」


と、声を上げるのはメイドも含めて7・8人。


「あの、ユギ王女、勝負はどうなったんですか?」


手を上げるのはズシオウである。ユギ王女は扇子で口元を覆って言う。


「そんなもんジウ王子が勝ったに決まっとるじゃろ。アテムが勝っておれば、その後でアテムめと勝負して話は終わりなのじゃ。ハイアードを除く全てと連携が組めたことになるからのう」

「まあ……シュネスとの決闘に勝てれば、という前提はあるんだが」


ユーヤは頬をかき、のっそりと手を上げて発言の意思を示す。


「だが、ジウ王子の強さは再認識できた。あの勝負は……」







「第三問じゃ!」


誰も知らぬ夜の底。居室には二つの籐椅子が並ぶ。そこに座すのは大国の貴公子と、砂漠の国の金無垢の王。


かるく足を組んで口元に片手を当てるジウ王子と、尊大に背をもたげて手すりに片腕を乗せ、もう片方の腕で大きな頬杖を作っているアテム王。アテム王の足は開き気味であり、椅子には深めに腰掛けている。

座り方にも性格の差が出ている、とユーヤは思う。ユーヤの分析するところでは、アテム王は特に根拠のない自信。

ジウ王子は警戒と分析、そして己の感情を外に出すまいとする構えである。


双王の口が動く。それは女性を象徴するような高い声であり、部屋の中を乱反射して混ざり合う。



「水着姿の娘」「の悪徳八種」「で始まる」「痛痒、怨熱」「デビュー曲」「不義、あと一つは?」


「恋愛小説の」「という歌い出し」「無為、背理」「パーシーバンシーズ」「老幼」「作詞家は誰?」




声が混ざりあい、さらに聞き慣れない言葉も多い。門外漢であるユーヤにはほとんど意味ある言葉として像を結ばない。後で詳しく聞いたところによれば次のようになる。



問、水着姿の娘、という歌い出しで始まるパーシーバンシーズのデビュー曲、その作詞家は誰?

解 イニシティ=マイトラン


問、恋愛小説の悪徳八種といえば浪費、痛痒、怨熱、無為、背理、老幼、不義、あと一つは?

解、日記



ユギ王女がアテム王の目を見ながら前者を、ユゼ王女が後者を出題している。

この問題はよくできている、とユーヤは思う。後者の問題は問題文をすべて、少なくとも悪徳八種とやらの七つを聞かなければ答えられない、しかも聞き取りにくい二字熟語の連続である。いっぽう前者は曲名を答えさせるという問題かと思わせて、最後で「作詞家は誰?」と裏切ってくる。


しかし。


「アテム王、1ポイント。ジウ王子、2ポイント獲得」


ユーヤが感情を込めずに淡々と告げる。


「ふむ、流石だなジウ王子」


アテム王は頬杖をついたまま、感心したように言う。


短い間だが、ユーヤにはおおよそこの人物が掴めてきた。

どれほど惨憺たる成績でも別に恥じないし、危機も覚えない。自分がその場にいるだけで番組は成立するのだと信じて疑わないような姿勢。ユーヤの言葉で言えば古参の俳優や、演歌歌手のような大物芸能人に近い。現金が賭けられていないためか、そもそも王としての大らかな性格のためか、その態度にはまったく常と変わるところがない。


「第四問じゃ! ゆくぞ!」


双王が声を揃える。それは双子ならではの瞬息の見切りか、言葉の出だしに0.1秒の差もない。口からほとばしる言葉が空中で絡み合い、和音のように一つの音として聞こえる。


「解答を」


アテム王とジウ王子が手元の黒板に書き込む。そして提示。


「……アテム王、1ポイント、ジウ王子、2ポイント獲得」

「むう……」


声を出すのは双王である。その不本意そうな声は中立であるべき出題者には望ましくないが、つい漏れてしまったというところか。


(難易度のほどは分からないが、今の出題はほぼ完璧。僕ですら片方を聞き取るだけで精一杯だった……)


だが、ジウ王子は悩む素振りすら見せない。聞いたことをそのまま書き写すかのように、その手の動きはよどみない。


「ジウ王子、これで8ポイント。早ければ次の問題で終わりだ」

「ふむ、まあ仕方ない、あのキンキンした双王の声と余の繊細な耳とでは相性が悪いということだろう」


アテム王は落ち着いている。仮に500億の現金を賭けていても同じだっただろう、とユーヤは思う。

この人物は動揺や焦りというものと無縁に生きている。それは王としての特殊な環境ゆえか、それとも生まれ持った性格か。

あるいは、それはこの世界の人々にとって、クイズに向き合う正しいあり方なのかも知れない、と思う。

この世界にとっても、本来、クイズはクイズでしかない。それに何かしら大きなものを賭けたり、人生を左右するような大きな契機にしてしまうのは、それはそうする方が間違っているのだ。


(……アテム王、貴方を尊敬する)

(ジウ王子に勝てないことぐらい分かるはずなのに、こうして勝負を挑んでいる。いや、そもそも勝ち目とか、勝てる確率だとかを計算してもいない。貴方はとても自由だ)

(クイズはそうあるべきなんだ。クイズは特殊技能の持ち主やエリートの集まりではなく、強いほうがかならず勝つという競技ですら無い・・・・・・・。誰でも参加できる自由な遊びであるべきなんだ……)


「では、第五問……」

「待てユーヤよ、ちょっと問題が思いつかぬ、少し打ち合わせを……」


双王がそう言いかける。ユーヤは瞬刻だけ思考する。


(……これ以上の小細工が、無いわけではない)

(究極的なことを言えば、アテム王と双王は過去に何度も面識があるようだ、だからアテム王だけが知っていそうな問題も思いつくだろう、その方面で攻める手もあるが)

(そこまでして負けてしまえば、それは僕とジウ王子の間でのどうしようもない格差になってしまうだろう。もはや何をやっても勝てぬという運命めいた絆が結ばれてしまう。それよりは、今できることを……)


「……いいんだ。これでいい。理想的ではないが、予想を外れたことは起きていない。やるべきことをやるんだ」

「……」


双王もすうと息を吸い込み。

覚悟を決めるかのように目を細める。


「相わかった。ではゆくぞ、第五問」







「ふむ、まあ今宵はここまでにしておこう。鏡はいずれまた貰い受けに来るぞ」

「ええ、いつでも歓待の席を設けてお待ち致しております。またクイズ大会の本番で御会いいたしましょう」


アテム王は従者の黒ずくめの男たちを引き連れ、踵を返して部屋を出ていく。颯爽としたと言うべきか、敗北の陰りなど微塵も見せぬ清々しさがある。


アテム王の去って後、場には戦いの名残である熱気が漂っている。双王はジウ王子への憎々しげな気配を漏らさずにはいられないが、それを隠そうとして憮然と立ち尽くすのみ。

ユーヤはゆるゆると口を開く。


「ジウ王子、なぜそんなに焦る」

「おや……? お言葉の意味がわかりかねますが、焦るとはどのような?」

「なぜ他の国を騙したり、強引な手段を使ってまで鏡を集める。あの鏡の性格上、伝承が失われやすいとはいえ、国の至宝には違いない。それを強引に集めて、他の国との間に軋轢を作っては、長い目で見れば損をするだけだろう」

「ご説明申し上げたはずでしょう。海の彼方に妖精のいない大陸がある。我々は鏡の力を確保しておかねばならないのです。そして貴方のような存在からも知見を得たい。それが大陸の進歩に繋がるはずです」

「ならば、なぜ最初から大陸のことを周知しなかった。ハイアードが大陸の存在を知ったのが何年前か知らないが、もっと早い段階で他国と情報を共有し、連携を組むこともできたはずだ、なぜ今更になって暴露する」


暴露、という言葉が存在感を持って双王に伝わる。

この夜の会合、その冒頭で見せられたあの映像。一般人であるユーヤだけならともかく、ハイアードの王子がパルパシアの王に見せた以上、それは世迷言では済まされない。

ジウ王子は、口の端に笑みを貼り付けて首を傾げる。


「どうもお話の向かわれる先が見えないのですが、我々が何を望んでいると?」

「大陸の覇権、それ以外にありえない」


やや断定的にユーヤは言う。ジウ王子は困ったように眉根を歪めながらも、その奥に面白くてたまらない、という気色のようなものをにじませて言う。


「貴方は実に察しの良いと言うべきか、お考えの飛躍が興味深い方ですね。なぜそう思うのです」

知っているから・・・・・・・だ。外敵の侵入によって地域が混乱する時こそ、諸国を一つにまとめて覇を握ろうとする人間が現れる、それが歴史の道理。そして大きく成り上がるため、あるいは自分の思うに任せぬ小さな勢力を統括するため、あるいは戦いのための戦いを求めるがゆえに、わざと混乱を招いたり、ことさらに脅威を口にする人間はいつの時代もいる。僕のいた世界では歴史の教訓として受け継がれていることだ」

「その教訓はこちらの世界にもありますよ。大乱期以前の古い歴史、もはや紐解くものも少なくなりましたが、いずれも示唆に満ちた素晴らしい教訓です」


ジウ王子は笑みを崩さない。ユーヤはジウ王子の表情を見て、それが儀礼的で無味乾燥とした笑いから、皮肉さをにじませた酷薄な笑みへと変化していることを感じ取る。


「かつて大乱期、この世界は七十七の国に分かれていました。戦乱は混沌を極め、剣戟の止むことはなく、流血の絶えることはなく、酸鼻は極まることを知らなかった」


ふいに、何かを物語るように言う。


「私はその時代に憧れる。暴力が君臨し、闘争が支配する世界。ですがそれは人間の本質に近い世界だとは思いませんか? 人は藁のように死に、泥のように号哭する。地獄のような世界ですが、今のこの大陸よりはマシでしょう。知恵とクイズの支配する世界、まるで子供の考えるような世界です。べべを着せられた犬のようだ、己が服を着ていることの不自然さに気づかず、舌を出して妖精に媚びている。我々はせっせと蜂蜜を作り、妖精に捧げ、クイズを出し合い、互いにまあお見事ですねと称賛し合う。反吐が出る。私は妖精のいない世界というものを想像して、初めて己の幼さに気づいた。そして我慢ならなくなったのですよ。闘争と酸鼻、それの何が悪いというのです? 人間は何万年もそうしてきた。なぜ妖精王グラニムなどという存在にかしづかねばならない。我がハイアードは最も早く目覚めた国となる。人間の本来の姿へと」


その言葉は早口であり、言葉の省略も多く、ユーヤの他にはきちんと聞き取れないような雑駁とした言葉であった。ユーヤは奥歯を噛み、ジウ王子を正面から睨みつける。一言づつ、噛んで含めるように発言する。


「君は、あまりに若い、だから分からないんだ、戦争の悲惨さが、愚かさが」

「そうかも知れない。ですが、それは私の落ち度でしょうか? 我々だって過去の大乱期のことは知っている。目を覆いたくなる悲劇や、あまりにも醜悪な為政者。さしたる意味もなく起きてしまった虐殺、そのようなことは伝わっている、しかし伝わっているだけで、我々の誰もそれを真の意味で理解してはいない。みな忘れてしまったのですよ。経験できないからです。だからいつしか情報すらも失われるでしょう。

妖精は我々を闘争から守っているのではない、我々から悲劇を奪って・・・・・・いるのです。人間は闘争を繰り返し、それでも営みを続けてきた、悲しむ姿を見たくないからと言って、人間から怒りや涙まで奪う権利が誰にあるというのです?」

「詭弁だ、そもそもクイズを受け入れてることだって、この大陸の人々の意思に違いないはず……」

「ああ、クイズですか……」


ジウ王子は、ユーヤから視線を外さぬままに、どこか遠くを見るように焦点を曖昧にする。


「私は、自分でも自分のやろうとしていることの巨大さを、本当の意味では理解していないのでしょう。それは無理もない。この大陸の性格そのものを変えようとする大事業です。何がこの大陸のために良く、何が悪いのか、そんなことを見極めるには私はあまりに若輩であり、浅はかで思慮の足りない一個の人間かも知れない。

ですが、ただ一つ、どうしてもこの点だけは譲れない主張、そういうものも確かにあるのですよ。それは妖精のお仕着せだからと言うだけではない、人間の本質から離れているだとかの迂遠な理由でもない、それは本能に根ざす嫌悪に過ぎない。ですが、それに逆らうことなど耐えられないような、心の奥底から湧き上がる汚泥のごとき嫌悪です。それだけは、申し述べておきましょう」


ジウ王子は、それは彼なりの興奮であり高揚であるようだった。青白いまでに白い肌にわずかに赤みがさし、目の端が色濃い感情を見せて歪む。

そしてジウ王子は、長い長い一人語りのような言葉を締めくくるように、自分の人格であり主張を象徴するような言葉を、ただ一言、言った。






「私は、クイズが嫌いなのです」




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