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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第三章  虎闘 一問多答クイズ編
43/82

43(階段紀行クイズ 2)



第二問、それは乾燥している土地には変わりないが、比較的立ち木の多い場所であった。ひょろ長く、尖端にぽつぽつと葉をつけている印象の木が並ぶ、そこをリポーターが歩く。

途中、現地で見られる動物との触れ合いや、現地のハンターによる狩猟罠の解説など聞きつつ、その場所に至る。


「ではここで問題です」


それは、一言で言うなら白い丸太小屋であった。完全に化石化して白くなっている丸太が円形に組まれている。ちょっとした集会場という程度の大きさである。

一部、丸太が切られて80リズルミーキ四方ほどの隙間が空いており、リポーターは身をかがめて、ヒヨコのような姿勢で中に入る。中は思ったよりも開けており、雲ひとつない砂漠の空が見えていた。

高い位置から見下ろすユーヤからは、リポーターが円形の柵に捕らわれているように思える。


「このグレンワンル環状遺跡、このように丸太ががっちりと隙間なく組まれています! この遺跡はかつて土の中に埋まっていまして! 木材はこのように、完全に石化しています!」


リポーターがコンコンと壁を叩く。金属に近い音がした。空をまぶしそうに振り仰いでから言葉を続ける。


「そして中央には石の台が置かれ! その上で火を焚いたような跡が残されています!」


中央には高さ1メーキほどの円柱がある。上部はすり鉢状に凹んでおり、煤の跡が残っている。

台の上には拳ほどの大きさの丸石がいくつか転がっている。ユーヤは木の台に置かれた月見団子を連想した。

他に中にあるものと言えば、建物の奥。大きな素焼きの壺が一つあるだけである。


「ここは古代の祭祀場の跡であると言われ! 中央のこの台で火を燃やし、神に祈りを捧げていたと言われてました! しかし! 近年、まったく別の使い方をしていたのではないか! という説が上がっています! それは一体何でしょう!!」

「……」


映像は終わり、ユーヤが眉を寄せて考える。


「これは難問だな……。というかヒントなしでは答えようがない。最初の1、2席は適当に答えるしかないか」

「ううむ……な、何に使っていたかだと? まったく想像もつかんぞ」


上の第一席では、司会者と解答者のやり取りが始まっている。


「ええと……火を燃やしてたんですよね。だ、暖を取ってた」

「はい消えた!」


秒殺である。第一問よりさらに早い。


司会者が降りてくる。


「はい、可愛らしいお二人、お答えをどうぞ」

「可愛いと言うな……。そうだな。あの小さな進入口がポイントだろう。入り口にしては入りにくすぎる」

「おおっと!! これは鋭い! そこは関係あるかも知れませんよ!」


(……)


ユーヤの脳裏で、さまざまな記憶がまたたく。

ぞれはクイズ黄金時代の情景、テレビの前にかじりつき、海外ロケに夢中になった時代。

あるいは番組を作る側として、山のような資料と格闘し、スタッフと会議を重ねた日々の記憶。


(……クイズの王道、紀行クイズ)

(紀行クイズにおいては、三種類のヒントがある)

(それが「暴露のヒント」「隠蔽のヒント」「無意識のヒント」だ)


(すなわち、番組側が提示しようとするもの、隠そうとしているもの、無意識のうちに現れているもの、だ)

(映像からヒントを探し出し、三種類に色分けすることでその意味が深まっていく……)


(思えばヒントは大量にある、特に注目すべきは奥にあった素焼きの壺と、こぶし大の石だ)

(あの素焼きの壺は真新しいものだ、おそらく遺跡が観光地だから、当時の姿を再現するためにあえて置いてあるんだ)

(リポーターはそちらに視線を送らないようにしていた、あれが「隠蔽のヒント」だ)

(こぶし大の石が台に乗っていたこともそうだ、単なる装飾じゃない、何か意味があるはずだ。あれは露骨に見せようとしているから「暴露のヒント」だろう。このヒントの差とは、連想の難易度にある。暴露のヒントは見せても構わないもの、つまりそれだけでは答えが連想しにくいものなのに対して、隠蔽のヒントは連想が容易な傾向がある。つまりあの素焼きの壺のほうが答えに近いのかも知れない)


壺の高さは1メーキほどだったように思う、少し距離があるので見えにくかったが、中には水が満たされていたはずだ。


(水……なぜ水が必要なんだ、消火用の水ということなら隠す必要はないが……)

(それにあの遺跡……空が開けていた。ストーンヘンジなどを連想したから錯覚したが、土から掘り出されるほど古いものなら、屋根が失われていてもおかしくない。当時は屋根があったんだ)

(リポーターが一度空を振り仰いだこと、あれが往時の屋根を意識した動きだとしたら、「無意識のヒント」と言えるかも知れないな)


考えに沈む中で、コゥナの声が響く。


「敵と戦うための砦だった!」

「はい消えた!」


気づけばナルドーが去っていく所だった。


「うぐぐ」


(……あの狭い入り口に着目したのは素晴らしいと思う。あれは入りにくさ、あるいは出にくさを考慮したもの……)

(そういえば、聞いたことがある。イギリスのヨークシャー州で、ある遺跡について、これに似た議論が起きたという話……)


ユーヤはコゥナの背を小突き、そっと耳打ちする。


「コゥナ、もっと広く見るんだ」

「広く、だと?」

「まず観察ありき。紀行クイズがなぜクイズの王道と呼ばれるのか、それは観察力さえあれば、老若男女だれでも参加できるからだ。答えはクイズ戦士でなくとも分かるもののはずなんだ。それにこの興行はかなり洗練されている。あの映像にも無意味なものは何も映っていないはずだ。一つ一つのものを見て、それぞれの関連性を掴むんだ」

「む、難しい……。コゥナ様は森しか知らぬ、遠いシュネスのことなど……」

「わ、私も分かりません……」


二人が弱音を見せて中央のユーヤを振り返る。ユーヤはあえて、明るい笑みを見せて言う。


「いいか、リポーターの動きを思い出すんだ」

「リポーターだと?」

「そう、彼女はもちろん答えを知っている。問題を破綻させないように、あからさまなヒントからは目をそらし、行動にも細心の注意を払っていた。あるいは複数回のリテイクを行っている。彼女が何を見ていたかではなく、何を見ていなかったかを考えるんだ」

「見ていないもの……そういえば、奥にある素焼きの壺は見ていなかったな、台の上もあまり見ていなかったような……」

「何か意味があるということですね? うーん、壺には水が入っていたようでしたが……」

「消火用の水ではないのか? いや、しかしあの大きさの台で火を焚いて、水をかけて消すのも不自然……それに火を焚いていたら石が焼けるはずだ、水をかけたりすれば」


「待てよ……」


コゥナが唇に指を当てて呟く。

しかし無情なるかな、そのとき第四席で声が上がる。


「正解です! お見事!」

「やった! 実は見たことあったんです! 新婚旅行で……」


と、番組ならばご法度な発言が飛び出すのもご愛嬌であろうか。


「むぐ……先を越されたか」

「残念です……」

「まあ仕方ないさ、当然ありうることだ」


「では正解をご覧いただきましょう!!」


映像が変わる。それは遺跡とは別の建物のようだった。解答席と観客席がちょうど入る程度の広々とした空間。中には水蒸気の白い湯気で埋め尽くされ、中央で燃やされるのは赤熱した炭、その上で燃やされる丸石である。


リポーターの女性はバスタオルを巻いた姿であった。手に柄杓を持ち、丸石に水をかける。熱された石の表面で水が蒸散し、高温の湯気となって室内を満たす。映像では熱や湿気は感じないが、熱源であかあかと燃える炭を見ていると、肌が汗ばむような思いがする。


「正解は! サウナです!!」


おおおおお、と波濤のようなざわめきが起こる。それはむろん答えの意外性より、リポーターのバスタオル姿が励起したものだが。


――大陸において、人類は遥か以前からサウナの文化を持っていたと言われる。グレンワンル環状遺跡は建設当時には屋根があり、その形状から内部の熱や湯気を逃がしにくくなっている。


――この建物がサウナであるという仮説は驚きを持って迎えられたが、祭祀場としては遺跡やその周辺に宗教的シンボルが見られないこと、遺跡の周辺で、垢を落とすのに使える白樺の枝の化石などが見つかっていることから、現在は有力な仮説の一つとなっている。


アナウンスが終わり。そして席の移動が行われる。


「さあさあ、一番上へどうぞ、こーれは大逆転だあ!」


第四席が一番上へ上がり、上から順繰りに押し出され、ユーヤたち三人は二席から三席へと降りる。

ナルドーが踊りながら声を張る。


「さあ、お名残惜しくも最後の問題となりました、第三問です!」

「え、もう終わりなのか……」


ユーヤが物寂しそうに呟く。


「もう? すでに30分はやっているぞ」


コゥナに言われて、胸元の懐中時計を確認する。確かに、大使館を出てからなら一時間以上経っている。楽しい時間は早く過ぎるということだろうか。ユーヤは柄にもなくはしゃいでいたのを少し反省する。


「よ、よし、第三席ならいい位置だ、次こそ正解して優勝を目指そう」

「う、うむ」

「頑張りましょう」



「第三問はこちらです!」



景色が切り替わる。

それは深い深い渓谷の底であった。左右に切り立った岸壁がそびえ、谷間の底は目の細かい砂で満たされている。


「ここは! 幽谷ゆうこくクルールソール! 記憶の谷とも呼ばれ! 複雑に枝分かれした峡谷の底に200以上の遺跡が見つかっています!」


リポーターはラクダに乗って砂地を進んでいた。ユーヤの知るラクダよりもだいぶ大きい気がするし、細部もいろいろと違うが、ユーヤはあまりそういった差異を気にしなくなっていた。この世界にも太陽と月がある、ならばラクダぐらいいるだろう。


リポーターは古代の洞穴に描かれた壁画、何千年も前から存在する石組みのアーチ橋、城塞跡、寺院跡など、個性豊かな遺跡を巡っていく。風景は目まぐるしく切り替わる。


「ではここで問題です!!」


リポーターは一冊の本を持っていた。版型はA4ほどの横長の・・・本である。


「このクルールソール遺跡群では! 売店にてこのような本を買うことができます! この本はこのように、全ページ真っ白です!」


リポーターが本の脇からそっと指を差し入れ、ゆっくりと左右に開く、白一色のページが解答者と観客に示される。映像を再生した際の向きまで計算に入れて動いているようだ。

一度本を閉じ、また別のページを開く、そこも白い。


(……そういえば、この映像)


ユーヤは映像の中で空を振り仰ぐ。


(太陽の位置がまちまちだから分かりにくいが、映像の「向き」、東西南北が一度もずれていない。あの妖精、録画された時点での東西南北をずらして投影することができない、のか……?)


そうしてみるとこれは映像と言うより、記録された時点の「時空」を再現している、そんな印象もある。

リポーターが本を閉じ、満面の笑みで問いかける。


「この白い本は! いったい何のためのものでしょうか!」


映像が切り替わる。

最初に聞こえるのは観客のざわめく音であった。今の問題はかなりの難問らしい。


「し、白い本だと……? 何のためかと言われても……」


コゥナは困惑している。ズシオウも似たようなものだろう。いきなり月面に放り出されたような、不安にも似た混乱、しかしそれこそがカタルシスの前兆なのだとユーヤは知る。混乱は深いほど良く、ヒントは意味不明であるほどいい。


「……」


(僕のいた世界で連想するのは、御朱印帳だ)

(神社仏閣を巡って、社務所で朱印と呼ばれる参詣の証、寺社のサインを貰えるというもの……)

(だが、あの本は判型が大きい、スタンプ帳やサイン帳ならもっと小さいはず……)


この世界において、ユーヤは初めて真正面からクイズに挑むような気がしていた。

未知への思考、未知への没入、それこそがクイズの醍醐味であると、久々に思い出すかのように――。



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