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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第三章  虎闘 一問多答クイズ編
54/82

54(一問多答クイズ 5)



(エイルマイル……)


心の中でその名を呟くのは何度目だろうか。ユーヤは祈りのようにその名を想う。


第三問が始まっている。

ランダムに選ばれるという第一解答者、目の前にあるパネルが7枚であるから、自分はおそらく睡蝶に続いての二人目の解答者だろう。ユーヤはのっそりと中央の空間に出てきて、パネルの文字を目で追う。



問題、次の数字の中から、素数をすべて答えよ。


「1111111111111111111」

「1777」

「1333」

「499」

「2223」

「31113」

「13331」



素数の問題、ユーヤがこの世界に来たときのことを思い出す。

いや、正確に言えばユーヤには何かを思い出したり、思考する余裕はほとんど無かった。

盆の窪を擂り粉木でえぐられるような鈍い頭痛。思考がまとまらず、歩く足元がおぼつかない。判断力低下、注意力低下、もう少し症状が進んだなら意識障害もあり得るだろうか。

頭上を振り仰げば得点表示板が霞んで見える。ゼンオウの2点という持ち点だけをどうにか認識する。


(これは低酸素脳症……。エイルマイルか、彼女が何らかの手段で試合場の酸素を奪っている、おそらく妖精を使って)


思考にいつもの三倍の時間がかかる。

数字を順繰りに見ていく。この中で、知識として知っている素数は一つだけ。


(そう……レピュニット素数。これは1の連記数レピュニット、11の次は、1が19個続く数が素数に、なる……)


呼吸を早めると喉に激痛が走る。語ることもできぬ喉の奥で苦痛を飲み込む。ただ1の数を数えることがこれほどに苦痛だとは。


(エイルマイル)


泥のように乱れる思考の中で、その名を想う。


(すまない、エイルマイル、君にここまでの事をさせるなんて)

(君だって誰よりもクイズを愛しているのに、クイズにその人生を捧げてきたはずなのに、こんな無体な、手段を選ばない、クイズではなく勝負だけを求めるような真似を――)




――愛です。


それはいつの光景だったか。


ユーヤはいつかの日、面談をしていた人物のことを思い出す。

それは択一クイズの王。

これと言って特徴のない、お下げ髪の女子高生。学生で王の域にまで達する人間は多くはない。事実、彼女もペーパーテストでの三択、四択問題以外ではまるで凡庸であった。しかし択一問題だけはまさに蓋世の才という言葉のごとく。この世のすべてを見通すような実力があった。七沼遊也という人物ですら、彼女の語ることが超然としすぎて理解できなかったほどに。


――愛を持ってクイズに取り組むんです。





(愛か)


背後で扉が閉まり始めている。三度数え直して、結果は19、19、18。震える視界の中では限界と判断してそのパネルを拾い、戻る。


「ユーヤ選手、正解です。そのとおり、1が19個並ぶ数は素数になるんですねえ、まったく知りませんでしたあ。証明にだいぶ時間がかかったそうですよお」


桜風七色が声を張る。もしここで誤答を掴んでいたら試合は終わっていただけに、司会者としてはわずかに安堵の色も見える。


ユーヤは東の部屋に戻り、換気口に向けて大きく口を開く。換気扇などの通気を促す機構はないようだ。換気口はやや大きく作られているものの、そこからの風の流れは緩やかで、もどかしい。


「はあっ……は、はっ……」


喉に雷鳴のような痛み。血の塊が喉を降りるのも感じる。声帯を震わそうと試みることすら恐ろしい。


(エイルマイル、コゥナ)


苦痛の海の中で、姫君たちの名を想う。


(君たちのためなら何でもできる。どんな事だってできるんだ。だから君たちが手を汚すことはないんだ)

(止めてみせる)

(君を、絶対に――)





「これは解答不能ではないのか? 素数など暗算で導くのは不可能じゃろ」


パルパシアのユギ王女が言う。足を大きく組んでいるため、もし下段の観客が背後を振り返ったならと思うと実に危うい。


「そうでもありません。ざっと計算してみましたが、31113は3で割り切れます。それと対になるような選択肢の13331は素数ではないでしょうか?」


ズシオウが膝の上で指を動かしながら言う。


「それに2223も3で割り切れますね。この2つが除外されるとして、残りのうちに一つぐらい誤答が隠れていそうですが」

「1333は素数ではない、31×43だ。対になる選択肢が素数だとすれば、1777は素数だろう」


コゥナが言う。双王が驚いた様子でそちらを見る。


「なるほど、そういえばフォゾスの教育では二桁の掛け算を暗記するのじゃったな」

「4桁までは時間をかければ答えられる。数字を覚えておいて、順番が回ってくるまでに計算すればいい。13331が素数かどうか自信がないが、正答をすべて拾えば問題が終了するルールだ、不確定なものが一つ残る分には問題ない」

「なるほどのう」

「だから、本来は1が19個並んだ数を拾うのは戦略的に間違っている……。ユーヤは知識としてあれが素数なことを知っていたようだが、あれはできるだけ最後まで残しておくべきだったのだが……」


どうも試合の展開がおかしい、と感じる。しかし神ならぬコゥナたちには、その足元で行われてることが想像もつかない。文字通りの死闘が、闇の中でおのれの脂を火にべるような、骨身を削る戦いが行われているというのに。


続いて出てくるのはゼンオウ。壁に手をつき、その顔には疲労とも摩耗とも言える色が出ている。しかしガラスの向こうの観覧席からでは、その肉体の機微までは窺えないようだ。

当のゼンオウもまた、困惑していた。


「こ、これは、一体」


体調の違和は分かるが、その原因が空気にあるなど想像もつかない。急な船酔いか、あるいは老体ゆえの何らかの身体的トラブルか、そのように認識する。

ゼンオウが、この無数のクイズをこなしてきた老獪なる王が空気の異変に気づけなかった理由。それは他の選手が見えない試合形式であったことや、その酸素減少がただちに生命に危険があるレベルまでは至っていなかったこと、あるいはこの老王をしても、予想の付きようもない戦術であることも確かである。

しかし最大の理由は、やはり判断力それ自体の低下であろう。四人が順番に答えるとはいえ、インターバルはさほど長くない、しかも己の知識を総動員したり、計算を要する問題である。ただでさえ脳を酷使せねばならぬ状況で、理外の戦術までは想像が及ばなかったというところか。


「ぐ……499、こ、これは素数、のはず」


パネルを拾い、部屋に戻る。司会者が正解を告げる。

続いて西の部屋よりエイルマイル。パネルの間を歩き回り、少し考えてから1777を拾う。

そして最後は北の部屋より睡蝶。彼女もどことなく緩慢な動きであったが、しばらく考え込み、やがて13331を拾う。


「……」


拾う瞬間、わずかに動きを止めるが、すぐに踵を返して自室へ、そして司会者が高らかに宣言する。


「そこまで! 全問正解です!! 最後は少し迷ったようでしたが、さすがですねえ、皆さん本領発揮というところかしらあ?」


(――次だ)


ユーヤは腰を下ろすこともできない、下層に呼吸不可能な空気が溜まっていた場合、即死とまでは行かずとも、昏倒する可能性は十分にある。


(次の問題で、勝負を決める)


「さあ、第四問でえす!」


残っていたパネルが鍵付きの棒によって回収され、次の八枚が撒かれる。



問題、スキピックス社の売り出している「知恵の輪シリーズ・神域」は現在6種類が発売されているが、全てにタイトルが付いている、それを次の中から選べ。


「無限の塔と縄梯子」

「ある時、星空よりすべて星の落ち」

「贅沢な貧乏人」

「けして交わらぬ親友」

「絶景」

「神さびた盾と木屑の槍」

「虹の果ての裁判官」

「想い人の眠る間に」




「スキピックス社か、パルパシアの企業じゃから我が王宮にもあるぞ、有名な品じゃな」

「うむ、すべて職人の手作り、セレノウやハイアードから高給で職人を引き抜いておるからのう。芸術的価値も高いのじゃ」


誇らしげにそう解説する双王に対して、ズシオウがやや渋面で応じる。


「知ってますよ……。一つ100万ディスケットは下らないとかいう知恵の輪でしょう。金や宝石なんかもふんだんに使って、曲がるのが怖くて解けないと評判ですよ」

「ふふん、分かっておらぬの。あの知恵の輪は男女間の贈り物として買われるのじゃ、けして別れないという象徴として、解かずに置いておくのがマナーというものよ」

「コゥナ様も噂ぐらいは聞いている。たしか「絶景」は解答不可能ではないか、と訴訟にまでなったとか」

「うむ、解答に4000万手ぐらいかかるらしいの……。まあそれもまた妙味というもので」

「あと「想い人の眠る間に」は一度解いたら全体が傷だらけになるとか……、それというのも埋め込んであるダイヤが金でできてる部分を削りまくって」

「ええい試合を見んかっ!」


「さあさあ、次の第一解答者がクジで選ばれまあす。あらあ、ラウ=カンの睡蝶さんのようですねえ。三問目に続いて最初の解答者でえす」


北の部屋にて、鉄扉が横にスライドする。


瞬間。


中から走り出すように睡蝶が出てきて、タッチダウンのような動作でパネルの一枚を拾う、そしてゴムを腰に結わえてあったかのように、飛ぶような動きで部屋に戻る。


「……あ、あらあ?」


その間、わずか1秒弱。

司会者が、この芸能界の荒波をものともしない風格を見せる歌手が、戸惑ったように口を開く。


「ええとお、い、今拾われたのは「けして交わらぬ親友」ですねえ。はい、正解でえす。いやあ、あっという間の出来事でした。これも何かの作戦なのかしらあ?」


「なんだ、今の動きは……」


コゥナが呟く。確かに何を考えてるかわからないような人物ではあるが、この勝負の場において、何の意味もない行動を取るはずがない。


「大急ぎで正解を拾うことに何の意味がある? 確かにさほど難しい問題ではないが……」


その答えを知ることができたのは、この世で一人だけ。

セレノウの衛士長、ガナシアである。


「貴様――」

「ふん、こんなところで裏工作してたネ」


その前に現れたのは、紅柄の美女、老王が言うところの「理想の人間」


睡蝶であった。



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