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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第三章  虎闘 一問多答クイズ編
42/82

42(階段紀行クイズ 1)



それは一瞬の激変。

遠景にあったハイアードの町並みが吹き飛び、空にわずかに浮いていた雲までも消し飛び、ふいに強烈な日差しが降り注ぐ。


「うおっ……」


一番上の席ではその変化が顕著に感じられた。ユーヤには空間が膨張するような、そして意識が拡散させられるような混乱が襲う。

そこは砂漠。

西から東までを埋め尽くすような圧倒的な砂漠が広がり、砂丘は巨大なうねりとなって大地にのたうつ。遥か遠くにはラクダの商隊。地平線の彼方にかすむ影はオアシスか、あるいは旅人を誘う蜃気楼か。


「みなさーーーーん!」


その中央に女性がいる。探検隊のような灰緑色のベストとズボンを着ているが、なぜかその丈は半袖、膝丈であり、濡れるような褐色の髪が背中に流れていた。さらに言うならかなりグラマラスで、それに対して服のサイズが少し小さいために、体のラインが浮き上がるように見える。

眼下に見える100人ほどの観客の中で、何人かの男が黄色いロープから身を乗り出して女性に迫ろうとしている、それを係員らしき男が止める。

肌には感じられないが、藍映精インディジニアの映像の中では風が強いようだ。リポーターらしき女性は両手をメガホンにして、溢れんばかりの笑顔で叫ぶ。


「ナルドー・ザールドにお越しいただきまして! ありがとうございまーーーす!! 本日はー! ここシュネスからー!! たーくさんの不思議をー! お届けいたしまーーーす!!」


観客から拍手が飛ぶ。何人かの男は銀写精シルベジアをリポーターに向けている。どうやら個人的な追っかけのようだ。


「こりゃすごい……、なんて臨場感だ。この環境で紀行クイズをやるのか、素晴らしいなんてもんじゃないな。僕らの世界ならあと何十年かかることか」


ユーヤは言いつつ後ろを振り返る。そこには待機しているらしいたくさんのスタッフと、遠くには結構な大きさの街も見えた。藍映精インディジニアは円景360度を記録するだけに、スタッフや意図せぬ景色まで映り込むのが欠点だな、とひそかに思う。そしてこの階段状の観客席は、見せたくないスタッフなどを観客から隠す形で組まれているらしい、芸の細かいことだ。


映像が切り替わる。慣れていないユーヤにはそのたびに軽いめまいが起こるが、司会者や観客は平然としている。この全周映像が娯楽として定着しているならば、そこでの姿勢の保ち方や、酔わない見方なども心得が色々あるのだろう。むろんそれはコゥナやズシオウにも浸透している、この世界の一般常識である。ユーヤは少し矜持を示して平静を装う。


切り替わった場所では右方に巨大な断崖、そこに高さ30メーキほどの立像が掘られている。右手に玉を持ち、左腕に蛇を絡ませたような図案だ。蛇はこの世界で知恵の象徴と聞いているから、きっと宗教的な意味があるのだろう。


「こちらー、アレルポナ石窟遺跡にやって来ましたー! ここはシュネス西方でも人気の観光スポットでしてー! 年間3万人の観光客が訪れるそうですー! ちょっとあちらの売店にお話を伺ってみましょうー!」


景色が移動する。止まっているのに地面だけが移動するのは奇妙な感覚である。レポーターの女性は右手に藍色の妖精を持ち、それに風景を見せるように構えている。ちなみに言うならば、藍精映インディジニアが単体で記録できる映像は20分ほどであり、それ以上の記録の際は記録体を必要とする。

このように単純なレポートであれば、妖精だけを持っていれば十分のようだ。


(この風景の移動は藍映精インディジニアを移動させているからか、しかしまったく揺れがない、水平方向にスライドしているようにしか感じないな。思えばあの司会者も妖精と記録体を手で持っているのにブレていない。この映像は手ブレとは無関係なのかな。あるいは、僕たちの視覚野を乗っ取って映像を見せているとか、そういう理屈なのかな)


砂漠の国、シュネス赤蛇国の映像の中で、元のまま見えるのは司会者と観客、それにユーヤたち解答者のみである。しかし自分たちの座っている階段状の解答席だけは見えている。考えてみれば服も消えていないし、何かしらルールがあるのだろう。


レポーターは土産物屋を巡り、細工物の紹介、そこでしか売られていないジュースの味見、そして旅行中の高齢の夫妻などにインタビューをする。映像はテンポ良く切り替わり、感情あふれるリポートに観客から熱視線が飛ぶ。


そして。


「ではここで問題です!」

「おおー」


ユーヤから感嘆の声が漏れる。その定番のセリフはこちらでも存在したようだ。


「このアレルポナ石窟遺跡、このように、断崖の壁には古代の彫刻がたくさん刻まれています」


レポーターが崖に沿って歩く。壁面には巨大な立像の他にも、動物や花の図案のようなものが散在しているようだ。


「数年前まで、この彫刻が削り取られて盗まれる、という被害がよく起きていました! 夜間は観光客もなかったため泥棒が来ていたんですねー! そのため民間の傭兵が警備していたのですが、その予算も大変でした。しかし!」


レポーターの歩く先、そこに日に焼けた男が現れる。麻の貫頭衣の上から、カーペットのような色鮮やかな布を袈裟懸けに着ているのがシュネス風なのだろうか。手には顔ほどの大きさの壺を持っている。


「こちらの方が持っている壺、これは蜂蜜の壺なのですが、これを利用して泥棒の被害を無くすことに成功したそうです! さて! その方法とは何でしょう!?」


そして数秒の溜めの後、映像が終わる。

急に緑の芝生と煉瓦色の町並みが戻ってきて、ユーヤは目がちかちかするような感覚があった。さすがにこれは観客も同様だろう。


「さー、問題はお分かりですね、あの蜂蜜の壺を使って、泥棒を無くすアイデアとは何でしょうか!?」

「うん……最初の問題だからか、そんなに難しくはない……」


ユーヤが呟き、ズシオウが首だけで振り返る。変装用の色眼鏡の奥で、瞳がくるくると表情を変える。


「分かるのですか?」

「ああ、でもこれは、僕のいた場所で見た事例と似てるから……」


ユーヤはそこで少し動きを止め、左右にいる二人の頭にぽんと手を乗せる。


「じゃあ、この場は二人でやってみてくれ。僕は見てるから」

「え?」

「僕はこのセットに座れただけで満足だよ。子供の頃からずっと憧れてたからね、こんなに高かったんだな」


観客と、その向こう、公園に広がる賑わいを眺め渡して言う。


「優勝できたら二人にパフェでも奢ろう」

「パフェですか、いいですね、ヤオガミの国屋敷ではなかなか食べる機会がありませんので」

「こ、コゥナ様は……」


コゥナは、何かを言いかけて、それが言葉にならない、という状態が繰り返されているように思えた。何かしら祭りらしく浮ついた発言をするべきなのか、それどころではないと凄むべきなのか、態度を決めかねているような。どう振る舞うべきかわからないという体裁である。

思えばそれは最初からだ、とユーヤは思う。そのオールバックに固められた髪の下で目を細め、コゥナの頭に置いた手をぐりぐりと回す。


「ぬわっ!?」

「コゥナ、もちろん先日の約束は覚えているよ。君には助けてもらった恩がある」

「……?」

「君の命令なら何でも言うことを聞く、嘘じゃない。でも今はそのことは忘れてクイズに向き合ってみてくれ。人はクイズに対しては誠実であるべきだ。クイズは人を成長させてくれる。人生で大事なことはすべてクイズが教えてくれる。こんな街角のイベントでも、君にとっては貴重な経験になるはずだ」

「……」


コゥナはしばしユーヤを見つめ。

ぷいと正面を向く。


「コゥナ様はたくさん食べる方だぞ」

「ああ、分かってる」

「いや分かってるとか言うな失礼だろ」


そんなやり取りの中、

司会者のナルドーが幅広の階段を登り、ユーヤたちのいる第一席へと至る。


「さあ順番に伺っていきましょう! 可愛らしいお嬢様、お答えをどうぞ!」


ナルドーは特に拡声器も使っていないのに、その声は実に鉄のような芯を持って低く、張りを持ってよく響く声であった。間近にいると肌がびりびり震えるほどだ。その声量からして熟練の度合いが窺える。


「うーむ遺跡泥棒か……、蜂蜜を使うということは、もちろん妖精が関係するわけだな」

「おおっと! いきなりダイレクトな質問だあ! はい、もちろんそういう事になるでしょう!」


コゥナが言い、司会者もロボットダンスのような動きをしつつ肯定する。

コゥナは数秒だけ考えに沈み、そして目に鋭い光を宿して言う。


「捕まえた泥棒を……見せしめに赤煉精ルビニスで焼き殺す」


ものの見事に爆笑が起きた。


「なっ!? わ、笑うな!」

「おっほほほほ! これはおそろしー! かわいい顔してすごい発想出ました! それは泥棒もたまらなーい!」

「う、うぐぐぐ」

「うふふ、それは過激すぎますよ」


ズシオウが、それはいつもの袖の長い白装束を着ているときの癖なのだろうか、ボタンシャツの袖を口元に当ててくすくす笑う。

ユーヤが微笑ましい顔になって言う。


「よし、ビシッと決めてくれ」

「おっと、ではそちらのお嬢さんにも伺いましょう、お答えをどうぞ」

「はい」


ズシオウはふいに居住まいを正し。

観客へ怜悧な眼差しを向ける。国主名代として、まだ若いながら国屋敷の多くの人々の上に立つ者としての威厳を匂わせる流し目を司会者に投げ、おごそかに言う。


灰気精アッシズメテオで雨ざらしの刑にする」


再度の爆笑。


「――あれ?」

「ほっほほほほ! これまたすごーい! しかも天気を操る灰気精アッシズメテオですか。あれは呼ぶのに大粒のアクアマリンが必要ですよ、割にあわなーい! はい消えた!」


司会者はバンと解答台を叩いて、そして体を弾ませながら第二席へと降りていく。


「あら、もう終わりなんですね」

「そりゃ第一席だからね、上の席ほど司会者が早く切り上げるんだろうな」

「でも雨ざらしの刑ってきついんですよ?」

「そういう事じゃなくてね……」


ユーヤは苦笑する。この日のユーヤは実に表情豊かであった。

下方を見る、おそらくこの問題なら解答席が一巡することはないだろう。ユーヤは二人の背中をぽんと叩いて言う。


「泥棒がなぜ出るかを考えてみるといい。たぶんそれが解答に通じる」

「なぜ出るか……」


ズシオウとコゥナ、この年若い二人の王女、あるいは王子は腕を組んで考える。


「それは……あの遺跡には夜には人がいないからですよね?」

「街からも遠いだろうからな……」

「では、夜も人が来るようにすればいいのでしょうか? ええと、そのためには……」

「……明かりを灯す、いや、待て、そうか、あの立像の巨大さがヒントなのだな」

「そう、多分それが……」


「正解!!」


下方から声が上がる。観客もワッと両手を突き上げて歓声を送る。周辺を光の玉が行き過ぎ、旋回し、大きな範囲を包み込む光の渦のような演出が起こる。


「では正解をご覧いただきましょう、映像スタート!」


風景が切り替わる、

そこは夜であった。空を巨大な筆で黒く塗るように急激な変化である。日なたにいたため、目が暗順応に至るまで十秒ほどを要する。


やがて目が暗がりに慣れてきた時、

観客たちの右方にあるのは巨大な崖、そして立像。


その棟から顔にかけてが白く照らし出されていた。

まさに闇夜に降り立つ巨人のごとく。周囲の崖は夜に溶け、立像が風景の中から切り取られて見える。そして多くの観光客らしき人々が詰めかけ、その中央でリポーターの女性が叫ぶ。


「正解はー! 立像をライトアップした! でしたー!」


――このライトアップを一目見ようと、遺跡には夜間も常に観光客が来るようになったという。


何やらナレーションが始まった。きっと見えない位置でラジカセが再生されているのだろう。それはよく聞けば、この軽妙な印象のナルドーの声であった。実に多芸な人物だとユーヤは舌を巻く。


――観光地のライトアップは様々な場所で行われているが、防犯を目的とするものはこのアレルポナ石窟遺跡が初めてだと言われている。現実的には夜間に人が押し寄せることでの新たなトラブルも発生しているが、現在では各地の遺跡で同様の試みがなされている。


ユーヤはこくこくと何度もうなずく、さっきからずっと感心しきりである。


「うーん、美点だけを上げるわけではない良いナレーションだ、プロだな」



「さあ続けて参りましょう! 第二問はこちら!!」



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