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異世界クイズ王 ~妖精世界と七王の宴~  作者: MUMU
第二章  暗闘 イントロクイズ編
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ややあって。


商家の外へと出ると夜の深さが意識された。上気した肌に夜風が心地よく感じる。


ふと右を振り向いて遠くを見れば、そこに六頭立ての何やら巨大な馬車があって、その前にはお下げを結ったメイドがいて、スカイブルーとモスグリーンの双王がそのメイドに抱きついている。わあわあと泣きじゃくる声がかすかに聞こえる気がするが、それは遠い祭りの賑わいと綯い交ぜになって夜に溶ける。


「双王も強敵だったが……最後はまるで子供のようだったな。いや、実際にまだ精神的な幼さがあったのか」

「そうだな」


ガナシアの呟きに、ユーヤは簡潔に答える。

儀礼鎧を着た衛士はユーヤの背後に立ち、少し間を置いてから言う。


「……ユーヤよ、イントロクイズの世界は本当に終わるのか?」

「……いや」


ユーヤは、自分が何かを言えばそれは予言となってしまうと恐れるかのように、慎重な様子で語る。


「僕のいた世界では、イントロクイズは二つの変化を遂げた。一つは参加者を一般人ではなく、歌手や俳優などの芸能人に限定すること。彼らはやりすぎるほどに技術を極めないし、己の勝利と、興業の盛り上がりの両方を計算してくれる。

もう一つは出題方法の変化だ。サビからイントロだとか、逆再生だとか、イントロクイズを主体とする最も有名な番組は現在も続いてて、30種以上のクイズが考案されているんだ。純粋なイントロクイズには変化が起こるかも知れないが、広い意味で音楽を題材にしたクイズは残ってくれるだろう……」

「なるほど……」


それは実のところ、大した意味がある会話とも言えなかった。勝負を終えた後のこの地に足のつかない感覚、実在の危うさを秘めた暗がりの中で、互いの所在を確かめ合うような会話であった。


左を振り向いて遠くを見れば、夜の天井がわずかに赤く染まっている。この深夜にあっても祭りはまだ続いているようだ。七日と七晩のあいだ狂瀾を極めるという妖精王祭儀ディノ・グラムニアにおいて、その主役は庶民であり労働者であり、酒であり炎であり、法の支配、王の支配から離れた放蕩さや非日常性であると感じられる。


セレノウの馬車がユーヤたちの前にがらがらとやってきて、ユーヤはふうと大きく息をついてから口を開く。


「さて、それじゃ帰るか。帰る頃には深夜の二時ぐらいかな。早く寝よう」

「そうですね、明日も……色々ありそうですし」


エイルマイルは何も言わず馬車に乗り込み、ガナシアもそれに続く。

最後にユーヤが乗り込む時に。


「ユーヤ」


声がかかる。

ふと脇を見ればそこにはフォゾスの姫君、コゥナがいた。長い一日を過ごしたためか、その肌に引いた顔料の線も、体を装飾する鳥の尾羽根や飾り布も、どこか色あせて疲れた印象に見えた。


「少し話がある」

「……」


ユーヤは馬車を振り仰いで、そこにいる二人に言う。


「先に帰っててくれ……僕は辻馬車でも捕まえて戻るよ」

「わかりました。馬車を出してください」


後半は御者に言ったものだった。大使館付きの御者も一日あちこちと走り回っていたはずだが、余計な口は一つもきかずに手綱を振り下ろし、馬は短いいななきと共に歩き始める。


パルパシアの馬車もすでに去り、この人気のない工房街において、にわかにユーヤとコゥナだけが残される。どちらもこの大都市ハイアードにとって異邦人であり、それでいてこの街の巨大さに負けぬだけの実力と自信を持つかに見える二人であるが、その時のコゥナはどこか儚げに見えた。高い位置で組んだ腕も、まるで己を抱きしめるような寒々しい構えに見える。


「……話したいことがあるのか?」


思えば、立会人を務める間、コゥナはずっと口数が少なかった。それはいつからかと考える。おそらくこの商家に来た時、パルパシアの双王が現れ、あの神秘的な鏡について話していた頃からだったとユーヤは考える。


「いま話すより、関係している皆に伝えておきたいことだ」


ユーヤに小さな背中を向け、そのように言う。


「ユーヤよ、パルパシアの夜会においてヤオガミの国府代行どのと話していたな。知り合いなのか」

「ああ、今日知り合ったばかりだ。ロニであるベニクギと決闘したんだよ」

「そうか……」


ユーヤの率直な告白に、しかしコゥナはさほど動揺しなかった。そんなこともあるだろうか、という程度の反応である。


「ではヤオガミにも伝えたい。コゥナ様は、明日の朝にセレノウの大使館を尋ねる、その場にヤオガミの国府代行どのを呼べるか?」

「大丈夫だと思う。大使館に戻ったら、ヤオガミの国屋敷まで早馬を飛ばしてもらおう」

「うむ……では明日」


コゥナはそのまま、夜の中に足を踏み入れようとする。その小柄な体を抱きとめるのは巨大な闇。幕のような静けさだった。沼地に小石を投げ込むように、その姿はあっという間に見えなくなるように思えた。

その背を見て、ユーヤは何か言わねばならぬと感じた。

その背中にある何かしら悲壮な印象。とりとめのない孤独さの欠片。力強く覇気と誇りに満ちていたはずの彼女が、ふいに、か弱く脆いものに見えた。何と言っても彼女はまだあまりに若く、背負うものに対して手足の成熟も追いつかぬ身であった。ユーヤは一瞬の逡巡の後、思い切ってそれを口にする。



「――奪われたんだな、君たちの国の鏡は」



言葉は深い夜に溶け、静けさが肯定の気配を宿す。

ふいに世界が広く感じる。

闇の中にコゥナの気配を探しても、そこにはどこまでも広がるハイアードキールの石の街があるのみだった。









「ユーヤどのは……」


セレノウの二頭建て馬車にあって、ガナシアがどこか慎重な様子で切り出す。


「ユーヤどのは、なぜあんな要求を……。それは確かに、双王のやり方には憤慨すべき面もあるとは思いますが、妖精の鏡ティターニアガースを頂けるなら、そうしたほうが……」


目の前に座るのはエイルマイル、世界に一つの至宝だというボビンレースのドレスを着て、静かに夜の町並みを眺めている。

そこには何かしら神妙な気配があった。ガナシアの目にはただじっと静かに座しているだけにしか見えず、そこに喜怒哀楽の何も読み取れない。ガナシアの知るどのエイルマイルとも似ていない、そのことに心の奥で困惑が頭をもたげる。


「不正だからです」

「え……?」


エイルマイルは、正面を向き、しかしガナシアの方は見ていなかった。己の膝を見つめるように目を伏せて言う。


「ヤオガミとの決闘のときもそうでした……。あらかじめ取り決めておいた、誤答の反則金ペナルティを受け取らなかった。それはきっと、ユーヤ様の中に負い目があるからです」

「負い目……ですか?」

「そして先刻のパルパシアとの決闘……。私は詳しくは聴いていませんが、やはり、ユーヤ様の中では許せない戦術、本意でない展開、そういうものがあったのでしょう。それは仕方のないことなのです。異世界人であるユーヤ様は、そういう戦い方しかできないのですから」

「……」

「ユーヤ様は、クイズによる決闘に理解を示してくれました。でも本当はクイズを賭けの道具にはしたくないし、クイズで何らかの、形あるものを奪い取りたくもないのでしょうね……」

「それは……確かにそうなのかも知れませぬが」


ガナシアは思う。ユーヤはどこかクイズに対して特別な感情を抱いている。それはこの時代、この大陸の人々がクイズを大切にしている事ともまた違う、ユーヤという人間が独自に醸成してきた価値観という印象がある。

ユーヤがかつて出会ったという王たちについて語るとき、そこには純朴さのような、子供が抱くような純粋な尊敬があった。クイズ王という存在、ユーヤのいた世界においてはそれは社会制度としての王とはイコールでなかったようだが、ユーヤの中ではそれはやはり特別な存在だったのだろうか。

それは実在する何かに向けての崇拝と言うより、もっと不定形で抽象的な、概念的なものへの憧憬に思える。

クイズ王、この王という言葉がユーヤの中では特別であり、絶対であり、異様な執着の対象であるかのような。

そんなとりとめもない想像を切り上げ、ガナシアは何か現実的なことを言わねば、という焦燥に駆られて口を開く。


「しかし、そもそもの目的……ハイアードの優勝の際、その要求に反対票を投じるという件がなおざりになってしまいましたな……」

「それについては、心配いりません」


こともなげに、エイルマイルがそう答える。


「事態はすでに、そのような次元を超えています。ハイアードが抱いている野望は、ややもすると我々の想像より遥かに大きいのかも知れない。他の国との交渉は続けますが、我々は、もっと包括的に対応を考えるべきなのかも知れません」

「……?」


エイルマイルの呟きは淡々としていて、独白に近いものであったため、ガナシアはその言葉がうまく意味を結ばず、疑問符だけが馬車からこぼれ落ちる。


「それに……双王はもはや事態の障害とはならない、という気がします。ユーヤ様に折檻を受けて、その鼻っ柱を折られたことでしょう。そして、必要な時は」


ドレスの襟元から、銀メッキされたガラスの立方体を抜き出す。


「先刻の、泣きわめく様子、痴態を晒す様子を録音させていただきました。これと引き換えに言うことを聞いていただきましょう……」


ガナシアはぎょっとして目を丸くする。

この壁の花だったはずの妹君は、いつも控えめだった第二王女は、いつのまにそんなことをやってのける人間になったのか。

思えば、その顔はあの可憐な、木陰の華のような印象が遠ざかっている。どこか物憂げな表情が、疲れの残る脱力した様子が、彼女をずっと年上に見せている。その印象は大陸でも最高の知性と言われ、多くの羨望を集めていた第一王女アイルフィルか、あるいはそれとも違うようにも思える。

一番近くにいたはずの、衛士長である彼女も知らぬ急速な変化であった。いつのまにか、彼女の理解の及ばない存在に変貌したような――。


「さあ、私は大使館に着くまで休ませていただきますね。明日も一日中、色々あるのでしょうから」


その言葉を最後に、エイルマイルは馬車の壁に身を預けて目を閉じる。


数秒で、その細い肢体から暗鬱な気配は消え、いつもの人形のような、美しき王女の姿に戻る、ような気がした。


ガナシアはハイアードキールの町並みを眺め、この大陸最大の都市の、夜半を過ぎてなお大蛇のうねるようなエネルギーに、初めて不気味さを覚えた。

セレノウの、あの素朴なれど美しい街並みが、七色の花が咲く田園の風景が懐かしかった。

この巨大な街は、人の理解を超えるほどに壮大極まる乱痴気騒ぎは、一体いつまで続くのだろうか、そんな事を考えていた――。



(第二章 完)



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