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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第三章  虎闘 一問多答クイズ編
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「撃ち抜く!」


ガナシアの体がその場から消失、次の瞬間には眼前の人形がわずかに浮き上がり、体重を乗せた槍が胸の中央に食い込んでいる。爪先を支点に体を反転。人形の腕が振られる前に右方に投げ飛ばす。そして背後に強烈な回し蹴り、体勢を崩す別の一体に飛びかかり、脳天に槍を振り下ろす。


肩と篭手、飾り布で覆われてはいるが、その部分の鎧は厚手になっている。体の側面に盾を作り、槍の穂先に突貫の意思を乗せて加速する。


ガナシアの槍術、それは体重を乗せた短い突撃にある。狙いを定めるように一瞬だけ静止し、相手の動作に先んじて突撃をかける、そして一撃を食らわせると同時に投げ飛ばすか、蹴り飛ばして制圧する。その武技を支えるのは脚力である。踏み込む寸前の静止の際、体の中だけで体重移動を行い、全体重を踏み足に乗せ、足元が爆発するような加速。そしてまた一体を射止める。他の人形がついてこれないほど早く、また迎撃も防御も不可能な突進で包囲の輪を崩している。


「く、しかしこの数、上はともかく、下はベニクギどの一人では守りきれぬ、どうしてもどこかから侵入されてしまう」


頭上は既に闇夜の刻限である。そこに一体いくつの気球が浮かんでいるのか、人形をどれほどの数だけ落としているのか想像もできない。


「いよいよ実力行使で来たか、ハイアード」


そしてガナシアは、戦慄も感じている。

百数十年の間、平和が守られていた大陸に、このような暴挙が起きていることを


「これもお前の予想通りだ、ユーヤよ」


ガナシアは屋上の上を疾駆し、不定形の想念をうち払うかのように槍を突き出す。


「こんな異様な企みすら、お前の世界では想定されうることだというのか――」





「ほう、ハイアードの奇襲か。周囲の海には待機しておる職員もいるというのに、目立つことを」


老王はぎしりと背もたれに体重を預け、そう呟く。

さほど焦っておらぬ様子に、怪訝な目をするのはコゥナである。


「ゼンオウどの、よいのか? 我々全員殺されるやも知れぬぞ」

「ふむ、打ち下ろしておるのは石霊精アスガリアの兵だろうな。数は多いようだが、とはいえ武勇に名高いセレノウのガナシア殿、それにロニであるベニクギ殿が警護についてくださっておる、しばらく待てば処理できるだろう。睡蝶スイジエ、お前も行ってやるといい」

「はいネ」

「四の扉から行くと良い」

「わかりましたネ」


睡蝶はそっと席を立ち、八角形の卓を回り込んで、ユギ王女の後ろから出ていく。


「三人じゃ不安だな、コゥナも行ってあげてくれないか」

「む、わかったぞ」

「気をつけてくれ、無理だけはしないように」

「子供扱いするな」


ぷいとユーヤに背を向けて、コゥナも部屋を出ていく。


「さて、では非戦闘員は下層に退避するか。こちらの扉を出て、右へ行けば甲板下の三層に出られる。そこは万が一、船が悪漢どもに乗っ取られた際の避難区画になっておるのだ。さあお歴々、こちらに参られよ」


ゼンオウが言い、全員を眺め渡してから扉をくぐる。その様子にはどこか浮かれたような、事態を面白がっているような節があった。


「余裕があるんだな」

「くっく、長く生きておれば、この程度の騒乱には出会うものだ」


ゼンオウは分厚いマントの内側で身をゆすらせる、その公称年齢からは考えられないほど矍鑠たる歩みである。

途中、壁に掛けられていたカンテラを外して捧げ持つ。その光はミルクのように淡く豊かで、廊下の奥までも照らし出していた。ほどなく廊下は緩やかな坂道となり、さざ波が遠くなるかに思える。第三層は喫水線より下なのだろう。


「あの睡蝶という子は何者なんだ? クイズ戦士のようだが」

「ほう……貴殿はセレノウのユーヤどのであったな、なぜクイズ戦士だと分かった?」

「たくさんのクイズ王を見てきたからね……」


その発言に、背後についていた双王が首をひねる。


「ユーヤよ、あの紅柄ファンガンの女……いや、睡蝶どのがクイズ王に見えるというのか?」

「いや見えない」


背後でずっこける気配がする。


「クイズ戦士に見えるのは貴方だ、ゼンオウ」

「ほう、儂か」

「クイズ王の中でも高齢な人物は、異様に若い雰囲気なことが多かった。それはもちろん、脳が若くなければクイズができないということもあるが、おそらく好きなことだけに熱中しているからだと思う。己の興味だけを追い求めている人はいつも気が張っているし、ストレスもないから老いないんだ」

「それが睡蝶にどう繋がる?」

「つまり、あなたもクイズにしか興味がないということだ。ただ若いだけや、美しいだけで妻を選ぶとは思えない。あの子にも相応のクイズの実力があるはずだ、それに」

「それに?」

「あの容姿で、王の后で、クイズができなければどんな陰口を叩かれるか」


そう言うと、ゼンオウはふと虚を突かれた顔になって。

次の瞬間、全身を揺すって豪放に笑った。


「あれはな、儂の理想なのだよ」


ひとしきり笑った後、そんな事を言う。


「理想?」

「左様、あれの母親は生まれついての本の虫であった。あらゆる本を読み漁り、そのことごとくを暗記する博覧強記の者。それはもう鼠の大群か、海ごと食らう鯨かと形容されるほどだった。シュテン大学で二度は現れぬであろう才女と言われ、いずれは儂の副官として、クイズ大会に出ることになると思っておったが」

「が? 何かあったのか?」

「あれの母親は貪欲が過ぎたのよ。あろうことか儂の居城、朱角典城に忍び込み、地下の書庫から数多くの発禁本、秘されし大乱期の歴史書、表に出せぬ汚れた資料まで全てを読み漁ったのだよ。擁護しておくならば、あやつ自身は国家の秘密を盗もうなどとは思っておらなんだ。ただ誰の目にも触れぬ書物が、水底みなそこに沈む壺のように死蔵されていることに我慢がならなかったと、そのように言った。あやつは罰を受けたが、そののち、儂の妻になりたいと言ってきたのだ」

「妻? いま話してるのは睡蝶の母親の話だろう?」

「相違ない。あやつは我の妻となり、儂の吾子を孕むと申し出たのだ」


「な、なんですか? その話……?」


ズシオウが、怪談話を聞くような顔をしている。

あるいはそれよりも空恐ろしい話に思える。ではこのゼンオウは、自分の娘を妻にしたというのか。


「儂には世の通俗なる倫理観など意味を持たぬが、いちおう言っておくならば儂と睡蝶の間に関係はない。ただ公的にはあやつの父親は秘されておるからな、囚人の娘という体裁ではクイズ大会に連れて行くのも簡単ではない。手元に置いておくことも考え、妻とするのが都合が良かった。あれの母親の読みどおり、あの娘は母親に輪をかけて才に溢れておったよ。あの年で、すでに儂が極め尽くした学問を全て習熟した。かの七十七書に始まり、各国の歴史と文学、あらゆる自然科学、数学や医学、詩作や音楽、そして武術までもだ」

「……」


ゼンオウはどこか嬉しそうに、というよりもはっきりと自慢げに話している。双王はと言うと、そのような数奇な人生はむしろ好物だ、変わり者だけが友達だというように、双子同士で顔を見合わせながら感想を述べる。


「壮絶な話じゃのう」

「まあシュテン大学で天才と呼ばれる連中は、いろいろ変人ぞろいとは聞くがのう」


「待ってください」


背後、最後尾を歩いていたエイルマイルが全員に言う。


「どうした?」

「後ろから何か来ます」


狭い通路で全員が振り向けば、廊下の遥か奥に黒い人影。

目も鼻もない黒一色ののっぺりとした人間が、手足を壁にこすりつけるように歩いている。光のある場所ではその体は一層不気味に見える。それは王の一行に気づいたようで、目も鼻もない顔がぎしりと回転する。


石霊精アスガリアの人形……。アスファルトか何かだと思います」

「ふむ、ユーヤよ、ここは我ら双王にまかせよ」


蒼と翠の双子が言う。蒼のほうのユギ王女が前に出て、髪に指を差し入れ、そこから筒のようなものを取り出す。どこかシャンプーのCMのような動作なのは、むろん何度も動きを検討しているからだろう。

筒の中身を言うならば、それは蜂蜜の封入された試験管のような筒、口を紙で塞いでいる。そして同じく髪の中から取り出されるのは、忍者の使うマキビシのような、四方八方に枝を伸ばした緑色の石である。紙を突き破り、その物体を筒の中に入れる。そして黒い人影に向かって放る。


「槍となれ!」


言葉と同時に爆発。マキビシ状の物体が形状を保ったまま瞬時に膨張し、四方八方に槍を伸ばした物体となって人形を貫き、壁を貫き、天井と床を貫いて黒い人形をその場に縫い止める。

爆発と思われたのは空気の膨張と、枝が伸長する勢いで壁や天井の破片が爆散する音だった。


「見たか。翠想巨精エスメディアじゃ」


巨大なマキビシに貫かれた人形はバタバタと手足を動かすが、食い込んだ棘は天井まで貫通しており微動だにしない。

ユギ王女とユゼ王女が扇子で口元を隠しつつ、目を三角にして自慢げに言う。


「一定以上の大きさのエメラルドで呼び出せる妖精じゃ。あらかじめ一定の形にカットしたエメラルドを一時間だけ巨大化させるのじゃ!」

「値段でいうと500万ディスケットほどかのう。様々な形にカットしたエメラルドを髪に仕込んでおる。携帯できる武器にも、トラップにもなる優れものじゃぞ」

「これは凄い。500万ってことは20カラット以上ってとこかな、太っ腹だな」

「くくく、我らパルパシアの財力あっての技じゃのう。小国には真似できまい」

「で、通路が完全に塞がったけど、戻る時どうするんだ?」


ぴし


双王が石化する。


「……ここは船の下層に向かう通路だぞ。他の通路がなかったらどうするんだ」

「きょ、巨大化したエメラルドは一時間後に消える……」

「というか君ら、ここが船の外周部分か、最下層だったらどうするんだ、突き破った壁から水が入ってきたら」

「……そ、それは、ええと」


がし、

そのボリュームのある髪をユーヤの両手が掴み、そのままわしゃわしゃとかき回す。


「あああああ」

「不用意に危ないことするんじゃない! というか君らのそのバブリーな戦い方は何なんだ! もっと安く作れる爆発物でも罠でも何でもあるだろ!!」

「あああ髪はやめて髪はあああ、セットに時間かかるんじゃあああああ」

「まったく」


ぽいとその体を放り出し、ユーヤは億劫そうに言う。


「さ、行こう」



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