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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第一章  死闘 早押しクイズ編
5/82

5



「それは、できません……」

「……」

「少なくとも、それを断る正当な理由を、他のお歴々の前で述べられるような理由を見つけられません。それは我が国の沽券に関わること、という理由もありますが、妖精王グラニムと古き七王との契約に反することなのです。これまで百回以上も行われてきたクイズ大会で、一国の意思だけで要求が拒否されたことは一度もないのです。もちろん、このティターニアガーフの本来の用途が秘密である、ということはありますが、今回のことは……」

「わかった」


ユーヤがあまりにもあっさりとそう言ったので、エイルマイルは一度、「え?」という表情になって顔を上げる。


「つまり、その妖精の鏡とやらの本来の用途は公表できない、ハイアードが求めてくるであろう、鏡の貸与も拒否できない、そうだな?」

「そ、そうです」

「その国家としての誇り、クイズに国宝を賭けることも辞さないという覚悟があるなら、僕がどうこう言うことじゃない。この世界の人々が、それだけこのクイズ大会を尊重していることの証なんだろう。要はクイズ大会で優勝すればいいんだろ?」

「で、できるのですか?」

「……いや、ちょっと待ってくれ、何か話が大きくそれてしまったが、まだハイアードについての説明を聞き終わってなかった」


一呼吸置き、ガナシアの方を見て話を続ける。


「ジウ王子の得意ジャンルは?」

「得手不得手はほとんど無いが、強いて言えば難問に強い。書き問題において無類の強さを持つ」とガナシア。

「難問……ペーパークイズに強いタイプだな。経歴からすると進学校のクイズ研出身って感じだが、だとすると意外とオタ系ジャンルに弱いはず。芸能や音楽はどうだ? それに雑学。そもそも芸能がどれぐらい一般的なジャンルか知らないが」

「芸能とイントロクイズにおいてはパルパシア双兎国が無敵の強さを誇るが、雑学ならハイアードが一位と言っていいと思う」


ガナシアの説明にエイルマイルがうなずき、そのことについて補足する。


「パルパシアは芸能と音楽の国ですから……。それに、文学歴史においてもラウ=カン伏虎国のゼンオウ様には及ばないと思います。あの方は自身も学者であり、大陸最大の大学の学長も務めておられるのです」


エイルマイルの彫像のような面立ちが、テーブルに反射された柔らかな光の中で陰影を濃くしている。


「なるほど、その2つの国についても後でじっくり聞くけど、要するに全てのジャンルで一位を取るほどではないってことか」


テーブルには様々な映像が映し出されている。大河を挟んで存在する2つの街、王冠を被った双子の女性、組み石の壁と赤い屋根の並ぶエスニックな印象の町並み、おそろしく高齢に思える深い皺の老人、そんなものが大陸の地図を挟んで切り替わっていく。


「あとはシュネス赤蛇国、フォゾス白猿国、群狼国ヤオガミですが、この三ヵ国は正直なところ、あまり成績優秀とは言えません。ここ百数十年に及ぶクイズ大会の歴史の中で、この三国の優勝は合わせて10回にもなりませんので……」

「優秀な王子ないし王女が生まれたとかの噂は? それとも今年いきなり、とんでもない天才の副官を連れてくるという可能性も」

「いえ、そのような噂は聞き及びません……。おそらく去年と同じ方々が出ると思います」

「わかった、その三国についてはとりあえず考えから外すとして、芸能と音楽のパルパシア、文学と歴史のラウ=カンか……」


ユーヤは口の中で何かをずっと呟いている。エイルマイルは小首をかしげ、話を続ける。


妖精王祭儀ディノ・グラムニアのクイズ大会では様々なジャンルと形式のクイズが出題されますが、イントロクイズは二年に一度というところでしょうか。対してパネルクイズはほぼ確実に行われます」


映像が映る、それを見たユーヤは、思わずつんのめってテーブルに顎をうちそうになった。

10から50までの数が書かれたパネルが宙に吊り下がり、その上には「文学・歴史」「芸能」「グルメ」などの項目が見える。これはユーヤも何度となく見た、クイズ番組の王道にしてド定番、あのパネルクイズそのものではないか。


「10点や20点は早押しですが、30点以降は全員参加の書き問題が混ざっています、これが重要なのです」

「あー……うん。つまりアレだろ……、全員参加の書き問題だったり、50点のパネルの超難問を、ジウ王子がごっそり奪っていくと」

「そうなのです、大会の序盤に行われるバラエティ問題……。シルエットクイズや箱の中身は何だろなクイズなど、運や直感の要素が強い問題でリードを得ても、この最後のパネルクイズで逆転を許してしまうのです」

「……そ、そう」


例えば、真剣さという名の大きな袋があり、エイルマイルたちが顔を赤くしてそこに様々なものを詰め込んでいるのだが、それはキリンだったり街路樹だったりするので、袋に入りきれずに口から思い切りはみ出してるような、そんな例えが連想される。

それとも自動翻訳のために、ユーヤにとって馴染みの深いテレビ業界の言い方に聞こえているのだろうか。召喚されたときに身についたとおぼしき自動翻訳だが、それはもはや無意識レベルで行われている。ユーヤとしては自分が何語を話しているのかという意識すらない。


「そういえば、この世界には言語は一つだけなのか?」

「百年ほど前までは、七つの国にそれぞれ固有の言語がありました。少数民族が使う素朴な言葉なども……ですが、今はほとんどの人々が共通語を使っていますし、共通語はもともとハイアードの言語ですので、この街で異国の言語を聞くことはほぼありませんね」

「そうなのか」


ユーヤは先ほどの早押しクイズを思い出す。ざら塩、反り塩、レーヴェンソルトがどうのこうの、という問題があったが、3つ目だけなぜソルトと聞こえたのか、それは、その名詞が共通語の語彙ではないからだろう。

おそらく各国に固有の言語というのは、現在では名詞の語源や歴史の中にその姿を留め、それがクイズで言うと英語やドイツ語のように機能していると思われる。


例として。


問、棍棒、大きめのジョッキ、海賊旗などの意味もある、カードゲームの名前になっている言葉は? 

解、ブラックジャック


問、山に登ったときなどに叫ぶヤッホーの掛け声、もともとは何語?

解、ドイツ語


という具合である。クイズのジャンルで言うと語源問題と言われる。この世界にも変わらず存在しているようだ。


「他に……出題されそうな主な形式を言ってくれないか」

「そうですね……バラマキクイズ、○×クイズ、この人は誰クイズ、ランニングクイズ、アップダウンクイズ、一問多答クイズ、アベッククイズ、動体視力クイズ、早食いクイズ、その他にも大会のたびに新たなクイズが考案されていまして……」

「……これ、壮大な番組の撮影とか、そーゆーのじゃないんだよな……?」

「はい……?」

「い、いや、いい……とにかく大体は分かった。それで、あと四日か……何とかするしかないな……」


言われて、エイルマイルはつと虚を突かれたような表情になる。

そのペンダントはすでに降ろされており、遮光幕の隙間より差す最低限の明かりの中で、ユーヤの面相は伺えない。


「というと……すでに、どのようなクイズにも答えられる自信が」

「あるわけないだろ、この世界の知識なんか何一つないんだ。仮にこれから勉強するとしても、四日ぐらいの付け焼き刃で知識を詰め込んでも無駄だよ」

「え――」

「そ、そんな馬鹿な! さっきの決闘では答えていただろう!!」


その発言にガナシアが声を上げる。すでにメイドたちは食堂を退避していたが、この場にいたならびくりと体を強張らせた事だろう。

エイルマイルは、どのように問いかけるべきか迷うように視線を彷徨わせてから、やや強めの口調で言う。暗がりの中でユーヤの腕を掴む。


「で、ですがユーヤ様、私も見ておりました、先ほどの決闘での見事な解答ぶり――」

「あれは一種のテクニックだ、全部のクイズに応用できるわけじゃない」

「???」


混乱と困惑、その大きな目をくるくると変化させて動揺するエイルマイルに、ユーヤは仕方がない、という風情で説明を始める。


「最初の問題、愛、憧れ、疲労、化学の……とまで読まれた部分で僕が押した」

「た、たしか、そうだった」


ガナシアも思い出しながらつぶやく。


「この場合、疲労が明らかに浮いている。愛と憧れがペアになる言葉で、そしてどちらかといえば、憧れは愛の「従」になっている。つまり、まず愛という答えがあって、そこから連想して憧れという選択肢を作った、そして誤答用として疲労を添えた、という印象があるんだ」

「……え?」

「もっと言うなら、化学用語なら化合、攪拌、混合などの概念において愛のつく用語があっても不思議じゃない。それに華々しいイベントの第一問として、愛という答えは面白い」

「そ――」


ガナシアが、目を見開きながらのけぞり、数歩後退する。


そんなことで・・・・・・!?」

「そうだ、お手つきは一回休みという軽いペナルティだったからな、それに第一問でハッタリを効かせておきたかった。もちろん運に頼っている部分はかなり大きい。それは正直に認める」

「だ、だが、運任せと言うには、二問目は比較的ゆっくり答えていたはずだ……」

「ああ、ざら塩、反り塩、レーヴェンソルトだったか、あれは根拠がほとんどなかった。その形に特徴があり、と続いたから、反り塩かとも思った。だが、ガナシア、君だ」

「え――」

「君が問題文の「ハリキュール地方の名産で――」とまで言われたときに「押そうとした」。それなら、おそらくは名産品、名産品にざら塩とか反り塩という素朴な名前は考えにくい、その程度の理由だった」

「わ、私が、「押そうとしたから」だと!?」

「そうだ、もう少し言うと反り塩が答えの場合、形に特徴があるというのはもはや答えそのものだ。その後に問題文が続くのは少し不自然。もし反り塩が答えだったなら、「ハリキュール地方の名産であり、その形の特徴で知られる」と、語順が逆になるはずだ。こういう判断から反り塩は確率が低いと思われた」

「ん? んん……?」


異世界の知識があると逆に複雑に感じるのか、そもそもクイズを文脈で早解きするという概念がないのか、ユーヤの説明はガナシアたちにうまく浸透していかないようだった。異世界人はその反応は無視して、話を三問目に進める。


「特に三問目はガナシアの動きが全てだった。黄金文書、青銅文書、白銀――まで読まれたところで、君が押そうとしたから僕が先んじて押した」

「――!」


その時の記憶が、ガナシアの脳裏に蘇る。

たしかにあの一瞬、紙一重の差でガナシアも押していた。火花が散るより、風船が弾けるよりも短い一瞬の差ではあるが。


「3つ目はおそらく白銀文書とでも続いたんだろうが、あれはおそらく「本当にあるのはどれ」という問題だ。選択肢だけを提示された状態で当てられるなら、そのパターンの可能性が高い。実際にあるのは青銅文書だけなんだろう。君は青銅文書まで聞いた時点でそれに気づいた、だから答えは青銅文書だと分かるんだ」

「なっ……」


ユーヤは、ガナシアの目を見据えて続ける。


「だが、もし相手がクイズの達人なら、青銅、の部分で押してるだろう」

「うっ……」

「だから僕は少し悩んだ。問題文が白銀、まで聞こえていたから、もしかして答えは白銀文書かも知れないと。だが、あのとき観客の盛り上がりが凄くて、君は問題文をじっくり聞こうと耳をそばだてていた。だから早押しが少し遅れるだろうと踏んで、青銅文書と答えた――」

「ま、待って下さい」


エイルマイルが声を上げる。


「ゆ、ユーヤ様、ずっと見ておりましたが、ガナシアのほうはほとんど見ていなかったはずです。ボタンを押すような微細な動作を、どうやって」

「見てたよ。顔を伏せてただろ、周辺視野を使ってずっと見ていた。というより僕はガナシアの方しか・・・・・・・・見ていない・・・・・。彼女はボタンを押すときの予備動作が大きい、だから分かりやすかった」

「そ、そんなことが」

「これもクイズだ」


ユーヤが、その言葉を釘に変えて体に押し込むかのように宣言する。


「早押しクイズにおいて最も重要なのは、答えを考えることじゃない、相手より早く押すことだ。もっともこんな小細工が通じるのは、問題の形式が特殊だったからだが」

「そ、そんな――」


エイルマイルは混乱の極みにあった。

いまユーヤの語ったこと、すべての理屈をすんなりと理解できたわけではないが、確かに神業である。

だが結局、ユーヤにはやはりこの世界のクイズは解けない、という告白でもある。


エイルマイルの理解を超えた力に対する驚嘆、それは彼女の思うような力ではなかったという失意、それがほぼ均等に交わって白黒の渦となっていた。

彼女はユーヤを称賛すればいいのか、それとも否定すべきなのか分からなかった。その存在が肥大し、七本の腕を持つ怪物に変じるかに思えた。

ユーヤはそれを見て、眉根にわずかに歪みを見せる。


それは一秒の何分の一か。刹那の間、感情の表層に浮かぶ色。


それは一言で言えば諦念に近い表情だった。自分の言葉が受け入れられていないことを確認するような、あるいは受け入れられるとは最初から思っていなかったではないかと自戒するような表情。それはすぐに目の奥に隠れてしまう。そのような感情のコントロールも何度も経験していると言うかのように。

一旦、話題を変える必要があった。ユーヤはそこで、ぽんと手を打ってから言う。


「そういえば映像を残せる妖精もいるとか、メイドさんたちが言ってたな」

「――あ、ええ、藍映精インディジニアですね。ジウ王子の試合をご覧になりますか?」

「できるなら頼むよ」


ガナシアが一度食堂の扉を開き、顔だけを出してメイドを呼ぶ。それはすぐに来た。


「姫さま、こちらなのでぇす」


メイドの手に載せられているのは銀の盆。周囲ではメイドたちが動き回り、邪魔になりそうな椅子や花瓶を片付けている。この大使館でのメイドの手際は芸術の域だな、とユーヤは思う。

盆に乗っているのは他の妖精よりやや大きい、両の手に収まるほどの妖精だった。全身が深い藍色であり、額の部分に3つめの目がある。


そして妖精は箱のようなものに座っていた。透明な立方体だが、銀の光沢がある。表面には細かい筋状の模様がびっしりと刻まれている。


「この箱のようなものは?」

「はい、記録体です。ガラスの立方体に銀メッキして作られています。藍映精インディジニアは座ることで記録体に映像を記し、また再生もできるのです」

「わかった、とりあえず写してくれ」

「はい、これは昨年の妖精王祭儀ディノ・グラムニアのある試合の映像ですね。足元に気をつけて下さい」

「ん?」


それはいきなり始まった。


周囲の景色が吹き飛び、空間が光で満たされる。椅子やテーブルはおろか、屋根や床さえも消し飛び、その場の全員が空中に投げ出される。


「うおっ――!」


視界に蒼が飛び込む。一瞬だけ重力を見失い、天と地の狭間で視界が回転する。

わずかに重心が沈み、膝のクッションで床があることを理解する。天には雲ひとつない蒼穹。眼下には紺碧の海。とてつもない広さの三次元的空間を脳がゆっくりと認識する。


(こりゃすごい……。全方位の立体映像にVRってことか? しかし、テーブルや椅子も消えていない。見えないだけで存在している。あの妖精から見て影になる部分にもまんべんなく映像を投射してるのか?)


ユーヤは手を額の上にかざす。中天には白く輝く陽光。時間も空間も飛び越えた非現実の世界である、頬を打つ風はなく、空気の温度も変わりはない視覚だけの変化ではあるが、太陽だけが揺らがない。己こそが世界の中心であり起点であると。この風景こそが現実なのだと押し付けてくるかのようだった。



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