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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第三章  虎闘 一問多答クイズ編
44/82

44(階段紀行クイズ 3)

(ヒントはある……)


ユーヤは映像の仔細を思い出しつつ考える。


(リポーターは本を慎重にゆっくり開いていた)

(そして、本を「めくる」のではなく、一度閉じてから別のページを開いていた)

(それは何故だ。一枚づつページをめくると何かが分かってしまうから、では……)


「ええとその、トイレに困った時に」


「はい消えた!」


第二席があっさりと陥落し、司会者が三席へと降りてくる。


「はいお嬢さま方、ちょっと考えてみましょう、朝食のメニューからナンパの掛け声まで、考えるほどに美味しい思いができますねえ。さて何に使うものだと思います?」


三席目だからか、司会者が軽妙な言い回しを交えつつ話を振ってくる。


「うぐぐ、ま、まったく想像もつかん」

「何でしょう……日記でしょうか、回ったところを書き留めていく」

「日記! 日記にしては大きいですねー、違います」


司会者は片足をもう片方の足に絡めたひょうきんな姿勢で、解答席に両手で頬杖をつく。


「さあ保護者の方にも伺ってみましょう! 何だと思いますか!?」


前の二人が答えあぐねていると見たか、ユーヤにも振ってくる。

ユーヤは少し考え、どこか神妙そうな気配を出して答えた。


「そうだな……押し花みたいに、あの中に何かを挟み込んで集めていく」「はい消えた!」


ナルドーは飛び跳ねながら下に降りていく。

コゥナが目を三角にして言う。


「ダメではないかユーヤよ!」

「いや……今のでいい」


その目には深い考えに沈みつつ、周囲のすべてを観察するような油断のない光があった。それは思索と観察のダブルタスク。己の内と外に同時に意識を向けるかのような。刑事のような犯罪者のような目である。


「この問題はそんなに簡単には終わらない。だが、何かを集めるとか記していくという方向性は間違いだと思う。だからあえてそっちを伸ばすような解答をした。うまく行けば他の解答席をそれで空回しできる。そして僕たちは考え続けるべきだ。二巡目が回ってきたら必ず取る」


第四席でのやりとりに視線を送る。


「ええっと……遺跡がたくさんあるんですよね。だからスタンプラリーみたいな」

「うーん違います。はい消えた!」


ナルドーは手早く切り上げ、階段を二段飛ばしで駆け上がって第一席に向かう。


「さあさあ、二巡目で正解が出なければ終了ですよお。頑張ってくださーい!」


軽やかに動きながら、白い歯を見せて笑う。こんな50代になりたいものだとユーヤはずっと感心している。町ぶら番組でもやらせたら良い感じの視聴率が取れそうだ。


「……おかしいです」


そう呟くのはズシオウ。横のコゥナが眉を寄せる。


「何がおかしい?」

「階段クイズといえば、司会の方が言ったように、二巡目が終われば終了するのが普通です。しかもこれは最後の問題、これで第一席がそのまま優勝だなんて、興行としては白ける展開のはずです。ですが、司会者の方にぜんぜん焦りがありません。第四席も簡単に切り上げてました」


「うーむ? ヒントを次々に出して正解させるつもりなのか?」


(その可能性もあるが……)


二人の推理を妨げぬよう、ユーヤは胸の内だけで思考する。


(それは正解に近づいてる場合だ。おそらく、まだ誰もカスりもしていない。ここからヒントを出して答えさせるのでは、それこそ無理やりというもの。観客が白けてしまう……)


ズシオウは色眼鏡をきらりと光らせ、言葉を続ける。


「司会者の方は……正解が出なくてもいい、と考えてるのではないでしょうか?」

「なぜだ?」

「そんな展開になっても、観客を驚かせるだけの解答が用意できている……。そのぐらい驚きに満ちた答えなんです、きっと」


(そう、おそらくそっちが正解)


ズシオウからは見えない角度で頷いてみせる。

コゥナはというと口中で何かを呟きながら、第一席のやりとりを仰ぎ見ている。


「ええと……何かの理由で、体が汚れるので紙で拭く」

「うーん、そうじゃないなあ」

「じゃ、じゃあ、キャンプの時に焚き付けに使う」

「はい消えた!」


ナルドーは両足を揃えて階段を跳ね降り、そこで独り言のように言う。しかしその声量は大きく、会場の全員に届いている。


「紙ってとこにこだわりすぎると、よくないかも知れませんよー」

「紙……」


コゥナが呟き、後ろにいるユーヤを振り返って言う。


「ユーヤよ、覚えているか? あのリポーターは「白い本」と言うだけで、「白紙の本」とは言ってなかったような気がする」

「そう、言ってなかった」


ユーヤがあっさりと認めたので、コゥナはぎょっとした顔をする。


「で、では、実は白紙ではない・・・・・・のか。そこに答えがあるとすれば、例えば、あぶり出しで何か書いてあるとか」

「透かし絵などはどうでしょう? 薄い紙の上に、切り紙を貼り付けて立体感を出した絵ですね。お土産品として、ヤオガミではよく作られてます」

「透かし絵、しかし、なぜそんな技法、を……」


そうこうするうち、ナルドーが足を左右に振るような歩き方で降りてくる。


「さあさあ、これは難問だあ、可愛らしいお嬢様がた、お答えいただけますかな?」

「わかったぞ!」


コゥナは司会者に鋭い視線を投げ、挑みかかるように言う。


「あの本、実は白紙ではないな! あれには絵が描いてあるのだ!」

「おおっと!? 描いてあるとして、どんな絵が?」


「それは!」


立ち上がり、指を空中に示して言う。


「――の絵だ! それを透かして眺めるのだ!!」

「正解!!」


観客が一斉に歓声を上げる。司会者がのけぞるような動きで上半身をひねり、後方に腕を伸ばす。


「では見てみましょう! 映像スタート!」


風景が一変。観客と解答者が深い渓谷の底に投げ出され、中央にリポーターの女性がいる。


リポーターの女性に会場の様子が見えるはずもないが、会心の解答を胸中に抱えるためか、その笑顔にも自信がみなぎるかに思える。


「では正解です! この遺跡では、特定の場所にこのような台が置いてあります!」


それは一見すると、ダンボール箱のような薄茶色の台だった。石で作られており、その真上にはハの字に開いた靴の図案が掘られている。ここに立てという意味だろう。


「ここに立って本を開きまして! 1ページをこのように、縦に持ち上げると……!」


観客と解答者の全員に見える絶妙の位置で、その透かし絵が示される。


それは巨大な寺院であった。複数の尖塔を持ち、ライオンのような獣の彫像が左右にそびえる石造りの寺院。その向こうでは、かなり崩れているものの同じ寺院と思われる遺跡が存在する。


透かし絵を通して見ることで、遺跡が時を巻き戻したように精彩を得る。崩れた石組みは補完されて頑健さを取り戻し、風化した獣の像は毛並みを取り戻して凛々しさを宿し、さらに周囲には透かし絵の花々や草が見える。往時は川の流れのそばにあり、美しい花々に囲まれた寺院であることが想像できる。観客に波のようなどよめきが走る。


――ここ幽谷クルールソールは数十万年をかけて、大河の流れによって作られた渓谷である。


――水量は次第に減っていったが、1500年ほど前まではわずかに川の流れが残っていたとされる。当時は中央に川の流れる天然の要害として、多くの人間が住んだ谷底の街であった。


――この白い本は透かし絵の技術で作られた画集であり、遺跡の当時の姿を可能な限り再現した絵が描かれている。実際の遺跡に重ね合わせることで、より鮮明にイメージできるという仕掛けである。


――つい最近になって売り出されたこの画集は非常に好評で、一冊6000ディスケットという高値にも関わらず、入荷と同時に売り切れるという。


「さあさあ! 一番上へどうぞ! これは見事な正解でした!!」


映像が終わると、すべての観客から豊かな拍手の波が押し寄せてきた。


「う、うむ」


コゥナはちらと後ろを振り返り、小声で言った。


「ユーヤ、お、お前が先に歩け、恥ずかしいから……」









「パフェ美味しかったですね。さすがハイアードキールです。美味しいのもそうなんですけど、盛り付けも洗練されてて、何かサクサクしたものも入ってて」

「あれ何だろうな、ウェハースに似てたけど、ニンジンとか野菜の風味がして……」

「コゥナ様でも見たことのないフルーツが使われてたな、あの赤くてひし形をしたやつは一体……」

「ああ、あれはですね、ヤオガミ産の……」


三人は潮風を受けて歩く。


ハイアードキールは造船の街であり、港の街である。港湾部には巨大な造船ドックがいくつも並び、その窓の少ない巨大な構えは巨人の棲家のような迫力がある。

潮風はなだらかに吹き抜け、海鳥が前後左右で鳴き交わす。


懐中時計を見る。時刻は11時、労働者たちは空腹を振り払おうと気ぜわしく働き、祭りの見物客はランチをどこで食べようかと通りをうろつき始める、そんな昼前の賑やかさを見せ始める刻限である。


海の側にはカップルらしき男女や、老夫婦などの姿は見えるものの、市街地に比べれば人はまばらであった。そんな中でも軽食や似顔絵描きの行商がいくつか見える。この人口数百万の都市で、祭りと完全に無縁な場所はそう多くはない。


やがて波止場は突堤に続き、細長い石組みの堤を歩く。左右に繋がれているのは漁船のような小舟で、おそらく船の持ち主は仕事を休んで祭りに興じているのだろう。舫い綱は針金の編み込まれた丈夫なもので、リーゼントのような係船柱ビットは世界が違っても共通のようだ。

綱は何重にも巻きつけられ、巨大な錠前で封じられているのが独特である。


「この海の先には何があるのだ?」


そうコゥナが問いかける。しかしユーヤには答えるすべがなく、ズシオウが少し間を置いてから、自分に振られた問いなのかと思って答える。


「そうですね、大陸の東の果てにはヤオガミがありますが、他に人の住む土地はありません。大陸周辺にはいくつか陸地も見つかっていますが、妖精を呼び出すことができないとかで植民はほとんど行われていません。無人島の土地は一応、各国政府の所有で、勝手に家を立てて住み着くのは違法になってます……なのでつまり、何もありませんね」

「そうなのか……」

「あるいは何千ダムミーキも彼方には、また大きな大陸があるなどという話もあります。そういう大陸について書かれた奇書なども伝わっていますが、大乱期より以降に証明できた方はいませんね。「お話」の類でしょう」

「見果てぬ大陸か、ロマンがあるな」


ユーヤがそう呟くも、それはズシオウには今ひとつ浸透しない言葉のようだった。手を背中で組み、上半身を屈めて言う。


「そうですか? 私は恐ろしいです。海の彼方は悪霊の棲む土地だとか、出ていった船は怪物に襲われて戻ってこれないとか、あるいは海が滝になっていて遥か下まで落っこちてしまうとか」

「僕の住んでいた土地だと、東にずっと進むと、西から戻ってくると言われてたよ」

「そういう話もありますね。大地球体説とか言うそうですが」


「コゥナ」


ふいに、ユーヤの声が存在感を帯びる。相手に声を意識させる技術であるが、そこに不穏な空気をにじませないように慎重に話す。


「なんだ?」

「さっきの紀行クイズ、大したものだったよ。見事な優勝だった」

「もちろんだ、コゥナ様はいずれ、フォゾスの100の部族を率いる立場だからな」


ふんと鼻を鳴らすコゥナに、ユーヤはごく一瞬、悲しげな表情になって言う。


「ズシオウ、僕のいた土地でも紀行クイズは人気だったんだが、興行としてはおもに芸能人やスポーツ選手など有名人がやるものだった。一般参加の大会はまず開かれないんだよ、なぜだと思う?」

「? それは確かに、ラジオ番組などでも有名人だけが出るクイズはありますが……なぜでしょうか?」

「それはね、紀行クイズを知識で解かれたくないからだよ」

「知識、ですか?」

「そう、紀行クイズは番組制作に大変なコストがかかる。海外……いや、異国でロケをしなくてはいけないからね。だから一つの問題をなるべく盛り上げたい、だれも答えを知らない中で、あれこれ推理するのを楽しんでほしいんだ。だから知識のある人間は呼びたくないんだよ。ある芸能人の話だけど、その人物は事前に万全な予習をしてきてしまうため、ある時期からその人物には来週のテーマを教えなくなったとか……」

「? はあ、そうなんですか?」

「だから本来、紀行クイズはクイズ戦士のやることじゃないんだ。悲しいことだけど、番組を壊してしまうからね……」

「……」


ズシオウは、この迂遠な言い回しが何か良からぬ気配を孕むのを察していた。ひどく遠回りをしているが、ユーヤは何かを言わんとしている。それはおそらく、ユーヤがその事を言いたくないのに、義務として言わなくてはならないからだ。それが昏い葛藤となって、ユーヤに内臓が軋むような苦痛を与えているのだと察せられる。


「だから……コゥナ」


言われて、コゥナも腕を組んだまま身構える。その高い位置で組まれた腕は尊大さではなく防御の印だった。ユーヤはこの外出をデートだと言っていたが、お互いにそれを本気にしていたはずもない。ズシオウはどうだか分からないが。


ユーヤが、静かに告げる。


「君はやはり、クイズ戦士じゃないんだな」

「クイズ戦士であれば、三問ともすべて知らないというのは考えにくい」


「だがあの時、パルパシアの夜会で君は言った、全員を蹴散らして優勝してみせると」

「その自信がただの蛮勇とは思えない」


「ではどうやって優勝する、試合形式を見れば、外部からのサインが通用しないことは明らかだ」

「残るは、一つしかない」

「ユーヤさん、それは――!」


ズシオウが瞠目し、コゥナはすうと息を吸って――。


「フォゾスは、禁忌に手を染める気だな」











「問題を、手に入れるという――」




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