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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第三章  虎闘 一問多答クイズ編
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夕刻。


七日と七晩を騒ぎ続けるという大陸最大の祭り、それを初めて見たものがいたならば、その半ばを過ぎた時期、熱狂がさらにその深みを増すことに驚愕することだろう。幾日も踊り明かした足は棒のように強張り、叫び続けた喉は灰をまぶしたように枯れている。ある者は数日の眠らずの日々を過ごし、ある者は大樽を満たしていた酒を飲み尽くして、それでもなお、さらに祭りに耽溺することをやめない。寿命が10日しかない生き物のように、この数日の間に全ての生命力を燃やし尽くすかのように。


むろん、都市を回すために、日々と変わらぬ仕事を務めるものは大勢いる。あるいは祭りに関心のない者もいるだろう、それは間違いないはずだが、本当に朝から晩まで笑い声と歓声のざわめきが続いている。享楽のための催しだけでなく、何かしらの展覧会、誰かの授与式もどさくさ紛れのように行われ、さらに言うなら結婚式を挙げるカップルなどは数百に及ぶという。酔いどれは道の端に積もるように増えていき、路地では喧嘩なども起きている。病院に担ぎ込まれる人間も後を絶たない。この人口数百万に及ぶ大都市の、さらに倍する人口が押し寄せているという事情もあるが、やはりこの妖精王祭儀ディノ・グラムニアだけは特別なのだと、戦乱の遠くなった世界で唯一の熱狂すべき事件なのだと示すかのように、人々は飲み、食らい、もはや思考の回らぬ頭でクイズに明け暮れる。


そして貴族や王族、あるいは豪商など特権階級の人々も祭りに熱狂するのは変わらないが、特に夜ともなれば、やはり市民の祭りに飛び込んでいくというわけにも行かなかった。ある時は宮廷で、公館街で、ともかくも市街地から離れた場所で、富める人々だけの完全なる空間を作りあげる。


ハイアードキールの港より1ダムミーキほど。


遠く街の灯が波間にかすみ、夕映えの赤が祭りの赤に塗り替えられようとする眺めの中で、一隻の異様なものが海上を漂う。

それは船のようだったが、その巨大さは特筆すべきであった。

ガレー船をそのまま肥大化させたような木の葉型の船体は、全長120ミーキ。幅は40ミーキ。もし夕映えの海にその船影を見たなら、造船デッキが港からちぎれて漂いだしたのかと思う眺めであろう。運動場ほどの広さがある甲板には四角い箱型の建造物がそびえている。集合住宅のような七層の構造物は無数の角灯で飾られ、さらに全体に巻き付くような長大な木彫りの龍がのたうち、花や動物などを描いた布飾りで装飾されている。それは祭りの装飾であった。


「かなりの巨大さでござるな……。ヤオガミで最大の船の何倍も……」

火龍船ホアロンチュアンは海上のホテルとして建造されたと聞いているが、近年はゼンオウどのの所有物となっている。おもに夜会に使ったり、外遊時の宿泊に利用しているようだ」


その七層の建造物の屋上で、ベニクギが独り言のように問う、それに何となく応じるのはガナシアである。


周囲に小舟が散らばっている。わずかな光を掲げ、百メーキほどの距離をおいて散在している。そこに乗っているのはこの船の本来の船員たちである。

今、この巨大船は最低限の人員すら乗っていない。上級船員や水夫、料理人など根こそぎの全員、さらにフォゾスのマルタート大臣、ヤオガミの若い侍、パルパシアの宮廷詰めメイドなど、側仕えの者たちもすべて小舟で退避している。


「錨泊してるとは言え、航海士や船長まで降ろしてしまうのは心配でもござるが」

「仕方ない。わずか一時間ほどのことだ。鏡についての話は誰にも聞かれるわけにはいかない……人気のない場所で会談を持ちたい、というのがこちらの要望だったが、海の上ならば十分だろう」


ベニクギとガナシア、この二人の戦士は構造物の屋上にあって、背中合わせに構えていた。周囲の海を見張り、何にともなく警戒している。


「交渉は上手くいくでござろうか……」

「ユーヤの奇抜な作戦はもう何度目かのことだが、今回ばかりは説明されてもまったく理解できなかった……。色々なケースを想定しているようだったが、途中から頭が混乱してきて……。ともかく我々は、ここをしっかりと守ればいいらしいが」

「ヤオガミとしては、ユーヤどのに乗ると決めた以上、信頼するしかあるまい、という所存にござる」

「少なくともハイアードへの反対票だけ獲得できれば十分なのだが」

「しかしユーヤどのの予言めいた指示、どこまで本気で言っていたのか」


それは何かを話し合っているようで、実のところ会話としてはどこにも帰結しない、独り言の応酬のような光景だった。この高名な二人の武人であっても、そうして意味のない会話を交わさなければ不安だ、とでも形容されそうな眺めである。

クイズ戦士であると同時に、武人としても名を馳せる二人ではあるが、背中合わせに立つとその印象はだいぶ異なる。ガナシアのほうが拳ひとつ分ほど背が高く、鎧を加味しても一回りほど大きく見える。対してベニクギは腰と腕が細く見え、背中に垂らした髪と合わせて柳の枝のような印象がある。ガナシアが獅子ならベニクギは豹というところか。


「……ときにガナシアどの。去年も聞いたでござるが」

「? 何か?」

「……いったい何メーキあるでござるか?」

「……1.05メーキほどだ」





船内に目を移せば、そこも人の気配はない。本来ならば祭りの時期、大勢の賓客を招いて宴に明け暮れているであろう大広間は静寂が埋めている。ただ一箇所、下層の奥深くにある八角形の宴席を除けば。


その部屋にはラウ=カンで高貴な色とされる紅色がふんだんに使われている。八角形の大きな卓、周囲に並ぶ柱、壁面を飾る花までも何かの執着のように朱い。部屋には八面の壁があり、それぞれに小さめの扉がついている。テーブルも八角形なら椅子も八脚、出入り口も八方向にある。おそらくは会議か、何かしら秘密裏の宴席に使う場所なのであろうとユーヤは思う。参加者が、帰り際に誰かと同行せず、また全員が一度に退出できるように作られている。最下層は迷路のようになっており、この部屋に誰がいつ入ったのか、他の人間に気取られぬように作られているとしか思えない。どのような意図からこんな設計になっているのか知らないが、何かしら仄暗い理由でも隠れていそうだ。


天井の四隅に張り付いた妖精の灯火を受けて、室内は影一つないほど明るかった。


席につくのはセレノウ胡蝶国よりユーヤとエイルマイル、群狼国ヤオガミからはズシオウ、フォゾス白猿国からはコゥナ、そして。


「君らは本当に来ていいのか?」

「前に言うたじゃろ、我らは除け者にされるのが何より嫌いじゃ」


パルパシア双兎国の双王はいつものボディコン服に、この時は金と銀のモール状の物体を巻き付けていた。メイドたちに聞くところでは、かつてパルパシアでは金または銀の大蛇を体に巻くというファッション・・・・・・があり、その名残だという。ユーヤは似たようなものを見たことがあったが、そうするとあれも大蛇のモチーフだったのだろうか。


「正直なところ、混乱が起こらぬように抑え込むというのは我らの流儀ではないが、問題の流出という事態は見過ごせぬ。それにゼンオウどのとは、昨晩の夜会でも会えず仕舞いじゃったからのう」

「見過ごせぬって、それは義憤に駆られてか、それとも」

「もちろん、イベント的な意味でじゃ。ある意味で歴史的事件じゃからのう」


「客人よ、待たせてしまったか」


一方の扉が開き、入ってくる影がある。


それは大柄な人物である。もともと上背は高かったのだろうが、中に何枚も着込み、綿を入れたマントを羽織って体を大きく見せている。ユーヤがその人物を見た第一印象は、「神社にある老木のような」である。肌に刻まれた皺は驚くほど深く、鈎のように曲がった鼻とひび割れた耳を持ち、真っ白い髪には緑色の薄い帽子を被っている。マントにはおそろしく細緻な龍の刺繍が描かれ、あちこちを赤と金の布飾りで装飾し、指には大粒の指輪を複数個はめていた。

おそろしく高齢の人物であることは間違いないが、ユーヤはその人物の年齢が想像できなかった。80、あるいはそれ以上か、しかし腰は伸びており、立ち居振る舞いや声音はせいぜい中年のそれである。エネルギーの巨大さと外見の年齢が一致しない。千万の葉が茂る古代樹。無数の旗がひしめく古城、そんな矛盾するものを抱えてなお堂々たる姿である。


コゥナが立ち上がり、腰に手を当てて言葉を述べる。


「お初にお目にかかる。悠久なるランジンバフの森を統べし、名誉ある大族長トゥグートが一子、コゥナ=ユペルガルだ。ラウ=カンの見翁ゼンオウどの。この度は会席の場を設けていただき感謝する。この場において、先んじて受けた打診の件の返答と、こちらからの提案を述べたい」

「ふむ、四カ国揃い踏みでの来訪、光栄なことと痛み入る。このような手狭な船での会合は心苦しいが、事は秘匿を要する上に、急な会談なればご容赦いただきたい」


ゼンオウは淡々と言い、そのような挨拶には興味がない、という意思を示すかのようにどさりと着座する。本来ならエイルマイルやパルパシアも相応の挨拶を述べるべき場面であるが、今はそのような王族としての付き合いとは隔絶した場面なのだ、と全員が意識するかに思えた。


「うむ、席が一つ開いているのは座りが悪いというものだな。貴殿らに一人紹介いたそう」


ゼンオウが手を叩く。するとやはり一方の扉が開き、そこから歩いてくる人物がいる。手に大きな包みを抱え、体のラインがくっきりと浮き出る赤い服を来ていた。


「……」


パルパシアの双王と、ユーヤが口をつぐむ気配を見せる。別に既知であることを告げることもないだろう。

その人物は着ているのは、体の側面と太腿が見事に露出した服。紅柄ファンガンと呼ばれる女性用のドレスである。

銀の混ざった髪と菫色の目、髪は後頭部で編み上げ、縛って小さくまとめている。体つきはふくよかで華やいでおり、細かな刺繍がその女性的なラインにぴたりと吸い付いている。女性は自らそっと椅子を引き、静かに着座する。


「彼女の名は、睡蝶スイジエという」


ラウ=カンの王、ゼンオウはその巨齢樹の樹皮のような口元を歪ませ、にやりと笑う。






「余の妻である」






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