56(一問多答クイズ 7)
※
「あの王のやっていることがわかった」
七沼遊也という人物が。スタッフの一人に言う。
「どういうイカサマなんですか?」
「イカサマとは言えない。言ってみれば勘だ。彼女は選択肢の並びから正解を見出している」
「そんな馬鹿な……では対策の打ちようがないのでは」
「大丈夫……この技術は簡単に排除できる。問題製作を、一部だけでも複数人で行うとか、選択肢に製作者の個性を入れないように気をつけて、並びを厳密に50音順にするだけでいい」
「しかし、そんな魔法のような話が本当に……」
※
「クイズを愛していたからって、魔法のように答えが分かるわけないだろう!」
話せば話すほど混乱する。この択一クイズの王は、どこにでもいるような女子高生は、なぜ分からないのか分からない、というように、子供に言い聞かせるように話す。
「クイズを愛しているわけではありませんよ? 私の言っているのは男女の愛、親子の愛、師弟の愛。そういうものです」
「何だって?」
「私が愛しているのは、具体的にはこのような人物です。身長は173から175、体重は50キロ台、性格は物静かで勤勉。何かにのめり込むと歯止めが効かない。大学を中退しており運転免許あり、食べ物の好き嫌いはほとんどなく、お酒も嗜む程度。趣味はクイズのみですが、しいて言うなら旅行。得意な教科は地理歴史。好きな作家は栗本薫にアシモフ。子供の頃はテレビの虫。クイズ番組が好きでクイズ王たちが好きだった。運動は苦手で走るとすぐに息が上がる。でも徹夜には強い。数年前に結婚しているが半年ほどで離婚、原因は異常なまでの仕事中毒」
七沼遊也は机をバンと叩き、激昂して立ち上がる。
「僕のことを調べたな!」
択一クイズの王は七沼遊也を見上げ。
目をうるませ、頬を真っ赤に染めて、熱に浮かされるような声で言った。
「ああ、あなただったのですね、問題の製作者は……」
※
「あの王のやっていたことは、言わばプロファイリングだ。問題製作者の意思をトレースして、その人格や言語感覚の傾向を炙り出す。そして出題者の立場から選択肢の正誤を見抜いている」
「それはまあ、問題によってはそういうことが成立するのかも知れませんが、精度が異常ですよ。300問中の296問なんてとても」
「特殊な心理的メソッドによる集中力の増加……とでも言うのか、問題製作者のことを「好きになる」ことによって、製作者の意識に己を重ねている、そういうことだと思う」
「好きになる、ですか? それだけのことで……」
「言葉でいうほど簡単じゃないかも知れない。例えば甘いものが好きな人間と、辛いものが好きな人間は「別の人間」とも言える。食べ歩きが好きな人間と、運動が好きな人間とでは体型まで変わってくる。全人格を変異させるほどの強烈な自己暗示、別の人間に生まれ変わるほどの圧倒的な陶酔と耽溺。それによって生まれるのは、分析とか考察という言葉では追いつかない境地。いわば共感覚……匂いや音が形として感じる人間のように、言葉そのものの形を捉えている」
「そんなこと……そんな技術がほんとに存在するんですか?」
「……」
七沼遊也は、あの王の目を思い出す。
あの王の瞳は本当に愛情に満ちていた。目の前の自分を本当に愛していたのだ。それはもはや技術とか戦術という言葉の範囲を超えている。あるいは人間という形容の範疇すらも。
だからこそ王なのか、
人ならざる者こそが王、
人の領域を超えんとする存在こそが王だとでも――。
※
(わかる……)
ユーヤの前にパネルがある。
複数の、詩的な言葉の刻まれたパネルが並ぶ。
「無限の塔と縄梯子」
「贅沢な貧乏人」
「絶景」
「神さびた盾と木屑の槍」
(あの王の言っていた意味がわかる)
それは方法論として記憶してはいたものの、ユーヤですら実践には至らなかった技術。
(言葉の形、それぞれの言葉はイメージを持ち、それは形に変換できる。「無限の塔と縄梯子」は捻れたイモムシのような細長い形、「贅沢な貧乏人」はいくつかのトゲが生えた立方体。「絶景」は細く長い刀のような形。「神さびた盾と木屑の槍」は柔らかいものに包まれた小石のようなイメージ)
――相手のことを好きになるには、まずは性格を知ることです。
(この中で、他と最も違うのは「絶景」、これだけが武器のように洗練された姿をしている)
(そしてこの言葉は美しい、この問題製作者は、美しい言葉を正答に置きたがる傾向にある)
(択一クイズの王のように、百発百中とは行かなくとも)
(一問多答クイズならば。多くの正答の中から、一つを選ぶぐらいならば……)
――最も分かりやすいのは「浮いている言葉」です
――択一クイズの選択肢には、多くの場合、一つだけ浮いたものがあります。
――それが正解なら、その問題の製作者は優しい方。
――優しい方の作るクイズには、たくさんの特徴があります。
――対になるような選択肢のうち、どちらか一つが正解なら優しい。
――選択肢のうち、後半が正解ならば優しい。
――細かな数値を聞かない方は優しい。
――誤答の語彙があまり聞き覚えのないものなら優しい……、
(そう、クイズとは、正解を当ててもらう遊び)
(それは出題者と解答者のコミュニケーションであり、腹の探り合い、愛撫でもある)
(その中で、問題製作者の性格は大きく二つに大別される。優しい人間か、意地悪な人間か)
(これまでの問題にもその傾向はあった。一つだけ浮いている語彙は常に正解、対になるような言葉があれば一つは正解)
(この問題を作った、どこかの誰か)
(君を愛している)
(優しい君よ。今はただ、君のことを愛そう――)
それはユーヤにとっても、二度とはできぬであろう集中の極み。
脳への異常なストレスが生んだ突発的な異変か、あるいは火事場の何とやら、この偏執的な人間が、執着の果て、生涯に一度だけたどり着いた奇跡か。
今だけは見えていた、言葉の形が、そして、どれが製作者の選んだ言葉かが。
「ユーヤ選手、正解です!」
※
「――だめネ」
第五問を何事もなかったように終え、第六問の最中。
試合場の北方、己の部屋で睡蝶がつぶやく。
「この形式、本当はあまり望ましくなかったネ……」
惜しむらくを言えば第二問、エイルマイルの作戦、ゼンオウに誤ったメッセージを送ったことを見逃したこと。あれはおそらくエイルマイルから送られ、睡蝶、ユーヤを経てゼンオウに届いた。
会場の酸素が奪われるという慮外の事態とは言え、気づくべきだった。
あれでゼンオウの持ち点は2点となり、失敗の許されない状況に追い込まれたのだ。
しかも、バラドンプロダクションである。
大物芸能人を派遣するクイズ運営会社。比較的、堅実で本格派のクイズを出題するハイアード・クイズオフィサー社に比べれば、バラエティ豊かで若者向けの問題を好む傾向がある。流行問題や雑学はゼンオウが比較的苦手とする分野、何問も重ねれば誤答が発生しうる。ゼンオウは認めないかも知れぬが、そのような事故の可能性がある状況では圧倒的なプレッシャーがかかる。分からない問題はパスすべきであり、そのためのチーム戦、そのための持ち点なのだ。失点がパスのみであれば、おそらく大陸の誰が相手でも負けはない。だが1点と1点、2点と2点というような、密着からの殴り合いを戦える年齢ではない。
「結局の所、あのユーヤという男の正体がつかめなかったネ」
ごく簡単な問題でパスを重ねたかと思えば、今は平然と解答している。
エイルマイルが理外の作戦に打って出たかと思えば、命がけでそれを止めに来る。全体的に相手のほうが動きが早い。こちらに相手の正体を、状況を特定する猶予を与えず、次々と手を打ってきているように思える。
「このまま負けるとすれば、あのユーヤという男が敗因……思えばこの形式もそうネ。私があいつの喉を潰したから、口頭で解答する形式ができなかった。だから小細工の余地を生んでしまったネ」
勝敗の分岐は、自分の思うよりもずっと前の段階から始まっていた気もする。思えばこの船での交渉においても、ゼンオウは常にユーヤに飲まれ気味だった。さらに言うならラウ=カンの妖精の鏡が奪われている現状、問題を不正に入手して、それで鏡の交換を持ちかける、という作戦自体がかなり強引というか、窮余の一策と言えなくもない。だがそれは仕方ない、と睡蝶は思う。追い詰められていたのは最初からなのだ。ハイアードに鏡を奪われたときから。
「……ま、いいネ。もともと問題は第三国に渡すつもりだった。ラウ=カンとしてはセレノウの言う反対票に同意すればいいだけのこと……」
それに、と睡蝶は思う。
ハイアードの野望、そういうものがあるとしてだが、それを阻止するためにはセレノウに任せてみるのも悪くない気がする。エイルマイル、ユーヤ、どちらも常人の粋を超えた行動力と発想を示してみせた。出遅れている感のあるラウ=カンよりはうまくやるかも知れない。もっと言うならば、大陸の両雄であるラウ=カンとハイアードが対峙するという構図を避けられる。
さて、では自分はどうするべきか。
ラウ=カンのクイズ戦士として、そして形の上のこととは言え、ゼンオウの妻としてどう振る舞うべきだろうか。
鉄扉が開き、睡蝶は試合場に進み出る。
第六問はかなりの難問のようだ。おそらくゼンオウですら確実に正答とは行かないだろう。
「……」
睡蝶はしばし考え、一枚を拾って戻る。
そして会場に朱い灯が降りる。
「睡蝶さま! 不正解です!」
ブザー音の中で、睡蝶が呟く。
「ゼンオウさま、きっと落ち込んでるネ。夜通し慰めてあげないと……」
※
「ユーヤさまの治療はどうなっていますか?」
時と場所は移ろい、ハイアードキール公館街、セレノウ大使館である。
エイルマイルが部屋の入口にて陣取り、右に左にそわそわと歩いている。その前では水色リボンのメイド、どことなく名家のお嬢様のような雰囲気を漂わせるメイドが立ちはだかっている。
「エイルマイル様、落ち着かれてください。往診された医師の説明では、喉の負傷は体内の事なので診察に時間がかかっているが、おそらく一日で回復するだろう、とのことです。薬で炎症も抑まっているので大事はないとか」
「白亜癒精での治療はどうでしょうか? さいわいヤオガミの方も居られます、必要なら国屋敷に馬を飛ばして……」
「あれは同じ人間が何度も使うと極端に効果が落ちます。それに身体への負担はむしろ大きくなる場合もあるのです。ともかく落ち着かれて」
そうだった、とエイルマイルは思う。だから国屋敷で治療を受ける時、ベニクギは「治療を受けたことはあるか?」と聞いたのだ。
「では医師の方を……あるいは入院を、輸血は必要ですか? そういえば喉に良いという蜂蜜があるとか」
「もう必要なものは手配してあります! というかこのやりとり何度目ですか! 座っててください!」
「ですが……」
「セレノウの姫君は双子なのか? さっきの試合とは別人のようじゃが」
パルパシアのユギ王女が言い、飲み物をぐいと煽ってからケーキをつまむ。
「昔はあんな感じだった気もするのう。姉上の影に隠れておって、あまり覚えておらぬが」
「ちょっと、お二人とも、こんな時間にそんなに食べたら太りますよ」
ズシオウが言う。ズシオウは清水に柑橘類の皮を沈めたものを飲んでいる。ヤオガミ風の飲み物であり、メイドの一人が用意したものだ。
「ズシオウ、このマッチ棒パズルだが」
「コゥナさん、さっきから全部聞いてませんか?」
あちこちで雑談を交わしたり、雑誌に群がってクイズを始めたり、いきなりボディコン服を脱ごうとするパルパシアの双王と、その周囲から男の職員たちを蹴りはがすメイドたち。夜はなおも深まりつつある。
「……少し疑問なのでござるが」
緋色の武人、ベニクギが呟く。その脇にはガナシア。
大使館のロビーから食堂にかけて広く開放され、そこに様々な人物が集まっている。各国の王族、そのお付きの人々、大使館のメイドや職員たちなどなど、30人以上もいようか。
「なぜ我々は全員でセレノウの公館に集まっているのでござる? もう夜中の2時でござるが」
「……聞けば色々と答えは帰ってくると思う。ユーヤが心配だとか、この時間からの公務もないし暇だとか。コゥナ様については、フォゾスの大使館は都市圏出身の者がほとんどだったはず。あまり居心地がいいとは思えないから、そういう関係もあるのかも……マルタート大臣どのに、翌朝迎えに来いとか言っておられたが」
「……全員でここに泊まるつもりなのではござらぬか?」
「……メイドたちもそれを半ば意識して動き始めている。というより祭りの時期でテンションが上がっているのか、あれやこれやのもてなしを始めている……」
メイドたちはそれなりに忙しい。客室の用意をしたり、各国大使館に伝令を飛ばして着替えを調達したり、王族たちに料理を運んだり、隅の方では楽器を弾いている者も数人いる。真夜中であるから静かで控えめな曲という配慮があるようだ。
「コゥナさま、これも食べてみてください、私の田舎のケーキです」
「うふふ、ズシオウさま、お湯浴みいたしましょうか?」
「ユギさま、あの実はですね、田舎の妹と姪っ子と祖母が貴方様のファンでしてぜひサインを、いえ決して私ではなく、いや私もファンですけどそうではなくて」
と、その時。広間に現れる人物があった。
「ユーヤ様!」
その胸元に飛びつき、顔をうずめるのはエイルマイル。
「ああ、エイルマイル……」
ユーヤはタキシードを脱がされ、寝間着のような薄青色の長衣だけを着ている。足はスリッパ履きであり髪も乱れているが、エイルマイルと違うのは、そうしていても先ほどのクイズ戦士としての気配がまだわずかに残り、眼光に光が見えることだろうか。むしろ、いつもそのように疲れ果て、気崩れた恰好ながらもどこか凄味がある、という姿こそが彼の実像に近いようにも思える。
その声は砂をまぶしたように枯れていたけれど、どうにか発声は可能なようだった、ユーヤはゆっくりと話す。
「エイルマイル、ラウ=カンから受け取った問題を検討する。スタッフが必要だから、メイドの中でクイズに強い者を何人か寄越してくれ。おもに早押しクイズの確定ポイントと、超難問の整理を行う、徹夜になるから君たちは休んで……」
「いえ、それでしたら私がお手伝いを」
「ユーヤさま、お手紙が届いているのでぇす」
と、紫リボンのメイドがやってきて、手紙の乗った銀の盆を突き出す。
「僕に手紙……? 誰からだ?」
「名乗られなかったそうなのでぇす。先ほど、ユーヤさまが公館に戻って直後に衛兵が受け取ったのでぇす。どこからの手紙か確認しなかったとかで、その衛兵はスネにローしておきましたでぇす」
「そ、そう……」
「いちおうカミソリとか髪の毛とか入ってないことは確認したでぇす」
「分かった、じゃあまあ中身を」
なんだなんだ、とばかりに王族だの、その護衛だのが集まってくる。
その中身はごく短い一文。
「……ドレーシャ」
手紙を一瞥したユーヤは、メイド長を呼ぶ。
「はい、私でしょうか」
「僕のタキシードを、それから馬車の手配を、すぐに出かける」
「これからですか? 一体どちらへ……」
「王宮へのお呼びだよ、ようやく声がかかった」
「ジウ王子だ」




