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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第三章  虎闘 一問多答クイズ編
52/82

52(一問多答クイズ 3)

体調不良につきしばらくお休みしていました。待っていただいてた方がもしおられましたらお詫び申し上げます。たぶん数日は毎日投稿できます。


「さあさあ、東西南北、四つのお部屋に選手たちが入られたようですよお」


桜風七色は狭い会場なこともあってか、拡声器を使わずに声を張る。さすがは王もたじろぐ大物歌手と言うべきか、柔和な笑みのままで声だけを太く伸ばす。


「北のお部屋にはラウ=カンの睡蝶スイジエ様、そこより時計回りに、ユーヤ様、ゼンオウ様、エイルマイル様が入られております。ではではあ、まず第一問の発表でえす!」


すり鉢状になった会場の中央、床であり天井でもあるガラスが冷然とその闘争を見下ろす。その脇にある扉が開かれ、八枚のパネルが投げ込まれる。


アッシュモリー

白妙山

モリブエンテ・モス

コーラムガルフ

ユムアト山

ニジアッカ

ガガナウル

エデト山


そして最後に、問題文の書かれたパネルが落ち、司会者がそれを読む。


「第一問! この八つの山のうち、標高が4000メーキを越えるものをお答えくださあい!」


「うむ、まずは簡単な問題だな、コゥナ様でも分かるぞ」


観客席の上段、貴賓客としてやや隔離されているあたりで、腕を組みながら呟くのはフォゾスの姫君。その脇にはパルパシアの双王、そしてヤオガミのズシオウがいる。その背後に、すなわち階段状になった観覧席の一番上にベニクギがいる、護衛として全員を守れる位置ということだろう。

各国のメイドや侍などは一段下の席にいた。もちろん主人を守ったり、身の回りの世話をするという体裁で同行している人々であるが、かのラウ=カンの老王が戦うとあっては、この時代、この大陸において人並みの好奇心を抑えるのは無理というものであろう。その視線はガラスに覆われた空間に注がれている。


「大陸最高峰のコーラムガルフ山、シュネス最高峰のガガナウルなどは常識として、4000メーキ以上というのが少し厄介だがな、確かニジアッカは3961メーキだ、これとエデト山は外れる、他の6つが正解か」

「そうですね、ヤオガミの白妙山も有名な山ですから簡単でしょう。標高も5500メーキ以上ありますし」

「ラウ=カンの老王の言われるとおり、長期戦になりそうじゃのう」



「おそらく、長期戦だけはありえない」


下層二階。

戦いの舞台となっている空間の外周、複雑に入り組んだ回廊を歩きつつ、そう語るのは衛士長ガナシア。

司会者の声は壁に空いた穴より響いている。船のあちこちにしつらえられた伝声管が、途中で蝋読精パラフィニアにより増幅されて、船内の数十の場所に送られている。あの空間は観賞用の生簀にも使うとのことだったが、中央の空間と、その四隅に設けられた個室という、どこかあからさまな構造。しかも個室の扉が外部から操作できる仕様とあっては、その用途も容易に想像がつく。おそらくは闘犬か闘鶏か、あるいは格闘技の興行か、そんなものが本来の姿なのだろう。


「この勝負、エイルマイル様に答えを教えてもらうとはいえ、ユーヤが何問も続けられるはずはない……」


そんなことは今さら、何をか言わんやではあるが。


「四人が一人づつパネルを拾うという方式……。そもそも、二分の一の確率でユーヤの順番がエイルマイル様より前になってしまう。誤答がマイナス三点なら、パスをするしかないはず……」


その穴が伝声管の穴であることを確認するかのように手で触れ、ガナシアはまた歩き出した。


「しかし、パスをすれば解答能力がないことを察せられかねない。というより、それ以外の解釈などできるわけがない。ではパスが本当に正しいのか……」





「さあさあ、セレノウのユーヤ選手、解答時間は一分間ですよお、早くパネルをお取りくださあい」


最初の解答者、ユーヤは八枚のパネルの前に跪き、低い角度からその文字をなめるように見ている。

その瞳は細かく動き、問題文の書かれたパネルをも経由して複雑な経路を描いている。


「あらあら、これは長考ですねえ。ではパスに関するルール説明です。選手は天井のガラスに向かって体で×の字を示すか、パネルを拾わないままに部屋に戻った場合にパスと見なされまあす」


司会者がそこまで語った時、ユーヤの背後で鉄の扉ががりがりと横にスライドを始める。開いたときと同じスピードならば、ユーヤの見立てでは締まりきるまで9秒、体がぎりぎり通るまでなら7秒というところか。


ユーヤは立ち上がり、腕でバツを作って背後の部屋に駆け込む。


「おやあ、ユーヤ選手、パスのようですねえ。マイナス1ポイントとなりまあす」


司会者は疑問と言うより、不思議なものを見るように頬に手を当てる。


「何かの作戦でしょうかあ? さてご覧のように、自分の部屋の扉は開ききってから一分を過ぎると自動で締まり始めまあす。もちろん人が動かしてますから、体を挟んだりはしませんが、十分に気をつけてくださあい。もし試合場に取り残されてしまった場合は反則負けとなりまあす。まあ、そんな方はいないと思いますけどねえ」


司会者の声は選手たちには届かないが、ルールについては事前に打ち合わせているはずである。だからパスの意味も分かっているはずだが、と、この大物歌手は首をひねる。


観客席の上部、数十の雑多な妖精によって作られる得点表示盤に、それぞれの持ち点が示されている。ユーヤのポイントは、一つ減って4に。


「ユーヤ様は、おそらく最初のパネルは取らないはず」


自らの個室で、両手の指を組み合わせるのはエイルマイル。


このうら若き姫君はひどく落ち着いた様子だった。聖堂の奥に佇む聖母像のように動かず。じっと鉄扉を見つめている。選手に把握できるのは、自分の扉が空いた時の場の状況だけである。今は問題も、選択肢も、それどころか最初に誰が解答するのかもわからない。残っているパネルの枚数、得点状況などを常に確認しておくべきだろう、と心に刻む。


「ユーヤ様、今ならば私は貴方のお心が理解できます。すべてはこの時、このパネルを取り合うという試合形式に持ち込むための企みだったのですね」


あの時。

睡蝶の体に妖精を貼り付けたと偽り、その起動の言葉を叫ぼうとすることで喉を潰させる。

それは、つまりはカンニングのため。

二人一組でクイズに挑む場合、解答形式は口頭よりも、筆記や選択式のほうがずっとヒントが出しやすい。しかもこの形式、ユーヤがこの勝負形式を知っていたはずはないが、まさに理想的だとエイルマイルは思う。先に解答するものが、試合場にいくらでもヒントを残せる。それは例えばパネルに残されたわずかな土、靴の踏み跡としか思えぬほど微細な文字や記号、あるいは悩んでいるふりをしてパネルの位置を変える、パネル同士を重ねる、向きを変える。

そして自分のそんなヒントを、ユーヤならば必ず見つけるだろう。いかに自然に、しかしユーヤに分かる形でヒントを残すか、あらゆる考えが泉のように湧き出してくる。今まで見たこともない世界を開くような心の震え。まったく未知の国に迷い込んだ旅人が、目に映る全てが自分に示唆を与えてくれるように見える、そんな劇的なまでのひらめきの洪水。


各人に与えられた個室はごく小さい。数値で言うなら3メーキ四方、縦2メーキ弱ほどに過ぎない空間である。四畳半の部屋よりもやや広い程度か。内部は一脚の金属製の椅子があるのみで、王族に対する最低限の調度からも程遠い。何しろ出入り口すらも一つしか無い。四人の選手の出入りは、あの試合場中央のガラスを跳ね上げて行われたのだ。


その中央で、エイルマイルはじっと考え続けている。


「この勝負だけは、ユーヤ様に答えを得るすべはないはず。これは技術だけで解くことのできた、いつぞやの三択早押しクイズとも、急ごしらえの暗記ができたイントロクイズとも違う。ユーヤ様がこの世界で初めて挑む、本当の知識の試練なのですから」


目の前の扉が開く。

残っているパネルは七枚。上を振り仰げば得点状況が示されている。ユーヤのみ4点で、他は5点。


(……得点状況から考えれば、今回のスタートはユーヤ様。残りのパネルのうち、正答は5つ)


パネルを一瞥する、エイルマイルにとっては鎧袖一触の問題である。


(私のすべきことは……)


エイルマイルはパネルの一枚にかがみ込み、何枚かのパネルにぺたぺたと触る。そのうち一枚に、手の中に隠した油駄鹿ヒラルジの香料をさっと塗る。そして別の一枚を取り。踵を返して西の部屋へ。戦士たちには聞こえぬ声で頭上の司会者が言う。


「エイルマイル様、正解。あっさりとした解答ですわあ。姉上のアイルフィル様は私もファンでした。あの凛々しさと気高さが蘇ったかのようです」





そして問題は進み。


再び、エイルマイルの前の扉が開かれる。

目の前にあるパネルは、四枚。


すなわち、前回に扉が開いたときから、三枚しか減っていない。


「――!」


真上を見る。


エイルマイル:5点

睡蝶:5点

ユーヤ:3点

ゼンオウ:5点


「……この得点状況は」


ユーヤが、二度目もパスしている。


(なぜ? なぜパネルを拾わなかったのです……?)


そして気付く。足元のパネルの何枚か、何か違和感を覚える。


「……これは」


己が目印を塗ったパネル、それ以外の数枚に、違和感がある。その正体に、エイルマイルの背筋に戦慄が走る。


(……まさかこれは、人間の尿)


ごく少量、しかし淡い臭いである油駄鹿ヒラルジの香料をごまかすには十分。


(順番から考えて、これをやったのは睡蝶)


扉が開いているのは一分弱、その間に香料による印づけを見抜き、それを隠すような行動をやってのけたというのか。この衆人環視の中でどうやって、と思いかけるが、問題はそのようなことではないと思考の方向を変える。


(……では、この匂いでマークを付ける手法はもう使えない。……いえ、それよりも、もっと重大なことが)


この問題、クイズ戦士を試すものとしては簡単すぎる。この状況で不正を妨害されたということは。そしてユーヤが答えられなかった状況を加味すれば。


(……見抜かれた可能性がある、ユーヤ様に、クイズができないこと)





「第一問、終了です」


びい、というブザーのような音が響く。特別大きな音を出せるふいご式のラッパであるが。これは船の構造体自体をびりびりと震わせ、下層にいる四人の選手にも届いた。

中央のガラス脇の給餌窓が開かれ、尖端に鈎のついた棒が差し込まれる。それを残ったパネル、そして問題文の書かれたパネルに引っ掛け、器用に上に引き上げてゆく。


「ユーヤはどうしたのだ、なぜ一問も答えない……」


コゥナが不安げに言う。


「分かりません……桜風七色も言ってましたが、何かの作戦なんでしょうか」


ズシオウも首をかしげるばかりである。ユーヤの不可思議な行動などズシオウはさんざん見せられてきたが、答えられるはずの問題を答えない、というのはおよそ物の道理、この世の理を越えている。


「第一問が終わったか」


ブザーのような音だけを認識し、下層にいるガナシアが歩を早める。


「急がなければ……」




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